2014/09/13 - 2014/09/15
14位(同エリア193件中)
naoさん
長野県東御市にある海野宿は、中山道と北陸道を結ぶ北国街道の宿場町で、長野を代表する千曲川がすぐそばを流れています。
江戸時代に整備された北国街道は、中山道の追分宿(現軽井沢町)で分岐した後、小諸宿、田中宿、海野宿と続き、矢代宿と丹波島宿の間にある篠ノ井追分(現長野市)で北国西往還と合流、さらに善光寺宿を経て越後の直江津宿(現上越市)に至る、延長35里(約140km)に及ぶ街道で、中山道と北陸道を結ぶ重要な役割を担っていました。
このため、加賀藩の前田氏をはじめとする北陸地方の諸大名の参勤交代や、佐渡で採掘された金の輸送など、江戸との往来に盛んに使われるとともに、他方、善光寺への参詣道として多くの参詣客が利用するところとなります。
北国街道の整備に伴い、海野宿は1625年に正式に宿場町として認められますが、当初は事実上田中宿の間の宿として扱われ、本陣や脇本陣を設けることは認められず、宿場の運営をつかさどっていた宿役人が業務を行う問屋だけが置かれていました。
しかし、1742年の大洪水で壊滅状態になった田中宿が宿場の役割を果たせなくなると、比較的被害が少なかった海野宿に本陣をはじめとする宿場町の機能の全てが移され、本陣、脇本陣、高札場、伝馬屋敷、旅篭屋などが建ち並ぶ、宿場町としての町並みが整い、立場や格式が逆転してしまいます。
1746年に編纂された「海野宿屋敷割図」によると、東の枡形から西の枡形までの町並みの総延長は五町二十五間(約590m)あり、東から上宿・中宿・下宿の3つのブロックに分かれています。
東西方向に流れる水路に沿って柳並木が茂る町並みは、北側には1軒の本陣と2軒の脇本陣を含む43軒、南側には61軒の町家が向かいあい、かつて大勢の旅人で賑わったことを窺わせてくれます。
このように北国街道を往来する人々で賑わった海野宿も、明治時代に入って宿場制度が廃止されると、建ち並ぶ旅籠屋は軒並みかつての賑わいを失い、急速に衰退の一途をたどります。
これに代わって台頭したのが、蚕の飼育に適したこの地方の気候風土により、享保年間(1716〜1736)以降農家の副業として普及していた養蚕業です。
元々旅籠の客室として使われていた広くて大きな部屋を養蚕場に転用すべく、屋根の棟に「気抜き」と呼ばれる煙出しの小屋根を架け、火を焚いて室内が保温できるよう改造を加えた建物や、蚕室造りの大きく堅牢な建物が次々と建てられるようになり、宿場町から、養蚕業を生業とする養蚕の町へと様変わりしていきます。
明治21年に新たに鉄道が開業しますが、当初、海野宿のすぐ北側に駅が設置される計画だったところを、「蒸気機関車の通行が蚕の害になる」と反対したこともあって、町の真ん中を流れる水路を挟んで、宿場町時代の旅籠の建物と明治時代以降の蚕室造りの建物が見事に調和した、美しい町並みが残っています。
町並みの東寄りには、寛政年間(1790年頃)に建てられた旧関家の建物が海野宿資料館として公開されており、歴史を紐解く資料が数多く展示されています。
今、柳の枝が風にそよぐ海野宿を歩けば、町並みに軒を連ねる、出格子、卯建、出桁造りのある町家とともに、宿場当時そのままの位置に60あまりの石橋が架けられた水路が、かつての宿場町の面影を彷彿とさせてくれます。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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旅の二日目は、先ず海野宿を訪れました。
町並みの東端にある市営駐車場に車を停めて、ここ東の枡形から町歩きを始めます。 -
海野宿で見つけた汚水枡の蓋。
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町並みに入ると、コスモスの花が出迎えてくれます。
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コスモスの花は、外側の大きな8枚の舌状花と、中央部の沢山の黄色い筒状花の二重構造を持っています。
コスモスの花の色は外側の舌状花の色を指しています。 -
通常、舌状花は一重咲きですが、園芸品種の中には八重咲きや筒状の花も見られます。
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東西方向に流れる水路に沿って柳並木が茂る町並みは、北側には1軒の本陣と2軒の脇本陣を含む43軒、南側には61軒の町家が向かいあい、かつて大勢の旅人で賑わった頃の風情をたたえています。
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電柱が一本も立っていない町並みを流れる水路を挟んだ両側の道は、右側の太い道を馬が、左側の細い道を人が通っていたそうです。
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町並みを東西に貫いて流れる水路。
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養蚕のために室内で火が焚けるようにと、屋根の棟に「気抜き」と呼ばれる煙出しの小屋根が架けられた町家が見えます。
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これは、明治時代になり、宿場制度の廃止により衰退した旅籠業に代わって養蚕業が台頭したことによるものです。
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元々旅籠の客室として使われていた広くて大きな部屋を養蚕場に転用すべく改造した建物や・・・
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当初から養蚕を目的として建てられた、蚕室造りの大きく堅牢な建物が次々と現れるようになり、かつての宿場町から養蚕の町へと大きく様変わりします。
とはいうものの、私のような旅人には、どれが元旅籠で、どれが養蚕を目的として建てられたものなのか、なかなか区別がつきません。 -
でも、やっぱりこのたたずまいは宿場町のものですよね・・・。
ちなみに、馬の道に対して、人の道はこんなに狭かったんですね。 -
ここ海野宿では、立派な卯建をあげた町家がたくさん見られます。
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こちらは鬼瓦まで載った瓦葺の袖卯建。
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夏場、日除けと鑑賞を兼ねて朝顔を育てておられる町家も多く見られます。
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朝顔栽培は、夏の厳しい陽射しを避ける生活の知恵として、日本の夏の風物詩ですね。
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一方、町並みを歩く人のためには、水路に沿って植えられた柳が一役買っています。
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風に揺れる柳が、涼風を演出するとともに・・・
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人にやさしい木陰を落としています。
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沢山の赤い実を付けた小林檎の木が・・・
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信州ならではの景観を創っています。
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魅力的なしつらえの路地があります。
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もちろん、路地からの眺めは、期待を裏切らない魅力的な姿を見せてくれます。
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右手に、海野宿資料館の看板が見えています。
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ここは寛政年間に建てられた旧関家の建物で・・・
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海野宿の歴史を紐解く資料が数多く展示されています。
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この辺りには、卯建のあがった町家が集まっています。
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特にこの町屋は、卯建の屋根に軒樋まで付けておられるだけでなく・・・
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本屋根と同じ鯱鉾を載っけると云う念の入れよう。
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珍しく、妻入りの町家があります。
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風にそよぐ柳越しに見た卯建のあがる町家たち。
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こちらは、「気抜き」と呼ばれる、養蚕のための煙出しの小屋根が架けられた大きな町家。
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元々旅籠の客室として使われていた大きな部屋があったので、養蚕場に転用しやすかったんでしょうね。
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水路に架けられた石橋も、宿場当時そのままの位置に残っているそうです。
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こちらの町家の小屋根は、単なる台所の煙出しのための越屋根のようです。
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こちらの町家は本卯建ですが、先ほどの町家と違ってとても軽快な感じがします。
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こちらは、またまた重厚な卯建です。
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柳並木の中に、所々桜の木が植えられています。
春の開花シーズンには一段と風情が高まるんでしょうね。 -
水路の水面に影を落とす萩。
信州はすっかり秋ですね〜。 -
こちらの町家は、出格子や出桁造りが複雑な構造美を見せています。
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漆喰塗り籠めの大きな町家です。
卯建も立派! -
先ほどの本卯建の町家。
こちら方見れば本卯建であることが判ります。 -
ほとんどの窓が格子窓になっている町家は・・・
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旅籠屋特有なんでしょうね。
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真っ青な空が心地いいですね。
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海野宿の柳並木は、これ無くしては語れないほど、町並み景観を形成する上で重要な役割を果たしています。
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あまり目立ちませんが、この町家も小さいながら立派な卯建があがっています。
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黒壁が印象的な土蔵造りの町家のナマコ壁に寄り添うように・・・
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秋の七草のひとつ、女郎花(おみなえし)が咲いています。
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町並みに残る旅籠屋さんには、宿場町当時、大勢の宿泊客がわらじを脱いだんでしょうね。
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じっと目をつむると、宿泊客の喧騒が聞こえてきそうです。
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北側のこの辺りには、1軒の本陣を挟んで、2軒の脇本陣が建っていたそうです。
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ここが本陣跡です。
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馬に塩を与えた石の器。
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本卯建のあがる町家。
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ここが西側の脇本陣跡のようです。
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この辺りには・・・
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2階を漆喰で塗り籠めた町家が続いています。
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今は黒い金属屋根で覆われていますが、元々は茅葺だったと思われる町家が見えてきました。
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この町家にも「気抜き」と呼ばれる小屋根が架かっています。
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屋根の曲線を手作業で作り出す職人さんの技量はたいしたもので・・・
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垂直と水平方向の反りを、金属板で見事に表現しています。
また、大きな一枚建具の玄関障子も見応えがあります。 -
黒い漆喰壁が落ち着いた表情を与えています。
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この辺りが海野宿の西の枡形になります。
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町並みの西端には、海野宿を示す行燈が立てられています。
では、ここで引き返します。 -
水路に根をおろす花菖蒲。
これ、流れの邪魔になっていませんか・・・? -
2階の雨戸に鉄板を貼った町家。
1階欄間の格子が凝ったデザインになっています。 -
本当にこの町並みに柳並木は欠かせません。
ある意味主役ですよね。 -
電柱が一本も立っていない町並みでは、宿場町当時そのままの面影を垣間見ることができます。
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「気抜き」のシルエット。
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宿場町の風情をたたえる屋号が書かれた看板。
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妻入り町家の三角屋根が突出しています。
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馬つなぎ石のある町家の横には・・・
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素晴らしい景観を見せてくれる路地があります。
路地好きの私にとって、この上ない空間です。 -
虫籠窓風のしつらえの中に、格子状のガラス窓がはめ込まれた町家があります。
ちょっと斬新な雰囲気がしませんか・・・。 -
本陣跡まで戻って来ました。
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郵便ポストも控えめな場所に立っています。
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格子のデザインが特徴的な町家です。
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柳の枝が風にそよぐ町並み。
2階の窓建具の桟がいいですね。 -
満開の萩の花。
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卯建のあがった町家が集中するあたりまで戻って来ました。
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棟飾りに瓦と鬼瓦。
歴史を感じさせるように苔が生しています。 -
枝垂れる柳の葉を透かして見た町並み。
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海野宿資料館です。
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水路に張ったクモの巣が、陽の光を浴びて存在感を示しています。
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小林檎と町並み。
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百日紅(サルスベリ)と町並み。
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よく見ると、日除けの朝顔も・・・
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日差しが強いので、屋根が作る陰の中で咲いています。
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夏の代名詞、朝顔。
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アップにした朝顔の写真。。
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朝顔の雄しべと雌しべ。
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背の低い丸いのが雌しべで、背が高く細長いのが雄しべです。
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東の枡形まで戻って来ました。
今回、柳の枝が風にそよぐ海野宿を歩き、かつての宿場町の風情を壊すことなく、養蚕の町へと変貌を遂げた見事な町並みに触れることができ、思っていた以上に素晴らしい町並みであることを発見することができました。
また、再訪したい町が増えました。 -
では、海野宿ふれあいセンターに咲いているムクゲを最後に、次の目的地へ向かいます。
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