2014/07/14 - 2014/07/14
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SUOMITAさん
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1645 首里城公園到着.6年ぶりだ.年々整備されていくので,だんだん絢爛豪華になっていくよう.琉球第二尚氏王朝の歴史を感じる.戦争でほとんど破壊されたものをよくここまで復元した.守礼之門のわきにある園比屋武御嶽石門は御嶽への門だ.昨年来たときにここに座って地元の人が祈っていたことをよく覚えている.一回り見学した.私は首里城そのものよりも龍潭をはじめとした周りの旧跡のほうがおもしろい.沖縄那覇旅行2-龍潭,弁財天堂,円覚寺跡,園比屋武御嶽石門,玉陵http://4travel.jp/travelogue/10849670や沖縄那覇旅行3-首里観音堂,真玉道(金城町石畳道),護国寺,波上宮http://4travel.jp/travelogue/10850868を参照してほしい.
1825県庁前へ,2030に再集合.それまで国際通りで食事とショッピング.わたしもかりゆしウエアを買う.皆はバスで帰るが,私たちは5人でおもろまちの花咲酒家てぃーだに行く.1930に予約しておいた.ここは若干値段が高いが,琉球料理を食べやすく提供してくれるのと,個室がいい.ゆっくりと食べることができる.結構食べて飲んで一人6000円すこしだった.満足.2200にお開きとして,北谷のホテル,ザ・ビーチタワー沖縄に帰る.
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 観光バス ANAグループ
- 旅行の手配内容
- 団体旅行
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1640 龍潭通り,龍潭から首里城が見える.首里城の周りを散歩した昨年を思い出す.
沖縄那覇旅行2-龍潭,弁財天堂,円覚寺跡,園比屋武御嶽石門,玉陵
http://4travel.jp/travelogue/10849670 -
1645 到着 首里城公園には6年ぶり
沖縄出張旅行3-首里城公園,県立博物館
http://4travel.jp/travelogue/10290408
守礼の門 -
「守礼(しゅれい)」は「礼節を守る」という意味で、門に掲げられている扁額(へんがく)には「守禮之邦(しゅれいのくに)」と書かれている。「琉球は礼節を重んずる国である」という意味である。首里城は石垣と城門の多い城であるが、中でもデザイン上バランスがとれ、エレガントな雰囲気のある代表的な門がこの「守礼門」である。中国風の牌楼(ぱいろう)という形式で建立されている。1527〜55年(第二尚氏4代目尚清王(しょうせいおう)代)にはじめて建立され、1933年(昭和8)に国宝に指定されたが沖縄戦で破壊された。現在の門は1958年(昭和33)に復元されたもの.http://oki-park.jp/shurijo/guide/52#syurei-mon
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園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)世界遺産
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国王が外出するときに安全祈願をした礼拝所である。形は門になっているが人が通る門ではなく、いわば神への「礼拝の門」ともいうべき場所である。
門の上部に掛けられている扁額(へんがく)の内容から1519年(尚真王(しょうしんおう)代)に建てられたことが判明している。1933年(昭和8)国宝に指定されたが、沖縄戦で一部破壊され、1957年(昭和32)復元された。現在、国指定重要文化財となっている。また2000年(平成12)には世界遺産へ登録された。http://oki-park.jp/shurijo/guide/52#syurei-mon -
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歓会門(かんかいもん)首里城の城郭(じょうかく)内へ入る第一の正門で、「歓会(かんかい)」とは歓迎するという意味である。往時、首里城へは中国皇帝の使者「冊封使(さっぽうし)」が招かれたが、こうした人々を歓迎するという意味でこの名が付けられた。創建は1477〜1500年頃(尚真王代)で、沖縄戦で焼失したが、1974年(昭和49)に復元された。門は石のアーチ状の城門の上に木造の櫓(やぐら)が載せてある。http://oki-park.jp/shurijo/guide/52#syurei-mon
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「冊封七碑」とは、龍樋の周辺に設置されている七つの石碑のことである。中国皇帝の使者として琉球国王の即位を宣言するために遣わされた歴代の「冊封使(さっぽうし)」たちは、龍樋の水の清らかさを讃え、漢詩を詠んだり題字を残した。それらの碑は沖縄戦で破壊され、ほとんど現存しないが、1984年(昭和59年)発掘調査の際に「飛泉(ひせん)」という割れた石碑が発見され、沖縄県立博物館に保存されていた「漱玉(そうぎょく)」という石碑の残り半分であることが判明し当時話題になった。(前の出展と同じ)
瑞泉門(ずいせんもん)「瑞泉(ずいせん)」とは「立派な、めでたい泉」という意味である。門の手前右側にある湧水が「龍樋(りゅうひ)」と呼ばれ、それにちなんでこのように名付けられた。ここは第二の門で、別名「ひかわ御門(うじょう)」ともいう。創建は1470年頃で沖縄戦で焼失したが、1992年(平成4)に復元された。門の両脇には一対の石獅子(いしじし)が並んでいる。これも魔除けの意味で置かれている。(同) -
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龍樋(りゅうひ)「龍樋」は、龍の口から湧水が湧き出していることからそのように名付けられた。この水は王宮の飲料水として使われていた。龍の彫刻は1523年に中国からもたらされたもので、約500年前のものである。
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漏刻門(ろうこくもん)
「漏刻(ろうこく)」とは中国語で「水時計」という意味である。ここは第三の門で、別名「かご居せ御門(うじょう)」ともいう。当時、身分の高い役人は駕籠(かご)にのって首里城へ登城したが、高官でも国王に敬意を表し、この場所で駕籠から下りたということからそのように呼ばれている。創建は15世紀頃である。門の上の櫓(やぐら)に水槽を設置し、水が漏れる量で時間を計ったといわれている。時刻を測定すると係の役人がここで太鼓を叩き、それを聞いた別の役人が東(あがり)のアザナと西(いり)のアザナおよび右掖門(うえきもん)で同時に大鐘(おおがね)を打ち鳴らし、城内および城外に時刻を知らせた -
ずいぶん高台に上ってきた.ゆいレールが見える
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日影台(にちえいだい)「漏刻門(ろうこくもん)」の正面に置かれているのが「日影台(にちえいだい)」という日時計である。往時もこの場所におかれ、水時計の補助的な道具として使われた。
1739年、従来の漏刻は不完全であるとして、はじめて日影器(にちえいき)を製作し設置したと伝えられる。以後、この時間制度は1879年(明治12)廃藩置県(はいはんちけん)まで続いた。(同) -
万国津梁の鐘(ばんこくしんりょうのかね)この鐘は歴史資料では1458年に首里城正殿に掛けられていたと記録されているが、具体的な設置場所が不明であるため、当面ここに設置している。沖縄県立博物館に収蔵されている「万国津梁の鐘」のレプリカである。鐘には「琉球国は南海の美しい国であり、朝鮮、中国、日本との間にあって、船を万国の架け橋とし、貿易によって栄える国である。」という主旨の銘文が刻まれており、往時の海洋王国としての誇らしい心意気が示されている。
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広福門(こうふくもん)「広福(こうふく)」とは、「福を行き渡らせる」という意味である。「広福門(こうふくもん)」は別名「長御門(ながうじょう)」といい、第四の門である。建物そのものが門の機能をもっており、この形式も首里城の城門の特徴である。(同)
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奉神門(ほうしんもん)「神をうやまう門」という意味で、首里城正殿のある「御庭(うなー)」へ入る最後の門である。1562年には石造欄干(せきぞうらんかん)が完成したという記録があることから創建はそれ以前である。その後1754年に中国の制に倣い改修した。建物は明治末期頃に撤去されたが、1992年(平成4)に外観が復元された。(同)
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「御庭(うなー)」は首里城の中心部である。正面が「正殿」、向かって右(南側)が「南殿・番所(なんでん・ばんどころ)」、左(北側)が「北殿(ほくでん)」で、これらに囲まれた中庭広場の空間を「御庭」という。年間を通じて様々な儀式が行われた広場である。御庭には磚(せん)【敷き瓦】というタイル状のものが敷かれているが、この色違いの列は、儀式のさいに諸官が位の順に立ち並ぶ目印の役割をもっていた。中央の道を「浮道(うきみち)」といい、国王や中国皇帝の使者【冊封使(さっぽうし)】等限られた人だけが通ることを許された。(同)
北殿はかつては北の御殿(にしのうどぅん)、議政殿(ぎせいでん)とも呼ばれていました。創建は1506〜1521年頃とされ、記録によると1709年の首里城の大火で他の建物とともに焼失し、1712年頃再建されました。常は王府の行政施設として機能し、表15人衆(大臣)や筆者、里之子(さとぅぬし)と呼ばれる役人等が働いていました。(同) -
庭から向かって右側が「番所(ばんどころ)」、左側が「南殿(なんでん)」である。「番所」は、通常は首里城へ登城してきた人々の取次を行った所であり、「南殿」は日本風の儀式が行われた所である。
(同) -
正殿は琉球王国最大の木造建造物で国殿または百浦添御殿(ももうらそえうどぅん)とよばれ、文字通り全国百の浦々を支配する象徴として最も重要な建物でした。正殿を二層三階建てとすることや装飾化した龍柱は日中にも類例がなく、琉球独自の形式といってよいでしょう。
(同) -
御書院 創建年は、不明であるが1709年の火災により正殿を始め、周辺の多くの建物が消失したが1715年頃に主な建物が再建された。その事から書院も正殿等と同様、1715年頃再建されたものと考えられている。また、鎖之間はその後、増築されたと考えられている。
書院は国王が日常の執務を行った、御書院(ごしょいん)と言われる広間がある建物である。取次役や近習などの側近の者がその周囲に控えていた。また、中国皇帝の使者(冊封使)や那覇駐在の薩摩役人を招き、ここで接待を行うこともあった。 -
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庭園は、書院・鎖之間と一体をなす重要なもので、城内で唯一の本格的な庭園である
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内炉之間(うちろのま)と言われる茶室があり、御書院(ごしょいん)の裏座にあたり、お茶を点てて客人に振る舞っていた。
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御差床(うさすか)2階 国王が座る玉座。
御差床後の障子戸を開くと、奥に国王専用の階段(おちょくい)があります。国王はその階段を使って2階から御差床に出御します。
御差床左右の柱には龍が描かれ、そのまわりには雲が配色されています。
なお、国王の椅子については、1477年〜1526年まで在位した尚真王の御後絵(肖像画)をもとに再現したものです。 -
戸をあけて二階から姿を現したのだろう
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御差床(うさすか)1階 2階にも1階と同じ場所に御差床があるのは極めてめずらしいと言われています。
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下に遺跡が見えるようになっている
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外に出る
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北殿は南殿・番所同様、鉄筋コンクリート造として外観を木造で復元しています。案内はパネルなどで首里王府の位置やしくみ、冊封式典(さっぽうしきてん)などを解説し、映像による展示も行っています。北殿の中は展示室.冊封儀式模型.
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琉球王朝史が展示してある
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琉球王の王冠(複製)
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さてこれで終わり,帰りの「久慶門(きゅうけいもん)」は別名「ほこり御門(うじょう)」ともいう。歓会門(かんかいもん)が正門であるのに対し、ここは通用門で主に女性が利用したといわれている。国王が寺院を参詣(さんけい)したり、浦添から以北の地方へ行幸(ぎょこう)するとき等に使用した門であった。創建は1477〜1526年【尚真王代(しょうしんおう)】といわれ、1983年(昭和58)に復元された。
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1800駐車場でもう一度バスに乗車
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1825これから国際通りでショッピング.県庁前でバスを降りる.私もかりゆしウエアのシャツを買う.その他みな買い物と食事を2030までおこなうが,仲間たち5人で食事に行くことが決まっていた.1930に予約してあったので,1910にタクシーを拾い,おもろまちへ.
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昨年10月に出張時に寄った花咲酒家てぃーだを1930に予約しておいた.そんなに高くないし沖縄料理を洗練させているので食べやすい.
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個室だし
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豆腐
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島ラッキョウ天ぷら780円
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海鮮サラダ
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ソーセージの石焼き
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にぎり十二貫盛り3600円
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いかげそ
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活き呼子イカ 1600円
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北谷の泡盛 長老を飲む
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豆腐チャンプル
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アスパラのベーコン揚げ
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〆穴子一本揚げ1100円
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石垣牛とフォアグラの黒石焼3600円
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おにぎり
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お茶漬け
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デザート 結構飲んで一人6000円くらい.沖縄の物価から見ればやや高いが,おいしかったし,個室でゆっくりできたし最高だった
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おみおくり
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2200タクシーで出発
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北谷まで3000円ほど.約30分で到着 この日は酔っぱらっていたので爆睡
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