2014/09/26 - 2014/09/26
280位(同エリア333件中)
滝山氏照さん
JR鹿島線鹿島神宮駅から徒歩で約10分、根本寺(こんぽんじ、茨城県鹿嶋市宮中)は聖徳太子の開基と伝えられる臨済宗妙心寺派の寺院です。
中世期では源頼朝が再興して寺領600石を寄進し、南北朝期には足利尊氏の嫡男義詮(よしあきら)が仏殿の再建を、近世に至っては徳川家康は寺領100石を給して当該寺院の再興に貢献して古刹の発展に尽くしています。
また江戸中期に俳人松尾芭蕉は敬愛する当寺住職である仏頂和尚に会ってその寺に投泊し名句を残し「鹿島紀行」に紹介されているそうです。(鹿島紀行:貞享4年、芭蕉が門人の曽良と宗波を伴って、鹿島へ月見に出かけた時の紀行)
境内に設置の記念石碑には当寺の由緒などが記述され参考になります。
『 瑞?山根本寺昭和本堂建立詩
当山は 推古天皇の廿一年(613)聖徳太子が 勅を奉じ 鬼門鎮護と衆民修法に依り 護国興隆の発願を以って 本尊に東方薬師如来を安置して建立された勅願寺である。
開祖は高麗の恵灌大僧正で 始め三論宗に属し その後 法相 天台と移り法澄を掲ぐ
建久2年(1191)鎌倉殿が再興され寺領六百石を寄進下さる 弘安年間蒙古来襲に当り 後宇多帝は 勅印を下して「天下平均 異国帰伏」の祈祷を修せしめる 国難霧散するや本尊の霊験が頰にうたわれ 遂に東国屈指の霊場となる 勅印令に存す
康永年間 光明帝の勅を奉じ 入宋の教外得蔵和尚が入山 堂宇を修営し 禅宗に改める 次いで 足利将軍義詮公も仏殿を再興され この時 後光厳帝は「祈祷」の勅願を下賜され現存する
近世 徳川幕府は寺領百石を給し 由緒と法燈の連綿を願う 末寺二ヶ寺 塔頭五庵あり 例年正月幕下に謁して歳始を賀す
芭蕉翁の鹿島紀行に依れば 貞享4年(1687)8月 翁は敬慕する蕉化の師 当山廿一世仏頂和尚に拝顔し 山内の小庵に投宿次の名句を残す
月はやし 梢は雨を 持ちながら
寺にねて まこと顔なる 月見かな
幾多の変遷をへて 幕末文久 元治に至るや 筑波の天狗党の乱の際 当山もその兵火に羅り 荘厳を極めた伽藍も鳥育と帰し 昔日の面影を全く失う
明治の初め 解体古材によって建てられた方丈も没頒し ここに昭和本堂造営を発願す 檀信徒一同 多額の浄財を喜捨し よき棟梁に恵まれ 忽ち祖々の威風を再現す 維れ時昭和56年7月落慶せり
ここに当山の略史を連ね 昭和本堂建立の詩を刻して後世につたう 云々
昭和56年8月15日
(以下 判読不可能により略) 』
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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根本寺正門
右側石柱に「瑞?山 根本寺」の刻印が認められます。 -
根本寺・山門
山門をくぐり参道を直進しますと本堂が見えます。 -
イチオシ
根本寺・本堂
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根本寺本堂・扁額
本堂上部には「瑞?山」と刻された扁額が見えます。 -
根本寺・本堂再建記念石碑
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根本寺・境内
本堂から山門方向に捉えます。 -
根本寺・境内
境内から遠方に視線を広げます。 -
鹿島神宮駅
駅舎に向かう歩道の広がりはゆったりとした気分にさせます。 -
鹿島神宮駅
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鹿島神宮駅ホーム
当駅はJR鹿島線の他に鹿島臨海鉄道大洗線が乗り入れています。 -
鹿島臨海鉄道大洗線車両
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鹿島臨海鉄道時刻表
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鹿島神宮駅ホーム
右が鹿島臨海鉄道大洗~鹿島線、左がJR鹿島線の専用ホームとなっています。 -
JR車両
千葉行きの車両です。 -
JR鹿島線時刻表
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