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愛媛県西予市宇和町卯之町は、1376年に西園寺氏が築いた松葉城の城下町を起源とする町で、宇和島や大洲をはじめとする近郊の町を結ぶ交通の要衝に位置していたことから、古くから南予の穀倉地帯で収穫された農作物の一大集散地になっていました。<br /><br />天領となった江戸時代に宇和島藩が成立すると、宇和島藩最大の在郷町にまで発展するとともに、宇和島と大洲を結ぶ宇和島街道の宿場町としての機能をも併せもつようになり、北西から南東に斜めに通る町並みの中で最も古い山裾側の中町通りには、穀倉地帯の庄屋たちが集まって白壁、蔀戸、卯建、出格子などをもつ町家が連なる町並みを形成、約250年もの永きに亘りわたり繁栄が続きます。<br /><br />明治以降も卯之町の中心だった中町には、明治15年に文明開化の先駆けとして建てられた擬洋風建築の開明学校やアーチ窓と赤い屋根を持つ教会などの洋風建築が出現し、伝統的な町並みの中でひときわ異彩を放っています。<br /><br />明治33年の県道の開通に始まり、昭和中期に鉄道や国道が中町の南側に開通すると、商店や官公庁などの機能が南へ南へと移って行き、開発を免れた宇和島街道沿いの中町一帯には、かつての風情を湛えた町並みがそのまま残されることとなりました。<br /><br />では、中町広場の駐車場に車を停めさせてもらって、南東側から町歩きを始めます。

2014 愛媛の旅 3/8 卯之町 (2日目)

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2014/07/19 - 2014/07/21

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nao

naoさん

愛媛県西予市宇和町卯之町は、1376年に西園寺氏が築いた松葉城の城下町を起源とする町で、宇和島や大洲をはじめとする近郊の町を結ぶ交通の要衝に位置していたことから、古くから南予の穀倉地帯で収穫された農作物の一大集散地になっていました。

天領となった江戸時代に宇和島藩が成立すると、宇和島藩最大の在郷町にまで発展するとともに、宇和島と大洲を結ぶ宇和島街道の宿場町としての機能をも併せもつようになり、北西から南東に斜めに通る町並みの中で最も古い山裾側の中町通りには、穀倉地帯の庄屋たちが集まって白壁、蔀戸、卯建、出格子などをもつ町家が連なる町並みを形成、約250年もの永きに亘りわたり繁栄が続きます。

明治以降も卯之町の中心だった中町には、明治15年に文明開化の先駆けとして建てられた擬洋風建築の開明学校やアーチ窓と赤い屋根を持つ教会などの洋風建築が出現し、伝統的な町並みの中でひときわ異彩を放っています。

明治33年の県道の開通に始まり、昭和中期に鉄道や国道が中町の南側に開通すると、商店や官公庁などの機能が南へ南へと移って行き、開発を免れた宇和島街道沿いの中町一帯には、かつての風情を湛えた町並みがそのまま残されることとなりました。

では、中町広場の駐車場に車を停めさせてもらって、南東側から町歩きを始めます。

同行者
一人旅
交通手段
自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 町歩きのスタート地点には、鳥居門といわれる武家屋敷のような立派な門があります。

    町歩きのスタート地点には、鳥居門といわれる武家屋敷のような立派な門があります。

  • これは、天保5年(1834)に鳥居半兵衛と云う庄屋さんが建てたものですが・・・

    これは、天保5年(1834)に鳥居半兵衛と云う庄屋さんが建てたものですが・・・

  • 「庄屋の身分にしては分不相応な門構えだ」と、鳥居半兵衛がおとがめを受けたと云う、いわくつきの門です。

    「庄屋の身分にしては分不相応な門構えだ」と、鳥居半兵衛がおとがめを受けたと云う、いわくつきの門です。

  • 鳥居門に続いて、江戸時代から続く造り酒屋、池田屋(最進酒造)さんがあります。<br /><br />現在、古い建物を活かしてギャラリーや酒蔵喫茶もなさっています。

    鳥居門に続いて、江戸時代から続く造り酒屋、池田屋(最進酒造)さんがあります。

    現在、古い建物を活かしてギャラリーや酒蔵喫茶もなさっています。

  • 池田屋さんの玄関前に、奥行き半間分の空間を作るため、大きな持ち送りが下屋を支えています。<br /><br />玄関入り口の上に箱がつけられているので、何かなと思ってよ〜く見てみると・・・

    池田屋さんの玄関前に、奥行き半間分の空間を作るため、大きな持ち送りが下屋を支えています。

    玄関入り口の上に箱がつけられているので、何かなと思ってよ〜く見てみると・・・

  • ツバメが巣を作っていました。<br /><br />ツバメの糞が入り口の通路に落ちてこないようにしてるんですね。<br /><br />巣の中では、雛たちが親鳥の帰って来るのをじっと待っています。

    ツバメが巣を作っていました。

    ツバメの糞が入り口の通路に落ちてこないようにしてるんですね。

    巣の中では、雛たちが親鳥の帰って来るのをじっと待っています。

  • 鳥居門向かいの町家です。<br /><br />右側の町家には、たくさんのお人形さんが飾られています。

    鳥居門向かいの町家です。

    右側の町家には、たくさんのお人形さんが飾られています。

  • 中町通りの東端の角から、歩いて来た方向を振り返ったところです。<br /><br />左手前が池田屋さん。

    中町通りの東端の角から、歩いて来た方向を振り返ったところです。

    左手前が池田屋さん。

  • 今度はこの町の中心、中町通りを見通しました。

    今度はこの町の中心、中町通りを見通しました。

  • 中町通りの東端の角に建つ町家です。<br /><br />2階の大きな窓が特徴的です。

    中町通りの東端の角に建つ町家です。

    2階の大きな窓が特徴的です。

  • その軒先に吊られた青銅製の花活け。<br /><br />こうして、ずっと町並みを見守ってきたんでしょうね。

    その軒先に吊られた青銅製の花活け。

    こうして、ずっと町並みを見守ってきたんでしょうね。

  • 入母屋造りの屋根の角部が、寺院でよく見られるように反り上がっています。

    入母屋造りの屋根の角部が、寺院でよく見られるように反り上がっています。

  • 卯之町にもう一軒ある、江戸時代から続く造り酒屋の元見屋酒店さんは、中町通りに東の端にあります。

    卯之町にもう一軒ある、江戸時代から続く造り酒屋の元見屋酒店さんは、中町通りに東の端にあります。

  • この斜材がユニークです。<br /><br />柱が屋根を支えているので持ち送りではないんですが、筋交いのような働きをしているようです。

    この斜材がユニークです。

    柱が屋根を支えているので持ち送りではないんですが、筋交いのような働きをしているようです。

  • 元見屋酒店さんのお向かいには、6軒並んだ白漆喰塗りの妻入りの町家がノコギリの刃のような景観を創り出しています。<br /><br />手前から2軒目は、文化の里休憩所になっています。

    元見屋酒店さんのお向かいには、6軒並んだ白漆喰塗りの妻入りの町家がノコギリの刃のような景観を創り出しています。

    手前から2軒目は、文化の里休憩所になっています。

  • 鮮やかな暖簾が玄関先で揺れています。

    鮮やかな暖簾が玄関先で揺れています。

  • その暖簾が揺れているのは、妻入りの伝統的な町家です。<br /><br />玄関周りのたたずまいは落ち着いたいい雰囲気を醸しています。

    その暖簾が揺れているのは、妻入りの伝統的な町家です。

    玄関周りのたたずまいは落ち着いたいい雰囲気を醸しています。

  • 文化の里休憩所には本卯建があがっています。

    文化の里休憩所には本卯建があがっています。

  • 文化の里休憩所の格子に付けられた掛け花入れ。<br /><br />桔梗の花が涼しげです。

    文化の里休憩所の格子に付けられた掛け花入れ。

    桔梗の花が涼しげです。

  • 木部にベンガラを塗った町家。

    木部にベンガラを塗った町家。

  • この6軒、共通しているのは妻入りという点だけで、それぞれ思い々々の意匠を凝らしておられます。

    この6軒、共通しているのは妻入りという点だけで、それぞれ思い々々の意匠を凝らしておられます。

  • ノコギリの町家の先にも、風情ある町並みが続いています。

    ノコギリの町家の先にも、風情ある町並みが続いています。

  • 中町広場のお隣の町家は、いろんな物を集めるのが趣味のようで、背負子のようなものも飾ってあります。

    中町広場のお隣の町家は、いろんな物を集めるのが趣味のようで、背負子のようなものも飾ってあります。

  • こちらは、文化元年(1804)に建てられた老舗旅館さん。<br /><br />切妻屋根に白漆喰塗り込めの建物で、桟瓦葺の大きな屋根には、5列の本瓦の降棟がついています。

    こちらは、文化元年(1804)に建てられた老舗旅館さん。

    切妻屋根に白漆喰塗り込めの建物で、桟瓦葺の大きな屋根には、5列の本瓦の降棟がついています。

  • 玄関に掲げられた著名人の芳名板は、この旅館の歴史と格式を示しています。<br /><br />中には、教科書に出てくるような人物の名前も見受けられます。

    玄関に掲げられた著名人の芳名板は、この旅館の歴史と格式を示しています。

    中には、教科書に出てくるような人物の名前も見受けられます。

  • 旅館のモミジの古木に共生するノキシノブ。

    旅館のモミジの古木に共生するノキシノブ。

  • 平入りの建物の右寄りには、大きな持送りで支えられた破風の付いた玄関があります。

    平入りの建物の右寄りには、大きな持送りで支えられた破風の付いた玄関があります。

  • 現在、この建物は旅館として使われておらず、県道沿いに新館を建てて営業されているそうです。

    現在、この建物は旅館として使われておらず、県道沿いに新館を建てて営業されているそうです。

  • ここにも木部にベンガラを塗った町家があります。

    ここにも木部にベンガラを塗った町家があります。

  • 2階の戸袋と手すりが面白いですね。

    2階の戸袋と手すりが面白いですね。

  • 正面の間口は2間半しか無いのに、何と奥行きのある町家なんでしょうか・・・。<br /><br />まさに鰻の寝床です。

    正面の間口は2間半しか無いのに、何と奥行きのある町家なんでしょうか・・・。

    まさに鰻の寝床です。

  • 平入りの玄関にしつらえられた破風の鬼瓦と鯱鉾。

    平入りの玄関にしつらえられた破風の鬼瓦と鯱鉾。

  • この町家の破風の写真を撮っているのを見ていたのか、通りがかりの人が「この先にもっと古い飾り瓦があるよ」と教えて下さったので、見に行ってみました。

    この町家の破風の写真を撮っているのを見ていたのか、通りがかりの人が「この先にもっと古い飾り瓦があるよ」と教えて下さったので、見に行ってみました。

  • こちらも玄関の破風に鳥の飾り瓦と・・・

    こちらも玄関の破風に鳥の飾り瓦と・・・

  • 鬼瓦が載っていました。<br /><br />さらに、縣魚の代わりに、一枚板から削り出した鶴の彫刻が付けられています。<br /><br />教えてくれた方はこの鶴の彫刻のことをおっしゃっていたのかも知れませんね。<br /><br />でも、このしつらえは始めて見ました。

    鬼瓦が載っていました。

    さらに、縣魚の代わりに、一枚板から削り出した鶴の彫刻が付けられています。

    教えてくれた方はこの鶴の彫刻のことをおっしゃっていたのかも知れませんね。

    でも、このしつらえは始めて見ました。

  • ベンガラ塗った鰻の寝床のお向かいの土蔵。

    ベンガラ塗った鰻の寝床のお向かいの土蔵。

  • その土蔵を備えているのは・・・

    その土蔵を備えているのは・・・

  • 「清澤屋」の屋号で酒造業を営んできた末光家住宅です。<br /><br />桟瓦葺切妻屋根の2階建ての建物は、明和7年(1770)の建築と云われ、この町並みの中で最も古い建物だそうです。

    「清澤屋」の屋号で酒造業を営んできた末光家住宅です。

    桟瓦葺切妻屋根の2階建ての建物は、明和7年(1770)の建築と云われ、この町並みの中で最も古い建物だそうです。

  • 1階の下屋は大きな持ち送りで支えられています。

    1階の下屋は大きな持ち送りで支えられています。

  • この町並みの中で最も古い建物だと云われるだけあって、他にはみられない迫力を感じます。

    この町並みの中で最も古い建物だと云われるだけあって、他にはみられない迫力を感じます。

  • 末光家住宅のお向かいには、大正15年(1926)に完成した日本キリスト教団卯之町教会があります。

    末光家住宅のお向かいには、大正15年(1926)に完成した日本キリスト教団卯之町教会があります。

  • 教会のお隣には、今ではほとんど見かけなくなった商売道具や生活用品類が展示されている宇和民具館があります。

    教会のお隣には、今ではほとんど見かけなくなった商売道具や生活用品類が展示されている宇和民具館があります。

  • ここでは、展示品を通じて宇和町の文化や生活風土の歴史に触れることができるそうです。

    ここでは、展示品を通じて宇和町の文化や生活風土の歴史に触れることができるそうです。

  • 宇和民具館のお向かいにも本卯建のあがる町家があります。

    宇和民具館のお向かいにも本卯建のあがる町家があります。

  • 郵便ポスト越しに見た末光家住宅。

    郵便ポスト越しに見た末光家住宅。

  • 右側の町家はシンプルなデザインの持ち送りで下屋を支えています。<br /><br />雲形のデザインが多い中で、珍しいですね。

    右側の町家はシンプルなデザインの持ち送りで下屋を支えています。

    雲形のデザインが多い中で、珍しいですね。

  • この町家は、四国電力が推進する「南予の古民家再生プロジェクト」の一環として、築140年と言われる卯之町の古民家を再生した電化リフォームのPR施設、「よんでん和み館」です。<br /><br />このプロジェクトは、四国電力宇和島支店管内に数多く残る伝統的な古民家の保全を目的に立ち上げられたもので、古民家再生の方向性を示唆するものとして関心が高まっています。<br /><br />私個人的には、多少商魂たくましいところが見え隠れするものの、好感を持ちました。

    この町家は、四国電力が推進する「南予の古民家再生プロジェクト」の一環として、築140年と言われる卯之町の古民家を再生した電化リフォームのPR施設、「よんでん和み館」です。

    このプロジェクトは、四国電力宇和島支店管内に数多く残る伝統的な古民家の保全を目的に立ち上げられたもので、古民家再生の方向性を示唆するものとして関心が高まっています。

    私個人的には、多少商魂たくましいところが見え隠れするものの、好感を持ちました。

  • この町家は、今も営業されている旅館です。<br /><br />この旅館までが中町通りで、前の道路は宿場町でよく見かける枡形になっています。

    この町家は、今も営業されている旅館です。

    この旅館までが中町通りで、前の道路は宿場町でよく見かける枡形になっています。

  • 旅館の玄関の上には、透かし彫りの扁額が掛けられています。

    旅館の玄関の上には、透かし彫りの扁額が掛けられています。

  • 宇和町の汚水枡の蓋は、開明学校がモチーフになっています。

    宇和町の汚水枡の蓋は、開明学校がモチーフになっています。

  • 枡形の反対側の角にある町家では・・・

    枡形の反対側の角にある町家では・・・

  • 日除けのために育てている植物のつるに、外灯が呑み込まれそうです。

    日除けのために育てている植物のつるに、外灯が呑み込まれそうです。

  • 枡形から西側の、新町の町並みです。

    枡形から西側の、新町の町並みです。

  • 新町にある伝統的な町家です。

    新町にある伝統的な町家です。

  • 格子窓の前に板塀がしつらえられていますが、この町並みでは余り見かけませんね。<br /><br />新町はこれくらいにして、そろそろ引き返します。

    格子窓の前に板塀がしつらえられていますが、この町並みでは余り見かけませんね。

    新町はこれくらいにして、そろそろ引き返します。

  • 板塀のディティール。<br /><br />金属板の屋根が掛かっています。

    板塀のディティール。

    金属板の屋根が掛かっています。

  • 枡形に立つカーブミラーに写る町並みの様子。

    枡形に立つカーブミラーに写る町並みの様子。

  • 「よんでん和み館」まで戻ってきました。<br /><br />この先に、開明学校へ通じる道があるので行ってみます。

    「よんでん和み館」まで戻ってきました。

    この先に、開明学校へ通じる道があるので行ってみます。

  • 開明学校は、光教寺への参道の途中の左手にあります。<br /><br />参道には良い石畳が続いています。

    開明学校は、光教寺への参道の途中の左手にあります。

    参道には良い石畳が続いています。

  • 町家の簾と石畳が良い雰囲気を醸し出しています。

    町家の簾と石畳が良い雰囲気を醸し出しています。

  • 開明学校です。<br /><br />開明学校は、明治5年(1872)の学制発布により、明治2年(1869)に私塾として建てられた申義堂(しんぎどう)を校舎として開校した西日本最古の学校で、日本建築の校舎が手狭になったことから、明治15年(1882)に擬洋風建築の校舎が建設されました。

    開明学校です。

    開明学校は、明治5年(1872)の学制発布により、明治2年(1869)に私塾として建てられた申義堂(しんぎどう)を校舎として開校した西日本最古の学校で、日本建築の校舎が手狭になったことから、明治15年(1882)に擬洋風建築の校舎が建設されました。

  • 開明学校の横にある道祖神。<br /><br />ご利益を願って、お参りする方がおられるようです。

    開明学校の横にある道祖神。

    ご利益を願って、お参りする方がおられるようです。

  • 開明学校からは、宇和民具館の屋根越しに、卯之町教会の十字架が見えています。

    開明学校からは、宇和民具館の屋根越しに、卯之町教会の十字架が見えています。

  • 開明学校を後に、石畳を下りると・・・

    開明学校を後に、石畳を下りると・・・

  • 参道の石標をアクセントに、いい景観を創り出しています。

    参道の石標をアクセントに、いい景観を創り出しています。

  • 参道入り口にあるギャラリー。<br /><br />ディキシーランドからモダンまで、JAZZを題材にした絵画が展示されています。

    参道入り口にあるギャラリー。

    ディキシーランドからモダンまで、JAZZを題材にした絵画が展示されています。

  • こちらは、「ゆびしょうゆさし」と名付けられた、傾けないで指で押して注ぐ、新しいタイプの醤油差しを扱うお店です。<br /><br />形もシンプルで、使いやすそうな醤油さしが並んでいました。

    こちらは、「ゆびしょうゆさし」と名付けられた、傾けないで指で押して注ぐ、新しいタイプの醤油差しを扱うお店です。

    形もシンプルで、使いやすそうな醤油さしが並んでいました。

  • 卯之町教会の鬱蒼とした樹々の樹間から見た末光家住宅。<br /><br />よく見ると、末光家住宅の玄関のデザインがシンメトリーになっているのを発見しました。<br /><br />では、卯之町はこれくらいにして、次の目的地へ向かいます。

    卯之町教会の鬱蒼とした樹々の樹間から見た末光家住宅。

    よく見ると、末光家住宅の玄関のデザインがシンメトリーになっているのを発見しました。

    では、卯之町はこれくらいにして、次の目的地へ向かいます。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • ぺでぃまるさん 2014/08/27 02:39:57
    夏のむかし町
    naoさん、こんばんは。

    しっとりと風情のある卯之町の町並み。
    空は快晴で、本当に絵になる風景。
    愛媛のむかし町は行きたくて行きたくて仕方ないのですが機会に恵まれません。
    ただただ美しい夏の風景、どこかに腰かけて麦茶飲みながら楽しみたいです。
    他は内子や大洲かな?

    すてきなむかし町ありがとうございます。

     ぺでぃまる

    nao

    naoさん からの返信 2014/08/27 20:19:37
    暑さも忘れて・・・。
    ぺでぃまるさん、こんばんは。

    いつも投票ありがとうございます。

    梅雨空を気にしながらの7月の旅ですが、今回はほぼ晴天に恵まれました。

    始めて訪れた愛媛の町はどこも期待どおり。
    中でも卯之町の町並みは見応え十分で、真っ青な青空の下、暑さも忘れて歩きまわってきました。

    nao

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