2013/07/08 - 2013/07/15
484位(同エリア926件中)
ナオさん
2013年の夏、東北を訪れました。
大震災後の様子が気になりながら、大して役にたたない者が被災地を訪れても、かえって邪魔になるだけではなかろうかと遠慮していたのですが、東北の人の、「観光でもいいから来てほしい。忘れられるのが、一番怖い。」との声を耳にし、それではと、夫と二人で折った2千羽の折鶴と、数珠を持って、慰霊と観光を兼ねた旅をしてきました。
マイカーで、敦賀から秋田までフェリーを利用し、高速道路を使って移動、「平泉・中尊寺」を見学、次に松島に行きました。そこからは、大震災の被災地をたどりながら海岸線に沿って久慈まで北上、慰霊の場を見つけては手を合わせ、出来るだけ地元の人々と接し、震災の話を聞かせていただいてきました。
その後は、秋田で森吉山に登り、またフェリーで帰ってきました。
観光の部分だけの紹介で終わってしまうかもしれませんが、今まとめておかなければとの思いで作りました。
これは「平泉・中尊寺」を訪れた旅行記です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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2013年の夏、東北自動車道の平泉前沢ICより、国道4号線平泉バイパスを通って、世界文化遺産に登録された中尊寺の所へやって来ました。
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中尊寺の周りには、いくつか駐車場がありますが、なるべく近い所をと、私たちは500円の駐車料金を払って、坂の上駐車場に車を止めます。
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駐車場から近い所に、ハスが植えられていました。これが、中尊寺ハスです。
中尊寺ハスは、昭和25年に、金色堂に安置されている藤原氏4代のご遺体学術調査が行われた際、4代泰衡公の首桶から発見されたもので、大賀博士の門弟長島時子氏によって平成10年7月、800年の眠りから目を覚まし、一輪の花を開花させたのだそうです。
私たちが訪れた時は、開花には少し早くつぼみでした。
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ここは大池跡で、見えているのは大池ハスです。
大池ハスは、平成13年の発掘調査で、3代秀衡公の時代の堆積土中から出土したハスの実を、中尊寺ハスを開花させた長島時子氏がよみがえらせたもので、平成17年7月24日、開花に成功したのだそうです。
私たちが訪れた時、大池ハスには残念ながら、一つのつぼみも見えませんでした。
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中尊寺は全域が重要文化財に指定されている特別史跡です。
7月の中尊寺は、緑濃く、自然豊かで、訪れる人みなが、心洗われる場所です。 -
私たちはゆっくりと坂道を登って讃衡蔵の所にやって来ました。
ここに金色堂・讃衡蔵の拝観券発行所があります。拝観料は大人800円、高校生500円、中学生300円、小学生200円です。
私たちも拝観料1人800円を支払い、まず讃衡蔵に入ります。 -
ここが讃衡蔵(さんこうぞう)です。讃衡蔵には、中尊寺の3000点をこえる国宝・重要文化財が収蔵されており、展示室では仏像、仏具、経典、書画、藤原氏の副葬品などを拝観することができます。
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これは、中尊寺境内案内図です。
天台宗東北大本山の中尊寺は、山形の山寺こと立石寺、松島の瑞巌寺、平泉の毛越寺と同じく慈覚大師円仁により、850年に開山されたお寺です。
12世紀初めには、奥州藤原氏初代清衡公により、前9年・後3年の合戦で亡くなった全ての人を供養するため、大伽藍が造営されましたが、その後、14世紀になって堂塔の多くは焼失し、今残る建物の多くは、その後に建てられたものです。
この時焼け残った金色堂は、国宝に指定されています。 -
イチオシ
私たちは、中尊寺で最も有名な金色堂へと向かいます。
金色堂は天治元年(1124年)に建てられた建物で、堂全体を金箔で覆われています。ただ覆堂の中に納められているので、金箔のお堂を、外から目にすることはできません。 -
これが金色堂の新覆堂です。この中に、金色堂がおさまっています。
金色堂は、建立50年後くらいから覆いの屋根がかけられていたようですが、その後増改築を経て、室町時代中期に覆堂が出来たようです。
覆堂は長きに渡って金色堂を守ってきましたが、昭和38年に新覆堂が出来、以前の覆堂は、旧覆堂として近くに移築されています。 -
ここは金色堂新覆堂の入り口です。ここから堂内に入りますが、堂内は撮影禁止なので、写真でお見せすることはできません。
覆堂内の中央には、金色堂が鎮座し、その中央の須弥壇の内に初代清衡公、向かって左に二代基衡公、右に三代秀衡公のご遺体と四代泰衡公の首級が納められています。
金箔で覆われた国宝の金色堂は、天治元年(1124年)の造立で、御本尊は観音・勢至菩薩を従えた阿弥陀如来です。その他にも6体の地蔵菩薩、持国天・増長天が本尊を取り囲んでいます。
金色堂の螺鈿細工や蒔絵、彫金などは平安仏教美術の最高峰といわれており、緻密で美しく、見る者を圧倒します。 -
これは岩手の生んだ詩人、宮沢賢治の詩碑です。
賢治は、中尊寺を謳った詩を残しています。賢治の自筆のこの詩碑は、昭和34年に、金色堂建立850年を記念してたてられたものです。
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五月雨の降り
残してや 光堂
これは芭蕉の句碑で、延享3年(1746年)に建立されたものです。
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ここは金色堂の近くに建つ「中尊寺経蔵」です。「中尊寺経蔵」は創建時の古材を用いて再建されたもので、重要文化財に指定されています。
「中尊寺経蔵」には「中尊寺経」がおさめていましたが、現在それらは、讃衡蔵(さんこうぞう)に収蔵されています。
この辺りは、秋には「いろはもみじ」で紅葉色に染まる中尊寺境内でももっとも美しいところだそうです。
芭蕉も訪れた東北の古刹 by ナオさん中尊寺 寺・神社・教会
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ここは天満宮です。
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「奥の細道」300年記念で平成元年5月に建立された芭蕉翁像と奥の細道の碑です。
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これが重要文化財に指定されている金色堂旧覆堂です。旧覆堂は、昭和38年に新覆堂が出来るまでの間、室町時代中期から昭和までの長きに渡って、金色堂を守ってきたのです。
芭蕉も訪れた東北の古刹 by ナオさん中尊寺 寺・神社・教会
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これは金色堂旧覆堂の中です。
芭蕉も訪れた東北の古刹 by ナオさん中尊寺 寺・神社・教会
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ここは釈迦堂です。
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中尊寺鎮守の白山神社へと向かいます。
ここには国重要文化財指定の野外能楽殿があります。 -
ここが白山神社です。
中尊寺の開祖慈覚大師が、加賀の白山をこの地に勧請し、自ら十一面観音を作って中尊寺の鎮守白山権現としたのだそうです。 -
ここは国の重要文化財の白山神社の能舞台です。
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現在の白山神社の能舞台は、嘉永2年の火災後、嘉永6年に伊達藩主によって再建奉納されたものだそうです。
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白山神社から引き返してきました。表参道「月見坂」に沿って立つ堂宇を巡ります。
ここは弁財天堂です。本尊は、仙台藩主伊達綱村公正室仙姫の寄進による弁財天十五童子です。
各お堂にお詣りしながらゆっくりと進みます。 -
ここは阿弥陀堂です。
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中尊寺・鐘楼です。
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ここは大日堂です。
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峯薬師堂です。ここでは目のお守りが売られていました。絵馬も「め」です。
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中尊寺山門にやって来ました。山門の中へと入ります。
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イチオシ
ここは釈迦如来の祀られた中尊寺の本堂です。本堂は中尊寺の根本道場で、ここでは法要儀式や座禅、写経が行われています。
また、ここには、伝教大師最長以来1200年の間受け継がれてきた天台宗の「不滅の法灯」が、灯され続けています。 -
ここは地蔵堂です。
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イチオシ
この時期、本堂の前の池には、美しい水連が咲いていました。
東北の古刹中尊寺は、平安の昔の奥州藤原氏に思いをはせながら静かにお参りすれば、歴史や文化を肌で感じられる場所で、世界遺産に相応しいところです。
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