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 横浜市栄区飯島町にある光長寺は浄土宗のお寺で清水山養厳院(ようごんいん)光長寺という(。厳には人偏が付く)。開創は寺伝では天正年中(1573年〜1592年)とされ、開山は円蓮社音誉智達、開基は不詳である。「蓮門精舎旧詞」では慶長元年(159。6年)の起立とある。当初は泉水山香梅院と称していた。中興開基である黒田信濃守直相(後に館林宰相綱吉公(後の5代将軍)の家老となる)は、姉の養厳院(俗名呂久)が寛永2年(1625年)日光山に参拝の折に急死したため、追福を弔い碑を安置し、隣接する山林を寄進した。この時に、山院号を清水山養厳院に改めた。養厳院は家康に近侍していたが、最後の側室とも伝えられているが、子をなさなかったのだろう、数多い家康側室に名前は出てこない。それでも、寺紋は葵の紋である。<br /> 光長寺の枝垂れ桜を見に出かけた。この冬は特別に厳寒だったので、光長寺の枝垂れ桜も例年よりは花の色が濃いであろうと思っていたが、例年通りで白く見えた。ここ光長寺の枝垂れ桜は境内の染井吉野よりも早く花を付ける早咲きであり、染井吉野はまだ咲き始めなのに対し、もう満開である。<br /> 残念なことに、ここ光長寺の枝垂れ桜は満開だというのに、花見に来ている人は誰もいない。ただ、寂しく咲き、散っていく枝垂れ桜である。<br />(表紙写真は光長寺の枝垂れ桜)

光長寺(横浜市栄区飯島町)の枝垂れ桜-2014年

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2014/03/29 - 2014/03/29

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 横浜市栄区飯島町にある光長寺は浄土宗のお寺で清水山養厳院(ようごんいん)光長寺という(。厳には人偏が付く)。開創は寺伝では天正年中(1573年〜1592年)とされ、開山は円蓮社音誉智達、開基は不詳である。「蓮門精舎旧詞」では慶長元年(159。6年)の起立とある。当初は泉水山香梅院と称していた。中興開基である黒田信濃守直相(後に館林宰相綱吉公(後の5代将軍)の家老となる)は、姉の養厳院(俗名呂久)が寛永2年(1625年)日光山に参拝の折に急死したため、追福を弔い碑を安置し、隣接する山林を寄進した。この時に、山院号を清水山養厳院に改めた。養厳院は家康に近侍していたが、最後の側室とも伝えられているが、子をなさなかったのだろう、数多い家康側室に名前は出てこない。それでも、寺紋は葵の紋である。
 光長寺の枝垂れ桜を見に出かけた。この冬は特別に厳寒だったので、光長寺の枝垂れ桜も例年よりは花の色が濃いであろうと思っていたが、例年通りで白く見えた。ここ光長寺の枝垂れ桜は境内の染井吉野よりも早く花を付ける早咲きであり、染井吉野はまだ咲き始めなのに対し、もう満開である。
 残念なことに、ここ光長寺の枝垂れ桜は満開だというのに、花見に来ている人は誰もいない。ただ、寂しく咲き、散っていく枝垂れ桜である。
(表紙写真は光長寺の枝垂れ桜)

  • 光長寺の枝垂れ桜。

    光長寺の枝垂れ桜。

  • 光長寺の枝垂れ桜。

    光長寺の枝垂れ桜。

  • 光長寺の枝垂れ桜。

    光長寺の枝垂れ桜。

  • 光長寺の枝垂れ桜。

    光長寺の枝垂れ桜。

  • 光長寺の枝垂れ桜。

    光長寺の枝垂れ桜。

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    光長寺の枝垂れ桜。

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    光長寺の枝垂れ桜。

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