下鴨・宝ヶ池・平安神宮旅行記(ブログ) 一覧に戻る
あっという間に過ぎゆく短かった秋を惜しみ、初冬の風情に浸ろうと葵祭で有名な下鴨神社と上賀茂神社を訪ねてみました。両社とも京都で最も古い神社のひとつに数えられ、平安時代には王城鎮護の社とされました。1994年には「古都京都の文化遺産」として世界文化遺産に登録された美しい神社です。<br />後編は、上賀茂神社をレポートしたいと思います。<br />12月中旬ですので紅葉の見頃はとうに過ぎていますが、紅葉の別の楽しみ方、散紅葉を満喫してまいりました。下鴨神社と上賀茂神社を梯子する以上、紅葉の最盛期にタイムラグがある関係でいずれかに軸足を置いた訪問となるのはやむを得ません。紅葉狩りが終焉した後の上賀茂神社は、人数も少なく、ひっそりとした静けさを取り戻して格好の被写体に変身しています。<br />意外にも、名残紅葉が見られたことが感激でした。いくらかの葉を散らした名残紅葉は、一葉一葉の輪郭を惜しげもなく晒し、京の幽玄の美を醸していました。

情緒纏綿 初冬加茂川紀行<後編>上賀茂神社編

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2013/12/14 - 2013/12/14

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montsaintmichel

montsaintmichelさん

あっという間に過ぎゆく短かった秋を惜しみ、初冬の風情に浸ろうと葵祭で有名な下鴨神社と上賀茂神社を訪ねてみました。両社とも京都で最も古い神社のひとつに数えられ、平安時代には王城鎮護の社とされました。1994年には「古都京都の文化遺産」として世界文化遺産に登録された美しい神社です。
後編は、上賀茂神社をレポートしたいと思います。
12月中旬ですので紅葉の見頃はとうに過ぎていますが、紅葉の別の楽しみ方、散紅葉を満喫してまいりました。下鴨神社と上賀茂神社を梯子する以上、紅葉の最盛期にタイムラグがある関係でいずれかに軸足を置いた訪問となるのはやむを得ません。紅葉狩りが終焉した後の上賀茂神社は、人数も少なく、ひっそりとした静けさを取り戻して格好の被写体に変身しています。
意外にも、名残紅葉が見られたことが感激でした。いくらかの葉を散らした名残紅葉は、一葉一葉の輪郭を惜しげもなく晒し、京の幽玄の美を醸していました。

旅行の満足度
5.0
  • 上賀茂神社 一の鳥居<br />案の定、バスを降りると時雨れてきました。残念ながら、ここからは傘を差しながらの撮影になります。<br />一の鳥居は、ご覧のようにすっかり丹塗の色が褪せ、ポジティブに表現すれば古式ゆかしい趣を漂わせています。2年後の式年遷宮に合わせてお化粧直しがなされるのでしょう。<br />

    上賀茂神社 一の鳥居
    案の定、バスを降りると時雨れてきました。残念ながら、ここからは傘を差しながらの撮影になります。
    一の鳥居は、ご覧のようにすっかり丹塗の色が褪せ、ポジティブに表現すれば古式ゆかしい趣を漂わせています。2年後の式年遷宮に合わせてお化粧直しがなされるのでしょう。

  • 上賀茂神社 境内マップ<br />境内の絵地図に要所を追加してみました。<br /><br />摂社・末社に興味がある方は、こちらの絵地図が便利です。<br />摂社とは、上賀茂神社の祭神と縁故の深い神を祀った神社。また、末社とは、摂社の下位の社を指します。 <br />http://img2.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/89/a1/kanezane2/folder/607784/img_607784_22418466_126?1358608719_<br /><br />一の鳥居から真っ直ぐに延びる参道は、毎年5月5日に催される競馬(くらべうま)神事に使われ馬場ともなります。この神事は、雅な儀式が多い京にあっては珍しくスピーディーかつスリリングな催しです。思いは誰も同じなのか、毎年、見物客が多く、吉田兼好も『徒然草』で「埒のきわに寄りたれど、殊に人多く立ちこみて」と閉口した様子を吐露しています。馬2頭が一の鳥居から160m程の距離を疾走し、その年の豊凶を占い、勝負は社家、農民共に一大事でした。昔は、勝てば祝宴を上げ、負ければ社家の門を閉ざして外出も憚られたそうです。『京都故事物語』によれば、審判立会いの下、勝者と敗者の和解の儀なるものが催され、「笞(しもと=鞭)祭」と呼んだそうです。敗者は、勝者と審判に向かって思い切り苦情を述べることが許され、梅の枝を手に勝者を打ち据える真似をしながら、因縁をつけたそうです。これが勝利の女神に見放されたか弱き仔羊への救済処置だとすれば、非常によくできた神事と言えます。因みに、この「笞祭」が終わると馬場に設けられた埒、すなわち囲いの柵が取り除かれたそうです。これが、「埒があく」の語源なのだそうです。

    上賀茂神社 境内マップ
    境内の絵地図に要所を追加してみました。

    摂社・末社に興味がある方は、こちらの絵地図が便利です。
    摂社とは、上賀茂神社の祭神と縁故の深い神を祀った神社。また、末社とは、摂社の下位の社を指します。
    http://img2.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/89/a1/kanezane2/folder/607784/img_607784_22418466_126?1358608719_

    一の鳥居から真っ直ぐに延びる参道は、毎年5月5日に催される競馬(くらべうま)神事に使われ馬場ともなります。この神事は、雅な儀式が多い京にあっては珍しくスピーディーかつスリリングな催しです。思いは誰も同じなのか、毎年、見物客が多く、吉田兼好も『徒然草』で「埒のきわに寄りたれど、殊に人多く立ちこみて」と閉口した様子を吐露しています。馬2頭が一の鳥居から160m程の距離を疾走し、その年の豊凶を占い、勝負は社家、農民共に一大事でした。昔は、勝てば祝宴を上げ、負ければ社家の門を閉ざして外出も憚られたそうです。『京都故事物語』によれば、審判立会いの下、勝者と敗者の和解の儀なるものが催され、「笞(しもと=鞭)祭」と呼んだそうです。敗者は、勝者と審判に向かって思い切り苦情を述べることが許され、梅の枝を手に勝者を打ち据える真似をしながら、因縁をつけたそうです。これが勝利の女神に見放されたか弱き仔羊への救済処置だとすれば、非常によくできた神事と言えます。因みに、この「笞祭」が終わると馬場に設けられた埒、すなわち囲いの柵が取り除かれたそうです。これが、「埒があく」の語源なのだそうです。

  • 上賀茂神社 御所舎<br />芝生を東西に二分する白砂が敷かれた参道を進むと清々しい気分に浸れます。 競馬神事に使われる場所なので、樹木がまばらで明るく開放的な印象がします。<br />御所舎は外幣殿とも呼ばれ、法皇、上皇の御幸や摂政、関白の賀茂詣の際の著到殿(とうちゃくでん)、つまり入御後に装束等を整えるための場所です。<br />

    上賀茂神社 御所舎
    芝生を東西に二分する白砂が敷かれた参道を進むと清々しい気分に浸れます。 競馬神事に使われる場所なので、樹木がまばらで明るく開放的な印象がします。
    御所舎は外幣殿とも呼ばれ、法皇、上皇の御幸や摂政、関白の賀茂詣の際の著到殿(とうちゃくでん)、つまり入御後に装束等を整えるための場所です。

  • 上賀茂神社 勝負の紅葉<br />競馬神事のゴールの目印となる「勝負の紅葉」です。<br />紅葉の盛りには一際目立つ楓だそうですが、この時期はすっかり葉を散らし、ご覧のように最上部にかろうじて面影を残す程度です。<br />イメージを膨らませて最盛期を想像するしかありません。

    上賀茂神社 勝負の紅葉
    競馬神事のゴールの目印となる「勝負の紅葉」です。
    紅葉の盛りには一際目立つ楓だそうですが、この時期はすっかり葉を散らし、ご覧のように最上部にかろうじて面影を残す程度です。
    イメージを膨らませて最盛期を想像するしかありません。

  • 上賀茂神社 藤原家隆の歌碑<br />二の鳥居を潜って神域に入る前に紅葉を堪能することにします。境内東側にある「ならの小川」の付近は紅葉が美しい場所でもあります。<br />百人一首に収められた藤原家隆の歌「風そよぐ ならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりけり」は、ここで行われる夏越神事の様子を詠んだものです。<br />ならの小川の合流地点には、地元の小学生によって育てられた「双葉葵」が植えられており、この「双葉葵」が葵祭の飾りに使われるそうです。

    上賀茂神社 藤原家隆の歌碑
    二の鳥居を潜って神域に入る前に紅葉を堪能することにします。境内東側にある「ならの小川」の付近は紅葉が美しい場所でもあります。
    百人一首に収められた藤原家隆の歌「風そよぐ ならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりけり」は、ここで行われる夏越神事の様子を詠んだものです。
    ならの小川の合流地点には、地元の小学生によって育てられた「双葉葵」が植えられており、この「双葉葵」が葵祭の飾りに使われるそうです。

  • 上賀茂神社 ならの小川<br />ならの小川の清流とそれを取り囲む深い森のハーモニーが絶品の景観を奏しています。森が深く、日照が均一ではないため、同じ楓でも場所によって微妙に色合いが異なるグラデーションの妙は、「錦織りなす」という言葉がピッタリの光景です。 <br /><br />京都の北を守護するように鎮座するのがこの賀茂別雷神社(わけいかづち)。一般には、その正式名より上賀茂神社という通称名で呼ばれます。<br />広大な境内にはならの小川と呼ばれる清流がさらさらと流れ、境内を抜けると明神川と名を変えます。その清流の浄化作用なのでしょうか、空気が清々しく澄んでいるように感じられます。<br /><br />

    上賀茂神社 ならの小川
    ならの小川の清流とそれを取り囲む深い森のハーモニーが絶品の景観を奏しています。森が深く、日照が均一ではないため、同じ楓でも場所によって微妙に色合いが異なるグラデーションの妙は、「錦織りなす」という言葉がピッタリの光景です。

    京都の北を守護するように鎮座するのがこの賀茂別雷神社(わけいかづち)。一般には、その正式名より上賀茂神社という通称名で呼ばれます。
    広大な境内にはならの小川と呼ばれる清流がさらさらと流れ、境内を抜けると明神川と名を変えます。その清流の浄化作用なのでしょうか、空気が清々しく澄んでいるように感じられます。

  • 上賀茂神社 渉渓園<br />小川のせせらぐ音に誘われながら小径を進むと、こんな素敵な場所を見つけました。散紅葉が一面を覆い、とても幻想的な日本人の琴線に触れる絶妙な世界を繰り広げています。<br />ここは渉渓園と呼ばれる500坪程の庭園。古くは、神宮寺と晴池という池があった場所ですが、神仏分離令により廃寺となり、池も埋められました。池の石を鍬で叩くと雨が止むと言われ、大田神社にある雨乞いの石と対になっていたそうです。この日本庭園は、1960年に皇族 浩宮親王のご誕生を祝い、かつて上賀茂神社で行われていた曲水宴を復活させるために造られた庭園です。中根金作が造庭し、平安時代末期の庭園を模し、風趣に満ちた雅な姿を今に伝えています。庭園を流れる小川は、御手洗川の参流 沢田川から引かれています。ここでは、1182年に神主 重保が催したことに起源を発する賀茂曲水宴が営まれています。管弦の弾吹奏の下、詩歌の吟詠が催され、平安朝の川遊びが再現されています。

    上賀茂神社 渉渓園
    小川のせせらぐ音に誘われながら小径を進むと、こんな素敵な場所を見つけました。散紅葉が一面を覆い、とても幻想的な日本人の琴線に触れる絶妙な世界を繰り広げています。
    ここは渉渓園と呼ばれる500坪程の庭園。古くは、神宮寺と晴池という池があった場所ですが、神仏分離令により廃寺となり、池も埋められました。池の石を鍬で叩くと雨が止むと言われ、大田神社にある雨乞いの石と対になっていたそうです。この日本庭園は、1960年に皇族 浩宮親王のご誕生を祝い、かつて上賀茂神社で行われていた曲水宴を復活させるために造られた庭園です。中根金作が造庭し、平安時代末期の庭園を模し、風趣に満ちた雅な姿を今に伝えています。庭園を流れる小川は、御手洗川の参流 沢田川から引かれています。ここでは、1182年に神主 重保が催したことに起源を発する賀茂曲水宴が営まれています。管弦の弾吹奏の下、詩歌の吟詠が催され、平安朝の川遊びが再現されています。

  • 上賀茂神社 渉渓園<br />賀茂曲水宴が営まれる庭園内の小川の流れです。曲水の宴とはどんなものかというと、流れのある庭園などでその流れの傍らに座り、流れてくる盃が自分の前を通り過ぎるまでに詩歌を読み、盃の酒を飲んで次へ流し、別堂でその詩歌を披講するという雅な趣きのものです。<br /><br />どこか儚げで哀愁に満ち、ひっそりと静まりかえった美しい渉渓園。どこか見覚えがある風景と思われた方も多いのでは?そうです、渡辺淳一氏の小説を映像化した「愛の流刑地」で菊治と冬香が再会した場所です。落ちぶれたベストセラー作家 菊治と人妻 冬香の許されない愛を描いた物語のロケ地に選ばれたこの渉渓園は、原作にはないロケーションだそうです。舞台は秋の京都でしたが、実際は夏に撮影されました。観光客や通行人が静かに見守る中、憂愁漂う雰囲気を演出するのはプロならではの演技力です。このシーンで目を惹いた大木が、摂社 賀茂山口神社のご神木のスダジイの木。根元から分かれている木の姿が男女が絡む様を連想させ、ふたりの未来のメタファーとして鶴橋監督が自ら選んだそうです。しっとりと落ち着いた雰囲気を醸す京の寺社の風景は、愛を求めて激しく惹かれ合った二人の逢瀬を、静かに、そして妖艶に引き立てていたのです。 <br />

    上賀茂神社 渉渓園
    賀茂曲水宴が営まれる庭園内の小川の流れです。曲水の宴とはどんなものかというと、流れのある庭園などでその流れの傍らに座り、流れてくる盃が自分の前を通り過ぎるまでに詩歌を読み、盃の酒を飲んで次へ流し、別堂でその詩歌を披講するという雅な趣きのものです。

    どこか儚げで哀愁に満ち、ひっそりと静まりかえった美しい渉渓園。どこか見覚えがある風景と思われた方も多いのでは?そうです、渡辺淳一氏の小説を映像化した「愛の流刑地」で菊治と冬香が再会した場所です。落ちぶれたベストセラー作家 菊治と人妻 冬香の許されない愛を描いた物語のロケ地に選ばれたこの渉渓園は、原作にはないロケーションだそうです。舞台は秋の京都でしたが、実際は夏に撮影されました。観光客や通行人が静かに見守る中、憂愁漂う雰囲気を演出するのはプロならではの演技力です。このシーンで目を惹いた大木が、摂社 賀茂山口神社のご神木のスダジイの木。根元から分かれている木の姿が男女が絡む様を連想させ、ふたりの未来のメタファーとして鶴橋監督が自ら選んだそうです。しっとりと落ち着いた雰囲気を醸す京の寺社の風景は、愛を求めて激しく惹かれ合った二人の逢瀬を、静かに、そして妖艶に引き立てていたのです。

  • 上賀茂神社 渉渓園<br />渉渓園内に佇む賀茂山口神社の舞殿です。その裏手に少し顔を覗かせているのが本殿です。<br />舞殿には、神聖な切り絵細工 彫り物(えりもの)と呼ばれる葵の透かし切り絵の御幣が廻らされています。

    上賀茂神社 渉渓園
    渉渓園内に佇む賀茂山口神社の舞殿です。その裏手に少し顔を覗かせているのが本殿です。
    舞殿には、神聖な切り絵細工 彫り物(えりもの)と呼ばれる葵の透かし切り絵の御幣が廻らされています。

  • 上賀茂神社 渉渓園<br />「睦(むつみ)の木」と呼ばれる樹齢300年以上のスダジイの木のズームアップです。ひとつの根から何本もの幹が伸びている様子から、ひとつに結ばれた仲睦まじい家族を象徴し、家族の絆や結びつき、家内安全を見守るという縁起の良い巨木です。<br />因みに、スダジイは、ブナ科シイノキ属の常緑広葉樹。一般的にはシイノキと呼ばれます。タブノキと共に日本の常緑広葉樹林を代表する樹木です。シイタケ栽培の原木としても利用されているそうです。<br />

    上賀茂神社 渉渓園
    「睦(むつみ)の木」と呼ばれる樹齢300年以上のスダジイの木のズームアップです。ひとつの根から何本もの幹が伸びている様子から、ひとつに結ばれた仲睦まじい家族を象徴し、家族の絆や結びつき、家内安全を見守るという縁起の良い巨木です。
    因みに、スダジイは、ブナ科シイノキ属の常緑広葉樹。一般的にはシイノキと呼ばれます。タブノキと共に日本の常緑広葉樹林を代表する樹木です。シイタケ栽培の原木としても利用されているそうです。

  • 上賀茂神社 渉渓園<br />庭園の北西の一角では、散り積もった紅葉を尻目に、真紅の紅葉が今を盛りと甘美な姿を顕にしています。

    上賀茂神社 渉渓園
    庭園の北西の一角では、散り積もった紅葉を尻目に、真紅の紅葉が今を盛りと甘美な姿を顕にしています。

  • 上賀茂神社 渉渓園<br />渉渓園は今まで未公開だったのですが、今秋から毎月第1、第3日曜日に限って公開されています。その一角に鎮座する「願い石(別名:陰陽石・おんみょうせき)」は、かつて神宮寺にあった晴池の底から出土し、2つの石がピッタリ合わさった不思議な形をしています。神社は「陰と陽が融合した姿を表し、両手で同時に触れると力を授かれるパワースポット」とアピールしています。<br />上賀茂神社には摂社 賀茂山口神社という豊作をもたらす神を祀る神社があります。その舞殿が渉渓園内にあり、その横にあります。両手で2つの石を同時に触ると願いが叶うと伝えられ、また夫婦やカップルが一緒に触れると深い絆で結ばれるそうです。賀茂山口神社は女性に人気の神社のひとつで、「星に願いを」ならぬ、古来よりの大地のパワーが授かれそうな「石に願いを」で神のお導きがいただけるのだとか。<br />

    上賀茂神社 渉渓園
    渉渓園は今まで未公開だったのですが、今秋から毎月第1、第3日曜日に限って公開されています。その一角に鎮座する「願い石(別名:陰陽石・おんみょうせき)」は、かつて神宮寺にあった晴池の底から出土し、2つの石がピッタリ合わさった不思議な形をしています。神社は「陰と陽が融合した姿を表し、両手で同時に触れると力を授かれるパワースポット」とアピールしています。
    上賀茂神社には摂社 賀茂山口神社という豊作をもたらす神を祀る神社があります。その舞殿が渉渓園内にあり、その横にあります。両手で2つの石を同時に触ると願いが叶うと伝えられ、また夫婦やカップルが一緒に触れると深い絆で結ばれるそうです。賀茂山口神社は女性に人気の神社のひとつで、「星に願いを」ならぬ、古来よりの大地のパワーが授かれそうな「石に願いを」で神のお導きがいただけるのだとか。

  • 上賀茂神社 渉渓園<br />摂社 賀茂山口神社の舞殿越しの風景です。写真を撮っている背面に賀茂山口神社の本殿が佇みます。<br />賀茂山口神社は穀物守護の神、つまり豊作や田畑の神とされ、素戔嗚尊の子に当たる「御歳神(みとしのかみ)」を祀っています。実りにまつわることから、古来より願いが実ると篤く信仰されています。<br />

    上賀茂神社 渉渓園
    摂社 賀茂山口神社の舞殿越しの風景です。写真を撮っている背面に賀茂山口神社の本殿が佇みます。
    賀茂山口神社は穀物守護の神、つまり豊作や田畑の神とされ、素戔嗚尊の子に当たる「御歳神(みとしのかみ)」を祀っています。実りにまつわることから、古来より願いが実ると篤く信仰されています。

  • 上賀茂神社 二葉姫稲荷神社<br />何時の間にか時雨が止んでいました。<br />上賀茂神社の東側にある小高い丘の上にある二葉姫稲荷神社へ誘う石段です。鳥居の回りでは、黄葉の楓が風になびいてさかんに手招きしています。どのくらいの段数があるのかは分かりませんが、「市内を一望」という甘い言葉につられて上ってみることにします。<br />

    上賀茂神社 二葉姫稲荷神社
    何時の間にか時雨が止んでいました。
    上賀茂神社の東側にある小高い丘の上にある二葉姫稲荷神社へ誘う石段です。鳥居の回りでは、黄葉の楓が風になびいてさかんに手招きしています。どのくらいの段数があるのかは分かりませんが、「市内を一望」という甘い言葉につられて上ってみることにします。

  • 上賀茂神社 二葉姫稲荷神社<br />上賀茂神社の摂末社ではないのですが、全く無関係とも言えません。時代の流れの中で、神仏習合と廃仏毀釈に翻弄された悲運の神社とも言えます。<br />その名の通り、間隔こそまばらですが、お稲荷さんのお約束事ともいえる鳥居ルートになっています。しかし、鳥居の根巻が片側しかないものもあり、何か謂れがあるのかもしれません。<br />因みに、「鳥居の根巻」とは、柱の根元に別の板や竹、銅板などを巻き付けたものをいいます。その部分を黒く塗るなどして 柱の下部が腐らないよう工夫しています。

    上賀茂神社 二葉姫稲荷神社
    上賀茂神社の摂末社ではないのですが、全く無関係とも言えません。時代の流れの中で、神仏習合と廃仏毀釈に翻弄された悲運の神社とも言えます。
    その名の通り、間隔こそまばらですが、お稲荷さんのお約束事ともいえる鳥居ルートになっています。しかし、鳥居の根巻が片側しかないものもあり、何か謂れがあるのかもしれません。
    因みに、「鳥居の根巻」とは、柱の根元に別の板や竹、銅板などを巻き付けたものをいいます。その部分を黒く塗るなどして 柱の下部が腐らないよう工夫しています。

  • 上賀茂神社 二葉姫稲荷神社<br />帰宅してから調べてみると、二葉姫稲荷神社は、上賀茂神社の摂社 片山御子社の神宮寺の鎮守社だそうです。神宮寺が移転したため、鎮守社だけが残されました。ご祭神は八嶋龍神。元々、神宮寺に晴池という池があり、そこに棲んでいたのがこの龍神。池を埋められ、近所の村民の夢に再三現れたそうです。それで祟りを恐れた村民がここに祀ったそうです。狭い神域に「稲荷神社」、「金毘羅宮」、「天之斑駒社」などの祠が隙間なく立ち並び、間近で対峙するのが怖いような雰囲気です。神宮寺を失った鎮守社は、その存在理由が曖昧になり、地縁の神々と寄り添って棲む空間となって久しいようです。ここは、人が廃仏毀釈で行った破壊行為について考えさせられるスポットであり、何かしら胡乱な空気が立ち込める空間です。<br />「市街が一望」との誘い文句で上ったのですが、眼下には普通に住宅街の屋根が広がり、一望とまでは…。こうなれば、長居は無用です。 <br />

    上賀茂神社 二葉姫稲荷神社
    帰宅してから調べてみると、二葉姫稲荷神社は、上賀茂神社の摂社 片山御子社の神宮寺の鎮守社だそうです。神宮寺が移転したため、鎮守社だけが残されました。ご祭神は八嶋龍神。元々、神宮寺に晴池という池があり、そこに棲んでいたのがこの龍神。池を埋められ、近所の村民の夢に再三現れたそうです。それで祟りを恐れた村民がここに祀ったそうです。狭い神域に「稲荷神社」、「金毘羅宮」、「天之斑駒社」などの祠が隙間なく立ち並び、間近で対峙するのが怖いような雰囲気です。神宮寺を失った鎮守社は、その存在理由が曖昧になり、地縁の神々と寄り添って棲む空間となって久しいようです。ここは、人が廃仏毀釈で行った破壊行為について考えさせられるスポットであり、何かしら胡乱な空気が立ち込める空間です。
    「市街が一望」との誘い文句で上ったのですが、眼下には普通に住宅街の屋根が広がり、一望とまでは…。こうなれば、長居は無用です。

  • 上賀茂神社 ならの小川<br />気を取り戻し、ならの小川へ立ち戻りました。<br />小川沿いに立ち並ぶ樹木が入り乱れ、神々しいまでの幽玄の美を披露してくれています。身震するほど、紅葉の彩りが眩しく映えます。すでに紅葉の盛りは過ぎているのですが、このめくるめくような色使いには言葉を失います。<br />これが京都の紅葉の真骨頂なのでしょう。<br />

    上賀茂神社 ならの小川
    気を取り戻し、ならの小川へ立ち戻りました。
    小川沿いに立ち並ぶ樹木が入り乱れ、神々しいまでの幽玄の美を披露してくれています。身震するほど、紅葉の彩りが眩しく映えます。すでに紅葉の盛りは過ぎているのですが、このめくるめくような色使いには言葉を失います。
    これが京都の紅葉の真骨頂なのでしょう。

  • 上賀茂神社 ならの小川<br />小川沿いに遡上散策を試みてみます。<br />ならの小川に映える紅葉。<br />ほとんどの葉が散った後、小枝の先端にわずかに残った葉の輪郭がけなげでとても印象的です。

    上賀茂神社 ならの小川
    小川沿いに遡上散策を試みてみます。
    ならの小川に映える紅葉。
    ほとんどの葉が散った後、小枝の先端にわずかに残った葉の輪郭がけなげでとても印象的です。

  • 上賀茂神社<br />渉渓園にあるオレンジ色に輝く楓です。時折差す木漏れ日に煌めいて、様々な彩りを見せてくれます。<br />

    上賀茂神社
    渉渓園にあるオレンジ色に輝く楓です。時折差す木漏れ日に煌めいて、様々な彩りを見せてくれます。

  • 上賀茂神社 ならの小川<br />渉渓園にある真紅の楓。目を瞠るような威厳に満ちた紅葉です。

    上賀茂神社 ならの小川
    渉渓園にある真紅の楓。目を瞠るような威厳に満ちた紅葉です。

  • 上賀茂神社 ならの小川<br />せせらぎの畔に生える大木は、根の周りに苔を生し、京の雅を演出しています。<br />立ち枯れた樹木の切り株なのでしょうか、散紅葉を纏って艶やな装いを披露しています。<br />

    上賀茂神社 ならの小川
    せせらぎの畔に生える大木は、根の周りに苔を生し、京の雅を演出しています。
    立ち枯れた樹木の切り株なのでしょうか、散紅葉を纏って艶やな装いを披露しています。

  • 上賀茂神社 ならの小川<br />古木の太い根の回りは、丁度よい吹き溜まりになっていて、散紅葉たちの束の間の安息の地となっています。時雨に濡れて、より一層鮮やかさが誇張されています。<br />

    上賀茂神社 ならの小川
    古木の太い根の回りは、丁度よい吹き溜まりになっていて、散紅葉たちの束の間の安息の地となっています。時雨に濡れて、より一層鮮やかさが誇張されています。

  • 上賀茂神社 ならの小川<br />小川の中に石が積まれた堰のようなものがあります。沢田川への分岐点の川下にあることから、景観のためというより、御手洗川の流れを参流 沢田川へと分流させることが目的なのでしょう。<br />ここで初めて、持参した三脚の出番となりました。こうした流れを美しく撮るには、シャッタースピードを1秒以上に設定すると流れの白い軌跡を幻想的に描写できます。カメラ・モードをシャッタースピード優先に切り替え、とりあえずシャッタースピードを1秒に設定します。日陰とはいえ、日中ならISO感度は100にしないと露出オーバーになると思います。この写真もシャッタースピード1/1.3が限界でした。<br />

    上賀茂神社 ならの小川
    小川の中に石が積まれた堰のようなものがあります。沢田川への分岐点の川下にあることから、景観のためというより、御手洗川の流れを参流 沢田川へと分流させることが目的なのでしょう。
    ここで初めて、持参した三脚の出番となりました。こうした流れを美しく撮るには、シャッタースピードを1秒以上に設定すると流れの白い軌跡を幻想的に描写できます。カメラ・モードをシャッタースピード優先に切り替え、とりあえずシャッタースピードを1秒に設定します。日陰とはいえ、日中ならISO感度は100にしないと露出オーバーになると思います。この写真もシャッタースピード1/1.3が限界でした。

  • 上賀茂神社 ならの小川<br />散紅葉が主題ですので、主役は岩の上に舞い降りた紅葉に尽きます。<br />散紅葉にフォーカスを当て、日の丸写真にならないように構図に気を配ります。

    上賀茂神社 ならの小川
    散紅葉が主題ですので、主役は岩の上に舞い降りた紅葉に尽きます。
    散紅葉にフォーカスを当て、日の丸写真にならないように構図に気を配ります。

  • 上賀茂神社 ならの小川<br />ならの小川を遡上すると次々に見事な景観が姿を現し、飽きることを知りません。 和歌の守護神とされる岩本社のある一角から、渉渓園にある紅葉を狙ったショットです。<br />

    上賀茂神社 ならの小川
    ならの小川を遡上すると次々に見事な景観が姿を現し、飽きることを知りません。 和歌の守護神とされる岩本社のある一角から、渉渓園にある紅葉を狙ったショットです。

  • 上賀茂神社 二の鳥居<br />二の鳥居は、御所の方角に向かって建てられているそうです。それで一の鳥居とは向きが違っているのですね!鳥居の奥に見佇むのが細殿で、その手前に円錐形の一対の立砂があります。<br /><br />伏見稲荷大社、松尾大社と共に京都で最も古い神社のひとつに数えられる上賀茂神社は、678年、天武天皇の時代に創建されたと伝えられています。しかし、それ以前にすでに信仰の対象となる神社があったそうです。今から1万年前、この辺は海でした。時代を経て陸地になってからもこの地は水に恵まれ、木々が生い茂る自然豊かな土地でした。人々が定住して集落ができ、狩猟や稲作を行って暮らしていましたが、時には雷や豪雨等の自然災害に見舞われました。人々は自然の恐ろしさに畏怖し、五穀豊穣や人々の幸せを願い、社を建て神を祀るようになりました。これが上賀茂神社の生立ちです。<br />平安京造営以後は、下鴨神社と共に王城鎮護の重要な役割を担ってきました。ご祭神は「賀茂別雷神」、神社の正式名は「賀茂別雷神社」で1994年に世界文化遺産に登録され、厄除けや鬼門の守り神、五穀豊穣の神として知られています。<br /><br /><br />

    上賀茂神社 二の鳥居
    二の鳥居は、御所の方角に向かって建てられているそうです。それで一の鳥居とは向きが違っているのですね!鳥居の奥に見佇むのが細殿で、その手前に円錐形の一対の立砂があります。

    伏見稲荷大社、松尾大社と共に京都で最も古い神社のひとつに数えられる上賀茂神社は、678年、天武天皇の時代に創建されたと伝えられています。しかし、それ以前にすでに信仰の対象となる神社があったそうです。今から1万年前、この辺は海でした。時代を経て陸地になってからもこの地は水に恵まれ、木々が生い茂る自然豊かな土地でした。人々が定住して集落ができ、狩猟や稲作を行って暮らしていましたが、時には雷や豪雨等の自然災害に見舞われました。人々は自然の恐ろしさに畏怖し、五穀豊穣や人々の幸せを願い、社を建て神を祀るようになりました。これが上賀茂神社の生立ちです。
    平安京造営以後は、下鴨神社と共に王城鎮護の重要な役割を担ってきました。ご祭神は「賀茂別雷神」、神社の正式名は「賀茂別雷神社」で1994年に世界文化遺産に登録され、厄除けや鬼門の守り神、五穀豊穣の神として知られています。


  • 上賀茂神社 細殿<br />細殿は、古くから天皇や斎王、上皇の参拝の際の著到殿として使われていました。<br /><br />ある神話があります。この辺りを支配する豪族 賀茂氏一族の姫「賀茂玉依媛命」がならの小川で禊を行っていると、1本の丹塗矢が流れてきました。姫がその矢を手にすると懐妊し、男の子を授かりました。不思議に思った姫が成長した御子に父親は誰かと問うと、「天の神」と答えました。その時大きな雷が鳴り響くと同時に、御子は天へ昇って行ったのです。悲しみに暮れた姫が「御子に会いたい」と願うと、夢の中で、「御子に会いたいならば、葵の葉で冠を編み、祭をして待て」とお告げがありました。姫がお告げ通りにしたところ、御子は神山に降り、再会が叶ったということです。<br />京都3大祭のひとつ 葵祭では、2人の再開を取り持った葵の葉を祭り飾りに用います。葵祭は、今から1500年前から続く、京都でも歴史ある祭で、平安貴族の衣装を身に纏った人々や牛車の大行列が京都御所から下鴨神社へ、そして上賀茂神社へと向かいます。この祭では、7500本もの葵の葉が衣装や牛車に飾られます。<br />神社由来の神話には、どこか新約聖書のイエス誕生(無原罪の懐胎)を彷彿とさせるファンタジーを感じますが、そんな幻想的な話でも自然に甘受できる神聖さがこの地には潜んでいるように思います。神域で古代の神話を偲びながら、古き時代の京都に想いを馳せるのも格別です。 <br /><br /><br />

    上賀茂神社 細殿
    細殿は、古くから天皇や斎王、上皇の参拝の際の著到殿として使われていました。

    ある神話があります。この辺りを支配する豪族 賀茂氏一族の姫「賀茂玉依媛命」がならの小川で禊を行っていると、1本の丹塗矢が流れてきました。姫がその矢を手にすると懐妊し、男の子を授かりました。不思議に思った姫が成長した御子に父親は誰かと問うと、「天の神」と答えました。その時大きな雷が鳴り響くと同時に、御子は天へ昇って行ったのです。悲しみに暮れた姫が「御子に会いたい」と願うと、夢の中で、「御子に会いたいならば、葵の葉で冠を編み、祭をして待て」とお告げがありました。姫がお告げ通りにしたところ、御子は神山に降り、再会が叶ったということです。
    京都3大祭のひとつ 葵祭では、2人の再開を取り持った葵の葉を祭り飾りに用います。葵祭は、今から1500年前から続く、京都でも歴史ある祭で、平安貴族の衣装を身に纏った人々や牛車の大行列が京都御所から下鴨神社へ、そして上賀茂神社へと向かいます。この祭では、7500本もの葵の葉が衣装や牛車に飾られます。
    神社由来の神話には、どこか新約聖書のイエス誕生(無原罪の懐胎)を彷彿とさせるファンタジーを感じますが、そんな幻想的な話でも自然に甘受できる神聖さがこの地には潜んでいるように思います。神域で古代の神話を偲びながら、古き時代の京都に想いを馳せるのも格別です。


  • 上賀茂神社 細殿<br />別雷神が昇天したという神社創建の伝承は、子を落雷で失った母親の悲哀や動揺、自然への畏怖が感じられます。もし神婚で授かった子ならば、父親が誰かを詮索すること自体、禁忌だったはずです。 神と婚姻し、その姿を知ろうとして破滅する話は、奈良の三輪山にもあります。考霊天皇皇女 倭迹々日百襲媛(やまとととびももそひめ)は、夜毎通ってくる三輪山の神の姿を一目見たいと願い、「神は櫛箱に入っていよう」と告げます。翌朝箱を開けると小蛇がおり、驚いた姫は箸がほと(陰部)に刺さって死んでしまいます。またギリシャ神話にも、ゼウスとセメレーが婚姻し、ゼウスの本性を知ろうとしてセメレーが雷光に打たれて死ぬといった話があります。<br />こうした神話は、神と人の間にはある約束事が存在し、人が犯す過ちによって神との関係が破綻するストーリーになっています。神の正体を詮索し、自分の目で見ようとする行為は、人の傲慢さの表れなのではないでしょうか?

    上賀茂神社 細殿
    別雷神が昇天したという神社創建の伝承は、子を落雷で失った母親の悲哀や動揺、自然への畏怖が感じられます。もし神婚で授かった子ならば、父親が誰かを詮索すること自体、禁忌だったはずです。 神と婚姻し、その姿を知ろうとして破滅する話は、奈良の三輪山にもあります。考霊天皇皇女 倭迹々日百襲媛(やまとととびももそひめ)は、夜毎通ってくる三輪山の神の姿を一目見たいと願い、「神は櫛箱に入っていよう」と告げます。翌朝箱を開けると小蛇がおり、驚いた姫は箸がほと(陰部)に刺さって死んでしまいます。またギリシャ神話にも、ゼウスとセメレーが婚姻し、ゼウスの本性を知ろうとしてセメレーが雷光に打たれて死ぬといった話があります。
    こうした神話は、神と人の間にはある約束事が存在し、人が犯す過ちによって神との関係が破綻するストーリーになっています。神の正体を詮索し、自分の目で見ようとする行為は、人の傲慢さの表れなのではないでしょうか?

  • 上賀茂神社 立砂 <br />境内でも一際異彩を放つ、細殿の前に盛られた摩訶不思議な高さ1m程の円錐形の造形物。凛として、高貴な美しさを湛えています。神職が4時間もかけて造形されるサンド・アートの正体は立砂。大きさも形も左右対称で、均整のとれた形に目を奪われがちですが、よく見るとそれぞれの頂に松の葉が立ててあります。かつて神が降臨される憑代の目印とした神木の名残だそうです。向かって左には3股葉、右には2股葉が添えられているのは、奇数と偶数が合わさることでひとつになり、神の出現を願う意があるという陰陽道の思想に基づきます。因みに、3股葉の松は珍しいそうですが、境内にもあるそうです。<br />

    上賀茂神社 立砂
    境内でも一際異彩を放つ、細殿の前に盛られた摩訶不思議な高さ1m程の円錐形の造形物。凛として、高貴な美しさを湛えています。神職が4時間もかけて造形されるサンド・アートの正体は立砂。大きさも形も左右対称で、均整のとれた形に目を奪われがちですが、よく見るとそれぞれの頂に松の葉が立ててあります。かつて神が降臨される憑代の目印とした神木の名残だそうです。向かって左には3股葉、右には2股葉が添えられているのは、奇数と偶数が合わさることでひとつになり、神の出現を願う意があるという陰陽道の思想に基づきます。因みに、3股葉の松は珍しいそうですが、境内にもあるそうです。

  • 上賀茂神社 立砂<br />向かって左側の3股葉を戴いた立砂のズームアップです。<br />松葉を立てるしきたりは、神代のエピソードに因みます。伝承によれば、ご祭神 賀茂別雷神は上賀茂神社の背後2km程の所に鎮座する神山(こうやま)に降臨しました。人々は神山に登って祭祀を行いましたが、神を里に迎えて祭祀を営むため、神山から引き抜いてきた松の木を立てて神を迎えました。<br />社殿が創建された頃、松の木は松葉に代えられ、木が立てられた場所に神山を模して砂を高く盛るようになったと伝えられています。また、別の説では、松葉は神山にあった5本の松を表わしているとも言われています。<br />

    上賀茂神社 立砂
    向かって左側の3股葉を戴いた立砂のズームアップです。
    松葉を立てるしきたりは、神代のエピソードに因みます。伝承によれば、ご祭神 賀茂別雷神は上賀茂神社の背後2km程の所に鎮座する神山(こうやま)に降臨しました。人々は神山に登って祭祀を行いましたが、神を里に迎えて祭祀を営むため、神山から引き抜いてきた松の木を立てて神を迎えました。
    社殿が創建された頃、松の木は松葉に代えられ、木が立てられた場所に神山を模して砂を高く盛るようになったと伝えられています。また、別の説では、松葉は神山にあった5本の松を表わしているとも言われています。

  • 上賀茂神社 立砂<br />上賀茂神社の神主家の一族に、平安時代に入り陰陽道の宗家を築いた人物がいます。それが、賀茂忠行。天皇家から絶大な信頼を得た人物であり、陰陽師のプリンス 安倍晴明を輩出した師匠としても知られています。賀茂氏なくして風水都市 平安京は語れないそうです。 <br /><br />実は、上賀茂神社にも下鴨神社の糺の森に匹敵するような鬱蒼とした広大な森が本殿北側にあったそうです。しかし、第二次大戦後、米軍GHQに接収されて米軍用ゴルフ場になり、現在は京都ゴルフ倶楽部上賀茂コースになっています。<br />第六軍第一軍司令部が上賀茂神社の敷地内にゴルフ場を建設する計画を打ち出し、ハロルド・シェフィールド少佐を中心にして設計を赤星四郎氏に依頼したそうです。神社側は神が降臨する聖域として計画の変更を懇願しましたが、軍は譲らず、戦後初のゴルフ場として工事が始められました。境内の樹木を伐採して工事が進行する中、マッカーサー元帥が中止命令を出して一旦工事が停まるのですが、少佐は「平和の象徴としてゴルフ場を建設する」という大義名分を掲げて工事を続行。実際は、少佐が大のゴルフ好きだったのが一番の理由だと言われています。戦後の混乱期に様々な思惑が重なり、神社という聖域内に類稀なるゴルフコースが造られることになったそうです。「賀茂別雷神」怒りの落雷がゴルファーを襲うような悲惨なことがなければよいのですが…。プレー前には参拝が欠かせませんね!?<br />

    上賀茂神社 立砂
    上賀茂神社の神主家の一族に、平安時代に入り陰陽道の宗家を築いた人物がいます。それが、賀茂忠行。天皇家から絶大な信頼を得た人物であり、陰陽師のプリンス 安倍晴明を輩出した師匠としても知られています。賀茂氏なくして風水都市 平安京は語れないそうです。

    実は、上賀茂神社にも下鴨神社の糺の森に匹敵するような鬱蒼とした広大な森が本殿北側にあったそうです。しかし、第二次大戦後、米軍GHQに接収されて米軍用ゴルフ場になり、現在は京都ゴルフ倶楽部上賀茂コースになっています。
    第六軍第一軍司令部が上賀茂神社の敷地内にゴルフ場を建設する計画を打ち出し、ハロルド・シェフィールド少佐を中心にして設計を赤星四郎氏に依頼したそうです。神社側は神が降臨する聖域として計画の変更を懇願しましたが、軍は譲らず、戦後初のゴルフ場として工事が始められました。境内の樹木を伐採して工事が進行する中、マッカーサー元帥が中止命令を出して一旦工事が停まるのですが、少佐は「平和の象徴としてゴルフ場を建設する」という大義名分を掲げて工事を続行。実際は、少佐が大のゴルフ好きだったのが一番の理由だと言われています。戦後の混乱期に様々な思惑が重なり、神社という聖域内に類稀なるゴルフコースが造られることになったそうです。「賀茂別雷神」怒りの落雷がゴルファーを襲うような悲惨なことがなければよいのですが…。プレー前には参拝が欠かせませんね!?

  • 上賀茂神社 立砂<br />この立砂は「浄めのお砂」として一袋500円也で授与されています。<br />因みに、料亭などで玄関の両脇に円錐形に塩が盛られているのを見かけますが、このルーツはこの立砂であるというのが通説となっています。盛塩は魔除け、厄除け、清め祓いのおまじないですが、塩の代わりに砂を撒くこともあるそうです。<br />

    上賀茂神社 立砂
    この立砂は「浄めのお砂」として一袋500円也で授与されています。
    因みに、料亭などで玄関の両脇に円錐形に塩が盛られているのを見かけますが、このルーツはこの立砂であるというのが通説となっています。盛塩は魔除け、厄除け、清め祓いのおまじないですが、塩の代わりに砂を撒くこともあるそうです。

  • 上賀茂神社 橋殿<br />下鴨神社にあって上賀茂神社にないものが、舞殿。その代わりになるのが、この橋殿です。そのため、橋殿は舞殿とも呼ばれたりもします。現在は、人形流し(ひとがたながし)という神事がここで行われます。毎年6月30日に一年の残り半分の無病息災を祈願します。夏越の大祓で行われる神事のひとつです。<br /><br />賀茂祭では、勅使の座は御手洗川の上に架けられたこの橋殿に設けられます。勅使による祭文奏上、幣物奉納、神禄の葵の受理も全てこの川の上で行われます。こうして見ると、この御手洗川が神と人の結界と考えてもよいのではないでしょうか?<br />

    上賀茂神社 橋殿
    下鴨神社にあって上賀茂神社にないものが、舞殿。その代わりになるのが、この橋殿です。そのため、橋殿は舞殿とも呼ばれたりもします。現在は、人形流し(ひとがたながし)という神事がここで行われます。毎年6月30日に一年の残り半分の無病息災を祈願します。夏越の大祓で行われる神事のひとつです。

    賀茂祭では、勅使の座は御手洗川の上に架けられたこの橋殿に設けられます。勅使による祭文奏上、幣物奉納、神禄の葵の受理も全てこの川の上で行われます。こうして見ると、この御手洗川が神と人の結界と考えてもよいのではないでしょうか?

  • 上賀茂神社 土舎(つちのや)<br />細殿に向かって右隣にあるのが土舎です。<br />神主以下、社司の著到殿であった建物で、現在は祓所(はらえど:お祓いをする場所)として使われています。

    上賀茂神社 土舎(つちのや)
    細殿に向かって右隣にあるのが土舎です。
    神主以下、社司の著到殿であった建物で、現在は祓所(はらえど:お祓いをする場所)として使われています。

  • 上賀茂神社 手水舎<br />手水舎は、細殿の裏手にあります。<br />この手水舎の水は、賀茂別雷大神が降臨したと伝わる神山のくぐり水を汲み上げたものだそうです。歴史上、由緒深い境内の井戸水(地下30m)と同じ水脈の名水「神山湧水」であり、飲料用水質基準にも適合しているそうです。<br />因みに、この井戸は、市民団体「上賀茂と森と緑の保存会」によって掘られたものだそうです。<br /><br />

    上賀茂神社 手水舎
    手水舎は、細殿の裏手にあります。
    この手水舎の水は、賀茂別雷大神が降臨したと伝わる神山のくぐり水を汲み上げたものだそうです。歴史上、由緒深い境内の井戸水(地下30m)と同じ水脈の名水「神山湧水」であり、飲料用水質基準にも適合しているそうです。
    因みに、この井戸は、市民団体「上賀茂と森と緑の保存会」によって掘られたものだそうです。

  • 上賀茂神社 楼門と玉橋<br />細殿の背部にある御手洗川に架かる禰宜橋からは、左右に回廊を巡らした朱塗りの楼門が勇壮に映ります。本殿や権殿を背にして建つ2階建ての楼門は、威風堂々とした雄姿の中にも雅やかさを満々と湛えています。何となく御伽噺に出てくる竜宮城を彷彿とさせる意匠で、朱塗りの伽藍が華麗です。楼門の手前でゆるい円弧を描く橋 玉橋との相性がまた絶妙な味を出しています。 <br /><br />楼門の手前に架かる朱塗りも鮮やかな反り橋は、玉橋です。ならの小川の支流 御物忌川(みものいみがわ)に架かる橋です。高欄(橋・回廊・廊下に取り付けられた欄干)が施された耽美な橋で、神事の際に神官が渡る時にのみ使われ、普段は注連縄が張られています。

    上賀茂神社 楼門と玉橋
    細殿の背部にある御手洗川に架かる禰宜橋からは、左右に回廊を巡らした朱塗りの楼門が勇壮に映ります。本殿や権殿を背にして建つ2階建ての楼門は、威風堂々とした雄姿の中にも雅やかさを満々と湛えています。何となく御伽噺に出てくる竜宮城を彷彿とさせる意匠で、朱塗りの伽藍が華麗です。楼門の手前でゆるい円弧を描く橋 玉橋との相性がまた絶妙な味を出しています。

    楼門の手前に架かる朱塗りも鮮やかな反り橋は、玉橋です。ならの小川の支流 御物忌川(みものいみがわ)に架かる橋です。高欄(橋・回廊・廊下に取り付けられた欄干)が施された耽美な橋で、神事の際に神官が渡る時にのみ使われ、普段は注連縄が張られています。

  • 上賀茂神社 岩上(がんじょう)<br />玉橋の先に岩上と呼ばれる磐座石が鎮座しています。立札に書かれた難解な文書を噛み砕いて表現すると次のようになります。<br />「秀峰 神山と共に賀茂信仰の原点であり、古代祭祀の形を今に伝える場所。また、神と人との心の通路(かよいじ)でもあり、『気』の集中する場所でもある」。

    上賀茂神社 岩上(がんじょう)
    玉橋の先に岩上と呼ばれる磐座石が鎮座しています。立札に書かれた難解な文書を噛み砕いて表現すると次のようになります。
    「秀峰 神山と共に賀茂信仰の原点であり、古代祭祀の形を今に伝える場所。また、神と人との心の通路(かよいじ)でもあり、『気』の集中する場所でもある」。

  • 上賀茂神社 岩石<br />こんどは反対側から見てみます。<br />ここは、上賀茂神社のパワーの源流でもあり、江原啓之氏推薦のパワースポットでもあります。<br />京都三大祭のひとつ、賀茂祭(葵祭)では、宮司がこの岩の上に座ると神が宮司に憑依し、宮司の体を通して神の意思(返祝詞:かえりのりと)を告げる神聖な場所となっています。<br />因みに、返祝詞とは、勅使が読み上げる天皇からの御祭文に対し、祭神からの聞き届けましたという返事に当たります。返祝詞の後、天皇の使いである勅使と拍手を交わします。

    上賀茂神社 岩石
    こんどは反対側から見てみます。
    ここは、上賀茂神社のパワーの源流でもあり、江原啓之氏推薦のパワースポットでもあります。
    京都三大祭のひとつ、賀茂祭(葵祭)では、宮司がこの岩の上に座ると神が宮司に憑依し、宮司の体を通して神の意思(返祝詞:かえりのりと)を告げる神聖な場所となっています。
    因みに、返祝詞とは、勅使が読み上げる天皇からの御祭文に対し、祭神からの聞き届けましたという返事に当たります。返祝詞の後、天皇の使いである勅使と拍手を交わします。

  • 上賀茂神社 片岡社<br />玉橋の奥、御物忌川沿いに片山御子神社(片岡社)が佇みます。上賀茂神社のご祭神賀茂別雷大神の母を祀る上社筆頭の摂社です。ご利益は、縁結びや恋愛成就、子宝。<br />どうして、縁結びなのか?<br />その理由は、片岡社は日本神話に登場する女神 玉依媛命を祀った社だからです。この姫は上賀茂神社のご祭神である「賀茂別雷神」の母。賀茂玉依媛命は、ならの小川から流れて来た1本の丹塗矢を手に取ったところ、賀茂別雷神を授かったと伝えられ、そのことから良縁を願う人たちが訪れるようになりました。

    上賀茂神社 片岡社
    玉橋の奥、御物忌川沿いに片山御子神社(片岡社)が佇みます。上賀茂神社のご祭神賀茂別雷大神の母を祀る上社筆頭の摂社です。ご利益は、縁結びや恋愛成就、子宝。
    どうして、縁結びなのか?
    その理由は、片岡社は日本神話に登場する女神 玉依媛命を祀った社だからです。この姫は上賀茂神社のご祭神である「賀茂別雷神」の母。賀茂玉依媛命は、ならの小川から流れて来た1本の丹塗矢を手に取ったところ、賀茂別雷神を授かったと伝えられ、そのことから良縁を願う人たちが訪れるようになりました。

  • 上賀茂神社 片岡社<br />紫式部がこの片岡社に通っていたという史実が残されています。<br />新古今和歌集には、紫式部がこの片岡社で自らの恋の成就を祈った歌が残されています。王朝恋物語の筆者にも、恋に焦がれる乙女の純情があったとは驚きです。<br />歌碑「ほととぎす 声まつほどは 片岡の 杜のしづくに たちやぬれまし」。<br />直訳すれば、「ホトトギス(将来の結婚相手の声)を待ちわびる間、片岡社の木の下に立ち、朝露に濡れていましょう」と逢引の歌のようにも聞こえますが、良縁を求めて片岡社へのお参りを欠かしませんという意味のようにも思えます。 <br /><br />

    上賀茂神社 片岡社
    紫式部がこの片岡社に通っていたという史実が残されています。
    新古今和歌集には、紫式部がこの片岡社で自らの恋の成就を祈った歌が残されています。王朝恋物語の筆者にも、恋に焦がれる乙女の純情があったとは驚きです。
    歌碑「ほととぎす 声まつほどは 片岡の 杜のしづくに たちやぬれまし」。
    直訳すれば、「ホトトギス(将来の結婚相手の声)を待ちわびる間、片岡社の木の下に立ち、朝露に濡れていましょう」と逢引の歌のようにも聞こえますが、良縁を求めて片岡社へのお参りを欠かしませんという意味のようにも思えます。

  • 上賀茂神社 片岡社<br />紫式部とその和歌をモチーフにした片岡社の絵馬。葵の葉を象ったハート型をしていて乙女心をくすぐります。紫式部がこの社の付近でほととぎすの声を待っていたという歌に因み、ほととぎすを恋人に見立てた絵柄になっています。平安京ロマンがしっとりと漂います。<br /><br />社に設えられた鈴の付いた鰐口はカラフルな配色に整えられ、引いて鳴らすと頭上から降り注ぐかのごとく響く鈴の音がなんとも軽やかです。左横にある、御物忌川に架かる唐破風造りの屋根のある橋は、片岡橋と言われ重要文化財でもあります。

    上賀茂神社 片岡社
    紫式部とその和歌をモチーフにした片岡社の絵馬。葵の葉を象ったハート型をしていて乙女心をくすぐります。紫式部がこの社の付近でほととぎすの声を待っていたという歌に因み、ほととぎすを恋人に見立てた絵柄になっています。平安京ロマンがしっとりと漂います。

    社に設えられた鈴の付いた鰐口はカラフルな配色に整えられ、引いて鳴らすと頭上から降り注ぐかのごとく響く鈴の音がなんとも軽やかです。左横にある、御物忌川に架かる唐破風造りの屋根のある橋は、片岡橋と言われ重要文化財でもあります。

  • 上賀茂神社 片岡社<br />拝殿の後ろに控える本殿です。<br />渉渓園で紹介した神宮寺は、元は片岡社の鎮守寺でした。明治時代の神仏分離令で切り離され、神宮寺は移転したといいます。<br />片岡社の背後の山は神体山。古くは片岡山、賀茂山、二葉山などと呼ばれたそうです。

    上賀茂神社 片岡社
    拝殿の後ろに控える本殿です。
    渉渓園で紹介した神宮寺は、元は片岡社の鎮守寺でした。明治時代の神仏分離令で切り離され、神宮寺は移転したといいます。
    片岡社の背後の山は神体山。古くは片岡山、賀茂山、二葉山などと呼ばれたそうです。

  • 上賀茂神社 中門<br />正面に見えるのが中門。<br />檜皮葺、切妻屋根、四脚門、1628年造営。両側に西局、東局を繋いでいます。この奥に本殿、同じ形の権殿(社殿造営の際に御霊代を一時奉安する仮殿)が並立しています。ただし、現在は2015年の式年遷宮に向けて建て替えが急ピッチで進められています。<br />上賀茂神社には、たいていの神社にある拝殿(本殿の手前にある参拝所)がありません。元々、お参りする神社というよりも、お祭りをする神社として人々の信仰を集めていたからだそうです。 <br />

    上賀茂神社 中門
    正面に見えるのが中門。
    檜皮葺、切妻屋根、四脚門、1628年造営。両側に西局、東局を繋いでいます。この奥に本殿、同じ形の権殿(社殿造営の際に御霊代を一時奉安する仮殿)が並立しています。ただし、現在は2015年の式年遷宮に向けて建て替えが急ピッチで進められています。
    上賀茂神社には、たいていの神社にある拝殿(本殿の手前にある参拝所)がありません。元々、お参りする神社というよりも、お祭りをする神社として人々の信仰を集めていたからだそうです。

  • 上賀茂神社 忌子殿 (いごでん)<br />中門に向かって右手にある忌子殿です。<br />弊殿との間は回廊の取合によって繋がっています。現在は祈祷殿として使われています。忌子は斎祝子(いむこ)ともいい、賀茂氏より選ばれた子女で巫女を意味し、賀茂斎院に奉仕していました。<br />ここでは一年を通じて厄除け祈願のご祈祷が行われています。

    上賀茂神社 忌子殿 (いごでん)
    中門に向かって右手にある忌子殿です。
    弊殿との間は回廊の取合によって繋がっています。現在は祈祷殿として使われています。忌子は斎祝子(いむこ)ともいい、賀茂氏より選ばれた子女で巫女を意味し、賀茂斎院に奉仕していました。
    ここでは一年を通じて厄除け祈願のご祈祷が行われています。

  • 上賀茂神社 中門<br />中門の左右(東西)の回廊には、「直会(なおらい)殿」、「御籍屋(みふだのや)」があります。すべて1628年の造替で重要文化財となっています。 <br />こちらは中門の西側にあたり、西局、直会殿、そして左奥に楽所があります。<br />

    上賀茂神社 中門
    中門の左右(東西)の回廊には、「直会(なおらい)殿」、「御籍屋(みふだのや)」があります。すべて1628年の造替で重要文化財となっています。
    こちらは中門の西側にあたり、西局、直会殿、そして左奥に楽所があります。

  • 上賀茂神社 楼門<br />中門側から見た楼門です。こうして高い所から見ると、2階建て構造だというのがよく判ります。

    上賀茂神社 楼門
    中門側から見た楼門です。こうして高い所から見ると、2階建て構造だというのがよく判ります。

  • 上賀茂神社 伊勢神宮遥拝所<br />新宮門の前にある、伊勢神宮遥拝所。<br />遥拝所とは、 遠く離れた所から神仏などを遥かに拝むために設けられた場所です。

    上賀茂神社 伊勢神宮遥拝所
    新宮門の前にある、伊勢神宮遥拝所。
    遥拝所とは、 遠く離れた所から神仏などを遥かに拝むために設けられた場所です。

  • 上賀茂神社 川尾社<br />屋根の上に重そうに苔を戴いた趣深い川尾社。社の向かいを流れる御物忌川は、神事に使う祭器などを洗い清める場として使われていた清廉な川です。川尾社は、御物忌川を神格化した神様の罔象女神(みづはのめのかみ)を祀った末社です。罔象女神は、罪穢れを流してくれる瀬織津媛(せおりつ)の別名とされ、水の神様として灌漑用水、井戸や泉を守る神様です。御物忌川を守護し、また水の流れによって迷いを流し取り除いてくれるとも言われています。癒しの神としても知られ、精神安定や傷心を癒してくれる神様でもあります。<br />

    上賀茂神社 川尾社
    屋根の上に重そうに苔を戴いた趣深い川尾社。社の向かいを流れる御物忌川は、神事に使う祭器などを洗い清める場として使われていた清廉な川です。川尾社は、御物忌川を神格化した神様の罔象女神(みづはのめのかみ)を祀った末社です。罔象女神は、罪穢れを流してくれる瀬織津媛(せおりつ)の別名とされ、水の神様として灌漑用水、井戸や泉を守る神様です。御物忌川を守護し、また水の流れによって迷いを流し取り除いてくれるとも言われています。癒しの神としても知られ、精神安定や傷心を癒してくれる神様でもあります。

  • 上賀茂神社 樟橋(くすのきばし)<br />楼門脇の御手洗川に架かる橋は、石橋に見えるのですが、樟(楠木)の化石(珪化木)が2枚並べられたものだそうです。また、この橋は、長寿を祈願する人が渡るため長寿橋と称されています。<br />毎年1月7日に行われる白馬奉覧神事では、この橋を白馬が渡って退下していきます。年の始めに白馬(青馬)を見ると一年の邪気が祓われるという故事に則った宮中の儀式である白馬節会(あおうまのせちえ)を神事化したものです。<br /><br />因みに、珪化木は、古代に生い茂っていた樹木が地中に埋もれ、圧力を受けることによって木の組織の中にケイ酸を含んだ地下水が浸入し、樹木が二酸化ケイ素に変化することで石のように硬くなったものです。確か地学の授業で習ったような…。<br /><br />

    上賀茂神社 樟橋(くすのきばし)
    楼門脇の御手洗川に架かる橋は、石橋に見えるのですが、樟(楠木)の化石(珪化木)が2枚並べられたものだそうです。また、この橋は、長寿を祈願する人が渡るため長寿橋と称されています。
    毎年1月7日に行われる白馬奉覧神事では、この橋を白馬が渡って退下していきます。年の始めに白馬(青馬)を見ると一年の邪気が祓われるという故事に則った宮中の儀式である白馬節会(あおうまのせちえ)を神事化したものです。

    因みに、珪化木は、古代に生い茂っていた樹木が地中に埋もれ、圧力を受けることによって木の組織の中にケイ酸を含んだ地下水が浸入し、樹木が二酸化ケイ素に変化することで石のように硬くなったものです。確か地学の授業で習ったような…。

  • 上賀茂神社 願い筒<br />ニューアイテムなのでしょうか、末社 橋本社前の桂の樹には小さな筒状の飾りが鈴なりです。これは「願い筒」と言い、葵の紋の「願い紙」に思いを認めて成就を願うものだそうです。絵馬のようなものですが、カラフルで上品に映ります。<br />葵祭は賀茂大神が「吾に会いたいなら葵を桂にかけてお祭りしなさい」と神託したことが始まりですので、この神話に因んで葵紋が入った紙に願いを認め、ちりめんの筒に納めて桂の樹に結わえます。<br />橋本社のご祭神は、衣通媛神(そとおりひめのかみ)。説明書きによれば、「ご祭神は美しく和歌や芸道にも優れ、それぞれの道を照らし、女性にはその内なる魅力を引き出して下さる。そして、母性力、女性力、仕事力を輝かせて下さる。また、男性には大きなご加護で包み込んで自信と勇気を下さるでしょう」とあります。<br />秘めた思いを筒に入れるというのは、ある意味、現代風とも言えます。何をするのもプライバシーがつきまとうご時世。願い事も他人には覗かれたくないという風潮に見合っているように思えます。ただ、秘匿性があるからと言って、何を願っても構わないと言う発想にはなって欲しくないですね。せっかく葉を落とした桂の樹が願い筒を結わえられ、花が咲いたように艶やかな姿になっているのですから…。<br />因みに、摂社 片岡社の絵馬は、個人情報保護のため、願い事を書いた上に貼り付ける秘匿シールが用意されています。

    上賀茂神社 願い筒
    ニューアイテムなのでしょうか、末社 橋本社前の桂の樹には小さな筒状の飾りが鈴なりです。これは「願い筒」と言い、葵の紋の「願い紙」に思いを認めて成就を願うものだそうです。絵馬のようなものですが、カラフルで上品に映ります。
    葵祭は賀茂大神が「吾に会いたいなら葵を桂にかけてお祭りしなさい」と神託したことが始まりですので、この神話に因んで葵紋が入った紙に願いを認め、ちりめんの筒に納めて桂の樹に結わえます。
    橋本社のご祭神は、衣通媛神(そとおりひめのかみ)。説明書きによれば、「ご祭神は美しく和歌や芸道にも優れ、それぞれの道を照らし、女性にはその内なる魅力を引き出して下さる。そして、母性力、女性力、仕事力を輝かせて下さる。また、男性には大きなご加護で包み込んで自信と勇気を下さるでしょう」とあります。
    秘めた思いを筒に入れるというのは、ある意味、現代風とも言えます。何をするのもプライバシーがつきまとうご時世。願い事も他人には覗かれたくないという風潮に見合っているように思えます。ただ、秘匿性があるからと言って、何を願っても構わないと言う発想にはなって欲しくないですね。せっかく葉を落とした桂の樹が願い筒を結わえられ、花が咲いたように艶やかな姿になっているのですから…。
    因みに、摂社 片岡社の絵馬は、個人情報保護のため、願い事を書いた上に貼り付ける秘匿シールが用意されています。

  • 上賀茂神社 末社 岩本社<br />御手洗川から分流して東へ流れる沢田川の畔に佇む岩塊の上に祀られる小さな社。元々は、磐座石を祈願していた所に社が建てられていたそうです。神道で信仰される神 住吉三神「底筒男神」、「中筒男神」、「表筒男神」を祀る社で、海上安全や港、河瀬の守護神とされています。筒男三神は、イザナギノミコトが妻を訪ねて黄泉の国から戻り、海で穢れを清めた時に禊から生まれたと伝えられています。それらは、オリオン座の三ツ星、つまり航海の目印となる星を神格化したものとも言われています。何故このような小川の畔に祀られているのか、おぼろげながら判ったような気がします。<br />また、平安時代には歌人の守り神としても信仰を集めていたそうです。徒然草には、「賀茂の岩本・橋本は、業平・実方なり」と書かれており、岩本神社は在原業平、橋本神社は藤原実方を祀った神社だとされています。<br /><br />日本書紀によれば、仲哀天皇の御代に熊襲、隼人など大和朝廷に反抗する部族が蜂起した際、神功皇后が神がかりし、「反乱軍の背後には三韓の勢力がある。まず三韓を征討せよ」との神託を得ました。しかし天皇はこの神託に従わず、翌年崩御。その翌月、再び同様の神託を得た神功皇后は、自ら兵を率いて三韓へ出航。この時、住吉三神の和魂が神功皇后の身辺を守り、荒魂は突風となり、神功皇后の船団を後押しするとともに、三韓の軍を大いに苦しめたとされています。<br />

    上賀茂神社 末社 岩本社
    御手洗川から分流して東へ流れる沢田川の畔に佇む岩塊の上に祀られる小さな社。元々は、磐座石を祈願していた所に社が建てられていたそうです。神道で信仰される神 住吉三神「底筒男神」、「中筒男神」、「表筒男神」を祀る社で、海上安全や港、河瀬の守護神とされています。筒男三神は、イザナギノミコトが妻を訪ねて黄泉の国から戻り、海で穢れを清めた時に禊から生まれたと伝えられています。それらは、オリオン座の三ツ星、つまり航海の目印となる星を神格化したものとも言われています。何故このような小川の畔に祀られているのか、おぼろげながら判ったような気がします。
    また、平安時代には歌人の守り神としても信仰を集めていたそうです。徒然草には、「賀茂の岩本・橋本は、業平・実方なり」と書かれており、岩本神社は在原業平、橋本神社は藤原実方を祀った神社だとされています。

    日本書紀によれば、仲哀天皇の御代に熊襲、隼人など大和朝廷に反抗する部族が蜂起した際、神功皇后が神がかりし、「反乱軍の背後には三韓の勢力がある。まず三韓を征討せよ」との神託を得ました。しかし天皇はこの神託に従わず、翌年崩御。その翌月、再び同様の神託を得た神功皇后は、自ら兵を率いて三韓へ出航。この時、住吉三神の和魂が神功皇后の身辺を守り、荒魂は突風となり、神功皇后の船団を後押しするとともに、三韓の軍を大いに苦しめたとされています。

  • 上賀茂神社 ならの小川<br />小川のせせらぎに耳を傾けながら愛でる渉渓園の紅葉は、なかなか粋なものです。時々刻々と表情を変えるような気がします。<br />

    上賀茂神社 ならの小川
    小川のせせらぎに耳を傾けながら愛でる渉渓園の紅葉は、なかなか粋なものです。時々刻々と表情を変えるような気がします。

  • 上賀茂神社 ならの小川<br />青い空を背景に名残紅葉が映えます。<br />

    上賀茂神社 ならの小川
    青い空を背景に名残紅葉が映えます。

  • 上賀茂神社 憩の庭<br />二の鳥居まで戻ってくると境内の一角に「憩の庭」と書かれた札が下がっていました。小さな庭園のようです。<br />丁度木漏れ日が差し込み、黄葉がスポットライトを浴びたように煌いています。

    上賀茂神社 憩の庭
    二の鳥居まで戻ってくると境内の一角に「憩の庭」と書かれた札が下がっていました。小さな庭園のようです。
    丁度木漏れ日が差し込み、黄葉がスポットライトを浴びたように煌いています。

  • 上賀茂神社 憩の庭 結唯もみじ<br />日差しに輝き、いきいきとしています。丁度、最盛期といった感じで、かなり奥手の紅葉のようです。<br />名札には「結唯もみじ」と記されていました。ネットでググりましたが、それらしきものは何もヒットしませんでした。

    上賀茂神社 憩の庭 結唯もみじ
    日差しに輝き、いきいきとしています。丁度、最盛期といった感じで、かなり奥手の紅葉のようです。
    名札には「結唯もみじ」と記されていました。ネットでググりましたが、それらしきものは何もヒットしませんでした。

  • 上賀茂神社 憩の庭 弁天神楽椿(ベンテンカグラツバキ)<br />弁天神楽椿は、ツバキ科ツバキ属の耐寒性常緑小高木。紅地に白星斑が入り、牡丹〜獅子咲きでかなり大型な寒椿です。一見、バラのようにも見えます。<br />ネット情報では、弁天神楽は「七福神弁天」という別名もあり、二条城には名札をつけたものがあるそうです。<br />ところで、椿と山茶花の見分け方をご存知ですか?<br />散った後なら椿はポトリと花ごと落ちるので判りますが、開花中は雄蕊が放射状か筒状かで見分けるそうです。この方法なら、この花は雄蕊が筒状ではなく分散しているので山茶花ということになります。でも、葉が鋸葉ではないので椿と言えます。恐らく、椿と山茶花の交配種なのでしょう。

    上賀茂神社 憩の庭 弁天神楽椿(ベンテンカグラツバキ)
    弁天神楽椿は、ツバキ科ツバキ属の耐寒性常緑小高木。紅地に白星斑が入り、牡丹〜獅子咲きでかなり大型な寒椿です。一見、バラのようにも見えます。
    ネット情報では、弁天神楽は「七福神弁天」という別名もあり、二条城には名札をつけたものがあるそうです。
    ところで、椿と山茶花の見分け方をご存知ですか?
    散った後なら椿はポトリと花ごと落ちるので判りますが、開花中は雄蕊が放射状か筒状かで見分けるそうです。この方法なら、この花は雄蕊が筒状ではなく分散しているので山茶花ということになります。でも、葉が鋸葉ではないので椿と言えます。恐らく、椿と山茶花の交配種なのでしょう。

  • 上賀茂神社 憩の庭<br />散紅葉のパッチワーク。<br />森のパッチワークもいいですが、落葉のパッチワークも違った味わいがあります。<br />散ってからも人を感動させることができる紅葉の偉大さが心に沁みます。

    上賀茂神社 憩の庭
    散紅葉のパッチワーク。
    森のパッチワークもいいですが、落葉のパッチワークも違った味わいがあります。
    散ってからも人を感動させることができる紅葉の偉大さが心に沁みます。

  • 上賀茂神社 憩の庭 山茶花<br />純白の半八重咲きです。その清楚ながら凛とした装いは、日本画から抜けだしてきた美女を目の当たりにしたような趣に満ちています。仄かなやさしい香りが周りに立ち込めています。<br />秋〜初冬にかけて垣根や庭などにさりげなく咲き乱れる山茶花の花は、日本固有の風情を漂わせていいですね。花びらがほろほろと舞い散る様子は、椿と違って上品で、儚さを感じさせるものがあります。また、散った花びらは、地面に降り積もった雪のような彩を添えます。<br />白い山茶花の花言葉は、「理想の恋」「無垢」「愛嬌」「困難に打ち勝つ」「ひたむきな恋」など沢山あります。

    上賀茂神社 憩の庭 山茶花
    純白の半八重咲きです。その清楚ながら凛とした装いは、日本画から抜けだしてきた美女を目の当たりにしたような趣に満ちています。仄かなやさしい香りが周りに立ち込めています。
    秋〜初冬にかけて垣根や庭などにさりげなく咲き乱れる山茶花の花は、日本固有の風情を漂わせていいですね。花びらがほろほろと舞い散る様子は、椿と違って上品で、儚さを感じさせるものがあります。また、散った花びらは、地面に降り積もった雪のような彩を添えます。
    白い山茶花の花言葉は、「理想の恋」「無垢」「愛嬌」「困難に打ち勝つ」「ひたむきな恋」など沢山あります。

  • 上賀茂神社 憩の庭 山茶花<br />山茶花が美しい花を咲かせているその樹木の下では、散紅葉がレッド・カーペットさながらの目を瞠る光景を創りだしています。

    上賀茂神社 憩の庭 山茶花
    山茶花が美しい花を咲かせているその樹木の下では、散紅葉がレッド・カーペットさながらの目を瞠る光景を創りだしています。

  • 上賀茂神社 憩の庭 ドウダンツツジ<br />色鮮やかなオレンジ色に染まったドウダンツツジ(満点星)がまばゆいほどに煌いています。普通、ドウダンツツジといえば真紅が定番なのですが、このようにオレンジ色に紅葉する種類もあるようです。<br />ドウダンツツジの「ドウダン」は、「トウダイ(灯台)」が訛ったものとされています。灯台と言っても船舶の目印になる灯台ではなく、手元を照らすために古い時代に宮中行事に用いた灯明台のことです。三本の支柱を組み合わせ、真ん中で結び、上下を開いて安定させ、頭部に油火の皿を載せる物です。枝分かれの仕方が結び灯台に似ていることが名前の由来です。<br />漢字で「満天星」」「灯台躑躅」と書くのは中国名に由来しています。 <br />

    上賀茂神社 憩の庭 ドウダンツツジ
    色鮮やかなオレンジ色に染まったドウダンツツジ(満点星)がまばゆいほどに煌いています。普通、ドウダンツツジといえば真紅が定番なのですが、このようにオレンジ色に紅葉する種類もあるようです。
    ドウダンツツジの「ドウダン」は、「トウダイ(灯台)」が訛ったものとされています。灯台と言っても船舶の目印になる灯台ではなく、手元を照らすために古い時代に宮中行事に用いた灯明台のことです。三本の支柱を組み合わせ、真ん中で結び、上下を開いて安定させ、頭部に油火の皿を載せる物です。枝分かれの仕方が結び灯台に似ていることが名前の由来です。
    漢字で「満天星」」「灯台躑躅」と書くのは中国名に由来しています。

  • 上賀茂神社 <br />幣殿の西端にある山門です。<br />鄙びた山門が佇む山寺風の景観に、色付いた紅葉が映えます。<br />時折、宮大工の方々がここから出入りされています。工事関係者の通用門のような存在になっています。

    上賀茂神社 
    幣殿の西端にある山門です。
    鄙びた山門が佇む山寺風の景観に、色付いた紅葉が映えます。
    時折、宮大工の方々がここから出入りされています。工事関係者の通用門のような存在になっています。

  • 上賀茂神社 酸茎(すぐき)<br />二の鳥居の脇には、上賀茂名産の漬物 すぐきが展示されています。近々奉納されるのでしょう。<br />すぐきを漬ける方法を紹介します。樽の中に塩をなじませながら渦巻き状に並べ、写真のようにテコの原理を応用して長い棒の先に重石を吊るし、圧力をかけて漬け込みます。押付力は500kgfにもなるそうです。すぐきは結構強い発酵漬ですので、浅漬けの地方の方には嫌われることも多いそうです。しかし、美味しく漬かった物は、発酵臭もさることながら、口に入れた時にビールを含んだ時のような刺激があるのがたまらなく美味しいのだそうです。 <br />賀茂菜とも呼ばれるすぐき菜は、元々社家のひとりが京都御所から種子を貰い受け、自分の庭で栽培したものが辺りに広まったとも言われています。その起源はなんと400年前に遡るそうです。 まさしく伝統の味といえます。柴漬け、千枚漬けと共に京都三大漬物に選ばれています。<br /><br /><br /><br />

    上賀茂神社 酸茎(すぐき)
    二の鳥居の脇には、上賀茂名産の漬物 すぐきが展示されています。近々奉納されるのでしょう。
    すぐきを漬ける方法を紹介します。樽の中に塩をなじませながら渦巻き状に並べ、写真のようにテコの原理を応用して長い棒の先に重石を吊るし、圧力をかけて漬け込みます。押付力は500kgfにもなるそうです。すぐきは結構強い発酵漬ですので、浅漬けの地方の方には嫌われることも多いそうです。しかし、美味しく漬かった物は、発酵臭もさることながら、口に入れた時にビールを含んだ時のような刺激があるのがたまらなく美味しいのだそうです。
    賀茂菜とも呼ばれるすぐき菜は、元々社家のひとりが京都御所から種子を貰い受け、自分の庭で栽培したものが辺りに広まったとも言われています。その起源はなんと400年前に遡るそうです。 まさしく伝統の味といえます。柴漬け、千枚漬けと共に京都三大漬物に選ばれています。



  • おまけ1<br />今日は、兵庫県三田市にあるパティシェ エス・コヤマさんへ予約していたクリスマスケーキを受け取りに行ってまいりました。時折、霙が雪に変わる寒い冬至の日でしたが、沢山の美味しそうな洋菓子からパワーをいただき、一足早いハッピー・クリスマスを過ごせました。<br /><br />Wishing you a Merry Christmas &amp; a Happy New Year !! <br /><br />お店のHPです。<br />http://www.es-koyama.com/<br /><br />昨年のエス・コヤマさんの旅行記です。<br />http://4travel.jp/travelogue/10735423

    おまけ1
    今日は、兵庫県三田市にあるパティシェ エス・コヤマさんへ予約していたクリスマスケーキを受け取りに行ってまいりました。時折、霙が雪に変わる寒い冬至の日でしたが、沢山の美味しそうな洋菓子からパワーをいただき、一足早いハッピー・クリスマスを過ごせました。

    Wishing you a Merry Christmas & a Happy New Year !!

    お店のHPです。
    http://www.es-koyama.com/

    昨年のエス・コヤマさんの旅行記です。
    http://4travel.jp/travelogue/10735423

  • おまけ2<br />毎年、11月になると予約の受付が始まり、瞬く間にSOLD−OUTになってしまうほどの超人気を誇るパティシエです。小山ロールで有名ですが、現在も進化の途上です。<br />我が家が選んだクリスマスケーキは、大人向けのBrand−New レ・ノワゼット・カフェです。<br /><br />小山シェフが2012年のサロンデュショコラ パリで出会った魅惑的なショコラ「ドゥルセ」を潤沢に用いたムースは、ミルクを極限まで煮詰めてこんがりとキャラメリゼしたようなコクの深いフレーバー。口の中でフワッととろけるミルキッシュな甘さと、上品で仄かなカカオの香りのハーモニーが絶妙です。「ドゥルセ」がコーヒーやヘーゼルナッツと相性が良いことを直感したシェフは、このショコラが日本に初入荷されるのを待ち望んだそうです。そして迎えた今年の秋、ようやくその願いが叶い、ひとつのガトーが誕生したのです。芳ばしい焦がしハチミツを惜しみなく浸したビスキュイ・バンドジェーネのベースの上には、ヘーゼルナッツのババロア・ノワゼット、その上にはコーヒー風味のクレーム・アングレーズソースがラグジュアリーな共演です。さらにその上にはドゥルセの魅力をたっぷりと練り込んだ、繊細でやわらかな口当たりのムース・ドゥルセがたっぷり。コーヒー、ヘーゼルナッツ、ドゥルセといった3つの濃厚なフレーバーと味わいが交互に現れては消えゆく「贅を尽くした宝石箱」!!うっとりとするような口どけを堪能しました。<br />

    おまけ2
    毎年、11月になると予約の受付が始まり、瞬く間にSOLD−OUTになってしまうほどの超人気を誇るパティシエです。小山ロールで有名ですが、現在も進化の途上です。
    我が家が選んだクリスマスケーキは、大人向けのBrand−New レ・ノワゼット・カフェです。

    小山シェフが2012年のサロンデュショコラ パリで出会った魅惑的なショコラ「ドゥルセ」を潤沢に用いたムースは、ミルクを極限まで煮詰めてこんがりとキャラメリゼしたようなコクの深いフレーバー。口の中でフワッととろけるミルキッシュな甘さと、上品で仄かなカカオの香りのハーモニーが絶妙です。「ドゥルセ」がコーヒーやヘーゼルナッツと相性が良いことを直感したシェフは、このショコラが日本に初入荷されるのを待ち望んだそうです。そして迎えた今年の秋、ようやくその願いが叶い、ひとつのガトーが誕生したのです。芳ばしい焦がしハチミツを惜しみなく浸したビスキュイ・バンドジェーネのベースの上には、ヘーゼルナッツのババロア・ノワゼット、その上にはコーヒー風味のクレーム・アングレーズソースがラグジュアリーな共演です。さらにその上にはドゥルセの魅力をたっぷりと練り込んだ、繊細でやわらかな口当たりのムース・ドゥルセがたっぷり。コーヒー、ヘーゼルナッツ、ドゥルセといった3つの濃厚なフレーバーと味わいが交互に現れては消えゆく「贅を尽くした宝石箱」!!うっとりとするような口どけを堪能しました。

  • おまけ3<br />明日のおやつ用のシナモン、バニラ、キャラメル味のチュロス。<br />シナモンやキャラメル味は、大人向けのフレーバーです。<br /><br />

    おまけ3
    明日のおやつ用のシナモン、バニラ、キャラメル味のチュロス。
    シナモンやキャラメル味は、大人向けのフレーバーです。

  • おまけ4<br />ランチ用にパン工房エス ブーランジェリーで購入し、ペロリと美味しくいただきました。<br />①②ナビンさんと創ったカレーパンNo.1と2。<br />ナン生地で包んで焼き上げたカレーパン。大阪のカレーの第一人者「レストラン ナビン」さんとの共同製作。No.2はベジタブル・カレー。<br />③たっぷりキノコのフォカッチャ。<br />モチモチのフォカッチャ生地に、ガーリック風味のキノコが盛りだくさん。 パンチのあるバルサミコ酢を隠し味に使うのはさすがです。<br />④スモークチキンとひよこ豆のピリ辛タルティーヌ。<br />ピッツァ風のモチモチ食感のポテトパンがベースになっています。<br /><br /><br />

    おまけ4
    ランチ用にパン工房エス ブーランジェリーで購入し、ペロリと美味しくいただきました。
    ①②ナビンさんと創ったカレーパンNo.1と2。
    ナン生地で包んで焼き上げたカレーパン。大阪のカレーの第一人者「レストラン ナビン」さんとの共同製作。No.2はベジタブル・カレー。
    ③たっぷりキノコのフォカッチャ。
    モチモチのフォカッチャ生地に、ガーリック風味のキノコが盛りだくさん。 パンチのあるバルサミコ酢を隠し味に使うのはさすがです。
    ④スモークチキンとひよこ豆のピリ辛タルティーヌ。
    ピッツァ風のモチモチ食感のポテトパンがベースになっています。


  • おまけ5<br />たまにしか行けないショップなので、あれもこれもと目移りしてしまいます。<br /><br />最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。恥も外聞もなく、備忘録も兼ねて徒然に旅行記を認めてしまいました。当方の経験や情報が皆さんの旅行の参考になれば幸甚です。どこか見知らぬ旅先で、見知らぬ貴方とすれ違えることに心ときめかせております。

    おまけ5
    たまにしか行けないショップなので、あれもこれもと目移りしてしまいます。

    最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。恥も外聞もなく、備忘録も兼ねて徒然に旅行記を認めてしまいました。当方の経験や情報が皆さんの旅行の参考になれば幸甚です。どこか見知らぬ旅先で、見知らぬ貴方とすれ違えることに心ときめかせております。

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  • こあひるさん 2013/12/24 16:36:26
    初めまして・・・
    montsaintmichelさん、こんばんは。

    たぶん掲示板に書き込むのは初めてかもしれません・・。

    いつも素晴らしいお写真を拝見しております。

    上賀茂神社・ならの小川の、水に浮かぶ紅葉・・・一面の絨毯・・・美しいですね〜。

    紅葉は、色づき始めから最後の落ち葉までそれぞれの美しさがあるので、同じ場所で何度も楽しむことができますね。

    最後のクリスマスケーキもとってもおいしそう〜〜!

    今年も残り僅かとなりましたが、ステキな年末年始をお迎えくださいね。

    これからもどうぞよろしくお願いします。

    こあひる

    montsaintmichel

    montsaintmichelさん からの返信 2013/12/25 18:43:51
    RE: 初めまして・・・
    こあひるさん、こんばんは。

    幾度も訪問していただき、ありがとうございます。とても励みになります。
    いつかはこあひるさんのようにイルミネーションにも挑戦してみたいと思い、じっくり勉強させていただいています。

    それでは、よいお年をお迎えください。

                                                 montsaintmichel

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