2013/11/29 - 2013/12/08
107位(同エリア180件中)
みちわんさん
毎年恒例の秋休み旅行です。
2014年11月29日から12月8日まで九州をめぐってきました。
今まで訪れたことのなかった佐賀と長崎に行くのがメインテーマでした。
はからずも「島津義弘の見た景色」を追いかける旅でもありました。
0日目
羽田空港に前泊
1日目
鹿児島空港から人吉へ
2日目
人吉からいさぶろう・しんぺい号で吉松へ 吉松から吉都線でえびのめぐり
3日目
桜島観光
4日目
指宿観光 新幹線で一気に佐賀県唐津市まで移動
5日目
唐津と名護屋城観光
6日目
松浦鉄道で平戸へ そこから長崎市まで移動
7日目
長崎市内観光
8日目
島原鉄道で島原へ バスで雲仙まで移動
9日目
雲仙・島原観光
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー ANAグループ 新幹線 JR特急 JRローカル 私鉄 徒歩 ソラシド エア
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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人吉からいさぶろう・しんぺい号で鹿児島方面へと向かいます。
人吉→吉松行きはA席が景色のいい席です。矢岳駅 駅
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えびのの車窓。
天気が悪かったのでいい景色は見られないかなと思っていたのですが、逆に雲と霧で幻想的な光景に。 -
いさぶろう・しんぺい号に乗ってこの車窓を見るのは三回目でしたが、今回が一番素敵な景色でした。
でも看板が邪魔!
2号車の1・2番あたりの席はちょうど絶景と看板が重なる席のようなので、事前にカウンターに移動した方がいいかもしれないです。 -
イチオシ
肥薩線では戦後すぐに勾配を登りきれなかった列車による悲惨な事故が起きています。
という話を思い出すほどのスピードでがんがん下っていきます。加速度とか揺れ方とかが、急な下り坂をブレーキかけずに下っているときの自転車そっくり…。止まれるのよね?ブレーキきくのよね?と不安になりました。 -
真幸駅ではどしゃぶりの中記念切符を買ったり、3個100円のゆでたまごを買ったり。
のちのちこのゆでたまごに救われるとはこのときは想像もしなかった…。 -
吉松駅に到着。
ここから吉都線に乗り換えて都城方面に進みます。吉松駅 駅
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えびの駅到着。えびの駅には木造の駅舎があり、映画の撮影にも使われたそうです。
無人駅だと思って油断していたら、駅舎で野菜などを売っている方がいてびっくりしました。 -
イチオシ
えびの駅からは徒歩で木崎原古戦場へ。グーグル先生によると1.7kmほどの距離です。
しかしここも人家はあるのにひと気がない…。時々遠くを車が走り去っていくけど人影は見えず…。 -
島津義弘が生きていた頃の風景とあまり変わってないんじゃないかなあ…と考えながら歩きます。
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途中にあった田の神さま。
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えびの駅から30分歩いて木崎原古戦場に到着。
木崎原古戦場跡 名所・史跡
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案内板にあった図。
木崎原の戦いは島津軍300人で伊東軍3000人を打ち破った「南九州の関が原」とも呼ばれる戦です。伊東氏が衰退したのは、この戦で多くの重臣が討死してしまったためとも言われています。木崎原古戦場跡 名所・史跡
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六地蔵塔。敵味方双方の戦死者を供養しています。島津氏は六地蔵塔をよく建立しています。
木崎原古戦場跡 名所・史跡
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島津義弘がちょっと腰かけて休んだという石。記念碑なんかはともかく、このレベルの逸話のものってどうやって今まで残っていたんでしょうかね?当時のお侍さんなんかも「去年の戦のときに腰かけて休んだそうじゃ」「へえー」なんてやってたのでしょうか。
木崎原古戦場跡 名所・史跡
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推定樹齢400年のスギの木。旧島津氏所領地(日向薩摩大隅)ではこういう大きな木が残っているところがいくつもありますね。
離れた場所に首塚や太刀洗川というのもあるのですが、そこまで行っているとバスの時間に間に合わなくなるので今回は断念。えびの駅まで引き返します。ゆっくり歩いていたら間に合わなくなりそうだったので、1kmくらい走りました…。木崎原古戦場跡 名所・史跡
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バス停「加久藤小学校前」からバス停「大平」まで移動し、亀城公園(飯野城跡)まで徒歩で。入口までの距離は800m程度なのですが、この前に3km超歩いているので足がつらい。
「亀城公園入口」の看板。ふたまたに分かれていますが、正しいのは右の道です。間違っても左に行ってはいけません。 -
選択肢がふたつあれば必ず間違った方を選ぶことに定評のある身ですから、もちろん左側の道を選んで進んでいきました。行き止まりでした。
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このへん通り抜けられる道があるんじゃないの?道だよね?と草ぼうぼうの道なき道を抜け、なんとか亀城公園の大手門跡までやってきました。
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ちょっと歩いただけで分かる「あ、ここ山だ」という光景。
木々で薄暗いしまったくひと気がないので、こんなところで変な人と遭遇してしまったら…と不安を抱いたものの、そもそも普通の人とすら出会わないんだから変質者なんてもっと出会う確率低いだろう、と失礼な理由で自分を納得させてどんどん登っていきます。 -
頂上までやってきました。
時間にして5分もかからなかったのですが、かなり急な上り坂だったため、足がガクガク。 -
あずまやで休憩。人吉で買いこんでおいたお弁当おにぎり(おにぎりの中に玉子焼きやミートボールが入っている)を食べます。
島津義弘は若い頃からあっちこっちで暮らしているので鹿児島にいた時間は意外と短いのですよね。
若いときに26年間住んでいたのだから、もしかしたら錦江湾に浮かぶ桜島より飯野城から見るえびの風景の方が思い入れがあったかもしれないなあ…。 -
あちらが(たぶん)加久藤城の方向。妻子は加久藤城で暮らしていました。
島津義弘は名を馳せた戦国武将ですが、若い頃から出張や単身赴任であちこち飛び回り、大企業に吸収合併されてからは元の会社と親会社の板挟みで苦労した中間管理職…と思うと一気に親近感がわいてきます。がんばれ日本のお父さん(何言ってんだ) -
飯野城跡から下りてきた後は、えびの市役所飯野出張所にある大イチョウまで。
義弘が長男の死を悼んで植樹したという大イチョウ。
ほかのイチョウはちょうどよく紅葉していたのですが、この木だけは葉が落ちていました。 -
丸十字の外灯?
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えびのにはチーズまんじゅうのおいしい店があるということで、心棒堂さんと香菊さんをハシゴしてチーズまんじゅうを購入。
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バス停「飯野」からバス停「松原」まで移動。
バス停のすぐそばに加久藤城跡への案内板が出ていました。 -
その道を進んでいくと義弘の長男鶴寿丸の墓への案内板が。
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鶴寿丸の墓。
義弘だけでなく、義弘の兄弟の子供たち含め、初めて生まれた男子が鶴寿丸でした。この子が生きていたら島津氏の歴史も変わっていたのだろうな…と考えたり。 -
森岡城。建築会社が自発的に作っている城だそうで。趣味なのか地域貢献なのか……趣味だろうな……
事前にネットでその情報を知ったときはもっと珍スポット的なものかと思っていたのですが、実際目にするとかなり本格的でした。
しかし午後四時で閉園だったため、中を見ることはできず。見たかったな。 -
イチオシ
普段運動をしないくせに歩き回ったせいでかなりへとへとだったので、バス停「文化センター」からバスに乗ってえびの駅まで戻るつもりでした。
ですがグーグル先生の「えびの駅まで歩いて2kmだよ」という返事を見て、なんかもういっか!歩いちゃうか!と駅まで歩くことに。
義弘もきっとこうやって歩きながら夕焼けを見たに違いない!同じ体験をしてる!いっしょいっしょ!と妙なハイテンションでした。今思うとあれがランナーズハイってやつなのだと思います…。 -
30分歩き、駅のそばのメモワールというお菓子屋さんでチーズまんじゅうを買ったりしながらえびの駅に到着。
えびの駅では何やらイベントをするようで、人が集まっていました(今調べたらこれですね。【吉都線全線開通100周年を記念して「駅イルミネーション」を実施します - えびの市役所ホームページ】 http://www.city.ebino.lg.jp/display.php?cont=131128164222)。
おなかがすいたけれど、コンビニや商店がなかったので、買っておいたチーズまんじゅうを食べる。おいしい。えびの駅 駅
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吉松行きもすぐに来る予定でしたが、吉都線に完乗するためあえて遠回りの都城行きに乗りこみます。
さようならえびの。えびの駅 駅
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都城駅に到着するも都城駅のそばにもコンビニはなく駅構内の売店も閉店済み。特急きりしまの車内販売に一縷の望みをかけるも「やってません」とすげなく希望は打ち砕かれ。甘いコーヒーとチーズまんじゅうでカロリー摂取するも胃がもたれて気持ち悪くなり。
これは危ないかもしれない…と覚悟を決めたところで、真幸駅でゆでたまごを買っていたことを思い出しました。
わーいゆでたまごおいしいよー!タンパク質と塩分が体に染み入るよー!
ゆでたまごのおかげでなんとか無事に鹿児島中央駅までたどりつくことができました。
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