2013/08/24 - 2013/09/01
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けちゃたびたび(NaokoSaimi)さん
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葡萄やオリーブの畑が広がる丘陵の美しさと、土地ごとの美味しいワインと料理が楽しめるイタリアの田舎巡りは、一度味わうと虜に!10年前にウンブリア州、5年前にピエモンテ州を巡った私、ついに真打登場!憧れのトスカーナ州で日本人向けの個人ガイドをしている方に連絡をとって、2泊3日のトスカーナ巡りを計画、それを旅程の中心に据えて、スタートはフィレンツェの3泊、締めはヴェネツィアで2泊することにしました。
高校からの親友2人と一緒の3人旅。できれば2ベッドルームのゆったりしたホテルがいいのですが、旅の始めのフィレンツェでは、まさにぴったりのホテルをとることができました。部屋からポンテ・ヴェッキオが見える抜群のロケーションです。
フィレンツェでの初日はウフィッツィ美術館とヴァザーリの回廊を巡るツアーに参加しました。そしてポンテ・ヴェッキオは単にジュエリー・ショップが立ち並ぶ橋じゃなくて、あのメディチ家の歴史と深く関係があることを知ったのでした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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8/24(土)成田発13:35のKLM864でアムステルダム18:15着、2時間ほどのトランジットでアムステルダム発20:15のKLM3415でフィレンツェ22:25。到着が深夜なのでホテルに迎えの車をお願いしておきました。
宿泊はアルノ川沿いで、ポンテ・ヴェッキオのすぐそばにある Lungarno Suites。フェラガモ・グループのホテルです。
http://www.booking.com/hotel/it/lungarno-suites.ja.html -
50?ある広い部屋でミニキッチンがあるリビングのソファーベッド(キングサイズ)を1人が使用、となりのツィンベッドルームには大きなウォークインクローゼットと広いバスルームがついています。窓からはアルノ川とポンテ・ヴェッキオが見えます。ここはホテルではなく、長期滞在者用のラグジュアリーなアパートメントという位置づけのよう。1室1泊400ユーロくらいです。
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上はエントランス。コンシェルジュのサービスは行き届いていて、Booking.comで予約しましたが、すぐに確認のメールと、レストランやスパ、観光スポットなどの情報が送られてきましたし、現地でも夕食の予約やタクシーなど速やかに対応してくれました。
下は併設されているカフェで、こちらでバイキングの朝食をとることもできます。 -
8/25(日)朝日が昇る前、少し空が白んできたころのポンテ・ヴェッキオです。
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朝食を終えて9時前の、まだお店が開く前の、人気のないポンテ・ヴェッキオに出かけてみました。ジュエリーショップは古めかしい木材の扉やシャッターで閉じられています。ショップの上部の黄色い壁に小さな丸い窓がついている部分が「ヴァザーリの回廊」。ウフィッツィ美術館からピッティ宮につながるこの回廊を、今日は見に行くことになっています。
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ポンテ・ヴェッキオの中央にある彫刻の柵には錠前がたくさんさがっています。恋人達が「離れない」と誓って、鍵をアルノ川に投げ込むそうです。やっているのを見つかれば当局に御用になるそうですが、その目をかいくぐって錠前をつけるカップルはあとをたたないよう。
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「ヴァザーリの回廊」は一緒に行ったM子のリクエスト。ウフィッツィ美術館所蔵の絵画が飾られている回廊は普段は入ることができないのですが、個人ツアーがあるのをネットで見つけてくれました。ガイドさんとは9:50にピッティ宮殿前で待ち合わせ。メディチ家の興亡などの話を聞きながら、外側からヴァザーリの回廊を見つつ、ポンテ・ヴェッキオを渡り、川沿いに回廊の下を進み、ウフィッツィ美術館に向かいます。
途中、1993年に無差別テロがあった地点を通りました。車を爆発させ5人が死亡、多数の怪我人が出て、美術館にも被害がおよびました。ヴァザーリの回廊を見学する途中に、この爆発で破損した絵画も見せてくれました。
写真は美術館横のシニョリーア広場。ダヴィデ像は古くはこの広場にあったそうですが、今ではアカデミア美術館に移動されていますので、これは複製です。 -
シニョリーア広場に面するランツィのロッジア(屋外集会場)の柱。
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ヴァザーリの回廊ツアーは1時間のウフィッツィ美術館ツアーから始まります。ラッキーなことにウフィッツィ美術館のツアーは私達3人だけ。英語なのですが、他の人がいないので、気兼ねなくわからないことは尋ねられます。お値段は70か75ユーロくらいでかなり高いのですが、特別な入口から入って並ぶことは不要だったし、何より彼女の説明が素晴らしく、宗教画の歴史から入り、主な作家の絵画は技法、見所、作家の時代背景など詳しく聞かせてもらえて、価値のあるツアーにとても満足しました。
http://www.polomuseale.firenze.it/en/index.php
写真はコの字型のウフィッツィ美術館 -
ウフィッツィ美術館の中は撮影禁止ですが、窓から外は撮影してもよいということで、アルノ川の向こう岸を撮影してみました。
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ところで、最近はすごいですね〜。こんなwebのUffizi Galleryがある。
http://www.google.com/culturalinstitute/collection/uffizi-gallery?projectId=art-project
ちょっと自分の覚書のために。
12世紀のジョットの聖母子像。ぐっと人間味を与えた聖母子の姿。のちのルネッサンスの画家たちに大きな影響をもたらした。
美しいフィリッポ・リッピ。
ピエロ・デッラ・フランチェスカの鉤鼻の公爵と当時流行りの前頭を剃り上げた公爵夫人のポートレート。こった袖を変えてお洒落していたとか。
ダ・ヴィンチの受胎告知は見る位置で立体感が全く異なる、そしてダ・ヴィンチが描いた羽とあとで描き足された羽の違い。キリストの洗礼はダ・ヴィンチの描いた天使の肌のきわだった美しさ。
ウフィッツィの至宝 ボッティチェリのプリマヴェーラとヴィーナスの誕生。プリマヴェーラには今もフィレンツェ近郊で見られる何十種類もの草花が精密に描かれている。
ラファエロの聖母子、愛くるしい天使の顔。
ミケランジェロ唯一の油絵ドニ・トンド。彼らしい力強い聖母子。
ティツィアーノの麗しの美女。 -
ウフィッツィ美術館ツアーのあと、ヴァザーリの回廊ツアーが始まるまで30分の休憩。美術館にはこんな素敵なカフェがありました。(今まで2回来ていて気がついていなかった・・)
すかさずシャンパンで乾杯する私達。
ちなみに「ヴァザーリの回廊」ツアーはこちらで申し込みしましたが、今(2013/12月現在)はやっていないようです。予約さえすれば見学はできるようですが。
http://www.veltra.com/jp/europe/italy/firenze/a/11005 -
どこにでもいる くれくれ鳩。
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向こうにドゥオーモの大クーポラが見えて・・
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夏らしい青空と白い雲が広がり、始まったばかりのバケーションに心が弾みます。
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ヴェッキオ宮の上部が見えます。
さて、30分の休憩後、ウフィッツィ美術館のある扉からヴァザーリの回廊へ入っていきます。このツアーは他に7人の参加者がいました。ガイドの他にガードマンも同行します。ヴァザーリの回廊とは1565年、画家・建築家のジョルジョ・ヴァザーリが、メディチ家の人々が人目につかず通行できるようにメディチ家の自宅(今のピッティ宮内)と、執政所(今の役所)をつないだ回廊で約1kmあります。回廊には小さな窓がついていて、通りを行く人々の顔はよく見えますが、外からは伺うことはできません。回廊の両側にはこれでもかと言うほどのポートレートで埋め尽くされています。よほどのメディチ家オタクじゃないと、ポートレートばかり見るのは、それほど面白くはありませんね。というわけで、もっぱらメディチ家の歴史を語りながらガイドさんは進んで行きます。
メディチ家はジョヴァンニ(1360-1429)が銀行家として成功したあたりから勢力をもち、つぎのコジモ・ディ・メディチ(1389-1464)でフィレンツェを実質支配、欧州中に金を貸す大富豪となりました。その孫ロレンツォ(1449-1492)はボッティチェリやミケランジェロのパトロンとなり「偉大なロレンツォ」と呼ばれ、フィレンツエも最盛期を迎える。その後メディチ家当主から2人のローマ法王が即位する。 -
ヴァザーリの回廊が作られた頃のメディチ家当主はコジモ1世(1519-1574)。初代のトスカーナ大公であり、ミケランジェロの葬儀をとりおこなった。
写真はウフィッツィ美術館の窓から撮ったヴァザーリの回廊。美術館から出て、川沿いにまっすぐ、ポンテ・ヴェッキオで直角に曲がり、その先も続いています。橋を越えて一箇所だけ、元々あった建物を迂回している部分があります。そこだけメディチ家の依頼に屈せず回廊を中に通させなかったとか。今はその建物の所有者はアルマーニだと言っていたような(記憶が正しければ)。あとは、すごいことに、教会の中もつっきっています。礼拝に出るにも、一般の人とは違う直通の道で行ったということです。 -
それほどの栄華を誇ったメディチ家も大航海時代や宗教改革を迎えてイタリアの地位が低下するに従い勢力を失い、1737年当時の当主が子孫を残さず死亡して断絶。最後のメディチ家の女性アンナ・マリーナ・ルイーザは1743年に亡くなりましたが、メディチ家のあとにフィレンツェを支配した神聖ローマ皇帝(ドイツ)と彼女は契約を交わし、フィレンツェの街からメディチ家の遺産の絵画や彫刻等を出さないとさせました。神聖ローマ皇帝もそれを守ったため、フィレンツェにルネッサンスの素晴らしい芸術が今も散逸せずに残っているのだそうです。
写真は西日に映えるポンテ・ヴェッキオ。こうしてヴァザーリの回廊のツアーを終えて見ると、この橋とその上にかかる回廊がメディチ家の数奇な運命を見守り、そしてメディチ家が断絶してからも歴史を刻み続けていることに驚きを覚えてしまうのでした。 -
初日の午後は、ビュ〜っとタクってアウトレットに買い物に行ってしまった私達なんですが。それはさておき。
ポンテ・ヴェッキオ続きで、これは2日目の午後の写真。M子はここでネックレスを探すというので、これはと思うお店を見て回ります。 -
ここのジュエリー・ショップ、ドアが閉まっていて中から開けてもらわないといけないお店は高価な貴金属を扱うお店。ドアが開いているお店は、お手頃価格の量産品ショップです。同じ系列のショップも何件かあるそうですが、一件だけというショップもある。じっくり見ているとだんだんわかってきます。
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ポンテ・ヴェッキオ、もともとは肉屋が立ち並ぶ橋でした。というのも肉から出る血とか、余りものを、そのまま川に流せばよいから。しかし当然、川は汚れるし臭いもすごい。そこに出てくるのがメディチ家。自分たちの通り道となる橋が汚いのは我慢ならんと、肉屋を全部撤去して、宝石屋に変えてしまったそうです。
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だいぶ日が傾いてきました。ポンテ・ヴェッキオの向こう側、ピッティ宮に向かって右側のエリアは、最近はお洒落なショップが増えて新進の芸術家たちの溜まり場となっているそうです。
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観光客も地元の人も食事の前のいっぱいを楽しみ始めます。
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夕日に浮かぶのはポンテ・ヴェッキオの隣にかかるポンテ・サンタ・トリニタ。この橋から駅の方へ向かう道沿いにブランド・ショップが立ち並んでいます。ヴァザーリの回廊のガイドさんにアルノ川が氾濫したことはないのかと聞いたところ、一番最近では1966年にあったそうで、街に大きな被害が出たとか。その後ダムが建設され暴れん坊だったアルノ川は落ち着いているようです。
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25(日)の夜は私達のホテルの対岸にあるホテル・ルンガルノのダイニング「Borgo San Jacopo」(ボルゴ・サン・ヤコボ)に行きました。
http://www.lungarnocollection.com/it/eat-drink-e-shop/ristorante-borgo-san-jacopo-firenze/
予約がいっぱいだったのですが、テラス席が空いていて、夏の夕方にポンテ・ヴェッキオとポンテ・サンタ・トリニタを見ながらのディナーはかえって素敵でした。 -
前菜の数々とパン。シェフは女性ということで、女性らしいかわいい盛り付け。野菜や生魚の料理で旅の初日の時差調整中の胃にやさしい。
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メインディシュの数々とデザート。ファンシーなだけに、お値段もけして安くはありませんが、今時のモダンなイタリアンを楽しみました。
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アルノ川が闇に沈み、ポンテ・ヴェッキオの灯が浮かぶ中、穏やかに一日が終わっていきます。明日は花のドゥオーモとサンタ・クローチェ教会。
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