2012/12/31 - 2012/12/31
4位(同エリア53件中)
エンリケさん
南インド、タミル・ナードゥ州のヒンドゥー寺院を巡る旅3日目後半。
寺院都市マドゥライ最大の観光スポット、1日1万人もの巡礼者が訪れるというミナクシ寺院を訪問した後は、ティルマライ・ナーヤカ宮殿へ。
17世紀にミナクシ寺院を創建したマドゥライ・ナーヤカ朝の王が建てさせたその宮殿は、南インドには珍しいインド・イスラム様式の宮殿。
ヒンドゥー色の濃い街で見るイスラミックな建物に、異国で異国を感じたひとときとなりました。
<旅程表>
2012年〜2013年
12月29日(土) 成田→香港→
12月30日(日) →チェンナイ→カーンチプラム→チェンナイ→マドゥライ
○12月31日(月) マドゥライ→カーニャクマリ
1月 1日(火) カーニャクマリ(コモリン岬)→
1月 2日(水) →チェンナイ→マハバリプラム→チェンナイ
1月 3日(木) チェンナイ→香港→成田
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 2.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー
- 航空会社
- キャセイパシフィック航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
12月31日(月)
10時、早朝のミナクシ寺院の観光を終え、次は南東に1kmほど離れたところにあるマドゥライ第二の観光スポット、ティルマライ・ナーヤカ宮殿(Thirumalai Nayakakar Palace)へ向かいます。
マドゥライ市内は車よりもオートバイの通行量が多く、10時を過ぎて道路が一段と混雑してきました。 -
大通りを走っていくと、目の前に巨大なゴシック様式の大聖堂が。
高さ42mの鐘楼が印象的な20世紀の大聖堂、聖メアリー大聖堂(St. Mary Cathedral)です。
ここマドゥライは、16世紀のナーヤカ朝の時代、我が国と同様に大航海時代の波に乗ってイエズス会が進出し、王の許可を得てカトリック布教の拠点となった街でもありました。
その時以来の伝統か、ヒンドゥー教の名刹であるミナクシ寺院だけでなく、キリスト教の大聖堂も立派なものがそびえています。
位置的にはやはりヒンドゥー寺院が優先で、こちらは旧市街の外れというところにはなりますが。 -
10時15分、ティルマライ・ナーヤカ宮殿に到着。
ミナクシ寺院に比べればずっと少ないですが、それなりに観光客が訪れているようです。 -
宮殿の外には、ささやかですがこんな緑の庭もありました。
インドの街はヨーロッパの街に比べ、こういう緑地帯が少ないイメージですね。
我が国の街も、ひとのことを言えたものではありませんが・・・。 -
とここで、チケットを買いに行ってもらっていたガイド氏が、小銭がないので銀行に行くとのこと・・・。
うーむ、今回のガイドはやっぱりイマイチ・・・人柄はいいんですけどね。
そんなこんなで、宮殿の入口からしばらく通りを眺める破目に。
・・・こうしてまじまじと眺めると、マドゥライの通りはゴミもそれほど落ちていない様子で、整然としている感じ。 -
北インドの街よりもずっときれいな印象ですね。
【北インド紀行(2) ラージャスタン州ジャイプールの街並み】
http://4travel.jp/traveler/kissydney/pict/21571913/
と思っていたら、この後の移動で、写真に撮るのもはばかられるゴミだらけの枯れた川を見ることに・・・。
人口の多いインド、経済成長著しい昨今の状況ですが、商品経済から生み出されるゴミの処理については、大きな社会問題になっているようです。 -
さて、ようやくチケットを買い終えたガイド氏とともに、ティルマライ・ナーヤカ宮殿に入場。
門から入って最初に現れたのは、欧米建築風の列柱群に囲まれたバシリカ式ホール。
中央にはたくさんの長椅子が並べられ、何やらコンサート会場のようです。 -
三方の建物の上部を飾る多弁型アーチは、インド・イスラム様式の特徴。
このティルマライ・ナーヤカ宮殿は、1636年にマドゥライ・ナーヤカ朝の王、ティルマライ・ナーヤカが、ティルチラパッリからこの地に遷都した際に建てられた宮殿。
1636年と言えば、当時北インドを中心に、インド全土に影響力を拡大しつつあったイスラム王朝、ムガール帝国の最盛期。
アグラでは第5代皇帝シャー・ジャハーンの命によりタージ・マハルの建設が進められていた時期で、まさにインド・イスラム文化が花開いていた時期でした。
この地のマドゥライ・ナーヤカ朝はヒンドゥー王朝とはいえ、そんなムガール帝国のインド・イスラム文化の影響を強く受けていたのでしょう。
【北インド紀行(4) シャー・ジャハーンの愛の結晶タージ・マハル】
http://4travel.jp/travelogue/10557157 -
宮殿の天井には、ミナクシ寺院の回廊の天井にも描かれていた、鮮やかな蓮の花の模様が。
こうした模様もヒンドゥー建築独特のものではなく、偶像崇拝が禁じられていたために植物の図柄を好んで用いたイスラム教の建築様式に由来するものかもしれませんね。 -
宮殿の一角には壊れたままの状態で放置された騎馬像が。
このティルマライ・ナーヤカ宮殿、本殿部分にはこんな像が数体あるだけで、後はがらんどうになっていてちょっと寂しい状態。
インド人の観光客たちも皆、大した反応をしておらず、ちょっとがっかり系の観光スポットかも・・・。 -
ホールを正面に見渡せる宮殿中央には、一脚の玉座が寂しくポツンと置かれていました。
う〜ん、もうちょっと展示に工夫があってもいいのに・・・。 -
ムガール帝国のアグラ城を思わせる多弁型アーチの回廊も、形は素晴らしいのですが、白大理石造りの本家に比べればちょっとチープな印象かな・・・。
いや、逆に、インド中はおろか、オスマン帝国の小アジアやアラビアなど遠く離れた国からも、超一級の建築資材や人材を取り寄せたというムガール帝国の財力が驚異的だったというべきでしょうかね。
【北インド紀行(5) ムガール帝国のアグラ城】
http://4travel.jp/traveler/kissydney/pict/21930343/ -
ホールのある本殿の隣には、これまた多弁型アーチに装飾されたサンライトイエローの天井が印象的な大広間が。
ここもちょっとがらんとした空間でしたが、広間の端には・・・。 -
こんなかわいらしい神様の像が横一列に並んで展示されていました。
どうやらこの大広間は、現在は博物館として使われているようです。
説明書きを見ると、これらは10〜12世紀(チョーラ朝時代?)の神像とのこと。
我が国のお地蔵様のように、どことなく素朴な感じがします。 -
その神様の像の一部をご紹介。
こちらは創造の神ブラフマーや破壊の神シヴァと並ぶヒンドゥー教の最高神、維持の神ヴィシュヌ(VISHNU)。
頭に大きな冠をかぶった姿で表現されているのが特徴です。
ぱっと見た感じ、我が国にもある仏像に似ているような・・・調べてみると、ヴィシュヌ神はたくさんの化身(アヴァターラ)を持っていて、そのひとつには仏陀も含まれているんだとか。
仏陀がヴィシュヌ神のたくさんある化身のひとつにすぎないなんて、仏教徒からすれば愕然となるヒンドゥー教の真実ですが、ヴィシュヌ神の像と仏像が似ているのはそういうところから来ているのか・・・。
【天竺奇譚〜世界の維持神ヴィシュヌ】
http://www.k5.dion.ne.jp/~dakini/tenjiku/zukan/visnu.html -
そしてこちらはヴィシュヌ神の化身のひとつ、ナラシンハ(NARASHIMHA)の像。
NARAは人、SHINHAは獅子(ライオン)を意味する、頭が獅子で体が人間の神様です。
半人半獣の神様というのは、古代エジプトや古代ギリシャなど世界のあちこちの多神教にいるものですね。 -
壁や柱に近づいて装飾をよく眺めると、多弁型アーチなどインド・イスラム様式の特徴の中にヨーロッパの宮殿を思わせるような部分も。
このティルマライ・ナーヤカ宮殿が建てられた17世紀前半は、ヨーロッパで言えばバロック様式が芽生えつつあった頃。
マドゥライには16世紀末にはすでにカトリック布教のためのイエズス会の拠点もあったことから、彼らを通じてヨーロッパの建築様式も反映していたのでしょうね。 -
博物館となっている大広間はこのひとつだけで、先ほどのホールのある本殿とあわせ、宮殿の建築様式の見学はこれで終了。
当然かつてはもっと広大な建物があったのですが、その大部分が破壊されてしまい、現在残っているのはここまでのようです。
う〜ん、やっぱりがっかり系の観光スポットだったかも。
帰国してから建築様式などいろいろ調べて勉強にはなりましたが・・・。 -
最後の部屋は近年になってから増築されたようなこじんまりとしたところで、南インドの文化についての展示がなされていました。
ちなみにこちらはタミル文字の年代別の変遷を表すボード。
北インドのヒンディー語で用いられるデーヴァナーガリ文字とはかなり異なっているらしく(日本人からすると違いがよく分かりませんが・・・。)、デリーに住んでいるガイド氏も読めないと言っていました。
(そんな彼が南インド旅行のガイドを務めてしまうのがインドの旅行会社のいい加減なところ・・・。) -
最後の部屋を出ると、次はたくさんの神像が展示された彫刻の庭。
手前にあるのは10世紀のシンハ(SIMHA=獅子)の像。
日本の神社にある狛犬のもととなった像ですね。 -
こちらはなんだかアニメチックなシヴァ(SIVA)とパールヴァティー(PARVATHI)の夫婦神の像。
同じく10世紀の作品です。 -
こちらは9世紀の作品で、“MAHESWARI”という女神の像。
日本の平安美人のような、ふくよかなお顔の女神様ですね(笑)。
女性らしさを強調した肉感的な体型も魅力的で、ヒンドゥー美術の特徴ともなっているところです。 -
最後は“VINAYAKAR”という南インド名で展示されている、シヴァとパールヴァティーの息子のガネーシャの像。
13世紀の作品です。
10時50分、これにてティルマライ・ナーヤカ宮殿の見学は終了。
展示内容的には、1時間あれば十分すぎるほどの観光スポットでした。 -
11時、そろそろランチをとるべく、マドゥライの街に繰り出します。
やはりこの街は、自動車よりもオートバイが多い感じ。
・・・通りはごちゃごちゃしているけれどもゴミが少なくきれいな印象です。 -
オートバイはもちろんノーヘルが基本。
日本も昔はこうだったのかな・・・。 -
大きな木の生い茂る庶民的な通りにやってきました。
立ち止まっておしゃべりを楽しんでいる人々も多く、なんだか賑やかな印象です。 -
車を停めて、通りに面した“アマメス”(AMMA MESS)というお店に入ります。
当然ながら南インド料理のお店。
日本人が滅多に来ないディープなところだけに、すごく楽しみですね。 -
2階に上がって店に入り、テーブル席へ。
例によって巨大なバナナの葉を皿代わりに敷いてもらいます。
周りを見ると、この時間帯はまだ数組しかお客がなく、空いている感じ。
早速ガイド氏に注文してもらい、出てきたのは“フィッシュ・ビルヤーニ”(Fish Biryani)と“チキン・チェティナドゥ”(Chicken Chettinad)。
ビルヤーニ(スパイスの効いた炊き込みご飯)とセットになっている右下の魚の揚げ物については皿もなく、ボトリとバナナの葉の上に置いていかれます(笑)。
しかし、色遣いなど見ているだけでスパイシーな感じ(笑)。
特にスプーンも出されなかったので、わたしも南インドの方々にならって、右手を使ってビルヤーニをバナナの葉の上に広げ、触感を楽しみながら食べていきます。
(衛生的には、店の一角に石鹸を備えた洗い場があるので大丈夫。現地の方々も食べる前に皆、丁寧に手を洗っていました。)
左上のチキン・チェティナドゥは火を吹くかと思うほどスパイシーで、ややさっぱり感のあるビルヤーニとあわせて美味しくいただけました。 -
食事を終え、通りに出て、しばらくぼーっとしながら迎えの車を待ちます。
平和で穏やかな南インドの昼下がりの一風景・・・。
ひっきりなしに聞こえる車のクラクションの音はけたたましいですが(笑)。 -
しかしこうして通りを行き交う車を見ていると、けっこういい車が多い印象。
近年のインドの経済成長で、ここマドゥライでも豊かな人が増えている感じですね。 -
その後は街なかの売店でお土産を買ったりしながらのんびり時を過ごし、14時30分、次の目的地、インド亜大陸最南端の街カーニャクマリに行くべく、マドゥライ・ジャンクション駅へ。
さすがは大晦日というべきか、駅のホームは電車を待つたくさんの乗客で大混雑。
ツアーじゃなくて、当日窓口で切符を買おうとしたらダメだかったかも・・・。
出発までの間、ホームの椅子に腰かけてガイド氏とおしゃべりしながら過ごし、15時30分、ようやくやってきた電車に乗りこみます。 -
席は寝台車両になっていてこんな感じ。
この日はこのまま横になって日頃の疲れを癒し、カーニャクマリまでの道を揺られていきます。 -
マドゥライを出発して6時間後の21時30分、電車はナガルコイル駅(Nagercoil)に到着。
サバンナの中にポツンとあるような寂しい駅で、外に出るとあたりは真っ暗。
ここからタクシーに乗り換え、暗い夜の田舎道を通って22時、インド最南端の街カーニャクマリの宿、ホテル・シンガ(SINGAAR)に到着です。 -
チェックインの手続きをしてくれた後、ガイド氏とは翌日元旦の予定を打ち合わせてお別れ。
おつかれさまでした!
このカーニャクマリのホテル・シンガ、チェンナイから入ってこれまでの旅程では全く見かけなかった日本人の方も何人か宿泊しているようでした。
やはりこの地にあるコモリン岬は初日の出のメッカなのか?? -
さて、この日は大晦日ということもあってホテルではガラディナーが用意されていて、隣にある広々とした庭園でステージイベントが催されていました。
わたしも他のインド人に混ざって、ビュッフェ形式の料理をつまみながらステージを見物・・・。 -
23時30分、カウントダウンが近づくにつれ、子どもたちも加わってダンスはヒートアップ。
周りの大人も写真を撮ったりしながら楽しそうに過ごしています。 -
ここで、日本では全く流行らなかった“江南(カンナム)スタイル”のダンスが。
全世界的には2012年を代表する一曲と言えそうですが、李明博大統領の島根県竹島への上陸や、オリンピック男子サッカーチームのプラカード事件などにより嫌韓が広まった我が国では、全く話題にも上らなかった曲。
紅白歌合戦からも韓流が締め出されてしまったというのに、日本から、そして韓国からも遠く離れたこんなところでその曲を聴くことになろうとは・・・。
最後の最後で複雑な気分になりながら、0時、時とともに何発もの花火が打ち上げられ、2013年の新年を迎えることとなりました・・・。 -
その後は、展望台になっているホテルの屋上へ行き、熱帯の夜の生暖かい風に浸りながら、年が明けたばかりの街の景色を観賞。
灯の少ない岬の街カーニャクマリにあって、街いちばんの高さを誇るゴシック様式のキリスト教会(The Church of Our Lady of Ransom)がひときわ明るく異彩を放っています。
ちなみに、教会の向こう側は海になっていて、きらきらと輝いている光の帯は、インド洋に浮かぶヒンドゥー教の聖地、ヴィーヴェカナンダ岩の灯です。 -
中央に見えるゴシック教会をズームアップ。
マドゥライもそうでしたが、ヒンドゥー教の聖地であるにもかからわず、ひときわ目立つ高さのキリスト教会があるのがおもしろいですね。
これもきっと、多神教のヒンドゥー教徒が大部分を占める南インドの人々の寛容さを表すものなのでしょう。
さて、この後は部屋に戻って少し眠り、朝いちばんで初日の出を拝みにコモリン岬へと繰り出します!
(元旦のコモリン岬観光に続く。)
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