2013/08/14 - 2013/08/21
263位(同エリア399件中)
チャチャさん
ポーランド 3日目
今日は3つの世界遺産を巡ります。1つは負の遺産。
2度と戦争が起こらないよう、たくさんの人に見てもらいたい場所を再訪します。
2度目の訪問ですが、新たな発見があるかもしれないですね...
- 旅行の満足度
- 4.0
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
今日も快晴。すばらしい青空です。
【世界遺産】カルヴァリア・セブジドフスカへ。
十字架を掲げて賛美歌を歌いながら人々は、礼拝堂の一つ一つを廻り、祈りを捧げていきます。キリストのエルサレム入城からゴルゴタの丘での磔を再現した巡礼路を巡ることは、キリストの受難を追体験することであり、人々はキリストが受けた苦しみに思いを寄せます。キリストが侮辱され川に落とされた場所では同じように水に入り、ゴルゴタの頂上には急な斜面を登ってその苦痛を共にするのです。巡礼を終えると人々は、キリストや聖母マリアの愛を感じて、心が清められ慰められるといいます。
この日もたくさんの巡礼の方たちがいらしていました。 -
17世紀初めに地元の領主コミワイ・ゼブジドフスキがこの丘をゴルゴタの丘に見立て、礼拝堂を建てました。
その後、丘とその周囲にキリストの道行きを再現した礼拝堂が次々と建てられて巡礼地となりました。約6キロの巡礼路は自然に囲まれ、そこに44の聖堂や礼拝堂が点在しています。 -
カルヴァリア・セブジドフスカのジオラマです。
かなり広そうです。全て徒歩で廻ったら、どれくらいの時間がかかるのでしょう? -
「カルヴァリアの聖母」です。
-
きらびやかで明るい感じの御堂もあります。
巡礼地を後にして、あの負の遺産へと向かいます。 -
【世界遺産】アウシュビッツ・ビルケナウへ。
なにも知らずにやってきた人たちの多くが2度と出ることが出来なかった収容所の入口には「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」という文字が掲げられています。
収容所内には28棟の囚人棟があります。 -
ここは第2次世界大戦下 ナチス・ドイツがポーランド人の政治犯を収容するために造った施設で、次第にユダヤ人やロマ(=ジプシー)、ソ連軍捕虜も収容されました。施設は拡大され、一大殺人工場と化していきました。
アウシュヴィッツに送られた人々の総数の記録はないのだそうです。いったい何人の人たちが命を落としたのでしょうか...
このようなことが二度と起きないことを祈るばかりです。 -
4号棟に展示されている「チクロンB」
殺虫剤として開発されたチクロンB。ここでは殺人ガスとして使われ、納入業者のデゲッシュ社にはアウシュビッツ収容所などへの納品書が残っており、アウシュビッツには20トンのチクロンBが納入されているそうです。 -
5号棟に展示されている収容された人々の持っていたトランク。
他も衣類・靴・メガネなどが集められていますが、その数の多いこと。
胸が痛みます。 -
アウシュヴィッツ第二強制収容所ビルケナウ
これは「死の門」へと続く鉄道引込線。
被収容者増を補うため、1941年10月、ブジェジンカ村に絶滅収容所として「第二強制収容所ビルケナウ」が開所されました。総面積は1.75平方キロメートル(東京ドーム約37個分)で、300以上の施設から成ります。建設には主にソ連兵捕虜が従事したとされます。
ピーク時の1944年には90,000人が収容されていたそうで、そのほとんどはユダヤ人でした。このほかには主にロマ・シンティ(俗に言うジプシー)が挙げられそうです。 -
イスラエルの学生たちがたくさん来ています。前回訪れた時もそうでした。
民族の歴史を知るために来ているのだとは思いますが、見学後にどうか無益な戦争に走りるような思想を持ちませんように。 -
負の遺産を見た後のお食事はいかがなものかと思いましたが、生きていればお腹は空くものですね。人間だもの、しかたないか...
本日のランチ。まずポーランド料理「ジューレック」
発酵ライ麦を使ったスープで、少し酸味があります。具はソーセージやゆで卵など。 -
昨日とは違う銘柄のビールです。
お味の違いは定かではありませんが、軽めの夏向きなお味です。 -
メインは「ベーゼー」
ジャガイモ団子です。挽肉と野菜の具入り。
ピエロギといい、ポーランドの人たちは餃子っぽいものがお好きなようですね。
食後、シヴィドニツァへ向けて出発。 -
【世界遺産】シヴィドニツァの平和教会へ
17世紀半ば カトリック派のハプスブルク家の支配下にあったボヘミアでプロテスタントが反乱を起こしたことをきっかけに勃発し、ヨーロッパの殆どの国と地域を巻き込んだ「三十年戦争」(1618〜1648年)。戦争終結後 ヴェストファーレン講和条約(1648年)に基づき、オーストリア皇帝はドルヌィ・シロンスク地方のプロテスタントたちに対し、ヤヴォル、シフィドニツァ、グウォグフの三箇所に「平和教会」を建てることを許可しました(グウォグフの教会は後年火災により消失してしまったため現存するのは二つ)。大規模な破壊と荒廃をもたらした醜い戦争・宗教紛争の終結の象徴となるべきものでした。
ただし、これらの教会の建築には様々な条件が課せられました。
・ 耐久性のない建材しか使用してはならない、
・ 市壁の外側で、なおかつ大砲の射程距離内になければ
ならない、
・ 伝統的な教会建築様式をとってはならず、塔や鐘も
備え付けてはならない、
・ 一年以内に建設し終えなければならない、
などです。伝統的なカトリック教会のような頑丈で立派な建物を建てることは認められませんでした。
このようにして、木材・藁・粘土を用いたハーフ・ティンバー(木骨)造りの建物が完成することになったそうです。 -
大理石の彫刻のように見える像もすべて木彫で出来ています。軽くたたいてみるとコツコツという音がしましたよ。
教会内の椅子には番号が記入されていて世襲制なのだそう。それも同性の子孫にしか継承できないそうです。ただしその権利を同性の他人に譲渡することは出来るのだそうです。 -
大理石の彫刻のように見える像もすべて木彫で出来ています。軽くたたいてみるとコツコツという音がしましたよ。
教会内の椅子には番号が記入されていて世襲制なのだそう。それも同性の子孫にしか継承できないそうです。ただしその権利を同性の他人に譲渡することは出来るのだそうです。 -
残念ながら祭壇は修復中で見ることができませんでした。
-
本日のディナーはヴロツワフのホテルにて
ポタージュスープ。しょっぱかったぁ... -
メインは牛ステーキ。
残念ながら美味しくなかったです(T_T)
またしても違う銘柄のビール。お味は今まで飲んだものと大差なしかな。
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