嵐山・嵯峨野・太秦・桂旅行記(ブログ) 一覧に戻る
京都は、いつ、どこに行っても、誰と行っても、特別な思いの場所です。<br />今回は「東寺」と「天龍寺」に行ってきました。<br /><br />写真は、天龍寺・大方丈と曹源池庭園です。

新緑の奈良・京都<2> (京都)

5いいね!

2012/05/19 - 2012/05/21

3481位(同エリア4651件中)

0

40

ペコちゃん

ペコちゃんさん

京都は、いつ、どこに行っても、誰と行っても、特別な思いの場所です。
今回は「東寺」と「天龍寺」に行ってきました。

写真は、天龍寺・大方丈と曹源池庭園です。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
新幹線 私鉄
旅行の手配内容
個別手配
  • 4日目。<br />今朝(2012年5月21日)は、月の外側に太陽がはみ出して細い光輪状に見える『金環日食』が見られた日でした。<br />昨夜宿泊した「かんぽの宿 大和平群」の玄関前には宿泊客が大勢出て、皆さん天を仰いでいました。<br />前回、日本で見られたのは、1987年9月23日に沖縄で見られた金環日食で、次回は2030年6月1日に北海道で見られるそうです。(写真はHPより)

    4日目。
    今朝(2012年5月21日)は、月の外側に太陽がはみ出して細い光輪状に見える『金環日食』が見られた日でした。
    昨夜宿泊した「かんぽの宿 大和平群」の玄関前には宿泊客が大勢出て、皆さん天を仰いでいました。
    前回、日本で見られたのは、1987年9月23日に沖縄で見られた金環日食で、次回は2030年6月1日に北海道で見られるそうです。(写真はHPより)

  • 奈良を後にして、近鉄特急で京都に向かい、「東寺」に行きました。<br />平安京遷都後、平安京の正門にあたる羅城門の東西に「東寺」と「西寺」の建立が計画され、796年に東寺を建立・・・823年に、嵯峨天皇より空海(弘法大師)に下賜され、「お大師様の寺」として、皇族から庶民まで広く信仰を集めるようになりました。<br />1486年の火災で主要堂塔の殆どを失いましたが、豊臣家・徳川家などの援助により、金堂・五重塔などが再建され、伽藍配置や各建物の規模は平安時代のままだそうです。<br />同じ頃に建立された西寺は、何回かの火災に見舞われ、再建された塔も1233年に焼失して以降、再建されないまま姿を消しました。

    奈良を後にして、近鉄特急で京都に向かい、「東寺」に行きました。
    平安京遷都後、平安京の正門にあたる羅城門の東西に「東寺」と「西寺」の建立が計画され、796年に東寺を建立・・・823年に、嵯峨天皇より空海(弘法大師)に下賜され、「お大師様の寺」として、皇族から庶民まで広く信仰を集めるようになりました。
    1486年の火災で主要堂塔の殆どを失いましたが、豊臣家・徳川家などの援助により、金堂・五重塔などが再建され、伽藍配置や各建物の規模は平安時代のままだそうです。
    同じ頃に建立された西寺は、何回かの火災に見舞われ、再建された塔も1233年に焼失して以降、再建されないまま姿を消しました。

  • 幅約18m・高さ約13mの「南大門」・・・慶長6年(1601年)に三十三間堂の西門として建てられた八脚門で、以前の門が明治元年(1868年)に焼失したため明治28年(1895年)移築されました。

    幅約18m・高さ約13mの「南大門」・・・慶長6年(1601年)に三十三間堂の西門として建てられた八脚門で、以前の門が明治元年(1868年)に焼失したため明治28年(1895年)移築されました。

  • 九条にある「東寺」は、いつも新幹線から見えます。<br />私は何回か来たことがありますが、京都で学生時代を過ごした夫は、初めてでした。

    九条にある「東寺」は、いつも新幹線から見えます。
    私は何回か来たことがありますが、京都で学生時代を過ごした夫は、初めてでした。

  • 五重塔(国宝)の高さは54.8mで、木造塔としては日本一の高さを誇り、京都のシンボルとなっている塔です。<br />826年に空海が創建に着手しましたが、完成は空海没後の9世紀末・・・雷火や不審火で4回焼失しており、現在の塔は5代目で、1644年に徳川家光の寄進で建てられたものです。

    五重塔(国宝)の高さは54.8mで、木造塔としては日本一の高さを誇り、京都のシンボルとなっている塔です。
    826年に空海が創建に着手しましたが、完成は空海没後の9世紀末・・・雷火や不審火で4回焼失しており、現在の塔は5代目で、1644年に徳川家光の寄進で建てられたものです。

  • 五重塔の「風鐸」・・・風鈴のように、風鐸の内部に打棒が吊るされ、更に風招が付き、風を受けて音を奏でます。

    五重塔の「風鐸」・・・風鈴のように、風鐸の内部に打棒が吊るされ、更に風招が付き、風を受けて音を奏でます。

  • 五重塔の如来像の説明板。<br />正月三が日だけ一般公開される五重塔の初層には、宝生如来坐像(南)阿弥陀如来坐像(西)弥勒菩薩坐像(東)不空成就如来(北)の4体が安置されています。

    五重塔の如来像の説明板。
    正月三が日だけ一般公開される五重塔の初層には、宝生如来坐像(南)阿弥陀如来坐像(西)弥勒菩薩坐像(東)不空成就如来(北)の4体が安置されています。

  • 西側の阿弥陀如来座像が見えました。

    西側の阿弥陀如来座像が見えました。

  • 五重塔と食堂の間は、「瓢箪池」という庭池を配した美しい庭園になっています。

    五重塔と食堂の間は、「瓢箪池」という庭池を配した美しい庭園になっています。

  • 瓢箪池でノンビリ泳ぐ鯉。

    瓢箪池でノンビリ泳ぐ鯉。

  • 「金堂」は東寺の中心堂宇で、最初に建てられました。<br />当初の堂は1486年に焼失し、現存の建物は1603年、豊臣秀頼の寄進によって再建されたものです。

    「金堂」は東寺の中心堂宇で、最初に建てられました。
    当初の堂は1486年に焼失し、現存の建物は1603年、豊臣秀頼の寄進によって再建されたものです。

  • 堂内には本尊の薬師如来坐像と日光・月光菩薩の両脇侍像が安置されています。(写真はHPより)

    堂内には本尊の薬師如来坐像と日光・月光菩薩の両脇侍像が安置されています。(写真はHPより)

  • 金堂の北側に建つ「講堂」・・・835年頃完成した当初の堂は、金堂と共に1486年に焼失し、現存の建物は1491年に再建されたものです。<br />堂内には大日如来などが安置されています。

    金堂の北側に建つ「講堂」・・・835年頃完成した当初の堂は、金堂と共に1486年に焼失し、現存の建物は1491年に再建されたものです。
    堂内には大日如来などが安置されています。

  • 境内の北側奥にある東寺の塔頭寺院「観智院」・・・1359年に創建された観智院は、東寺のみならず真言宗全体の勧学院と位置づけられ、多くの学僧を輩出しています。<br />1596年の大地震で殆どの建物は倒壊しましたが、1605年に北政所(きたのまんどころ・秀吉の妻)の寄進で再建され、東寺の他の塔頭よりも格式が高く、別格本山となっています。

    境内の北側奥にある東寺の塔頭寺院「観智院」・・・1359年に創建された観智院は、東寺のみならず真言宗全体の勧学院と位置づけられ、多くの学僧を輩出しています。
    1596年の大地震で殆どの建物は倒壊しましたが、1605年に北政所(きたのまんどころ・秀吉の妻)の寄進で再建され、東寺の他の塔頭よりも格式が高く、別格本山となっています。

  • 表門から客殿に入ると、「五大の庭」があります。<br />弘法大師・空海が唐から帰る時に海が荒れ、「海よ静まりたまえ!」と独鈷杵(真ん中の丸い波紋)を投げると、四方に聖獣が現れて守護され、無事帰国した様子を表現しているそうです。<br />五大とは、右の築山は唐の長安を表し、中央の踞石は、遣唐船と守護する竜神・神亀・鯱(しゃち)を表し・・・

    表門から客殿に入ると、「五大の庭」があります。
    弘法大師・空海が唐から帰る時に海が荒れ、「海よ静まりたまえ!」と独鈷杵(真ん中の丸い波紋)を投げると、四方に聖獣が現れて守護され、無事帰国した様子を表現しているそうです。
    五大とは、右の築山は唐の長安を表し、中央の踞石は、遣唐船と守護する竜神・神亀・鯱(しゃち)を表し・・・

  • 左の築山は日本(無事帰還)を表しているという意味です。

    左の築山は日本(無事帰還)を表しているという意味です。

  • 桃山時代に造られた、客殿と本堂の間の中庭「四方正面の庭」・・・名前の通り、四方の何処からみても正面に見えてしまう不思議なお庭です

    桃山時代に造られた、客殿と本堂の間の中庭「四方正面の庭」・・・名前の通り、四方の何処からみても正面に見えてしまう不思議なお庭です

  • 廊下に沿って・・・<br />

    廊下に沿って・・・

  • 庭を眺めながらゆっくり進みました。<br />

    庭を眺めながらゆっくり進みました。

  • 東寺は、空海が入寂(死去)した21日の御影供の日には、毎月、境内に骨董市が立ち、「弘法市」「弘法さん」として親しまれています。<br />今日は、たまたま21日で、市が開かれて大勢の人々で賑わっていました。<br />普段は静けさ漂う東寺の境内も、弘法さんの日には、およそ1000~1300店もの露店が立ち並び、喧騒に包まれます。

    東寺は、空海が入寂(死去)した21日の御影供の日には、毎月、境内に骨董市が立ち、「弘法市」「弘法さん」として親しまれています。
    今日は、たまたま21日で、市が開かれて大勢の人々で賑わっていました。
    普段は静けさ漂う東寺の境内も、弘法さんの日には、およそ1000~1300店もの露店が立ち並び、喧騒に包まれます。

  • 商品は千差万別で、骨董・陶器・古着・工芸品・金物・乾物などなど・・・もちろん、縁日に欠かせない食べ物も売っています。

    商品は千差万別で、骨董・陶器・古着・工芸品・金物・乾物などなど・・・もちろん、縁日に欠かせない食べ物も売っています。

  • 東寺から嵐山に行きました。<br />渡月橋は、836年に弘法大師の弟子・道昌が架橋したのが始まりとされ、当初は100~200mほど上流にあったそうで、橋の南にあった法輪寺に因んで「法輪寺橋」と称されていました。<br />鎌倉時代に亀山上皇が東から西に月が渡る様子を眺めて「渡月橋」と名付けたと言われます。

    東寺から嵐山に行きました。
    渡月橋は、836年に弘法大師の弟子・道昌が架橋したのが始まりとされ、当初は100~200mほど上流にあったそうで、橋の南にあった法輪寺に因んで「法輪寺橋」と称されていました。
    鎌倉時代に亀山上皇が東から西に月が渡る様子を眺めて「渡月橋」と名付けたと言われます。

  • しかし、付近は洪水が多く、橋はたびたび流失し、応仁の乱などによる焼失もありましたが、1606年に角倉了以が保津川の開削工事を行った際に現在の位置に架け替えました。<br />現在の橋は、昭和9年に完成した鉄筋コンクリート製で、橋長155m、幅11m・・・欄干部分は嵐山の風景にとけ込むように、木造となっています。<br />今年(2013年)の台風18号で、桂川が氾濫して橋周辺が冠水する被害が出たなんて、信じられません。

    しかし、付近は洪水が多く、橋はたびたび流失し、応仁の乱などによる焼失もありましたが、1606年に角倉了以が保津川の開削工事を行った際に現在の位置に架け替えました。
    現在の橋は、昭和9年に完成した鉄筋コンクリート製で、橋長155m、幅11m・・・欄干部分は嵐山の風景にとけ込むように、木造となっています。
    今年(2013年)の台風18号で、桂川が氾濫して橋周辺が冠水する被害が出たなんて、信じられません。

  • 嵐山で昼食をとった後は、「天龍寺」に行きました。<br />天龍寺は、臨済宗天龍寺派大本山の寺院・・・開基は足利尊氏、開山は夢窓疎石で、後醍醐天皇の菩提を弔うため、1339年に創建され、壮大な規模と高い格式を誇る寺院です。

    嵐山で昼食をとった後は、「天龍寺」に行きました。
    天龍寺は、臨済宗天龍寺派大本山の寺院・・・開基は足利尊氏、開山は夢窓疎石で、後醍醐天皇の菩提を弔うため、1339年に創建され、壮大な規模と高い格式を誇る寺院です。

  • 「総門」から入り、参道を進みます。

    「総門」から入り、参道を進みます。

  • 四脚門の「勅使門」は、天龍寺で最古の建物・・・1596~1615年の頃に創建され、1641年に慶長時代の御所「明照院」から移築された門です。

    四脚門の「勅使門」は、天龍寺で最古の建物・・・1596~1615年の頃に創建され、1641年に慶長時代の御所「明照院」から移築された門です。

  • 天龍寺は京都五山の第一として栄えましたが、火災や応仁の乱などで伽藍は何度も焼失し、明治32年に法堂、大方丈、庫裏が完成、大正13年には小方丈(書院)が再建されました。<br />天龍寺の象徴的な建物であるこの「庫裏(くり)」は、方丈や客殿と棟続きになっています。

    天龍寺は京都五山の第一として栄えましたが、火災や応仁の乱などで伽藍は何度も焼失し、明治32年に法堂、大方丈、庫裏が完成、大正13年には小方丈(書院)が再建されました。
    天龍寺の象徴的な建物であるこの「庫裏(くり)」は、方丈や客殿と棟続きになっています。

  • 「大方丈」の前に広がる「曹源池(そうげんち)庭園」。<br />曹源池庭園は、約700年前の夢窓国師作庭当時の面影をとどめており、わが国最初の史跡・特別名勝指定・・・中央の曹源池を巡る池泉回遊式庭園で、大堰川を隔てた嵐山や庭園西に位置する亀山を取り込んだ借景式庭園でもあります。

    「大方丈」の前に広がる「曹源池(そうげんち)庭園」。
    曹源池庭園は、約700年前の夢窓国師作庭当時の面影をとどめており、わが国最初の史跡・特別名勝指定・・・中央の曹源池を巡る池泉回遊式庭園で、大堰川を隔てた嵐山や庭園西に位置する亀山を取り込んだ借景式庭園でもあります。

  • 曹源池の名称は、国師が池の泥をあげた時、池中から「曹源一滴」と記した石碑が現れたところから名付けられたそうです。<br />池の奥の中央にある「龍門漠」の石組みは遠山渓谷を表し、渓流が池に流れ落ちる場所に大きな石を置いて滝の水の落ちるさまを表現し、これに鯉魚石を配して鯉の滝登りの様子を表しているとのこと。

    曹源池の名称は、国師が池の泥をあげた時、池中から「曹源一滴」と記した石碑が現れたところから名付けられたそうです。
    池の奥の中央にある「龍門漠」の石組みは遠山渓谷を表し、渓流が池に流れ落ちる場所に大きな石を置いて滝の水の落ちるさまを表現し、これに鯉魚石を配して鯉の滝登りの様子を表しているとのこと。

  • 鯉が悠々と泳いでいる様を見ると、時の流れを遅く感じます。

    鯉が悠々と泳いでいる様を見ると、時の流れを遅く感じます。

  • 大方丈から綺麗な庭園を見ていると、これまでの人生が頭をよぎります。

    大方丈から綺麗な庭園を見ていると、これまでの人生が頭をよぎります。

  • 大衝立の「達磨図」は、元管長だった平田精耕老師の筆によるもの。

    大衝立の「達磨図」は、元管長だった平田精耕老師の筆によるもの。

  • 襖の「雲龍の絵」は、昭和32年に物外道人によって描かれたもの。

    襖の「雲龍の絵」は、昭和32年に物外道人によって描かれたもの。

  • 大方丈から渡り廊下を渡ると、昭和9年に再建された「多宝殿」があります。<br />後醍醐天皇が幼少の頃勉学し、成人した所でもあるといわれている「多宝殿」の室内には、天皇の像が安置されています。

    大方丈から渡り廊下を渡ると、昭和9年に再建された「多宝殿」があります。
    後醍醐天皇が幼少の頃勉学し、成人した所でもあるといわれている「多宝殿」の室内には、天皇の像が安置されています。

  • 法堂(はっとう)の天井に描かれた「雲龍図」・・・明治期に描かれた雲龍図の損傷が進んだため、1997年の天龍寺開山650年記念事業として、日本画家・加山又造画伯(1927~2004)により描かれました。<br />天井(縦10.6m 横12.6m)に厚さ3cmの檜板159枚を張り合わせて全面に漆を塗り、さらに白土を塗った上に墨で描いた、躍動感溢れる見事な八方睨みの龍です。

    法堂(はっとう)の天井に描かれた「雲龍図」・・・明治期に描かれた雲龍図の損傷が進んだため、1997年の天龍寺開山650年記念事業として、日本画家・加山又造画伯(1927~2004)により描かれました。
    天井(縦10.6m 横12.6m)に厚さ3cmの檜板159枚を張り合わせて全面に漆を塗り、さらに白土を塗った上に墨で描いた、躍動感溢れる見事な八方睨みの龍です。

  • 多宝殿の先に続く「百花苑」には、沢山の花も咲いていました。<br />これは、三寸あやめ。

    多宝殿の先に続く「百花苑」には、沢山の花も咲いていました。
    これは、三寸あやめ。

  • 常緑で照りのある葉がきれいな、赤花車輪梅(あかばなしゃりんばい)。

    常緑で照りのある葉がきれいな、赤花車輪梅(あかばなしゃりんばい)。

  • シャクナゲ。

    シャクナゲ。

  • 庭園の奥へ進むと、高さが2mの大きな「硯石」が建っています。<br />この硯石は、明治32年に座禅堂を法堂として再建し、天井に「雲龍図」を描く時に、60人余りの僧が墨を摺った硯石・・・この硯石を拝すると書道が上達すると伝えられ、全国から多数の人々が参拝に訪れます。

    庭園の奥へ進むと、高さが2mの大きな「硯石」が建っています。
    この硯石は、明治32年に座禅堂を法堂として再建し、天井に「雲龍図」を描く時に、60人余りの僧が墨を摺った硯石・・・この硯石を拝すると書道が上達すると伝えられ、全国から多数の人々が参拝に訪れます。

  • 京福電車に乗って、京都駅に向かいます。<br />丁度、観光客に人気のあるトロッコ列車がやって来ました。<br />今度、京都に来た時には乗ってみたいと思います。<br /><br />新緑の奈良・京都を巡る、二泊三日の旅でした。

    京福電車に乗って、京都駅に向かいます。
    丁度、観光客に人気のあるトロッコ列車がやって来ました。
    今度、京都に来た時には乗ってみたいと思います。

    新緑の奈良・京都を巡る、二泊三日の旅でした。

この旅行記のタグ

関連タグ

5いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP