2013/09/25 - 2013/09/25
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杏仁豆腐さん
天正15年(1587)、織田信長・信忠(のぶただ)父子の菩提を弔うために創建された寺院。
大倉財閥創始者大倉喜八郎(おおくらきはちろう)の別邸の一部であった祇園閣(ぎおんかく)は、建築家・伊東忠太(いとうちゅうた)の設計による昭和初期の名建築として知られ、国の登録有形文化財となっています。
高さ36mの三階建て、祇園祭の鉾(ほこ)をかたどった造りで、内部天井の十二支の装飾や、階段部の鬼(魑魅魍魎(ちみもうりょう))の照明など、独特の意匠が施されています。
閣上からは東山の山並みや京都の町を一望することができます。
文化財特別公開と言うことで、気になっていた塔に登りました。
- 交通手段
- 新幹線
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「ねねの道」の北の突き当たりが大雲院です。
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通常は、非公開の寺なので拝観できませんが、特別公開しています。
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鐘楼です。
桃山時代の建物で、北野天満宮から移築されています。
梵鐘は、島津家(宮崎県)が佐土原藩士の菩提を弔うために寄進したもので、室町時代の造られたものです。 -
平和観音
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涅槃像
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本堂から見た総門
大雲院は、1587年(天正15年)貞安が織田信長とその子信忠の菩提を弔うため烏丸二条に創建したのに始まります。
その後、豊臣秀吉の都市政策(京都改造)により寺町(下京区)に移ります。
さらに昭和になって周囲が繁華街となり、1972年(昭和47年)に、島屋京都店増床に伴い、現在の東山区に移転しました。 -
本堂から見た鐘楼堂
本尊は阿弥陀如来坐像です。本堂2階の中央に安置されています。 -
祇園閣です。
1928年(昭和3年)に建築された3階建ての建物で、大倉喜八郎が別邸とし建てた別邸「真葛荘」の一部です。屋根は銅板葺きで、これは大倉が金閣、銀閣に次ぐ銅閣として作ったためです。
祇園祭の鉾を模したもので、設計は伊東忠太。
1997年(平成9年)12月12日、国の登録有形文化財に登録されました。 -
高さは36m
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祇園閣の一層には阿弥陀像が安置されています。
一層から三層への通路壁面には、中国・敦煌莫高窟に描かれている壁画を模写した壁画が描かれています。 -
内部は写真撮影禁止です。閣上からの景色も撮影禁止でした。
京都市内が一望でき、いい眺めでした。 -
祇園閣裏側の墓地には、織田信長、信忠父子の墓があります。
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石川五右衛門の墓もあります。
一説には、五右衛門は、釜茹での刑になる前、市中引き回しにされた際に貞安上人と出会い、法を説かれ感動し、「処刑後に自分を供養して欲しい」とお願いしたとかで、こちらに。
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祇園閣をいろいろな角度から撮ってみました。
墓地からです。 -
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南門に移動しながら撮りました。
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南門を出てからの祇園閣。
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祇園祭の鉾をかたどった造りです。
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大雲院を出て「ねねの道」を歩きます。
今日は、暑い。
ということで、洛匠でひと休み。
庭には、萩の花が咲いていました。 -
池には大きな鯉も泳いでいました。
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抹茶のかき氷をいただきました。
白玉がいいですね。
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