2013/03/19 - 2013/03/19
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KawakamiKenさん
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江戸城に行ってきました。
日本最大の面積を誇る城です。
天守台(写真)が残されてます。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.5
-
「将門塚」 から 「大手濠」 へ出ました。
-
手前が 「大手濠」 で、
奥が 「三ノ丸大手門」 です。 -
「三ノ丸大手門」 です。
「江戸城」 には入らずに散策してみます。 -
「三ノ丸大手門」 前の 「桜」 です。
「三の丸大手門」 は 「藤堂高虎」 の設計です。 -
「南」 に向かって歩きます。
写真は 「桔梗濠」 です。 -
「桜田巽(たつみ)櫓」 です。
「本丸」 から見て 「辰巳(東南)」 の方向にあるので 「巽櫓」 です。 -
「三の丸」 で唯一の 「隅櫓」 でもあります。
「江戸城」 には 「三重櫓」 が 「6棟」、
「二重櫓」 が 「10棟」 あったそうす。
現在残ってる櫓は 「3棟」 で
「桜田巽櫓(二重)」、「富士見櫓(三重)」、「伏見櫓(二重)」
となります。 -
「皇居前広場(皇居外苑)」 です。
「江戸時代」 には、「西の丸下」 と呼ばれてました。
「有力譜代大名」 や 「老中・若年寄」 といった 「大名の屋敷」 がおかれました。
(千代田区観光協会HPより) -
「桔梗門(内桜田門)」 前です。
江戸城の築城主である 「太田道灌」 の 「家紋」 が 「桔梗」 だったことから 「桔梗門」 の名がついたと言われてます(諸説あり)。 -
「桔梗門(内桜田門)」 からは入れませんでした。
「皇居参観」 の時はここで 「集合」 するそうです。 -
「桔梗門」 からは 「富士見櫓」 が見えます。
-
手前が 「桜田巽櫓」 で、
奥が 「富士見櫓」 です。 -
手前が 「桜田巽櫓」 で、
奥のビルが 「大手町」 です。
引き返して 「三ノ丸大手門」 から中に入ります。 -
「三ノ丸大手門」 です。
ここが 「江戸城」 の 「正門」 です。
「大名」 はここから 「登城」 していました。 -
「大手門」 の最初にくぐるのは 「高麗門」 です。
写真では判りませんが多くの人が入場してます。
「左右の石垣」 は 「伊達政宗」 が築造しました。 -
「高麗門」 にも 「皇宮警察の派出所」 がありますね。
「高麗門」 は 「薄っぺらい門」 です。
※ 屋根を小ぶりにして守備側の死角を減らす工夫が施されているようです。 -
「高麗門」 を通ると 「櫓門」 です。
「三ノ丸大手門」 は 「高麗門+櫓門」 の 「枡形(枡形門)」 の門でした。 -
「大手門渡櫓」 です。
「鉄砲」 を撃つための 「狭間」 が見えます。 -
「大手門渡櫓の鯱」 です。
「鯱」 は 「明暦の大火(1657年)」 以後に作られたようです。 -
「大手門渡櫓の鯱」 の説明です。
「1968年(昭和43年)」 に再建されたものと書かれてます。 -
入苑は 「無料」 です。
この辺りは現在 「皇居東御苑」 になります。 -
「発券口」 です。
「入園票」 を受け取ります。 -
「三の丸尚蔵館」 です。
「展示替え」 のため 「休館」 です。
※ 皇室に代々受け継がれた絵画・書・工芸品などの美術品類を展示。 -
「皇宮警察本部(旧枢密院)」 などの建物がありますが通行禁止。
「工事」 が終われば入れるはず・・・ -
かなり 「広い」 です。
ここまで来るだけでけっこう歩きます。 -
「休憩所」 です。
ここで 「パンフレット」 を入手します。 -
「お土産」 も売ってます。
「アイスクリーム」 が売れてました。 -
「大手三の門」 の内側です。
こちらも 「枡形門」 でした。 -
「同心番所(現存建築物)」 です。
「警備員」 の 「詰所」 です。
ここの 「警備」 は 「下級役人(同心等)」 が務めてました。 -
同じく 「同心番所」 です。
「御三家以外の大名」 はここで降ろされ、「検問」 を受けました。 -
「同心番所」 の説明です。
「城の奥の番所」 ほど 「位の上の役人」 が詰めていたと書かれてます。 -
ちょっと歩くと 「百人番所(現存建築物)」 です。
同じく 「警備員」 の 「詰所」 です。
長さは 「50m」 以上あります。 -
「伊賀組」、「甲賀組」、「根来組」、「二十五騎組」 の 「鉄砲百人組」 が 「24時間体制」 で警備にあたっていました。
常時 「100人の同心」 が詰めていたので 「百人番所」 と言うそうです。 -
振り返って 「百人番所」 です。
一番大事な 「大番所」 があったらしいのですが見逃しました。 -
意外にも 「石垣」 が多く見受けられます。
徐々に 「復元」 されている模様。 -
まずは 「二の丸庭園」 へ向かいます。
写真は 「二の丸雑木林」 辺りと思われます。 -
「二の丸庭園」 です。
「二の丸庭園」 も 「皇居東御苑」 の一部です。 -
「二の丸池」 です。
「二の丸庭園」 は 「1968年(昭和43年)」 に 「一般公開」 されるようになりました。 -
「小堀遠州」 が 「造営」 したと言われてます。
「小堀遠州」 は 「作庭家」 ですが 「大名」 でもありました。 -
「コウホネ」 の説明がされてます。
「スイレン」 の一種かと思われます。 -
9代将軍 「徳川家重」 の時代の絵図面をもとに、「復元」 されてます。
-
「3月中旬」 ですが 「ソメイヨシノ?」 がほぼ 「満開」 です。
-
「二の丸」 には、「将軍の別邸」 や 「お世継びの御殿(世継ぎが住んだ場所)」 が建てられてました。
-
「二の丸庭園」 は 「菖蒲田」 が有名です。
「5月〜6月」 にかけては 「84種」 の 「ハナショウブ」 が 「見ごろ」 にります。 -
「諏訪の茶屋」 です。
「休憩」 をできるわけではないようです。 -
「明治45年」 に再建されたものです。
この辺りには 「都道府県の木」 も植えられてます。 -
「本丸」 に向かいます。
写真は 「梅林坂・汐見坂間石垣」 です。 -
「梅林坂・汐見坂間石垣」 の説明です。
「平成14年〜平成17年」 にかけて 「修復」 されたようです。 -
「汐見坂」 です。
名前の如く、ここから 「海」 が見えました。
今は全く見えません。 -
「汐見坂」 横の 「堀」 です。
「白鳥濠」 です。
「二の丸」 と 「本丸」 を隔てる 「堀」 です。 -
「白鳥濠」 はどの堀ともつながっていない 「池」 のような堀です。
「水源」 は 「湧水」 と 「雨水」 です。
-
振り返って 「汐見坂」 です。
やはり 「海」 は見えません。
当時は 「新橋」 辺りまで 「入り江」 があった模様です。 -
「本丸」 です。
正面には 「天守台」 です。 -
「天守台」 です。
ここが 「江戸城」 のメインの観光地。 -
「天守閣」 は 「1657年」 の 「明暦の大火」 で焼失しました。」
焼失後は 「保科正之」 の進言により 「再建」 されませんでした。 -
「天守台」 を登ります。
「天守台」 は 「加賀藩」 の4代目藩主 「前田綱紀」 により築かれました。
「前田綱紀」 は 「前田利家」 と 「徳川家康」 の 「曾孫」 です。 -
「天守台」 の説明です。
「1607年」 に完成しました。 -
「江戸城本丸御殿」 です。
「本丸御殿」 は 「3つ」 に分かれていて、
「表」 ・・・将軍の謁見の場、役人の執務の場
「中奥」・・・将軍の日常生活、執務の場
「大奥」・・・女性の生活の場
でした。 -
「江戸時代の政治」 は 「溜間」、「御用部屋」 及び 「御座の間」 の狭い範囲で行われていた唱えている方もいます。
右上には 「松の大廊下」 もあります。 -
「天守台」 からの眺めです。
かつて 「本丸御殿」 がありました。 -
「天守台」 の様子です。
-
「天守閣(寛永度天守)」 は国内最大の 「独立式層塔型5重5階地下1階」 でした。
高さは地上から 「58m」 ありました。 -
何故か、すぐ隣には周りの景観と 「不釣合いな建物」 があります。
「桃華楽堂」 です。 -
-
「本丸御殿跡」 を散策します。
「江戸東京博物館」 に 「本丸御殿」 の 「模型」 がありました。 -
「海外」 からの 「観光客」 が目立ちます。
恐らく 「ガイドブック」 に載っているでしょう。 -
「江戸城」 は 「1457年」 に 「太田道灌」 により築城されたのが始まりです。
その後 「徳川家」 が 「改修」 を行い 「日本最大の城」 となりました。
これには 「太田道灌」 もビックリでしょう。 -
「徳川家康」 の 「天下普請(築城命令)」 によって拡張工事が開始されます。
「神田山」 を崩して 「日比谷入江」 を完全に埋め立てたりもしました。
以後、「江戸幕府」 の 「政庁」 となりました。 -
「明治維新後」 は 「東京城」 となりました。
「皇居」 と改称されたのは 「1948年(昭和23年)」 でした。 -
「松の廊下跡」 です。
「浅野内匠頭長矩」 が 「吉良上野介義央」 に斬りかかった現場です。
単なる 「茂み」 になってました。 -
「本丸御殿」 では 「堀田正俊刺殺事件(1684年)」 などの 「殺人事件」 も起こっています。
今でいう 「国会議事堂」 で 「殺人」 が起こっているようなもの。 -
「本丸」 の端っこ(南側)には 「富士見櫓」 です。
柵があり 「立入禁止」 です。 -
高さ 「15.5m」 の 「3重櫓」 です。
「天守閣」 が焼失した後は 「天守」 の代わりを務めました。
「1659年」 の 「当時の建材」 で再建されてます。
「富士山」 を眺望できるため 「富士見櫓」 と名付けられました。 -
「富士見櫓」 の説明です。
当時の櫓の数を 「19棟」 と書かれてます。 -
「本丸御殿跡」 にある 「休憩所」 です。
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数点の展示もありました。
-
かつての 「江戸城」 です。
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「展望台」 からの眺めです。
「大手町」 かと思われます。 -
「汐見坂」 を下って帰ります。
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「平川門」 付近の 「入園票」 を返して終了。
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「平川門」 から出ます。
別名 「裏門」、「不浄門」 と言われ、
「罪人」 や 「死人」 はこの門から外に出されたそうです。 -
「平川門」 は、かつては、「三の丸」 の 「正門」 でした。
また、「お局御門」 とも言われ、
「大奥の女性達」 の出入りする 「通用門」 でもありました。 -
「平川橋」 から撮った 「清水濠」 です。
「平川濠」 は門の 「内側」 です。 -
「平川橋」 です。
出た所には 「毎日新聞社本社(パレスサイドビルディング)」 や 「丸紅東京本社」 があります。 -
「堀」 の周りには 「江戸城」 の情報が数多くあります。
今回は 「皇居東御苑」 を見ただけで 「江戸城」 は大きく全てを観きれません。
まだ、「皇居外苑」、「皇居吹上御苑」、「北の丸公園」 などあります。
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