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大聖寺(だいしょうじ、埼玉県越谷市相模町)は越谷最古の寺院として有名、寺伝では天平勝宝2年(750)に奈良東大寺の開山で著名な良弁僧正(りょうべんそうじょう、689~774)が相模国大山で自ら刻んだ不動明王像を、この地に祀ったのが始まりとされます。<br /><br />中世には不動院と称され、岩槻城主であった太田資正(おおた・すけまさ、1522~1591)やその後当地域に進出してきた小田原北条氏から下野国支配を任された北条氏繁(ほうじょう・うじしげ、1536~1578)から厚遇され、とりわけ元亀3年(1572)には氏繁は岩槻城の繁栄祈願を命じて「北条氏繁掟書」を発給しています。<br /><br />天正18年(1590)関東移封した徳川家康は趣味の鷹狩をしながら関東各地に赴き、民情視察や臣下の統制をおこない、国勢の発揚に努めます。翌年19年には当地を巡回する中で家康は当寺を宿泊の地とし、その際社領として水田60石を与え、同時に現在の寺名である大聖寺の寺号を授けています。<br /><br />更に慶長5年(1600)関ヶ原の戦いに臨むため下野国の小山から引き返した家康は当寺に戦勝祈願し太刀一振りを寄進しております。<br /><br /><br /><br />2022年9月10日追記<br /><br />境内に建てられている説明板には下記のように説明が記されています。<br /><br />『 大相模不動尊大聖寺<br />       所在地 越谷市相模町6丁目<br /><br />大聖寺は、真言宗豊山派の寺で、山号を真大山といい、本尊は不動明王である。<br /><br />寺伝によると、天平勝宝2年(750)に不動坊が、奈良東大寺の開山で知られる良弁僧正自作の不動明王像を祀って造立した一宇が、開基とされる。中世には不動院と称し、岩槻城主太田資正や北条氏繁の尊信を受けて栄え、天正19年(1591)に当寺に泊った徳川家康から寺領60石を賜り、このとき、現寺名である大聖寺に改めたといわれる。また、慶長5年(1600)には、家康が下野小山(栃木県小山市)から引き返して関ヶ原へ向う途中、戦勝を祈願して太刀一振を寄進したことが寺伝にみられる。<br /><br />境内入口の山門は、文化元年(1804)に再建されたもので、明治28年の火災の際焼け残った唯一の建造物である。なお、山門に掲げられてある「真大山」の山額は、寛政(1789~1801)の改革で名高い老中松平定信(白河楽翁)の筆といわれている。<br /><br />このほか、寺宝として、元亀3年(1572)に北条氏繁が岩槻城の繁栄祈願を命じた文書や、家康が宿泊の際に使用したという寝具などが残されている。<br />    昭和60年3月 <br />                  埼 玉 県<br />                  越 谷 市  』<br /><br /><br />『 越谷市指定   有形文化財    古文書<br /><br />        北 条 氏 繁 掟 書<br />               昭和45年3月23日 指定<br /><br />大聖寺に所蔵されているこの掟書は、小田原北条氏の一族である氏繁が、元亀3年(1572)に大相模不動院(現大聖寺)へ与えたもので、越谷市内に現存する最古の中世文書として大変貴重な資料である。<br /><br />この趣旨は「大相模不動院は古来より岩付(岩槻)の祈願所として諸役を免除してきたが、最近はみだりに横合(関係のない立場の者)から非分(道理に合わないこと)を申しかける者がいるそうである。このようなことは不埒な(非常にけしからん)ことである。今より後は、前々のように岩付のために祈願所として武運長久の祈りを懈怠(怠ることなく)勤めれば、前々には与えなかった役も与えるであろう。<br /><br />井に横合より非分申しかける者がいたときは申し出るよう、速やかに糾明(罪や不正を問い正し、真相を明らかにすること)を遂げるであろう。」というものである。<br /><br />元亀3年(1572)頃、当時の越谷地域に大きな影響を与えていた岩槻太田氏は、永禄10年(1567)に太田氏資が、三船台での戦い(上総国君津郡、現千葉県君津市・富津市周辺)において里見氏に敗れた後、岩槻城は北条氏の支配下に置かれた。<br /><br />長い間、太田氏と深い関係にあった岩槻や越谷周辺の土豪層にとっては、北条氏の岩槻進出に対し不満があり、大相模不動院もこうした中で、北条氏に抵抗を示した一勢力であったと思われる。<br /><br />そこで、当時、岩槻城代であった北条氏繁が大相模不動院を味方にするため発給したのが本掟書である。これらの時代の流れを把握し、越谷地域の歴史を知る上で重要な文書と言える。<br /><br />    平成22年1月<br />                  越谷教育委員会<br />                  大  聖  寺 』<br /><br /><br />『 越谷市指定  有形文化財  歴史資料<br /><br />       徳 川 家 康 の 夜 具<br /><br />             昭和58年3月31日指定<br /><br />天正18年(1590)関東に入国した徳川家康は、領国統治のため鷹狩りをしながら巡遊した。<br /><br />はじめ家康の休泊所は、在地の土豪層や寺社がこれにあてられてたが、のちに御殿やお茶屋が取り立てられていった。大聖寺の家康垢付の寝衣は、まだ御殿やお茶屋が設置される以前、家康が大聖寺に宿泊したときその宿泊接待の御礼として置いていったものとみられる。<br /><br />この寝衣は絹地で、菊を配した柄のほか徳川の紋である三つ葉葵が所々に配されている。<br /><br />      平成14年3月 <br />                越谷市教育委員会 』<br /><br /><br />

武蔵越谷 天平時代創建の古刹で戦国期に当地領有の岩槻城主太田資正や小田原北条氏繁の尊信を受け、家康鷹狩りの宿泊所でもあった『大聖寺』散歩

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2013/04/16 - 2013/04/16

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滝山氏照

滝山氏照さん

大聖寺(だいしょうじ、埼玉県越谷市相模町)は越谷最古の寺院として有名、寺伝では天平勝宝2年(750)に奈良東大寺の開山で著名な良弁僧正(りょうべんそうじょう、689~774)が相模国大山で自ら刻んだ不動明王像を、この地に祀ったのが始まりとされます。

中世には不動院と称され、岩槻城主であった太田資正(おおた・すけまさ、1522~1591)やその後当地域に進出してきた小田原北条氏から下野国支配を任された北条氏繁(ほうじょう・うじしげ、1536~1578)から厚遇され、とりわけ元亀3年(1572)には氏繁は岩槻城の繁栄祈願を命じて「北条氏繁掟書」を発給しています。

天正18年(1590)関東移封した徳川家康は趣味の鷹狩をしながら関東各地に赴き、民情視察や臣下の統制をおこない、国勢の発揚に努めます。翌年19年には当地を巡回する中で家康は当寺を宿泊の地とし、その際社領として水田60石を与え、同時に現在の寺名である大聖寺の寺号を授けています。

更に慶長5年(1600)関ヶ原の戦いに臨むため下野国の小山から引き返した家康は当寺に戦勝祈願し太刀一振りを寄進しております。



2022年9月10日追記

境内に建てられている説明板には下記のように説明が記されています。

『 大相模不動尊大聖寺
       所在地 越谷市相模町6丁目

大聖寺は、真言宗豊山派の寺で、山号を真大山といい、本尊は不動明王である。

寺伝によると、天平勝宝2年(750)に不動坊が、奈良東大寺の開山で知られる良弁僧正自作の不動明王像を祀って造立した一宇が、開基とされる。中世には不動院と称し、岩槻城主太田資正や北条氏繁の尊信を受けて栄え、天正19年(1591)に当寺に泊った徳川家康から寺領60石を賜り、このとき、現寺名である大聖寺に改めたといわれる。また、慶長5年(1600)には、家康が下野小山(栃木県小山市)から引き返して関ヶ原へ向う途中、戦勝を祈願して太刀一振を寄進したことが寺伝にみられる。

境内入口の山門は、文化元年(1804)に再建されたもので、明治28年の火災の際焼け残った唯一の建造物である。なお、山門に掲げられてある「真大山」の山額は、寛政(1789~1801)の改革で名高い老中松平定信(白河楽翁)の筆といわれている。

このほか、寺宝として、元亀3年(1572)に北条氏繁が岩槻城の繁栄祈願を命じた文書や、家康が宿泊の際に使用したという寝具などが残されている。
    昭和60年3月 
                  埼 玉 県
                  越 谷 市  』


『 越谷市指定   有形文化財    古文書

        北 条 氏 繁 掟 書
               昭和45年3月23日 指定

大聖寺に所蔵されているこの掟書は、小田原北条氏の一族である氏繁が、元亀3年(1572)に大相模不動院(現大聖寺)へ与えたもので、越谷市内に現存する最古の中世文書として大変貴重な資料である。

この趣旨は「大相模不動院は古来より岩付(岩槻)の祈願所として諸役を免除してきたが、最近はみだりに横合(関係のない立場の者)から非分(道理に合わないこと)を申しかける者がいるそうである。このようなことは不埒な(非常にけしからん)ことである。今より後は、前々のように岩付のために祈願所として武運長久の祈りを懈怠(怠ることなく)勤めれば、前々には与えなかった役も与えるであろう。

井に横合より非分申しかける者がいたときは申し出るよう、速やかに糾明(罪や不正を問い正し、真相を明らかにすること)を遂げるであろう。」というものである。

元亀3年(1572)頃、当時の越谷地域に大きな影響を与えていた岩槻太田氏は、永禄10年(1567)に太田氏資が、三船台での戦い(上総国君津郡、現千葉県君津市・富津市周辺)において里見氏に敗れた後、岩槻城は北条氏の支配下に置かれた。

長い間、太田氏と深い関係にあった岩槻や越谷周辺の土豪層にとっては、北条氏の岩槻進出に対し不満があり、大相模不動院もこうした中で、北条氏に抵抗を示した一勢力であったと思われる。

そこで、当時、岩槻城代であった北条氏繁が大相模不動院を味方にするため発給したのが本掟書である。これらの時代の流れを把握し、越谷地域の歴史を知る上で重要な文書と言える。

    平成22年1月
                  越谷教育委員会
                  大  聖  寺 』


『 越谷市指定  有形文化財  歴史資料

       徳 川 家 康 の 夜 具

             昭和58年3月31日指定

天正18年(1590)関東に入国した徳川家康は、領国統治のため鷹狩りをしながら巡遊した。

はじめ家康の休泊所は、在地の土豪層や寺社がこれにあてられてたが、のちに御殿やお茶屋が取り立てられていった。大聖寺の家康垢付の寝衣は、まだ御殿やお茶屋が設置される以前、家康が大聖寺に宿泊したときその宿泊接待の御礼として置いていったものとみられる。

この寝衣は絹地で、菊を配した柄のほか徳川の紋である三つ葉葵が所々に配されている。

      平成14年3月 
                越谷市教育委員会 』


交通手段
高速・路線バス JRローカル 徒歩

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  • 元荒川緑地道地図

    元荒川緑地道地図

  • 元荒川に泳ぐ鯉<br /><br />端午の節句を前にしてさまざまな鯉が風を受けて泳いでいます。<br /><br />

    元荒川に泳ぐ鯉

    端午の節句を前にしてさまざまな鯉が風を受けて泳いでいます。

  • 元荒川に泳ぐ鯉

    元荒川に泳ぐ鯉

  • 元荒川に泳ぐ鯉

    元荒川に泳ぐ鯉

  • 大聖寺・裏門

    大聖寺・裏門

  • 大聖寺・山門<br /><br />「真言宗真大山大聖寺」と社標が建てられています。

    大聖寺・山門

    「真言宗真大山大聖寺」と社標が建てられています。

  • 大聖寺・山門(近景)<br /><br />「真大山」の扁額が読み取れます。説明では江戸時代寛政の頃老中松平定信による揮毫とのことです。

    イチオシ

    大聖寺・山門(近景)

    「真大山」の扁額が読み取れます。説明では江戸時代寛政の頃老中松平定信による揮毫とのことです。

  • 大聖寺・参道

    大聖寺・参道

  • 大聖寺

    大聖寺

  • 大聖寺・本堂<br /><br />徳川家康が鷹狩で訪れたとき当寺に宿泊した際、持参の夜具をお礼として寺に置いて行ったそうです。

    イチオシ

    大聖寺・本堂

    徳川家康が鷹狩で訪れたとき当寺に宿泊した際、持参の夜具をお礼として寺に置いて行ったそうです。

  • 大聖寺・本堂

    大聖寺・本堂

  • 大聖寺・本堂彫刻

    大聖寺・本堂彫刻

  • 大聖寺・境内風景<br /><br />本堂から境内を振り返ります。

    大聖寺・境内風景

    本堂から境内を振り返ります。

  • 大聖寺のタブノキ<br /><br />樹齢500年以上のタブノキが越谷市の天然記念物となっています。

    大聖寺のタブノキ

    樹齢500年以上のタブノキが越谷市の天然記念物となっています。

  • 大聖寺「なでぼとけ」像

    大聖寺「なでぼとけ」像

  • 大聖寺・太師堂

    大聖寺・太師堂

  • 大相模ぴんころ地蔵尊

    大相模ぴんころ地蔵尊

  • 大聖寺・鐘楼堂

    大聖寺・鐘楼堂

  • 鐘楼堂記念石碑

    鐘楼堂記念石碑

  • 大聖寺・弁財天<br /><br />併せて弁財池が造られています。

    大聖寺・弁財天

    併せて弁財池が造られています。

  • 大聖寺・境内風景

    大聖寺・境内風景

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