2013/04/07 - 2013/04/07
341位(同エリア862件中)
滝山氏照さん
JR中央線「勝沼ぶどう郷」駅から南下約30分、甲州街道の勝沼宿を抜けて日川右岸に接する所に勝沼氏館(かつぬましやかた、山梨県甲州市勝沼町)があります
勝沼は国中(くになか)と郡内(ぐんない)を結ぶ交通の要所にあたり、武田氏に敵対する郡内の国人領主小山田氏の抑えてとして当地を領した勝沼氏は武田信玄の父信虎の実弟信友(のぶとも、生誕不詳~1535)に始まります。
天文4年(1535)小田原北条氏綱との山中湖畔での合戦で郡内を支配する小山田氏と共に戦いますが大敗を喫し信友自身も戦死します。
父の後を継いだ嫡男信元(のぶもと、生誕不詳~1560)は父信友と同様に親族衆として武田氏に仕えますが永禄3年(1560)越後上杉謙信側に立つ藤田氏に内通したとの嫌疑を信玄から受け誅殺され、一族は滅亡により勝沼居館も廃されることになります。
地勢的には南と西が日川の25m断崖に面しており、更に東と北には深く空堀を施した内郭部は東西約90m、南北約60mの広さを有してその周辺には二重の空堀と二重の土塁を廻らして往時の武田信虎の政治拠点であった石和(いさわ)守衛を意識した造りとなっています。
2023年9月9日追記
現場案内板には下記の通り説明されています。
『勝沼氏館跡 外郭域 (東郭)
勝沼氏館跡は、日川扇状地の扇頂部、日川の断崖を背にした場所に位置しています。調査以前はこの辺り一帯ぶどう畑として利用されていましたが、調査の結果、15世紀の館は内郭とそれを取り巻く近接する二重堀により護られた外郭帯から構成されていたことがわかりました。
東郭からは職人工房の建物跡、東郭東門の外側からは家臣屋敷と考えられる建物跡が発見されました。内郭部の建物が礎石の上に柱を建てる構造で建築されているのに対し、外郭部の建物は掘った穴に柱を建てる掘立柱建築となっています。工房は出土した遺物から、木製品や金属製品の生産に関わる工房であったと考えられています。他にも、堀や土塁、内郭部へ飲料水を供給する役割を担った水溜りや水路の存在も確認されています。
堀や土塁は時代が新しくなるに従って順次東方へ移設され、東部の規模が拡大したことが分かります。これらの復元された遺構から、東部の当時の様子を窺い知ることができ内郭部と外郭部のの性格の違いを見ることができます。
勝沼氏館跡は、今後、さらなる調査・整備を進めて行く予定です。
山梨県・甲州市 』
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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八王子駅に停車の「ホリディ快速ビュー山梨」
タイミングよくダブルデッカー車輛に乗ることができました。かつては「アクティ」として東海道線を走っていた同種車輛がまだ健在とは・・・懐かしい気持ちです。 -
「ホリディ快速ビュー山梨」
終点の小淵沢まで乗ってゆきたい気持ちを抑えて勝沼ぶどう郷にて下車します。 -
勝沼ぶどう郷
ダブルデッカー2階からの展望は抜群、甲斐大和を抜けると雄大な甲府盆地が視野に入ります。 -
ダブルデッカー車輛
勝沼ぶどう郷を離れる小淵沢駅行ダブルデッカー車輛を見送ります。 -
勝沼ぶどうの丘
ぶどうの産地にふさわしい「勝沼ぶどうの丘」が駅舎から一望できます。 -
勝沼ぶどう郷駅舎
帰路の時刻を確認して駅舎を離れます。 -
甲府盆地展望
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「勝沼ぶどうの丘」
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ぶどう畑
ぶどうの産地にふさわしく周辺にはぶどう畑が見えます。 -
勝沼氏館跡専用駐車場
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勝沼エリア地図
甲州街道と日川を挟む位置に勝沼氏館跡が在ります。 -
勝沼宿説明板
元和元年(1618)新規に甲州街道勝沼宿場として取り立てられます。 -
勝沼宿周辺風景
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勝沼氏館跡駐車場
駐車場には館跡説明板と共に供養地蔵が建立されています。 -
勝沼氏館跡説明板
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勝沼氏供養地蔵
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勝沼氏供養地蔵説明板
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勝沼宿本陣跡
簡単に標柱が建っています。 -
イチオシ
勝沼氏館跡北門
内郭部には北門と東門がありますが、北門は甲州街道に面していることから恐らく北門がいわゆる大手門に当たると思われます。 -
勝沼氏館跡復元図
昭和48年(1973)、県立ワインセンター建設に伴って発見された中世館です。 -
空堀と土塁
内郭部の周辺はこのような土塁が施されています。 -
空堀と土塁
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土塁の内側
土塁は二重となっており内側にはやや低めの土塁が見られます。もっとも既に発掘調査後の館跡であるから復元された土塁です。 -
武者溜跡(むしゃたまりあと)
北門からすぐ広場が見られますが説明では武者溜と言われています。 -
勝沼氏館跡内郭部説明板
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勝沼氏館跡・勝沼武田年表
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勝沼氏館跡内郭部説明
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空堀と土塁
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内郭部
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長い土塁
発掘調査後の復元ですがそれでも見事な土塁と言えます。 -
館跡
土塁から館跡を望みます。 -
北門
この木橋を渡って館に入っていたと思われます。 -
土塁
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土塁
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土塁・空堀
内郭を取り囲む空堀です深さ4m、幅6mぐらいの見応えのある堀です。 -
館跡風景
東側土塁から館跡を臨みます。 -
雪隠(せっちん)
現代で言えば「トイレ」です。 -
水屋(みずや)
内郭部に建っている唯一の建物です。自分は持参の弁当をここで食べました。 -
水汲場(みずくみば)
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厩(うまや)
主の馬小屋です。 -
常の御座所(つねのござしょ)
主の日常生活の居室です。 -
くつろぎ所
茶室・泉殿にあたります。 -
主屋(しゅや)
主殿にあたります。 -
会所(かいしょ)
接客用建物にあたります。 -
番屋(ばんや)
警備のための詰所です。 -
番屋(ばんや)
警備のための詰所です。 -
工房(こうぼう)
土間の建物で鍛冶場がありました。 -
工房水溜(こうぼうみずたまり)
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館郭風景
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半地下蔵
馬の餌の保管施設になります。 -
櫓台(やぐらだい)
東門を守るやぐらがありました。 -
イチオシ
東門
北門が大手門ならばこの東門は搦手門にあたると思われます。同時に後に館が拡大する際の外郭域(東郭)に展開します。 -
イチオシ
東門木橋
堀には橋がかかており、この橋を渡って出入りがおこなわれていました。 -
土塁と空堀
東側通路から土塁と空堀を見渡します。 -
東側土塁
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日川方向
館南を流れる日川方向を見ますが、薮に遮られてよく見えません。 -
館郭風景
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釜戸神(かまどかみ)
立石をもつ宗教的施設にあたります。 -
台所
善所、多数の焼土が在ったそうです。 -
館郭風景
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武者溜(むしゃたまり)
正門前広場 板塀に囲まれていました。 -
館郭地図
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武田・勝沼家系譜
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居館跡風景
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祝橋(いわいばし)への道路
館跡西側の道路は館郭に沿って走って祝橋を渡ります。 -
祝橋への道路
かつてはこの道路も内郭部を守る空堀だったと思われます。 -
祝橋河畔
日川の案内板が在ります。 -
祝橋
日川を繋ぐ祝橋、昭和60年に三代目祝橋が完成、橋の中央部には水道管が設置されています。 -
祝橋と日側
橋から断崖絶壁の勝沼館が建っている山が見えます。 -
イチオシ
祝橋と勝沼館
祝橋中央から振り返りますと勝沼館のある山が見えます。 -
イチオシ
日川と勝沼館
祝橋から日川と勝沼館の山を一望します。 -
祝橋説明板
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勝沼館の対岸風景
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勝沼ワインセンター
県立ワインセンター建設に伴って勝沼氏館跡が発見されています。 -
勝沼館東郭跡
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勝沼館東郭
東郭跡を説明する標柱があります。 -
勝沼氏館跡・外郭域(東郭)説明板
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勝沼氏館跡・水槽式浄化施設
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説明板
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イチオシ
勝沼館跡・外郭域(東郭)道路
外郭域中央部を通る道路ですが当時はこのように広くはなかったと思われます。 -
家臣屋敷と土塁
屋敷を守る土塁の一部が残されています。 -
イチオシ
勝沼館跡・家臣屋敷
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勝沼館跡・家臣屋敷
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勝沼館跡・家臣屋敷説明板
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イチオシ
主屋跡
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