2013/08/17 - 2013/08/17
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Mirabellaさん
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東北4日間の旅。最終日は石巻に住む友人の案内で、宮城県の女川から岩手県の陸前高田まで海沿いに北上しながら被災地を訪ねました。
震災直後は、津波に流されてきた家屋・家財や瓦礫などが散乱し、車で走っていると圧迫感や恐怖感が襲ってきたと友人が話していましたが、あれから約2年半、ガレキ撤去が進んだ海辺の地で私が見たのは、広大な更地です。
漁業を再開している港、崩壊した店舗を立て直して営業再開している店も沢山あるけれど、まだまだ再開発に至らない更地が果てしなく残っています。
それは震災前の写真を見ないと、かつては町や村落が存在し住宅が並んでいたことが想像できないほどで、本当に失われたものが多いです。
今から新しい町づくりが始まる被災地では、これから5年、10年と復興に向けた工事が続いていくでしょうが、安全性や暮らしやすさを考慮した上手い土地活用の実現と産業の発展を願います。美しい海岸線を早く取り戻して欲しい。
この日は東北の旅最終日ですが、最近のペースでは完結するのがいつになるか分からないので、おそらく(その6)になると仮定して先にアップすることにしました。
- 旅行の満足度
- 5.0
-
塩釜・松島を観光した後、今夜お世話になる石巻の友人宅に向かった。
小牛田駅で東北本線から石巻線に乗り換えると、待っていたのはアニメトレイン。宮城県出身の石ノ森章太郎のマンガキャラクターが描かれています。
前谷地で下車すると、反対車線を走ってきた車両もアニメトレインだったのがサプライズだった。 -
翌朝です。
旧北上川の橋を渡る、石巻線の列車。時間によってはアニメトレインが走ります。
釣りをしている人がいて、この川ではウナギも捕れるそうです。 -
車で女川方面に向かう途中、仮設住宅を見かけました。
他にも何度か仮設住宅の案内板を見たので、まだまだ不便な生活を続けておられる方が多いと思います。暑い夏、寒い冬、体調を崩されないようにと願います。 -
津波で崩壊したのでしょう。
今日これから訪れる被災地は、海沿いでどこも津波の被害が大きかった。 -
ニュースの画像で見たかも知れない高台を、何度も通り過ぎます。
「あの高台の病院も津波に襲われたんだよ」と言われて見上げると、ずいぶん高い場所だったりして、実際の場所を見ると津波の威力がよく分かります。 -
女川の隣町の雄勝に来ました。
三階建だった雄勝病院には屋上まで津波が到着しています。 -
日本一の硯の産地で、東京駅の新駅舎の真ん中の黒い屋根の部分に使われているのが雄勝のスレート。
-
石巻雄勝支所があった場所には、おがつ店こ屋街(たなこやがい)という商店街ができています。
あまり住宅は見かけなかったように思いますが、工事関係者の利用が多いのかも知れません。 -
お寿司屋さんや海産物店の他に、
-
ちょっとオシャレなカフェ。
-
崩壊して散乱していた建物やガレキは撤去され、すっかり更地になっています。
あまりに何も無くなってしまっていて淋しいです。 -
どこに行ってもコンビニだけは不自由しない程度に点在していて便利ですが、個人の店舗がないと、その土地その町の個性が育たない。
陸前高田や釜石にイオンが出店するニュースを読みましたが、そういう盛り上がりをきっかけに人が集まって、地元の商店街も活性化して欲しいと思います。
難しいでしょうが、本当にそう思います。 -
続いて、多くの子供たちが犠牲になった大川小学校にやってきました。
すぐ近くに川が流れていて、校舎は低い土地に建っていたのが分かります。
しかし津波が来るとは想定されていなかった地域だったため、津波に対する教育現場での対策が不十分であったと指摘されています。 -
もっと早く裏山に逃げるよう指示があれば助かったかも知れないのに、と議論された大川小学校での避難時の対応。
どうして逃げることができなかった真実を知りたいと思うのが家族。
亡くなった人、生き延びた人、家族を失った人みんながつらい思いをしている。 -
学校では集団行動が優先で、大人の指示に従わないと子供達は勝手に自分の判断で行動できないものだけれど、いざという時は避難ルートを一人でも走って逃げることができるような訓練も大事に思います。
-
震災以前の写真を見ると小学校の裏側に住宅が並んでいますが、今はすっかり何も無くなっています。
亡くなった子供達を見守るかのように、校庭の端で元気に咲いているヒマワリが印象的でした。 -
大川小学校から南三陸町に向かいます。
気仙沼、陸前高田まで主に国道45号を走ったと思いますが、常に「ここから過去の津波浸水区間」「ここまで過去の津波浸水区間」という標識が出ていて、こんな所まで到達したんだと、津波に対する意識を刺激されます。 -
道路際にモアイ像を見つけた。
津波で壊れてしまったのでしょうが、どうして宮城にモアイ像があるのか不思議に思ったら、1960年に起きたチリ地震の津波で南三陸町が被災したことから、1991年に友好の証としてチリから贈られたそうです。 -
そのモアイ像が東日本大震災で損壊したため、新たなモアイ像が南三陸町に寄贈されたらしく、見に行くことにしました。
-
その前に、志津川町の南三陸ホテル観洋で少し休憩。
友人は以前食べたソフトクリーム目当てだったみたいだけど、今はやってなくて、窓の外で広がる南三陸の海を眺めながらアイスを食べました。
http://www.mkanyo.jp/ -
私達は気仙沼方面に進みますが、上の白いガードレールのようなもの、これは気仙沼線の線路でしょうか。
この地域では列車の復旧はしておらず、BRTと呼ばれるバスが走っています。 -
志津川町の防災庁舎を見ると、高台に避難するよう町の人々に最後まで無線で呼びかけ亡くなった若い女性職員の方を思い出します。
責任感が強くて優しい人ほど、命を失ってしまうものかと悲しいできごとでした。
防災庁舎の屋上の床より2mも高い津波が襲ってきた志津川町、この周辺はすっかり波に飲み込まれています。 -
合同庁舎から車で少し走ると、南三陸さんさん商店街。
仙台からの高速バスがありますが、商店街の脇にバス停があるのでBRTを利用することもできます。 -
商店街の駐車場で、今年の5月にチリから寄贈された新しいモアイ像を発見。
イースター島の石を使って彫られたモアイ像は、さっき道路脇で見た像とは、顔付きやデザインが全く違う。
丈夫な玄武石が使われているだけあって、ズッシリ重そう。
モアイの「モ」は未来、「アイ」は生存を意味するそうです。 -
では中に入ってみましょう。
-
店舗数が多くて、広いです。
津波被害の大きかった南三陸の復興を、この商店街が引っ張って行くのでしょう。 -
写真に小さく写っているのは、JR東日本「大人の休日倶楽部」のポスター。写真の吉永小百合さんに影響されて、南三陸に来る人が増えてるかもしれない。
関西ではJRに乗っても東北の広告は見ないので、関東や東北で見るポスターが新鮮です。
秋から始まる八戸の東北レストラン鉄道、列車で美味しい魚介を食べるなんて優雅な旅、良いですね。 -
うに丼が美味しそう。
商店街の応援に食べたいところなんですが、私達は気仙沼で海鮮丼を食べるつもりだったので、ここでは食事しなかった。 -
でもやっぱり何か食べたいと、
お寿司を少しだけ買おうかと思ったけれど無理そうだったので、 -
このホタテを頂きました。
肉厚で美味しかったです。
http://www.sansan-minamisanriku.com/ -
気仙沼まで来ました。
最初は、南三陸町で入ったような復興市場で海鮮丼を食べようと思っていたのですが、 -
車を停めて、すぐに目に入った「お魚いちば」に入ってしまった。
後から、すぐ近くに復興 屋台村 気仙沼横丁があること気付いたけれど、暑いから屋内で食べて正解だったかな。 -
市場もレストランも、津波の被害を感じないくらいに商品が豊富で活気があって、観光客が多かったです。
-
レストランは鮮という一軒のみで、順番待ち。待ち時間は30分ほどだったでしょうか。
友人は少し仮眠したかったようで、待ち時間の間は別行動にして、私はお土産物を選んだり、少し海辺に出てみました。 -
港で出会った漁師さんたちと少しお話。
以前は美味しいマグロの店が海辺にあったんだけどね〜、と言う漁師さん。お勧めのマグロの店が町にあるらしいけど、店名を聞き出すことができなかった。
彼らの船も津波に流されてしまったそうだけれど、新しい漁船で漁に出る準備中でした。 -
お魚市場の駐車場で見つけた超カッコ良いタクシー、秋刀魚丸。
すっごく目立ってた。 -
今の時期なら鰹だな、って思っていたのですが、この日は鰹の入荷がなかったようです。
海鮮丼は1300円程度でした。美味しかったです。 -
漁師さんと港で話していた時に、「あっちに行ったら、よくニュースに出てくる船が見えるよ」と聞いていたので、やってきました。
「第18共徳丸」気仙沼港から津波で流されてきた、全長約60m、330トンの巨大漁船。
震災の遺構として残す計画を諦め、解体することが決まっています。 -
漁船の近くには路駐する車が数台並び、バス停があり、目の前にはコンビニもある。大型の観光バスもきていたし、ちょっとした観光スポットのようになっていました。
こうして人が集まることに期待する人もいるだろうけれど、周辺の住民の方は落ち着かないだろうし、やはりこの船に家を潰された人達の気持ちは複雑でしょう。 -
現在駅舎は取り壊されているけれど、以前は漁船の背後にJR鹿折唐桑駅があり、船が駅へと続く道をふさぐ状態で放置されています。
-
震災直後の壊れた家屋が散乱している状況を見ずに、すっかり整備された現状の土地を見るだけでは、どうしても震災の痛々しさが消えてしまいますね。
ここには町並みや、普通の生活があったことがピンとこなくなってしまって、単に漁船だけが注目を浴びている感がありました。
震災を後世に伝えるなら、もっと他の方法もあるはずです。 -
どうやって津波の恐怖を伝えていくか、どうやって観光客を集めるか、新しい町づくりには課題が山積みだけれど、新しいスタートを切るチャンスでもあるので是非成功して欲しい。
それと、政府がもっと後押しして、もう少しスピードアップして復興を進めるべきだ。 -
気仙沼から岩手の陸前高田まで来ました。
奇跡の一本松を見に行きます。 -
駐車場には、夏季限定でJR大船渡線BRTの臨時駅が設けられていて、朝市も開かれているようでした。
私達が着いたのは夕方でしたが、朝だと沢山の店が並んでいたのかも知れません。 -
専用道路を走るBRT以外に通常のバスも走っているか、何度もバスにすれ違ったけれど、ガラガラで走っているバスもありました。
普段は地元の学生さんが通学に利用しているようですが、なかなか観光客の需要が増えないようで御苦労があると思います。
9月末からは専用道路を拡大して新駅が増えるBRTにも頑張って欲しい。 -
では行ってみます。
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ICタグが埋め込まれた情報杭
この杭にスマホをかざすと、この1本松の復元のあゆみや、市の復興の取組の情報を得ることができるようになっています。 -
この付近には街灯が無く、夜になると真っ暗になるため、太陽光発電の機能が付いたライトが並んでいました。
期間限定で夜間ライトアップが行われえているので、見学者用に設置されたのでしょうか。 -
駐車場から1本松まで、かなり歩くのですが、アスファルトできっちり舗装されていて、誰でも見学できるようになっています。
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「1本松って枯死したってニュースを読んだ気がするけど、元気そうだね」なんて話しをしていたのですが、これレプリカでしたね。
時間が経つと、少づつ忘れてしまうのだなと反省。 -
復元には約1億5千万円の費用がかかっているけど、ほぼ同額の募金が集まっている。
7万本もの松が倒れ、周囲の駅も家屋も崩壊したのに、1本の松だけが残ったことが如何に奇跡的なのか、それを伝えたい人達が多かった証だと思う。 -
高田松原は砂地のため港などを造ることができず、水産業は無理。農業に適した平野部も少ないのだと書いておられる方がいました。
震災前のような青い海と松林を早く取り戻して欲しいものです。 -
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大川小学校や合同庁舎はいつかは解体されてしまうのかも知れないけれど、この1本松は、ずっとこの高田松原で震災・津波の悲劇を後世に伝えていく役割を果たしていくのでしょう。
-
震災からずいぶんたったけれど、それでも実際に被災地を見ると、映像や写真では分からないことを学びます。
こうして震災のことを思い出しながら、一人ひとりが復興への歩みの記録を残していくことも大切なのではと考えます。
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この旅行記へのコメント (12)
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- ムロろ~んさん 2013/10/01 18:06:52
- 震災
- Mirabellaさん
ムロろ〜んです。
この度は北海道の旅行記に投票をして下さりありがとうございます。
ユースホステルの方々と共に参加したミーティングがとっても楽しかったです。旅人との交流もできて充実したものとなりました。
三陸の旅行記を拝見しました。
私も宗派の研修で震災の時のビデオを見たことがありますが、本当に言葉に表せないくらい複雑な気持ちになりました。今でも毎日朝のお勤めの時に震災復興を願うのですが、被害に遭われた方々にとっては本当に辛かったと思います。
ですが、こうして観光客を呼び掛けるポスターやグルメなどがあり、旅行記からですが笑顔も見られ、ちょっとずつではありますが、活気が見られるなぁと思いました。海の幸も食べたいなぁと思いました(特に海鮮丼!)。
ムロろ〜ん(-人-)
- Mirabellaさん からの返信 2013/10/03 00:10:30
- RE: 震災
- ムロろんさま、こんばんは。
> ムロろ〜んです。
> この度は北海道の旅行記に投票をして下さりありがとうございます。
> ユースホステルの方々と共に参加したミーティングがとっても楽しかったです。旅人との交流もできて充実したものとなりました。
>
こちらこそ、いつもありがとうございます。毎回コメントも残さずで失礼しておりますが、ムロろんさんの写真を見ていると旅の楽しさが伝わってきます。
> 三陸の旅行記を拝見しました。
> 私も宗派の研修で震災の時のビデオを見たことがありますが、本当に言葉に表せないくらい複雑な気持ちになりました。今でも毎日朝のお勤めの時に震災復興を願うのですが、被害に遭われた方々にとっては本当に辛かったと思います。
>
> ですが、こうして観光客を呼び掛けるポスターやグルメなどがあり、旅行記からですが笑顔も見られ、ちょっとずつではありますが、活気が見られるなぁと思いました。海の幸も食べたいなぁと思いました(特に海鮮丼!)。
>
>
気仙沼の第18共徳丸に続いて、志津川の合同庁舎も解体が決まったようで、少しずつ被災した象徴的な建物が消えていきますが、津波被害の記憶が置き去りにならないように願います。7年後の東京オリンピックを、言葉だけでなく、本当の意味で東北復興につなげて欲しいものです。
ポスターで見た、東北のグルメ鉄道「東北エモーション」は人気があるようですが、私も海景色を眺めながら三陸の海鮮を味わってみたいです。
やっぱり、海鮮丼も食べたいですよね。
いつもありがとうございます♪
Mirabella
-
- たらよろさん 2013/08/31 14:20:37
- えっ、6??
- こんにちは、みらべえちゃん。
6だから、1〜5までいつの間に見逃したんだ??
と本文を読む前に探して損した(笑)
頑張って1〜5もお願いしますよ〜
ところで、みらべえちゃんの撮った数々の写真。。。
大川小学校の引率の件とか、体育館の避難先で鉄柱にぶら下がって生き延びたとか、、、
ずっと避難指示を出していて亡くなった女性職員さんの建物とか、、、
テレビで当時見たままの画面に二年の月日って短いんだなぁ、、って思います。
今もまだまだ、、、
いや私たちが死ぬ頃までまだ続いているかもしれない原発事故の処理問題。
本当にこの地震の爪痕は東北だけじゃなく
日本人にとって考えさせられる地震だったよ。
今回の東京オリンピック招致でもやっぱり懸念材料にされているしね。
みらべえちゃんは、東京でもマドリードでもどっちでも盛り上がれるね(笑)
たらよろ
- Mirabellaさん からの返信 2013/09/01 10:33:45
- RE: えっ、6??
- たらよろちゃん、おはよ〜。
> 6だから、1〜5までいつの間に見逃したんだ??
> と本文を読む前に探して損した(笑)
> 頑張って1〜5もお願いしますよ〜
>
いきなり完結編アップだからね。(笑)後日、この旅行記、(その5)or4に繰り上がります。(^^ゞ
> ところで、みらべえちゃんの撮った数々の写真。。。
> 大川小学校の引率の件とか、体育館の避難先で鉄柱にぶら下がって生き延びたとか、、、
> ずっと避難指示を出していて亡くなった女性職員さんの建物とか、、、
> テレビで当時見たままの画面に二年の月日って短いんだなぁ、、って思います。
> 今もまだまだ、、、
> いや私たちが死ぬ頃までまだ続いているかもしれない原発事故の処理問題。
> 本当にこの地震の爪痕は東北だけじゃなく
> 日本人にとって考えさせられる地震だったよ。
>
震災から二年半が経って、崩壊した建物はずいぶんと処理されているけれど、そこからの復興が遅れていると感じる。原発事故の対応だって腹立たしいことばかり。また次の大地震がいつどこで起きるか分からない日本、災害の対応だけでも課題だらけだね。
ちなみに先週末の大山崎の地震、寝ていて気付かなかった。
> 今回の東京オリンピック招致でもやっぱり懸念材料にされているしね。
> みらべえちゃんは、東京でもマドリードでもどっちでも盛り上がれるね(笑)
>
マドリードだったら友人宅があるから夏休み旅行にからめて行けそうだけど、競技は見ずに普通に観光してるかもな。(笑)
香港の旅行記、またお邪魔するね!今からランチ行ってきます♪
みらべえ
-
- ガブリエラさん 2013/08/26 06:21:56
- 復興、これが第一優先だね!
- みらちゃん☆
おはよう♪
最近、色々ありすぎて、どうも復興の事とか、つい自分の事でいっぱいになってしまって、忘れがちだった・・・。反省!!!
まだまだ、仮設で暮らされてる方たち、たくさんいるんだよね。
いらん工事に使うお金があったら、まずは全部復興に回してほしい・・・。
震災の後、弟が物資をもって、こっちの方に行ったんだけど、その時の話を聞いて、涙が出たのを思い出したよ・・・。
旅行に行って、お金を現地で使うのも、大切な事だよね!
私も、考えようかな。
ガブ(^_^)v
- Mirabellaさん からの返信 2013/08/26 22:05:29
- RE: 復興、これが第一優先だね!
- ガブちゃん、こんばんは〜
> 最近、色々ありすぎて、どうも復興の事とか、つい自分の事でいっぱいになってしまって、忘れがちだった・・・。反省!!!
>
私だって毎日、復興について考えてるわけじゃないから。
でも、たまに(常にがベストだろうけど)震災や復興について考えるのは大切だよね!
> まだまだ、仮設で暮らされてる方たち、たくさんいるんだよね。
> いらん工事に使うお金があったら、まずは全部復興に回してほしい・・・。
>
義援金は適切に使われているのか心配になるよね。違う用途で使うなんて許せない。
> 震災の後、弟が物資をもって、こっちの方に行ったんだけど、その時の話を聞いて、涙が出たのを思い出したよ・・・。
> 旅行に行って、お金を現地で使うのも、大切な事だよね!
> 私も、考えようかな。
>
ガブちゃんみたいに、震災のことを思い出してあれこれ考えてくれたり、東北に旅行に出掛けようかな?なんて考えてくれる人がいるだけで、自己満足だけど旅行記を書いて良かったと思えます。ありがとう♪
みらべえ
-
- 天星さん 2013/08/25 20:15:29
- 2011.3.11を忘れない
- 失ったものは大きいですよね
復興に向け、努力はされてるようですね!
こういう場合、復興にむけて日々減速化し、
スピード感が見る見る落ちていくのが通常のようですね!
被災された方々、住む所はいずれ自力で確保しなければ
ならないものの、行政の方向性は決まっておらず、
計画の策定だけで多くの時間を費やしてしまいます。
最近、JR豊肥線、宮地駅(阿蘇)−竹田駅(大分県)の間が
1年ぶりに復旧しました。しかしながら、水害に見舞われた人々は
家をなくし、借家住まい!自力で住む所を確保しなければ
なりませんが、行政の話は二転三転!進展しないですね
見通しさえも立っていないのです!
散乱した家財道具や建物の一部、車や船.....
そこに立ち尽くし、茫然としていた人々
そんな光景が2011.3.11にあった事を忘れずに
もっとスピード感を持って対処して欲しいですね
あの津波で家を失った友人の奥さんが今もうちの会社で働いてます!
がんばれ東北!
天
- Mirabellaさん からの返信 2013/08/26 21:54:30
- RE: 2011.3.11を忘れない
- 天さん、こんばんは。
> 失ったものは大きいですよね
> 復興に向け、努力はされてるようですね!
> こういう場合、復興にむけて日々減速化し、
> スピード感が見る見る落ちていくのが通常のようですね!
> 被災された方々、住む所はいずれ自力で確保しなければ
> ならないものの、行政の方向性は決まっておらず、
> 計画の策定だけで多くの時間を費やしてしまいます。
>
そうなのですよね。仮設住宅で暮らしておられる方々も、最終的には自力でこれからの住まいを確保しなければいけないのでしょう。国からの補助は頼りにならないでしょうが、それでも援助を要求する姿勢は継続していかないといけませんね。
> 最近、JR豊肥線、宮地駅(阿蘇)−竹田駅(大分県)の間が
> 1年ぶりに復旧しました。しかしながら、水害に見舞われた人々は
> 家をなくし、借家住まい!自力で住む所を確保しなければ
> なりませんが、行政の話は二転三転!進展しないですね
> 見通しさえも立っていないのです!
>
あれもこれも先送りや、何も決めない決定ばかりで、解決策が進展していかないのですね。復興にスピード感が欠けています。国が動かないから、大手企業が先に動く感じでしょうか。率先して復興を引っ張ってくれるようなリーダーが必要だと思います。
Mirabella
-
- waadsさん 2013/08/25 20:15:01
- 一日も早い復興を・・・
- Miraさん こんばんは♪
何度もニュースで見た光景がMiraさんの写真に次々と現れ改めて心が重くなります。
特に志津川町の合同庁舎は最後の最後まで若い女性が無線で呼びかけていた声…
彼女の必死で呼びかけている声を聞いたときはほんとに辛かったです
それに大川小学校。他校は結構助かってるのに…大人の間違った指示で
多くの子供達がこの世を去って、まだ行方不明の子供もいると聞いてます。
Miraさんおっしゃるように一人でも走って逃げる指導をしていれば
もっともっと多くの子供が助かったと思うとほんとに悔しいですね。
辛い写真の連続だけど、さんさん商店街や魚いちばの写真が出てくると
何かホッとしました。 でもまだ多くの方々が不便な生活をされてる現実
MiraさんがNo.6からスタートされた意図がよくわかりました。
waads
- Mirabellaさん からの返信 2013/08/26 21:36:47
- RE: 一日も早い復興を・・・
- waadsさん、こんばんは。
> 何度もニュースで見た光景がMiraさんの写真に次々と現れ改めて心が重くなります。
> 特に志津川町の合同庁舎は最後の最後まで若い女性が無線で呼びかけていた声…
> 彼女の必死で呼びかけている声を聞いたときはほんとに辛かったです
>
巨大な津波が襲ってくると分かっていながら、勇気ある行動で多くの方の命を救われたのだと思います。震災時の写真等を見ながら旅行記を書いていたので、あの時のことを色々と思い出しました。
> それに大川小学校。他校は結構助かってるのに…大人の間違った指示で
> 多くの子供達がこの世を去って、まだ行方不明の子供もいると聞いてます。
> Miraさんおっしゃるように一人でも走って逃げる指導をしていれば
> もっともっと多くの子供が助かったと思うとほんとに悔しいですね。
>
学校が生徒全員の安全を守りたいと考えるのは当然なのでしょうが、いざと言う時に、子供であれども自分の命は自分で守る教育も必要なのではと思います。
> 辛い写真の連続だけど、さんさん商店街や魚いちばの写真が出てくると
> 何かホッとしました。 でもまだ多くの方々が不便な生活をされてる現実
> MiraさんがNo.6からスタートされた意図がよくわかりました。
>
前を向いて進むしかないのですから、悲しい旅行記にするつもりはありませんでした。復興に向かっている様子を伝えたかったのです。
南三陸の美味しい魚介、みんな食べたいですもんね!
Mirabella
-
- パピーさん 2013/08/25 17:25:47
- 何故(6)からなの?、と思ったけど
- Mirabellaさん
山ガールの旅行記を見て、次の旅行記に来てみたら、(6)なので表紙のコメントを読む前に(1)を探しちゃった。
それでも何故(6)からなのかと思ったけど、読み進めていくうちに分かりました。
被災地を訪れていろいろ感じた気持ちを、最初に書きたかったんだね。
震災からもう2年5カ月経ったのかと、改めて思いました。
パピー
- Mirabellaさん からの返信 2013/08/26 21:12:54
- RE: 何故(6)からなの?、と思ったけど
- パピーさん、お久しぶりです。
> 山ガールの旅行記を見て、次の旅行記に来てみたら、(6)なので表紙のコメントを読む前に(1)を探しちゃった。
> それでも何故(6)からなのかと思ったけど、読み進めていくうちに分かりました。
>被災地を訪れていろいろ感じた気持ちを、最初に書きたかったんだね。
> 震災からもう2年5カ月経ったのかと、改めて思いました。
>
震災からずいぶんと経ちましたが、被災地を自分の目で確かめるというのが今回の旅の大きな目的だったので、色々と思いが高まってるうちに旅行記を書き上げたいと思いました。今のペースでは、途中で挫折してしまいそうなので。写真の枚数が少ないところから旅行記アップしていこうか、なんて思っています。
乗鞍の旅行記も読んでいただきありがとうございました。
Mirabella
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