2013/03/30 - 2013/03/30
112位(同エリア128件中)
滝山氏照さん
「結城合戦」でその名を知らしめた結城氏の歴代城主の五輪塔が祀られている結城氏御廟を訪問しました。
現地にて建てられた説明板には下記の如く紹介されています。
『 史跡 慈 眼 院 結 城 家 御 廟
かつてこの地は小塙(こばな)・乗国寺(じょうこくじ)末の福聚山慈眼院(ふくじゅさん・じげんいん)という漕洞宗寺院の境内で、結城氏歴代の御廟としてふさわしいものでした。
戦国時代の結城家16代正勝は、鎌倉時代からの名門結城家の将来を託した嫡子明朝に先立たれ、世の無常を感じてか、出家し、自ら大雲籐長と名乗り有髪の僧となり天文22年(1553)慈眼院を創建しました。
御廟は周辺に堀を構え、塚状に土を盛り、土塁を廻らし、床面には大谷石を敷き詰め、さらに塚全体に玉石を並べるなど、排水に細心の注意が施されています。
その中に前壇を設け、初代朝光から16代正勝に加えて明朝、更に妙仙ほか無名の二基を含めて、二十基の花崗岩製の五輪塔が図(別途写真参照)のように並んでいます。
御廟成立の時期については次のような説があります。
(一)正勝が隠居後、各所にあった先祖の墓を移して惣御廟を築造した。
(二)十八代秀康が越前に転封するにあたり、結城家に関わる諸寺院を越前に移転するに際し、各寺院等の歴代の墓を移して御廟を築造した。
(三)秀康の転封後、この地方を治めた代官(伊奈備前守忠次)が領民懐柔策の一環として、結城氏歴代の御廟を築造した。
結城市教育委員会 』
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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結城用水
現在は農業用水ですがかつては結城城の外堀の役割をしたと思われます。 -
結城用水と水辺公園
用水に沿った道路を臨む一帯は公園となって桜並木も季節がら見ごたえがあります。 -
「慈眼院結城家御廟」柱標
この柱標を左折して進みます。 -
結城氏・御廟
土盛りされた廟と手前には石碑が見えます。 -
結城家廟・石碑
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結城氏廟・全景
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結城家御廟・説明板
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結城氏・御廟
中央右が朝光(初代)と左が朝廣(二代目)の供養塔になります。 -
初代朝光・供養塔
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結城氏歴代城主・供養塔
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結城氏歴代城主・供養塔
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御廟を囲む・土塁
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結城氏・霊廟
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結城氏御廟・説明板
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結城氏歴代・18氏墓誌
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御廟を囲む土塁
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御廟を囲む土塁
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御廟を囲む土塁
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松月院
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松月院・本堂
結城氏御廟をでますと松月院があります。漕洞宗に属する禅寺で開基は17代晴朝で、正室の菩提を弔うため乗国寺四世信及前豚大和尚に請して戦国時代に開山創建しています。 -
松月院由緒・説明碑
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松月院・本堂近景
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松月院・客殿
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