2013/02/23 - 2013/02/23
273位(同エリア291件中)
滝山氏照さん
JR横浜線・京王電鉄相模原線橋本駅よりバス20分、津久井湖城山公園の頂上付近を占める津久井城の西の麓に位置する太井山・功雲寺(こううんじ、神奈川県相模原市緑区根古屋)は曹洞宗の寺院で戦国時代には津久井城主内藤氏の菩提寺でありました。
前身は宝ケ峰西麓に位置し当周辺を領有した内藤氏の祖先を祀る草庵でしたが、その後小田原北条氏の関東制覇実現に向けて脅威の武田勢から本城を守った津久井衆への評価が高まる中で津久井城主内藤景定(ないとう・かげさだ)が開基となって草庵が根小屋移転した後に景定の法名から功雲寺と改称されます。
境内に建てられた説明板によれば次の通り記載されています。
『 津久井城主 内藤景定の墓
津久井城は、鎌倉時代、三浦氏の一族津久井氏によって築城されたという。
降って、明応4年(1495)戦国期の武将小田原北条氏の祖、伊勢新九郎宗瑞(死後北条早雲と言う)は、関八州を併呑し、伊豆より相模に入り小田原城を本拠となし、北相を守る支城として、この古城を再興して、津久井城によって甲州勢(武田氏)に備えた。
内藤左近将監景定は、その先を、俵藤太秀郷より出て、初め六左衛門と号し、又玄??と称した。相州に生れ北条氏康に仕えて、相州津久井城主となり、許多の地を領した。城内に道了大薩?を勧請して守護人となし、また根小屋太井山功雲寺を開基す。天文三甲午3月20日没し、法名 瀧山院殿功雲道勲大居士と諡され同寺に葬らる。
なお、正史には津久井城の戦跡はないという。子には津久井城主内藤大和守景豊がいる。
昭和59年3月
津久井町教育委員会 』
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
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功雲寺
正式は「漕洞宗太井山功雲寺」で内藤景定の墓があります。 -
功雲寺・内藤景定墓説明板
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功雲寺・鐘楼
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功雲寺・本堂
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功雲寺・本堂扁額
寺号の「功雲禅寺」と刻した扁額があります。 -
イチオシ
功雲寺・内藤景定墓所
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功雲寺・山門
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宝ケ嶺(城山)
功雲寺から津久井城跡を望みます。 -
宝ケ峰(城山)
津久井城は宝ケ峰にあります。 -
根小屋諏訪神社
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根小屋諏訪神社・鳥居
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根小屋諏訪神社・拝殿
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根小屋諏訪神社・神木
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神木「スギ」説明板
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根小屋諏訪神社・境内
高台にある拝殿から境内を一望します。 -
根小屋諏訪神社・土塁
高台の拝殿から左側を見渡します。周囲は土塁で囲まれています。 -
根小屋諏訪神社・土塁
同様に右側を見渡しますがやはり土塁で囲まれています。 -
根小屋諏訪神社・境内
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津久井城跡・案内図
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津久井城跡への登り口
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