2013/03/02 - 2013/03/02
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KawakamiKenさん
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飯盛山に行ってきました。
「八重の桜」の舞台なので行って見たかった所です。
この日は、「大雪」で大変な思いをしながらの観光でした。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 交通
- 3.0
-
「3月1日」 から 「18切符」 が使用できるので、「18切符の旅」 をしました。
この日は 「大雪」 で 「ダイア」 に乱れが生じてます。 -
「磐越西線」 の 「あいづライナー」 でしょうか?
「八重の桜」 をアピール。 -
「1時間以上」 も遅れて到着。
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「会津若松駅」 の外観です。
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「会津地方」 の 「郷土玩具」 である 「赤べこ」 です。
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駅前には 「白虎隊」 の銅像。
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寒そうな少年たち。
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「まちなか周遊バス」 が運行されていて、「各観光名所」 を回ってくれます。
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駅からそれほど遠くない 「飯盛山」 に着きました。
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「徒歩」 でも 「動く坂(エスカレーター)」 でも登ることができます。
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「雪」 なので 「動く坂道(エスカレーター)」 で向かいます。
何より今日は時間が無い。 -
「250円」 とちょっと 「高い」 値段設定。
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それほど長くない 「動く坂道(エスカレーター)」 。
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終点に着きました。
「飯盛山」 は 「標高314m」 と低い山です。 -
「土曜日」 なのに 「休業」 です。
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昨日と今日で多くの雪が降りました。
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「ドイツ」 からの贈られた石碑。
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「古代ローマ時代」 の 「ポンペイ」 から発掘された 「宮殿の石柱」による記念碑です。
これは、「イタリア」の 「ムッソリーニ」 から送られたものです。 -
「会津藩殉難烈夫の碑」 です。
「会津戊辰戦争」 で亡くなった 「婦女子」 の 「二百余名」 を祀っています。 -
「少年武士慰霊碑」 と書かれてます。
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「白虎隊士墓」 の正面です。
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恐らく 「19基」 あるんじゃないでしょうか。
総勢20名が自刃を決行し、一命を取り留めた飯沼貞吉(のち貞雄と改名)を除く19名が死亡した(ウィキペディア)。 -
驚いたのが 「井深茂太郎」 のお墓です。
「ソニー」 の創業者 「井深大」 の親族です。 -
広くない敷地です。
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ここで 「若松城(鶴ヶ城)」 の 「市中の火災」 を目にしたようです。
また、 この辺りで 「自刃」 したんでしょう。 -
「若松城(鶴ヶ城)」 の方向です。
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「白虎隊の構成」 は総勢 「343名」 。
16歳から17歳の武家の男子によって構成された部隊である。中には志願して生年月日を改め15歳で出陣した者もいたほか、幼少組として13歳の少年も加わっていた(ウィキペディア)。
「自刃」 したのは 「白虎士中二番隊」 の 「42名」 のうち 「20名」 です。 -
ここから眺めた戦闘による市中火災の模様を目にし、結果総勢20名が自刃を決行し、一命を取り留めた飯沼貞吉を除く19名が死亡した。
一般に白虎隊は若松城周辺の火災を目にし落城したと誤認して悲観したとされている。
一方、飯沼が生前に伝え残した史料によれば、当時隊員らは鶴ヶ城に戻って敵と戦うことを望む者と、敵陣に斬り込んで玉砕を望む者とのあいだで意見がわかれ、いずれにせよ負け戦覚悟で行動したところで敵に捕まり生き恥をさらすことを望まなかった隊員らは、城が焼け落ちていないことを知りながらも飯盛山で自刃を決行したという。
(ウィキペディア) -
一命を取り留めた 「飯沼貞吉(のち貞雄と改名)」 の名前がよく出てきます。
一命を取り留めたので生前に 「飯盛山での出来事」 を 「伝え残した人」 です。
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