2013/03/10 - 2013/03/22
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yoccoさん
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2013年3月18日(月)晴
リスボンからコインブラへ
8:00 ホテル出発
9:45 トイレ休憩(〜10:00)
10:35 コインブラ到着
11:30 フリータイム(〜11:55)
12:10 昼食『Dom Pedro』
13:20 バス乗車 ポルトへ
14:10 トイレ休憩(〜14:20)
■コインブラ■
コインブラは、政治のリスボン、商工業のポルトに次ぐポルトガル第3の都市で学問都市です。学問の他にも詩や彫刻の中心地です。
モンデゴ川を目前にしたアルカソバ丘にコインブラ大学を中心にして形成された町です。人口10万人ほどの小さな町です。その10万人の
うち2万2千人が学生です。
また、ペドロとイネスの恋物語の舞台でもありました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
★朝食★
今日の朝食は7:00。
・オレンジジュース
・チーズ
・ハム
・ベーコン
・レタス
・スクランブルエッグ
・ウィンナー
・マッシュルームの炒め物
・パン
朝からモリモリ食べます。 -
部屋からの眺め
-
8:00にホテルを出発しコインブラへ向かいます。
リスボン空港にほど近いシダーデ・ド・ポルト通りに入るところにサン・クリストヴァンの像がありました。交通安全の守護聖人です。 -
★トランカン川★
ボバデラという町から見えたトランカン川
この川は、やがてテージョ川に注ぐ -
★サンタカタリーナ教会★
ファティマを少し過ぎたところにサンタカタリナ・ダ・セーラという小さな町かあります。その町の教会。 -
★トイレ休憩★
9:45 コインブラまでもうあと少しのところでトイレ休憩です。
ここは特に何もなかったかな。
10:00 再出発 -
コインブラ大学が遠くの方に見えています。時計塔が目立ちますね。
-
★旧サンタ・クララ修道院★
イネス・デ・カストロ通りから撮影
1286年に建立され、かつてはコインブラの守護聖人となったイザベル王妃の棺が納められていましたが、度重なるモンデゴ川の氾濫により17世紀に閉鎖されました。その後荒れ果ててしまいましたが、修復工事をおこない2009年に工事が完了。イネス・デ・カストロの遺体はアルコバサの修道院に移されるまでここに安置されていました。
■ペドロとイネスの悲恋物語■
カスティーリャ王国の妃コンスタンサ・マリアがポルトガル王太子妃として迎え入れられた時に侍女として雇われた美しいイネス・デ・カストロが妃を差し置いてペドロ王子の寵愛を受けます。
やがて妃が亡くなるとイネスは側室としてペドロと住むことになります。
カスティーリャ王国からの脅威を感じた王子の父アフォンソ4世はイネスの殺害を命じます。
イネスは殺害され、その尽きることのない涙は、涙の館の小さな泉から湧き出ているといわれています。
ペドロ王子がペドロ1世として王位を継承したあと関係者を処刑し、イネスの遺体を掘り起こしアルコサバのサンタ・マリア修道院でイネスこそ王妃と認めさせたといいます。
ペドロ1世の死後、遺言によってイネスの棺と向かい合って安置されています。
それは、最後の審判で生き返ったときに、起き上がるとすぐにお互いの顔が見られるようにという想いからだそうです。 -
右上の丘の上に建っているのが「軍事博物館」でその左下に「新サンタ・クララ修道院」が見えます。軍事博物館は、この修道院の建物の一部にあり、軍関係の資料や兵器などが展示されています。修道院と軍事博物館が同じ敷地にあるのは奇妙ですが、これは現在修道院が軍の管理下にあるためということです。
新サンタ・クララ修道院は旧修道院が何度も川の氾濫の被害を受けていたため17〜18世紀に新しく造られました。
コインブラの守護聖人イザベル王妃の棺はここに安置されています。 -
★サンタ・クララ橋★
奥にはドームのある中世の美しい建築アストリアホテルが見えます。 -
★モンデゴ川★
エストレラ山脈を源とする美しい川。かつて「ポルトガルの洗濯女」の歌で有名となりました。 -
★ポルタジェン広場★
旧市街の出発地点
かつては町の入口の関所で税金を徴収して出入を管理していたそうです。
左にある薄いピンクの建物は銀行 -
★カルモ教会★
ソフィア通りにあるカルモ教会の入口
この教会の敷地は大きそう。 -
オリンピオ・リコラウ・ルイフェルナンデス通りにて
アズレージョがきれいです。手を洗う場所なんでしょうか。 -
壁にもたくさんのアズレージョ
-
★ルイス・デ・カモンイスの記念碑★
オリンピオ・リコラウ・ルイフェルナンデス通りにカモンイスの記念碑がありました。ポルトガル史上最大の詩人とされるカモンイスの両親は、コインブラ出身ということがわかっていますが、彼自身の出生地は不明です。リスボンという説が有力ですが、コインブラという説もあって記念碑が建てられているのでしょうか。 -
10:35 コインブラ最初の観光地点に到着。これからコインブラ大学を周ります。
東側の正面からだと何段もの階段をのぼらなくてはならないのですが、ツアーバスはコインブラ大学の中まで行ってくれたので楽チン♪
もうここは大学の敷地内ですが、観光地にもなっていて多くの観光客が訪れる場所なんですね。驚きです。
そして、現役の学生さん。黒いマントと黒のスーツ。エヴォラでも見かけましたが、カッコイイです。海外の大学生って感じ。
この赤いバケツに入れて売り歩いているのが大学のポストカードと大学のボールペンです。オシャレな記念品と思ったのでゲットしましたv(。・ω・。)
1.5ユーロ。 -
★ディニス王の像★
後ろ姿になってしまいましたが、創設者ディニス王の像が立っています。この向こう側に長い階段があり、正面となります。
この付近に観光案内所があります。ラルガ通りから撮影 -
ラルガ通り北側の大学校舎入口。東側入口
-
西側入口
-
★医学部校舎★
ラルガ通りの北側の校舎は医学部の校舎のようです。 -
★医学部校舎★
彫像が校舎の脇にありました。 -
★ポルタ・フェーレア広場★
正面に見えているのが旧コインブラ大学 -
★文学部の校舎★ -
★総合図書館★
見学の入場券売り場や売店があります。売店にはTシャツやマグカップなどが売っています。 -
★無情の門★
無情の門と呼ばれる鉄の門をくぐると中庭に出ます。 -
どうやら旧コインブラ大学の中でお葬式がおこなわれていたようでしばらく中に入れませんでした。 -
門の上部にはディニス王の像、最上部には知の神ミネルバが飾られています。
マヌエル様式の門。 -
なぜ「無情の門」と呼ばれるようになったのかというと門をくぐった時から学問のこと以外は考えてはならないとの教えからそう呼ばれるようになりました。
-
★無情の門★
中庭側からの門。 -
上部にはジョアン3世の像とミネルバの像が飾られています。
-
イチオシ
★コインブラ大学★
1290年ディニス王によって創設されたポルトガル最古の大学です。創立当初はリスボンにありましたが、何度かの移転後1537年にジョアン3世がコインブラの宮殿内に設置し現在に至ります。
現在の大学は新しい部分と古い部分に分かれており、見どころは旧大学のほうです。旧大学といえども大学の一部として使用されているので学生や教員もいらっしゃいます。
18世紀には4つの学部しかありませんでしたが、現在は獣医学部以外のすべての学部があるということです。とても規模の大きな大学です。
1585年12月天正遣欧使節団が正式ではありませんが、コインブラを訪れ大歓迎を受けたといわれます。 -
★時計塔★
コインブラのどこからでも見ることができる時計塔
学生たちが「カブラ(山羊)」と呼ぶ時計塔。18世紀にはこの塔で鐘を鳴らし学校のチャイムの役割を果たしていました。
18世紀に建造されたもので大学のシンボルとなっています。 -
★サン・ミゲル礼拝堂の入口★
時計塔の隣にあります。この建物は礼拝堂以外にも法学部の校舎として使われているそうです。学生らしき人もいますね。
この校舎の入口は、マヌエル様式。屋根の色合いがかわいい。古いのがよくわかります。
でも、この古さがなんともいいあじを出しています。 -
ラテン回廊の正面部分。大きな彫刻が施されていました。
ここに帽子の間があるそうです。今回のツアーでは入場はなかったので回廊を歩くだけです。 -
ラテン回廊の正面部分の彫刻
これは誰なのでしょうか。 -
★ラテン回廊Via Latina★
この回廊ではラテン語を話すことが義務づけられていたそうです。
壁にはセビーリャのタイルを使ったアズレージョが残っていますが、16世紀には柱もタイルで覆われていてモスクのようだったそうです。 -
ラテン回廊から見た中庭 -
★ジョアニア図書館★
ジョアン5世治下の1724年に建てられた図書館。蔵書は30万冊に及び、華麗な金泥細工の装飾や調度品が美しいそうです。
蔵書の中で最も古いものは1000年以上前のもので紙ではなく羊皮紙製とのこと。かなり歴史的価値のあるものが保管されているんですね。
1000年以上も前の本、かなり見てみたいです。気になる・・・
入口の大きな木の扉は、本の湿気を吸収する役割があるそうです。
虫に本を食べられないように館内にコウモリが飼われており、コウモリの糞で汚れないように夜間はテーブルにシートが敷かれているそうです。
こちらの図書館は、図書館としての機能よりかは観光的な要素が強いようです。無情の門の近くに総合図書館がありそちらが本来の機能を発揮しているようです。ジョアニア図書館の蔵書も貸出可能ではあるということでした。 -
★ジョアン3世像★
ジョアン3世の像が中庭の中央に立っています。リスボンから移設されたあとも幾度となく移設に揺れる中、ここに定置させたのがジョアン3世。 -
★中庭のテラスから★
高台に建っているため眺めがとてもいいです。南側を撮影。モンデゴ川にかかるイザベル女王橋が見えます。 -
★薬学部校舎★
無情の門を出てすぐを左に進むと階段があるのでおりると左手に見えます。
16世紀の家を改装した薬学部の校舎。とても校舎には思えないステキな建物。
薬学部は最も入学が困難な学部だそうです。 -
★国立マシャード・デ・カストロ美術館★
サン・ジョアン通りにある美術館。入口はこの建物の左手に中庭がありその中にあります。
コインブラ生まれの彫刻家マシャード・デ・カストロ(1731〜1823年)の名の美術館。
展示品は彫刻や宗教画、地下にはローマ時代の遺物を見ることができます。
かつての司教館を改装しています。
中庭には自由に入ることができ、眺めもいいです。 -
★新カテドラル★
イエズス会のコレジオ付属教会として1598年に建設を開始。完成には1世紀を要しています。バロック様式の美しいファサード
外観だけしか見られず残念(´A`。)
ここにはベルナルドという日本人が眠っています。
彼は、フランシスコ・ザビエルから洗礼を受け、ザビエルが日本を去る時に同行しました。その後1553年にリスボンでイエズス会に入会し、日本人初のイエズス会子になるのです。彼は、1557年にここコインブラで病没しています。
彼こそ最初にヨーロッパに渡った日本人であり、最初の留学生でもあります。 -
イチオシ
美術館と新カテドラル
サン・ジョアン通りを挟んで隣り合っています。 -
★ノルテ通り★
ノルテ通りを下っていくと奥にはとても古そうな建物が見えます。屋根が苔むしています。
その下には真っ赤な扉があります。何の建物なのかな? -
真っ赤な扉の上部彫刻。
-
★コインブラのマンホール★
シンプルです。Aguas Coimbra -
イチオシ
★旧カテドラル★
これは旧カテドラルの裏側になります。
手前の木は樹齢1000年のオリーブの木という伝説じみた木です。
確かに木の幹は太いけど、ちょっと信じがたい感じです(笑) -
イチオシ
★旧カテドラル★
1162年アフォンソ・エンリケスによって建てられたロマネスク様式の教会。
ここも外観のみ。
肝心の正面からの写真がありません。 -
★旧カテドラル★
-
★旧カテドラル★
横側 -
★「ポルトガルの洗濯女」像★
この靴なんでしょ(笑)裸足になっているのをかわいそうに思い誰かがはかせたのでしょうか。
おもしろいからそのまま撮っておきました(笑) -
★ファド博物館「ファド・アオ・セントロ」★
ジーンズをプランターの代わりに使っています。なんともおもしろいアイデア。花が咲いたらどんな感じになるのかな -
■ファド■
Fadoファドというのはポルトガルの民俗歌謡。
人生の喜びや悲しみ、郷愁の想いなどを奏でる歌。
ファドの語源は「運命」を意味するラテン語からきているといわれています。ファドの起源は諸説あります。
19世紀にファドの形式がリスボンで確立され次第に庶民の間に広まってきました。
ここコインブラにはリスボンのファドとは趣の異なったコインブラのファドがあります。リスボン・ファドがおもに女性の心情を歌うのに対し、コインブラのファドは男性の歌なのです。もともとは男子学生が愛する女性に捧げたセレナーデでメロディは甘く繊細です。
また、学生生活を歌った明るい曲も多く、現在も学生に受け継がれている伝統です。
学生マントを羽織って演奏するのが特徴。 -
★ファド博物館の中★
壁には一面に写真が飾ってありました。白黒の写真もあるから歴史は古いのかもしれません。 -
★ファド★
ここでは無料でファドの生演奏を聴かせていただけました。小さなステージがありこの男性がギター演奏とともにファドを。
CDも販売していてよければ買ってくださいということでした。お買い上げの方にはCDにサインをしてくれたみたいです。
私のお連れさんは、買って満足気でした。 -
★丁子(クローブ)★
お店の前にはかわいい花が咲いていました。丁子という花らしいです。別名ユダの木ともいわれています。 -
★アル・メディーナ門★
この門は旧市街と新市街の境目にあります。歴史をたどると9世紀にまで遡り、時はイスラム支配時代。当時は城門であり、ここが町への入口だったそうです。
15世紀に改装されました。
門をくぐるとフェレイラ・ボルジェス通りというたくさんお店の並んだ近代的な通りに出ます。
その通りから撮影
門の上部にはポルトガルの紋章が刻まれています。 -
イチオシ
ポルタジェン広場とサンタ・クルス修道院を結ぶヴィスコンテ・ダ・ルース通りとフェレイラ・ボルジェス通りは、とても賑わっていてお店も両脇にたくさん並んでいます。
11:30から25分間フリータイム。ポルタジェン広場に集合です。 -
イチオシ
★サンタ・クルス修道院★
1131年にアフォンソ・エンリケスによって建てられ、16世紀にマヌエル1世が大規模な改築をおこなっています。
かつては聖アントニオが日々を送り、アフォンソ王が息を引きとったところでもあります。
祭壇の両側にはアフォンソ王とその息子のサンショ1世のお墓があります。
その他回廊・聖器室・参事会室が見学できます。
中に入りましたが、ミサ中だったのでじっくりとは見れずじまいでした。 -
★市庁舎★
5月8日広場に面して建っている市庁舎
ヴィスコンテ・ダ・ルース通りとフェレイラ・ボルジェス通りをぶらぶらしながら時に細い路地に寄り道しながら集合場所のポルタジェン広場に向かいました。 -
★コンフェイト★
コンフェイト=金平糖
コンペイトウもポルトガルからの伝来品なんです。なので読み方もにていますね。日本のものとはちょっと見た目が違うかな。
金平糖は凹凸が激しいけど、コンフェイトは、ほとんど丸に近いです。そして、大きさもいろいろありました。
味は、甘いけど金平糖に似ていると思います。文化っておもしろいですね。
しかし、ポルトガルでは作っているお店がだんだん少なくなってきているようです。
このサイズで1.4ユーロ -
★ポルタジェン広場★
中央にはジョアキン・アントニオ・アギアル像が立っています。
ポルトガルが立憲君主制だった19世紀に3回首相になったコインブラ出身の政治家です。 -
ポルタジェン広場の花 -
★昼食『Dom Pedro』★
12:10 今日も日本のお昼時間に昼食です。
ポルタジェン広場からモンデゴ川沿いにエミーディオ・ナヴァーロ通りを進むと左手にあります。
雰囲気のいいレストラン♪
イスは皮張りのイスで皮に模様が刻まれていました。
ガイドブックにも載っていてコインブラの名門レストラン、郷土料理のメニューが充実と紹介されています。 -
★グリーンワイン『CAMPELO』★
ツアーの方がボトルを1本入れてくださり、みんなでシェアさせていただきました。ありがとうございました。 -
グリーンワイン
-
★カルドヴェルデ★
カルドヴェルデというスープとパン
カルド=ブイヨン、ヴェルデ=緑という意味。
ポルトガル料理定番のスープ。ちりめんキャベツとポテトのスープ。サラミが入っておりコクがでます。オリーブオイルをたらして完成です。
おいしいスープ。ポルトガル料理はハズレがないように思います。 -
★グリーンサラダ★ -
★ポークライス★
このレストランは羊や山羊の肉のメニューがあってそれが郷土料理なのですが、ツアーの食事には出てきませんでした。
でも、このポークもおいしかったです。本当に食べやすいです。味付けが日本と似ているところがあります。 -
★アイスクリーム★ -
13:20 レストランの前までバスが来てくれて歩かずに乗車
コインブラを出発して次はポルトに向かいます。 -
★サンタ・クララ橋★ -
イチオシ
★コインブラ駅★
かわいい駅舎です。 -
コインブラの思い出
-
14:10 トイレ休憩
10分ほどで再出発
ポルトまでもうあと少しです。
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