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都道61号線を北進、八王子霊園を過ぎると小田野トンネルが見えてきます。このトンネルの山部にある小田野城(おだのじょう、東京都八王子市西寺方町)城は土地の口伝によれば八王子城築城と同時に北条氏照の家臣、小田野源左衛門によって築かれた八王子城の北側を守る出城と言われています。<br /><br />昭和55~56年にかけて都道建設に伴って発掘調査を実施したところ16世紀後半と考えられる数段の腰郭や枡形状の遺構や空堀が発見されます。<br /><br />その結果当初計画の城跡の山を分断した都道を急きょトンネルに変更して当遺跡は保存され、昭和58年には八王子城跡の一部として国の史跡に追加指定にされています。<br /><br />確かに豊臣秀吉が四国の長曽我部氏を討ち、九州での島津氏を降伏させて次なる仕置きの対象は関東になり当然ながら小田原北条氏でありました。<br /><br />小田原北条氏とは直接繋がりを持たなかった秀吉は臣下となった徳川家康を介し氏政(うじまさ、1538~1590)やその嫡男氏直(うじなお、1562~1591)が上洛し秀吉の傘下に下るよう仕掛けますが氏規(うじのり、1545~1600)を代理人に仕立て対応し状況を有利に導こうとします。しかしながら秀吉の我慢もここまでとして天正18年(1590)ついに家康を先頭にして秀吉は小田原征伐を挙行し15万余の大軍をもって東海道を進みます。<br /><br />同様に加賀の前田、越後の上杉氏を主体とした別部隊(北国軍)3万5千が碓氷峠経由で関東に入り、小田原北条氏の各支城に攻撃をかけて南進します。<br /><br />八王子城主の氏照(うじてる、1540~1590)は氏政の実弟で武蔵から上野・下野南部・常陸西部まで小田原の委任を受けた指導者で、外交的にも優れた資質を備えた武将として氏政・氏直の高い信任を得ていました。<br /><br />かつて武田信玄の攻撃により二の丸まで攻め込まれた経緯がある滝山城では防御しきれないと判断した氏照は八王子城に拠点を移す訳ですが旧大石氏の家臣達の城築ノウハウを活用し、築城を進めると共に、北部に在った浄福寺城の役割を考慮しても北からの攻撃を封じ込めるには心もとなく映った事もあり小田野に出城建設を指示したと思われます。<br /><br />八王子城は小田原北条氏本城を除けば最大の支城で、天正12年(1584)から天正15年(1587)頃に築城されたとされ、その前後に小田野城も造られたと思われます。<br /><br />秀吉による小田原征伐は天正18年(1590)ですから、八王子城の築城に当たりいわゆる仮想敵国は従前の武田氏ではなく豊臣秀吉を念頭に置いて築城したことは明白ですが主力を小田原に集中させたことによる八王子城を守備する留守部隊の戦力低下は否めないし他方の北国軍は近代化された武器、組織化・専門化された軍事力ではどうしようもないほど戦力差はあったと思われます。<br /><br /><br />2023年8月29日追記<br /><br />現地にて建てられた説明板には簡単ながら下記の通り記載されています。<br /><br />『 小田野屋敷(小田野城跡)<br /><br />小田野城跡は、江戸時代に著された「武蔵名勝図解」に北条氏照の家臣小田野源太左衛門の屋敷跡という伝承が簡単に紹介されている程度で、注目されていませんでした。<br /><br />昭和54年から55年にかけて、都道建設に伴って発掘調査を実施したところ、16世紀後半と考えられる数段の腰曲輪、枡形状の遺構や空堀等が発見されました。その結果、都道はトンネル構造に設計変更され、これらの遺構は保存されることになりました。そして、昭和58年3月28日、八王子城跡の一部として国の史跡に追加指定されました。<br /><br />小田野城は、主郭部分が過去に削平を受けたため不明な部分がありますが、八王子城の出城として機能していたと考えられます。』<br />

武蔵八王子 北条氏政実弟の氏照居城である八王子城の出城としての機能を担っていたと伝えられる重臣小田野氏築城の『小田野城』訪問

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2013/06/09 - 2013/06/09

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滝山氏照

滝山氏照さん

都道61号線を北進、八王子霊園を過ぎると小田野トンネルが見えてきます。このトンネルの山部にある小田野城(おだのじょう、東京都八王子市西寺方町)城は土地の口伝によれば八王子城築城と同時に北条氏照の家臣、小田野源左衛門によって築かれた八王子城の北側を守る出城と言われています。

昭和55~56年にかけて都道建設に伴って発掘調査を実施したところ16世紀後半と考えられる数段の腰郭や枡形状の遺構や空堀が発見されます。

その結果当初計画の城跡の山を分断した都道を急きょトンネルに変更して当遺跡は保存され、昭和58年には八王子城跡の一部として国の史跡に追加指定にされています。

確かに豊臣秀吉が四国の長曽我部氏を討ち、九州での島津氏を降伏させて次なる仕置きの対象は関東になり当然ながら小田原北条氏でありました。

小田原北条氏とは直接繋がりを持たなかった秀吉は臣下となった徳川家康を介し氏政(うじまさ、1538~1590)やその嫡男氏直(うじなお、1562~1591)が上洛し秀吉の傘下に下るよう仕掛けますが氏規(うじのり、1545~1600)を代理人に仕立て対応し状況を有利に導こうとします。しかしながら秀吉の我慢もここまでとして天正18年(1590)ついに家康を先頭にして秀吉は小田原征伐を挙行し15万余の大軍をもって東海道を進みます。

同様に加賀の前田、越後の上杉氏を主体とした別部隊(北国軍)3万5千が碓氷峠経由で関東に入り、小田原北条氏の各支城に攻撃をかけて南進します。

八王子城主の氏照(うじてる、1540~1590)は氏政の実弟で武蔵から上野・下野南部・常陸西部まで小田原の委任を受けた指導者で、外交的にも優れた資質を備えた武将として氏政・氏直の高い信任を得ていました。

かつて武田信玄の攻撃により二の丸まで攻め込まれた経緯がある滝山城では防御しきれないと判断した氏照は八王子城に拠点を移す訳ですが旧大石氏の家臣達の城築ノウハウを活用し、築城を進めると共に、北部に在った浄福寺城の役割を考慮しても北からの攻撃を封じ込めるには心もとなく映った事もあり小田野に出城建設を指示したと思われます。

八王子城は小田原北条氏本城を除けば最大の支城で、天正12年(1584)から天正15年(1587)頃に築城されたとされ、その前後に小田野城も造られたと思われます。

秀吉による小田原征伐は天正18年(1590)ですから、八王子城の築城に当たりいわゆる仮想敵国は従前の武田氏ではなく豊臣秀吉を念頭に置いて築城したことは明白ですが主力を小田原に集中させたことによる八王子城を守備する留守部隊の戦力低下は否めないし他方の北国軍は近代化された武器、組織化・専門化された軍事力ではどうしようもないほど戦力差はあったと思われます。


2023年8月29日追記

現地にて建てられた説明板には簡単ながら下記の通り記載されています。

『 小田野屋敷(小田野城跡)

小田野城跡は、江戸時代に著された「武蔵名勝図解」に北条氏照の家臣小田野源太左衛門の屋敷跡という伝承が簡単に紹介されている程度で、注目されていませんでした。

昭和54年から55年にかけて、都道建設に伴って発掘調査を実施したところ、16世紀後半と考えられる数段の腰曲輪、枡形状の遺構や空堀等が発見されました。その結果、都道はトンネル構造に設計変更され、これらの遺構は保存されることになりました。そして、昭和58年3月28日、八王子城跡の一部として国の史跡に追加指定されました。

小田野城は、主郭部分が過去に削平を受けたため不明な部分がありますが、八王子城の出城として機能していたと考えられます。』

交通手段
高速・路線バス 徒歩
  • 小田野城跡標柱<br /><br />トンネルの北側入口の脇に標柱が見え、その横には小路があり、ここから入って行きます。

    小田野城跡標柱

    トンネルの北側入口の脇に標柱が見え、その横には小路があり、ここから入って行きます。

  • 小田野城跡<br /><br />城跡の西側からの道を登ってゆきます。

    小田野城跡

    城跡の西側からの道を登ってゆきます。

  • 小田野城跡<br /><br />やがて腰郭を見ながら主郭と思われる平坦部に入ります。

    イチオシ

    小田野城跡

    やがて腰郭を見ながら主郭と思われる平坦部に入ります。

  • 小田野城跡<br /><br />主郭はかなり広くなっています。築城に当たっては平坦部にするため削ったのではないかと思われます。

    小田野城跡

    主郭はかなり広くなっています。築城に当たっては平坦部にするため削ったのではないかと思われます。

  • 小田野城跡

    小田野城跡

  • 小田野城跡<br /><br />主郭から腰廓を一望します。

    小田野城跡

    主郭から腰廓を一望します。

  • 小田野城跡<br /><br />主郭は南北に広がり、一部には土塁が配置されています。

    イチオシ

    小田野城跡

    主郭は南北に広がり、一部には土塁が配置されています。

  • 小田野城跡<br /><br />再び主郭が広がります。

    小田野城跡

    再び主郭が広がります。

  • 小田野城跡<br /><br />主郭には土塁が散見されます。

    小田野城跡

    主郭には土塁が散見されます。

  • 小田野城跡

    小田野城跡

  • 小田野城跡<br /><br />土塁がたくましく残っています。

    小田野城跡

    土塁がたくましく残っています。

  • 小田野城跡<br /><br />急峻な空堀が認められます。

    小田野城跡

    急峻な空堀が認められます。

  • 小田野城跡

    小田野城跡

  • 小田野城跡櫓跡<br /><br />広い主郭の北側に一段高くなった郭が見られます。

    小田野城跡櫓跡

    広い主郭の北側に一段高くなった郭が見られます。

  • 小田野城跡櫓跡<br /><br />特に階段はありませんが1.5mほど高くなった廓です。主郭から捉えています。

    小田野城跡櫓跡

    特に階段はありませんが1.5mほど高くなった廓です。主郭から捉えています。

  • 小田野城跡櫓跡<br /><br />一段高くなった郭は櫓跡かと思われます。

    小田野城跡櫓跡

    一段高くなった郭は櫓跡かと思われます。

  • 小田野城跡櫓跡<br /><br />樹木が茂っているだけです。

    小田野城跡櫓跡

    樹木が茂っているだけです。

  • 小田野城跡櫓跡<br /><br />櫓跡と思われる高台から主郭広場を捉えます。

    小田野城跡櫓跡

    櫓跡と思われる高台から主郭広場を捉えます。

  • 小田野城跡<br /><br />案内板の地図によりますとこの付近が土橋だったようです。

    小田野城跡

    案内板の地図によりますとこの付近が土橋だったようです。

  • 小田野城跡<br /><br />案内板の地図によりますと空堀とありますが僅かながら窪地があるだけでよくわかりません。

    小田野城跡

    案内板の地図によりますと空堀とありますが僅かながら窪地があるだけでよくわかりません。

  • 小田野城跡<br /><br />土塁が見られます。

    小田野城跡

    土塁が見られます。

  • 小田野城跡<br /><br />手前の土橋と向こうには空堀が確認されます。

    小田野城跡

    手前の土橋と向こうには空堀が確認されます。

  • 小田野城跡<br /><br />空堀が広がっています。

    イチオシ

    小田野城跡

    空堀が広がっています。

  • 小田野城跡<br /><br />腰郭には細い道が造られています。

    小田野城跡

    腰郭には細い道が造られています。

  • 小田野城跡<br /><br />空堀底部から土塁を見上げます。土塁の先には公園があります。

    イチオシ

    小田野城跡

    空堀底部から土塁を見上げます。土塁の先には公園があります。

  • 公園にある小田野城跡説明板

    公園にある小田野城跡説明板

  • 小田野城跡説明板<br /><br />城跡地図がとても参考になります。

    小田野城跡説明板

    城跡地図がとても参考になります。

  • 小田野城跡・説明板

    小田野城跡・説明板

  • 小田野城跡説明板<br /><br />発掘時の写真が掲載されています。

    小田野城跡説明板

    発掘時の写真が掲載されています。

  • 小田野城跡<br /><br />主郭の先にわずかながら広場が認められ休憩の設備が在ります。

    小田野城跡

    主郭の先にわずかながら広場が認められ休憩の設備が在ります。

  • 小田野城跡<br /><br />主郭の先の広場からトンネル南側入口を眼下に見ます。

    小田野城跡

    主郭の先の広場からトンネル南側入口を眼下に見ます。

  • 小田野公園<br /><br />「グリーンタウン高尾」の住宅区画の隅にブランコなどを設置した公園が設置されています。

    小田野公園

    「グリーンタウン高尾」の住宅区画の隅にブランコなどを設置した公園が設置されています。

  • 小田野トンネル南入口

    小田野トンネル南入口

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