2013/04/26 - 2013/04/30
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背包族さん
金門島は蒋介石率いる国民党と毛沢東率いる共産党が最後まで戦った激戦地で、金門島を死守したことが、のちの台湾の運命を大きく左右したと思うと感慨深いです。
国共内戦関係の歴史に疎い私ですが、金門島の古寧頭戦史館を訪れたことを機に少し勉強してみました。
古寧頭戦役について:
1945年、日本敗戦後、共通の敵がいなくなった国共は、1946年から内戦を再開。
中国共産党は旧ソ連の支持のもと日本軍が使用していた武器、装備を接収し強大な中国人民解放軍を組織し、国民党軍は苦戦を強いられていた。
1949年、国民党軍は北京、上海の拠点も失い、優勢な共産党軍は国民党軍の最後の殲滅作戦を行なった。
共産党軍は10月にはアモイを攻め、当時福建省主席だった国民党軍の湯恩伯将軍は勝ち目がないと撤退を決め、台湾に遷移。
1949年10月、アモイが陥落。
当時、共産党軍は、アモイを攻略後、その勢いで金門島に攻め込み、さらに台湾を開放する目論見だった。
台湾海峡を挟み、金門島は国民党軍の重要な軍事拠点となった。
金門島を守る国民党軍は島の防御のため、防空壕を掘り、弾薬を運びこみ、上陸してきた共産党軍との戦いは三日続いた。
この戦いは、国民党軍が勝利し、共産党軍は金門島の奪取に失敗し台湾本島を統一する機会を完全に失った。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 3.0
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金城鎮の中心部からレンタスクーターで、島北西部にある古寧頭に向かいます。
ここに行く目的は、砲弾の跡が残る北山洋楼を見るためです。 -
北山洋楼:
1949年の古寧頭戦役の際、共産党軍が上陸し国民党軍と激戦を繰り広げた北山村にある西洋式二階建の洋楼。
建物に打ち込まれた弾痕が激戦の様子を物語っている。
この洋楼は当時、共産党軍の指揮所として使われていたが、のちに国民党軍が奪い返し、国民党軍の拠点が徐々に村外に移されるのに伴い、村の人に返還された。
1986年、政府により、原型を残したまま屋外に保護壁が築かれ、北山村大戦記念碑が置かれた。 -
間近で弾痕を見ることができます。
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なぜか観光客は私たち以外誰もいませんでした。
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ホントによく保存されてきたものですね。
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近くの村を散策してみます。
今日は日差しが少しきつくなってきました。 -
この村は、金門七大集落の一つ、北山です。
近郊には南山、林CUOという村もあります。 -
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立派な廟がありました。
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石のテーブルがある木陰でランチタイムにします。
民宿の朝ごはんの残りの焼餅を袋に入れて持ってきました。
すると、どこからかおじいさんがやってきて話しかけてきました。
なまりの少ない、国語でした。
お話によると、やはり村に残っているのは老人と子供が多いようです。 -
芸術家のようなお兄さんが民宿を建築中でした。
つなぎを着て自分で工具を持って洋楼を修復していました。
来月にはOPEN予定とのこと。
民宿の名前を聞いたのですが、忘れてしまいました、、、。 -
この洋楼を買ったのか聞いたら、−まさか、買ったら3億円はする−とのこと。
借りているそうです。 -
この建物は以前、博物館か何かだったのでしょうか?
石牡蠣の採取についての説明書きがありました。 -
国共内戦の古寧頭の戦いの舞台となった場所で、村の至る所に弾痕のある民家が見られます。
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内部を見学させてくれました。
こちらは洋楼二階からの眺めです。 -
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手押し井戸のある風景。
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シンプルな木の建物。
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屋根の上に小さな風獅爺が。
沖縄のシーサーみたいですね。 -
タイルで飾られた壁がかわいらしい。
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この村は李さんの村のようです。
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反り返った屋根が美しい。
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こちらは民宿になっていました。
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アマリリス。
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田舎の村には野犬がうようよしています。
尻尾を振っているのは友好的なので大丈夫だと思いますが、私は他の村で犬に咬まれました。 -
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井戸はもちろん、昔の石で出来た洗濯板もちゃんととってあるんですね。
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立派な”石敢当”を発見。
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古寧頭戦史館:
両岸の分裂統治を確立した最後の大規模陸戦である1949年の古寧頭戦役の資料館。
56時間に渡る戦闘の経過を描いた大きな油絵が印象的。
油絵には、戦備整備、渡海夜襲、登陸激戦、指揮反撃、壮烈成仁、古寧頭巷戦、火焼船隻、崖下俘虜、光栄校閲など名前がつけられている。
戦利品の武器や作戦文書、作戦指揮官の写真が展示されているほか、屋外には、戦車”金門の熊”が展示されている。
戦闘の経緯を説明したビデオ上映もあり。
Youtubeの金門国家公園ガイドによる解説(中国語)
http://www.youtube.com/watch?v=OopNxG2qVHg -
駐車場から入口までは結構距離があり、私たちは歩いて行きましたが、民宿オーナーによるとゴルフカートに乗って行くこともできるようです。
ビデオ上映を見ましたが、歩き疲れてうとうとしてしまいました。 -
先ほど実物を見た、激戦地、北山洋楼での戦いの様子です。
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共産党軍降参の図。
大陸の人が見たらどういう感想を抱くのか見てみたいです。
どこの国も、自国に不利な歴史は教えないようで、旦那も金門島での国共内戦のことは全く知らなかったようです。 -
私たちは行きませんでしたが、八二三戦史館というところもあります。
Youtubeの金門国家公園ガイドによる解説(中国語)
http://www.youtube.com/watch?v=QWDyvNNmQsM
八二三砲戦:
国共内戦中の戦いのひとつで、中華人民共和国では金門砲戦と称される。
戦いは1958年8月23日から1958年10月5日まで続き第二次台湾海峡危機とも言われる。
中国人民解放軍が金門島に向けて約五十万発の砲撃を行ったが、9月22日、アメリカからの武器の援助を受け、結果中華民国が金門島を死守した。
国共双方の陸海空軍の戦いの中で最後の大規模な戦いであり、これ以降は双方の軍事衝突は海上に限られ次第に衝突は少なくなり現在に至っている。 -
安岐風獅爺を見た後、次の伝統集落に向かいます。
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