2013/05/03 - 2013/05/03
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ドクターキムルさん
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御霊神社の裏参道の上り口には鎌倉古道(上の道)が通っており、右に進むと直ぐに古道が途切れ、辻の角に立つ標石柱の前には神戸製鋼のフェンスで囲まれた敷地内に兜松があったが、昭和22年(1947年)に枯死してしまったという。フェンスには「兜松と八ッ嶋」の看板があるだけだ。
鎌倉権五郎景政は,後三年の役で源義家に従い戦功を立て、戦勝を祈願した御霊神社に戦勝報告をし、そのお礼の印に兜を埋め、塚に松を植えたとされる。その塚が兜山、その松が兜松と呼ばれていた。
また、兜山には七面宮が建てられていたが、嘉永7年(1854年)に御霊神社の境内に移されている。
鎌倉古道(上の道)が鎌倉市上町屋あたりから西行し、御霊神社裏から北上しているのは、まるで御霊神社に参拝するために迂回しているかのような印象を受ける。おそらくは、坂東八平氏の祖である平良文の本拠地の一つとされる村岡と鎌倉、あるいは坂東八平氏の地の幾つかを結んでたたからであろうか。
(表紙写真は鎌倉古道(上の道)と御霊神社裏参道・兜松の道標)
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御霊神社本殿横に立つ「兜松」の道標。
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「鎌倉古道(上の道)」標石。御霊神社の裏参道を下りるとある。
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鎌倉古道(上の道)の村岡方面。
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鎌倉古道(上の道)の鎌倉方面。
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鎌倉古道(上の道)と御霊神社裏参道・兜松の道標。
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鎌倉古道(上の道)。本当にほんの一部しか残っていない。
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「あめ」と彫られた藤の花の意匠のマンホールの蓋。坂道を下りるあたりには住宅が建ち、舗装路となる。坂道なのでコンクリートに丸い溝がある。
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「おすい」と彫られた松の意匠のマンホールの蓋。
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「鎌倉古道(上の道)」標石。交差点角にある。
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兜山(塚)の木立。
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兜山(塚)の木立。
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兜山(塚)の木立。
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兜山(塚)の木立。
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「兜松と八ッ嶋」の看。
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「村岡歴史の道⑥兜松」の標柱。
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兜山(塚)の木立。
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