2013/05/03 - 2013/05/03
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藤沢市宮前に鎮座する御霊神社は、平良文が天慶3年(940年)に平将門征討の為、京都・御霊神社を勧請し戦勝祈願をしたのを始めとしている。御霊神社は、村岡総鎮守として県内に16社の分社がある。
祭神の崇道天皇は桓武天皇の御宇の延歴13年に御霊監所(現在の京都市上京区上御霊前通り上)に祀られ、後に、鎌倉権五郎影政を合わせ祈り二柱であったが、北条時頼の命により葛原親王、高見王、高望王、の三柱を加えて五柱になった。例大祭は9月第2日曜日に行われる。
また、境内副社に十二天王、疱瘡神。笹折矢竹稲荷大明神。七面宮を祀っている。
御霊神社の社叢には旗立山がある。前九年の役(1051年〜1062年)の出陣の時,源頼義はこの山に白旗を立て軍勢を集めた。また,後三年の役(1083年〜1087年)のときはその子義家が同じように白旗を立て軍勢を集めたといわれている。
社叢の端は断崖絶壁となって途絶える。氏子が削ったのだというが、戦後に宮前土地区画整理が行われて、あたりの山地が取り崩されて平地になった。
近くにある古館(固館)の地名は村岡一族の館があったところとされる。
(表紙写真は御霊神社拝殿)
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「相州村岡七福神 宮前 寿老人尊」の案内看板。
相州村岡七福神
恵比寿(柄沢神社:藤沢市柄沢486)
大黒天(大神宮:藤沢市村岡東3丁目28)
毘沙門天(弥勒寺:藤沢市弥勒寺519)
福禄寿(川名御霊神社:藤沢市川名656)
弁財天(日枝神社:藤沢市渡内3丁目8-10)
布袋尊(荒神社:藤沢市小塚596)
寿老人(宮前御霊神社:藤沢市宮前560) -
「村岡歴史の道⑤宮前御霊神社」の標柱。
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御霊神社参道。
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御霊神社参道の両側には幟立(大正13年(1924年)銘)。関東大震災直後に新造されたものだ。
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御霊神社の石の鳥居。
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御霊神社の石の鳥居に掛かる「御霊神社」の扁額。
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御霊神社の石の鳥居(明治25年(1892年)銘)。関東大震災でも倒壊しなかったようだ。
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タブノキ。かつては鎌倉権五郎お手植といわれていたタブノキが参道脇に3本あったという。
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タブノキの祠。
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タブノキ。
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タブノキ。
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タブノキ。
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「タブノキ」看板。
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タブノキ。
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宮前町内会館。
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宮前町内会館。
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右に「御霊神社社務所・御霊庵」、左に「宮前防災倉庫」の両表札。
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実は中に神輿が安置されている。
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芭蕉の句碑「梅が香りに のっと日の出る 山路かな」。
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御霊神社の石段と右は女坂。
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「御霊神社」の社号標石。
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石段左手。奥にあるのは神輿倉か。
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「宮前鎌倉囃子保存会」看板。
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女坂。
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「女坂」。
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「御霊神社
御祭神 本殿五座
崇道天皇 光仁天皇第二皇子早良親王
権五郎景政
葛原親王
高見王
高望王
境内副社
十二天王 疱瘡神 笹折矢竹稲荷 七面宮
祭日 毎年九月十八日
由来沿革
御祭 神崇道天皇は桓武天皇が御宇延暦十二年五月現在の京都市に御霊宮として祀り給い其の後村岡に五郎良文公が住し天慶三年に勧請し戦勝祈願をなしたるを初めとす のち鎌倉権五郎景政を合せ祀り二柱たりしが北条時頼の命により 葛原親王 高見王 高望王 の三柱を加え県下に十三の分社あり
その後村岡五ヶ村総鎮守として現在に至っている」。
なお、神奈川県神社庁のWebには「県下に十六の分社があり」とある。 -
祠。
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神輿倉。
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「日露戦役記念碑」。
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手水舎と銀杏の木。
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手水舎。
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手水鉢。
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御親睦の銀杏の木。注連縄が掛かる。
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御霊神社石段。
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狛犬。
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狛犬。
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銀杏の木。
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御霊神社石段。
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御霊神社石段。
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石段横の庚申塚。五輪塔が並ぶ。
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庚申供養塔。
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お社。絵馬掛けになっている。
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「疱瘡神」(平成21年(2009年)銘)。
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「古札奉納」社。
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相州村岡七福神
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相州村岡七福神。
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寿老人尊(相州村岡七福神)。
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「相州村岡七福神 宮前・寿老人尊」看板。
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朱塗りの鳥居。
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鎌倉石の石段。
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「神社正面旧階段の鎌倉石」看板。
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「十二天王」看板。読めない。
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「十二天王」。
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十二天王を祀る石祠。
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十二天王を祀る石祠。
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石燈籠。
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蹲踞(つくばい)。
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「末社笹折矢竹稲荷大明神」看板。
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「笹折矢竹稲荷大明神と兜松」碑(平成22年(2010年)銘)。
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笹折矢竹稲荷大明神。
鎌倉権五郎景政(平景正)は、源義家に従って後三年の役に活躍した武士で,わずか十六才で敵の大軍と戦い片目に矢を受けた。それを見た味方の三浦の平太郎為継が土足で景政の顔を踏んで矢を抜こうとしたところ、景政は仰向けのまま為継の鎧の草ずりを掴み、刀を抜いて刺そうとしました。驚いた為継に「弓矢に当って死ぬのは武士の望むところだが、生きながら足で顔を踏まれるは恥辱である。」と言ったという。これには勇猛で名をはせた為継も舌を巻いたという。
矢を受けたとき、景政は矢を抜かずに矢を射た鳥海弥三郎を討ち取ったという。矢を抜いても心身痛みを感じず、それを御霊神社のご加護と社の側にその矢を刺したところ、根着き青葉を茂らせたという。その矢笹竹の茂った地に稲荷を勧請しのが 「笹折矢竹稲荷」という。 -
笹折矢竹稲荷大明神本殿。
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「兜山七面宮」看板。
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七面宮覆殿。
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覆殿に掛かる「七面宮」の扁額。
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七面宮本殿。
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碑(大正4年(1915年)銘)。
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御霊神社境内。
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「旗立山の由来」碑(平成21年(2009年)銘)。
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「兜松」道標。
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「記」看板。
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鎌倉石組。
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女坂。
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御霊神社中段の境内。
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女坂と御霊神社石段の中段。
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御霊神社拝殿。
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御霊神社拝殿。
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御霊神社拝殿。
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御霊神社拝殿。
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御霊神社拝殿。
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御霊神社拝殿と本殿。
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御霊神社拝殿。
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御霊神社拝殿。
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御霊神社本殿。
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御霊神社本殿。
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御霊神社本殿。
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後河内公園北の崖。
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社叢の端は断崖絶壁。
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