2013/04/24 - 2013/04/25
513位(同エリア1420件中)
玄白さん
2013年の桜の見納めはNHK大河ドラマ「八重の桜」の舞台となっている会津の桜です。ドラマそのものは昨年に続いて低視聴率にあえいでいるようですが、地元の「八重の桜」にあやかった観光への力の入り具合は大したものでした。会津若松市内の桜はちょうど見頃を迎え、平日にもかかわらず、大勢の観光客で賑わっています。大河ドラマの観光へのインパクトの大きさには、あらためて驚かされました。
今回は、会津若松市内だけでなく、桜の名所ではない南会津の山里の遅い春の雰囲気をも味わいたいということで、新白河ICで高速道路を降り、下郷方面を通りながら会津若松に向います。今年最初で最後の泊りがけの花見旅行です。
前編は初日の記録です。立ち寄った先は塔のへつり、湯野上温泉駅、芦ノ牧温泉駅、飯盛山、御薬園、会津武家屋敷です。あいにく午後から雨となってしまいましたが、雨が降りしきる中の桜が似合うところもあり、しっとりとした情趣あふれる情景を楽しむことができました
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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まず、塔のへつりへ立ち寄りです。ここは、桜の名所というわけではなく、むしろ秋の紅葉が楽しめるところです。朝、9時頃には到着しましたが、シーズンオフなので、観光客は数人しかいません。
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大川の渓流沿いの崖は種類の違う岩石が積み重なった地層で、侵食の度合いが異なるため、独特の景観が造られています。写真のような塔状の奇岩が10個あり、それぞれ「鷲塔岩」「鷹塔岩」「獅子」・「屋形」・「櫓」・「九輪」・「尾形」・「象」・「護摩」・「鳥烏帽子」と名付けられています。
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吊橋が架けられていて、対岸に渡ることができます。かつては10の塔の真下を歩いてめぐることができたようですが、今は侵食が進み崩落の危険があるということで、全部の塔を巡ることはできません。
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洞窟には、807年に坂上田村麻呂が創建したと伝えられている虚空蔵尊が祀られています。
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次に向かったのは、会津鉄道「塔のへつり」駅の隣りの駅、「湯野上温泉」駅です。
この駅は、全国でただひとつ藁葺きの駅舎というのが観光の目玉になっています。 -
駅の待合室は、仕切りもなく囲炉裏があります。列車を待つ間、本が読めるように本が置かれています。ここは、日常とはちがう、ゆったりとした時間が流れているような気がします。
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駅の売店。素朴な温泉場の土産をいろいろ売っています。店の女性店員が駅長を兼ねています。
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駅のホームの反対側の土手は桜並木になっていて、本来なら今頃はあでやかに桜が咲き誇っている時期なのですが、なぜか、ほとんど咲いていません。よくみると、花芽がほとんどついていないのです!
駅売店員兼駅長さんに、どうしてこんなことになっているのか聞いたところ、今年は野鳥が大量にやってきて、桜の花芽を食べてしまったのだそうです。
ここの桜を目当てに立ち寄ったのに、残念! -
駅舎の隣りの桜も、このとおり。写真ではわかりにくいのですが、ところどころにわずかに残った花芽が開いて7分咲き程度にはなっているのですが、遠目には、まだ枯れ木状態です。
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湯野上温泉駅から3つ目の芦ノ牧温泉駅にも立ち寄ってみました。車で15分ほどです。特に駅舎が珍しいとか、絶景が見られるというわけではなく・・・
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猫駅長に会うために立ち寄っただけです。名前は「ばす」という。となりのトトロに出てくる猫バスにちなんでつけられた名前だそうです。
奥に引っ込んでいて、なかなかお目にかかれませんでしたが、待つこと10分待合室に現れ、列車を待つ乗客用の座布団の上で昼寝を始めました。
先輩猫駅長の「たま」(和歌山電鉄貴志川線貴志駅のたま駅長)から就任の際に祝電をもらったそうです、ハハッ!
ばすが駅長になってから、この駅の利用者が前年より5割もアップし、駅で売っている猫グッズの売り上げも順調だそうです。寝ているだけでも芦ノ牧温泉の地域経済に絶大な貢献をしているのですね〜。 -
若葉はまだで花も咲いていない塔のへつり、花芽を鳥に食べつくされてしまった湯野上温泉駅の桜、寝てばかりで仕事はしなくても地域経済に貢献著しい猫駅長との対面の後は、いよいよ会津若松市内へ。
会津では、いたるところ、このポスターが目につきました。綾瀬はるかさん扮するNHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公、山本八重(後の新島八重)です。 -
こんなキャラクターまで登場です。名前は八重たん。
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八重登場以前から、会津といえば白虎隊。まずは、白虎隊の一部が自刃し、その慰霊碑が建立されている飯盛山へ。
平日にもかかわらず、桜が満開になっていることと、「八重の桜」効果で慰霊碑への道は、かくのごとき混雑ぶりです。 -
白虎隊士殉難慰霊碑。
会津戊辰戦争時、会津藩は軍制改革を行い、年齢層別に朱雀隊(18〜35才)、青龍隊(36〜49才)、玄武隊(50才以上)、白虎隊(16、17才)を組織、主力は朱雀隊と青龍隊で、玄武、白虎隊はいわば予備軍であった。装備の物量、質とも勝る官軍にかなうべくもなく、会津藩は劣勢に陥り、白虎隊も実戦に投入された。白虎隊総勢300名のうち、一部の部隊20名は敗走して飯盛山に逃れたが、劣勢は如何ともしがたく、自刃して、この地で果てたのである。 -
慰霊碑の隣りには、鶴ヶ城を臨む白虎隊士の像が建てられています。
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慰霊碑より少し離れたところに、飯島貞吉翁の墓があります。飯島翁は、自刃した白虎隊士20名の中の一人ですが、ただ一人死に切れず一命をとりとめた人です。明治になってからは通信技師として活躍し、昭和6年まで存命したそうです。晩年になって、白虎隊自刃の様子を語り、氏の証言により白虎隊の悲話が現在まで語り継がれることになりました。白虎隊19名の近くで眠りにつきたいという氏の遺言により、遺骨の一部がここに埋葬されました。
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白虎隊が自刃したのは8月23日だったので、毎月23日が月命日で、4月は翌24日に白虎隊士殉難春の慰霊祭が行われています。今回の会津旅行は、ちょうどその慰霊祭にあたりました。
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慰霊祭では、会津高校剣舞会の生徒20名による剣舞が奉納されることになっています。20名という数は、自刃した白虎隊士の数に合わせてあるのでしょうか。
飯盛山展望台の桜の下で、出番を待つ生徒達。 -
剣舞が始まりました。このころから次第に雨が降り始めました。
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一糸乱れぬ剣舞に、荘厳な雰囲気が漂っています。
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イチオシ
飯盛山中腹にあるサザエ堂。正式名称は円通三匝堂。内部は上り下り別々の螺旋階段があり、正面から入ると1回転半上り、てっぺんまで上ったのち1回転半下り、堂の裏側に出る構造になっている。かつては正宗寺の西国三十三観音像が祀られていて、一度サザエ堂にお参りすると西国三十三箇所を巡ったのと同じ効果があるという庶民向けの施設でしたが、明治の廃仏毀釈で、今は三十三観音像は取り外されています。
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サザエ堂正面。国の重要文化財に指定されています。
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かつて三十三観音像が祀られていた祠。
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上りの螺旋階段
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階段の格子から外を眺める。
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サザエ堂近くにある太夫桜。石部桜と並ぶ江戸彼岸桜の2大老樹。
「寛永3年(1626年)、蒲生忠郷公在城の頃、若松城下の掘江町にいた「いつき太夫」と云う名妓が、花見の折、この辺で兇徒のために殺害された。弟の南秀という滝沢南岳院の法師がこれを大変悲しみ、霊を弔うために、墓の傍に植えられた桜で、その樹はすでに枯れ、現在の樹は二代目と伝えられている。」(説明看板による)
あいにくの曇り空のため、桜の花もさえません。石部桜は大人気なのに、こちらの桜は見物客もまばらです。 -
イチオシ
喜多方ラーメンのチェーン店「来夢」で、チャーシュー麺で腹ごしらえのあと、御薬園へ。
御薬園は、会津藩歴代藩主の大名庭園として使われてきました。第2代藩主、保科正経の時代、領民の疫病治療のため、園内に薬草園を作り、第3代松平正容(まさかた)の時代には朝鮮人参の栽培に成功したため、御薬園と称されるようになりました。 -
小堀遠州の系統の作庭で、こじんまりしてはいますが、典型的な池泉回遊式の大名庭園です。池の中心部にある樂寿亭という庵が、アクセントになっています。
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桜も控えめに咲いています。松の緑と対照をなして落ち着いた情趣が心地よく感じられます。こういう情景には雨が似合います。
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雨露に濡れた桜の花もしっとりとした感じで風情があります。
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お茶屋御殿。御慰所、茶席にも用いられる書院造りの建物です。戊辰戦争時には、官軍の野戦病院として使われたそうです。
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イチオシ
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薬草園の端に建っている重陽閣。
もともとは、玄白の今宵の宿でもある東山温泉旅館「新滝」に建てられていた別棟だった建物を昭和48年に、ここに移築されました。
秩父宮勢津子妃が、ご成婚の折、一家で東山温泉に宿泊されたときの宿泊施設でした。勢津子妃の誕生日が9月9日重陽の節句なので、重陽閣と名づけられたようです。 -
現在では、2階は喫茶室として紅茶とケーキを楽しむことが出来ます。(御薬園入場料と併せて¥1,000)
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夫婦別々に違う紅茶を注文しましたが、味の違いはわかりませんでした。それでも、高貴な方にゆかりの場所という雰囲気のせいか、優雅な気分に浸れた一時でありました。
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一階には勢津子妃ゆかりの品々が展示されています。
勢津子妃は幕末の会津藩主松平容保の孫娘であり、皇室に嫁がれたことで、戊辰戦争で逆賊とされた汚名を雪ぐことができたと、会津の人たちは大変な喜びようだったそうです。
御茶屋御殿の売店に戻り、奥方の土産ショッピングのあと、武家屋敷へ。 -
武家屋敷は、御薬園から車で5分とかからないところにあります。
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ここには見事なソメイヨシノが数多く植えられていて、ちょうど満開でした。ここの桜は晴れていればもっと見応えがあったに違いありません。
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この武家屋敷は、幕末の会津藩家老、西郷頼母近悳(さいごうたのもちかのり)の家老屋敷を復元したものです。
西郷頼母本人は、松平容保の京都守護職就任に反対したり、戊辰戦争では恭順論を唱えたが容保に受け入れられなかったが、戊辰戦争は生き延び、数奇な運命を辿って明治36年に亡くなっています。大河ドラマでは西田敏行が西郷頼母役を演じています。 -
表玄関
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西郷頼母自身と長男吉十郎は生き延びましたが、戊辰戦争時、妻千重子と1歳の子供を含む21人の家族がこの屋敷で自刃したという悲話があります。屋敷内の資料館では、その場面を人形で再現した自刃の間があります。写真撮影は禁止ではありませんが、とても写真を撮る気にはなりません。
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お成りの間。藩主専用の応接室で、中央に松平容保、手前に西郷頼母が控えている様子を人形で展示しています。
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当時の台所の様子も復元されています。
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見事に満開の桜です。
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西郷頼母は、長男吉十郎を先に亡くしたあと、甥の志田四郎を養子にした。西郷四郎は父から柔術を教えられていたが、加納治五郎の講道館に移り、柔道普及に貢献したそうです。小説「姿三四郎」のモデルになった人物だと言われています。
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旧中畑陣屋。東北に残った最後の代官所です。
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屋敷内にある茶室「嶺南庵」
千利休の子、小庵が鶴ヶ城本丸に作った茶室を復元したものです。 -
雨が降り続いています。予定では、鶴ヶ城の桜のライトアップを見てから宿に向かうつもりでしたが、雨の中の夜桜ではなにかと具合が悪そうなので、直接宿に向かうことに。
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今日の宿は東山温泉、くつろぎ宿「新滝」
勢津子妃ご成婚後に秩父宮家が宿泊されたり、竹久夢二、横光利一など多くの文人も利用した伝統ある温泉宿です。 -
温泉は、さらっとした無色無臭の源泉かけ流しの湯で、特に千年の湯という岩風呂は直接温泉が湧き出している自噴の湯です。別館にある猿の湯は、新撰組の土方歳三が湯治に使っていたそうです。
ただし、料理は率直に言って、どうかなというところでしょうか。 -
ロビーの横には竹久夢二ギャラリーがあって、この宿の逗留中に描いて残していった夢二の作品が展示されています。
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宿の前を流れる湯川にかかる橋のたもとには竹久夢二の碑が建っています。
雨の花見の一日が終わり、明日は鶴ヶ城、石部桜などを巡ります。
後編に続く・・・
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