2009/01/12 - 2009/01/14
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JIC旅行センターさん
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というのも私は以前、ロシア北極圏の都市、ムルマンスクでもオーロラを見たことがあって、それと比較しての話なのです。ムルマンスクはまさにオーロラ帯にある町で、だからなのか、ほとんど天頂近くにオーロラが出るんですね。そしてこれがよく動く。それは思いがけない衝撃でした。自由に遊ぶには広すぎるはずの天上界を、音もなく縦横無尽に駆け回ってみせる光るモノ。奇怪と言うほかないのです。
幻想的だとか、ロマンチックだとか、色々表現されていますが、そんなイメージはいっぺんに吹き飛びました。オーロラが古くから凶兆とされてきた理由がよくわかります。本能です。動くオーロラってやつは、人が長年かけて体得した距離と速度の感覚にやすやすと侵入してきて、チューニングを勝手にいじくりまわすのです。従来、頼りにしてきた視覚のモノサシを完全に狂わせる現象に直面したら、まずやってくるのは大抵、不安か、恐怖です。
今、ヴェルホヤンスクで見ているオーロラはそこまでのショックをもたらしてきません。穏やかなのです。でも光は、かえって力強いような気がします。今日はたまたまこうなんでしょうか。冷たい緑色の夕焼けか、あるいは色付きの天の川か…例えても仕方ないですね。おとなしく感動していればいいのです。
「私はオーロラを初めて見ました。」
意外なことをサルダナさんが言いました。
「だから、このお仕事をくださって感謝しています。」
サハ共和国で生まれ育ったサルダナさんでさえも、オーロラを見たことがないって、ちょっと不思議な気がします。でも確かに、サハ共和国で、オーロラが見られるのは北の方だけ。首都ヤクーツクでも、もうひとつの寒極のオイミヤコンでも、ふつうはオーロラが出ないのです。日本の8倍の面積に100万人しか住んでいないサハ共和国なのに、とりわけ北半分は人口が希薄です。となれば、オーロラを見たことがある人の方が珍しいのが実態なのかもしれません。
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ところで今回の連載ではやたらにオーロラオーロラ言ってますが、ロシア語でオーロラはパリャールナエ シヤーニエと言います。パリャールナエ(полярное)=極の、シヤーニエ(сияние)=光、すなわち極光です。
えっ、じゃあ、サンクトペテルブルグにある巡洋艦オーロラ号は、ロシア語ではパリャールナエ シヤーニエ号だったの?バレエの『眠れる森の美女』(※1)のヒロインの名前はまさか、パリャールナエ シヤーニエ姫?と思った方、ご心配なく。それはどちらもアヴローラ(Аврора)、つまりオーロラです。こんがらがってきましたか。
要するにロシアでは、ローマ神話の曙の女神に由来するアウローラ(アヴローラ、オーロラ)という名前が、極光(オーロラ)の名称にまではならなかった、ということです。私はロシア語を学ぶまでずーっと、眠れる森の美女のオーロラ姫は極地の空に舞う光からついた名前だとばかり思っていました。一度染み込んだイメージはなかなか落とせないもので、今でもチャイコフスキーの例のワルツを耳にすると、極光の方のオーロラを思い浮かべてしまうのは、どうしようもありません。
でも、バレエっていうストイックな芸術には、物言わぬ極光の方のオーロラも、それなりに似合っていると思うのですが、どうでしょう。
ロシアの映画監督アレクサンドル・ソクーロフの作品に、なんと、畏れ多くも、昭和天皇陛下を主人公にした『太陽』(※2)という映画があります。娯楽映画ではありません。主演のイッセー尾形の演技の素晴らしさに驚き、日本語の台本の完璧さに溜め息をつき、さらに無教養で軽薄な米兵の描かれ方に溜飲を下げる、そんな芸術作品です。これは疑いようもなく傑作で、傑作であるがゆえに、ロシア人にこれ程の水準の映画を作られてしまったことを日本人は悔しがらなければなりません。
で、何が言いたいかというと、その『太陽』の作中に出てくるのです。極光が。
昭和天皇が学者に質問しています。「今日はあなたと極光について話し合いたい。…私は一度も見たことがありません。私の祖父、明治天皇が、夜中に東京上空で不思議な光を見て、そのことを、大正天皇に話されたのです。」おそるおそる学者が答えます。「残念なことですが、それは、不可能なことだと思われます。…東京の緯度では考えられません。…明治天皇は、優れた、偉大な、歌人であらせられた…偉大な歌人の霊感をもって、その光を、極光とお受け取りになられたのではと存じます。」 それを聞いた昭和天皇は残念そうに学者を退がらせます。
ソクーロフがどういう意図でこのエピソードを作品に挿入したのかはわかりません。昭和天皇は自ら、その探究心で極光を見たいと思ったのか、あるいは、祖父の明治天皇が、科学では説明のつかない霊感に基づく体験を家族に語り伝えたはずはないと思いたかったのか…。俳優の落胆した演技を見ると、その両方のような気がします。現人神と人間の間を揺れる陛下の葛藤を描き出す、というこの映画のテーマに対し、神秘であり科学の対象でもある極光が、これ以上なく効果的に使われているように思うのです。
ヴェルホヤンスクに現れたオーロラは、素敵な贈り物です。それはエクメネとアネクメネの境目、人の領域と人智を超えたところとの間にこそ、ふさわしい装飾です。 -
さて、今回はちと脱線が過ぎますね。そもそも、私達は夕食をご馳走になりに、町内の一般家庭へ招かれていたのでした。すみません。ちょっと中座のつもりがもう30分ほど経っています。お家へ戻りましょう。
このご家庭の娘さん、ちょうど就学年齢なんですが、よく聞いてみるとやっぱり!学校の講堂のステージで見事な舞踊を披露してくれたメンバーの一人でした。そして何と、その時の衣装を着てくれるというのです。ちょっとこれは期待しますね、興奮しますね。
おおっ、この茶色い衣装は、私が個人的にもっとも気に入ったトナカイの衣装(勝手な命名)ではないですか。このグループは踊りもすごくかわいらしかったんですよね。と、喜んでいたら、いくつか決めのポーズまでとってくれました。大サービスです。
やっぱりすごい町ですここは。これだけ手の込んだ衣装を多くの家庭がみな自前で用意できて、子ども達に本格的に舞踊を指導できる教育現場があって、教えを受けた子供達は、突然やってきた客人の前で物怖じせずに披露できるんです。どうしてこんなレベルの高い住民ばかりが、世界最寒の町に集まっているんでしょうね。
そろそろご家庭での楽しい時間も終わりです。アナトリーさんが迎えに来て、私達はウアズに乗り込みました。ホテルまでの短い道中、車内からフロントガラス越しに、切れっ端のような短いオーロラがくねくねと踊っているのが見えます。さっきは出てなかったような、なかなかの躍動感あるオーロラです。
「ヴォート、シヤーニエー。(ほーら、オーロラ)」
アナトリーさんがそう言ってニヤリと笑います。ああもう、アナトリーさんのこの笑顔にはかないません。不安も恐怖もない、もちろん感動もない、生も死もオーロラも、全てが日常生活の繰り返しのように軽ーくなってしまう、おまじないです。なんだかうきうきしてきました。あははー。今日一日の、大変いい締めくくりでした。明日こそは、寒い日になりますように。
残念なお知らせです。その明日というのは、ヴェルホヤンスクとお別れする日なのです。
(つづく)
※1 P. I. チャイコフスキー 『眠れる森の美女』op. 66 (1889)
※2 A. N. ソクーロフ 『太陽』(2005) (原題 СОЛНЦЕ)
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