2013/03/18 - 2013/03/26
485位(同エリア1804件中)
梅の忍者さん
今回ほど旅した国が、日本と非常に関係が深いとは思わなかった
1890年9月和歌山県串本町沖で発生した
トルコのエルトゥールル号遭難事故の一部は知っていたが
詳細は知らず今回の旅で知る。
明治天皇からの皇室外交が
現在の旅にも繋がっているのに感心した。
詳細はこのファイルの一番最後「絨毯商売」に記述
今回は30名のツアーに参加した
一人旅応援(安い)であったので1人参加が多く私を含め13名だった
トルコ旅行の定番コースをトルコ中央部の首都アンカラから
時計方向にカッパドキアを回り最終インスタンブールに
バスとフェリーで移動
待望の熱気球に乗れた
快晴で風もなく最高の景色とフライトを楽しめた
翌日は雪で中止になったとのことでラッキー
遺跡を回ったが整備があまりされず昔のまま残っているのが良かった
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ショッピング
- 3.0
-
今回利用した飛行機はカタール航空
同じ中東のエミレーツ航空でも提供されたが
歯磨きセットなどがあり良かった
写真、右側水色のポシェトに靴下も入っている
乗り継ぎで夜中に着く便は歯磨きセットは有難い
料理もアルコール類も申し分なかった
帰国便では麺も出て良かった -
カタール ドーハ上空
海岸近くの人工島?に高層ビル
ドバイと同じく中東の発展している姿が見とれる
今回ドーハ経由だったので楽しみにしていた
1993年、サッカーワールドカップ出場を逃した
「ドーハの悲劇」が起きた所
最終予選、終了間際のロスタイムにあのコーナーキックからの失点ーーー
この飛行機の下
砂漠の中のスタジアム
彼らはここで戦ったのだ -
ドーハ空港
エコノミークラスの乗り換えターミナル
ドバイと比較すると小規模で豪華さがない
それは
ビジネスクラス以上は別ターミナルになっているからか?
昨年ドバイ経由時、同行者が言っていた通りの印象 -
カッパドキアのホテル
写真中央左奥に小さな部屋あり
天井が洞窟のイメージで絵が書いてあった
右の水色のテレビに注目 -
テレビには私の名前が
Welcomeの文字と共にある
こんなサービス始めてだが
当世あっても不思議ではないなと
でもWelcomeとあるのは嬉しい -
イチオシ
熱気球に乗れた
このツアーはオプションでなく
天候が悪かった時も考慮して2日間計画されたものであったが
エジプトでの事故を受け中断された
しかし、数日前から再会
快晴の中素晴らしい体験が出来た -
離陸する時何時離れたか分からない位スーとゆっくり上がった
降下する時も同じで着地を感じない
乗り心地は素晴らしい
熱気球は全部で約50機位飛んでいた -
カッパドキアの奇岩を上空から眺めるのは素晴らしい
早朝、太陽が登ると同時に搭乗し上昇開始
よって、奇岩の影が長い -
乗っている気球から他の気球を指で摘まんでいる状況
-
イチオシ
我々(24名)が乗った気球の影が奇岩に写っている
パイロットは地上近くから山頂の上空まで上がったり
山に当たる寸前まで近くまで寄ったり
山肌をなめるように上昇したり -
これから駐車している車の荷台に着陸するところ
さて上手くいくか
カゴが荷台から外れることなく綺麗に着陸
着陸すると皆から拍手!
エジプトのことがあるから皆心配だったようだ -
カゴを荷台に置いたまま風船をしぼませているところ
荷台にカゴを着陸させなければ後で乗せるのは大変だろうなーー -
着陸後はシャンパンで乾杯
昨日が結婚35周年の方が居られ皆で 乾杯!乾杯! -
カッパドキアに現在3軒の家族が洞窟で生活しているとのこと
そこの家(岩石)を訪問
岩石には小さな窓あり
外から見ると中間位置に居間があった
トルコ政府は洞窟での生活を禁止したが
現在では居残った所が観光の集客として有効なので
観光地として活用
皮肉な現象になっているとのこと -
入って直ぐの所に台所がある
-
居間兼寝室
ガイド含めて32名が入っても中央が空いている広さ
30条位かな
床は絨毯が何牧か重ねて敷いてある
また、水平でなく傾いている
水平にするには政府の許可が必要とのこと
右側はストーブ 排気の煙突が右側の窓に延びている
岩は砂岩の様なもので削るには問題ない様だが
一旦外気に触れ時間が経過すると削るのが大変とか
お風呂は2階 -
奇岩の集落
-
夕日に照らされる「ラクダ」
-
イチオシ
ギョメレ野外博物館
ここには洞窟にある宗教施設が多数有り -
同上
-
一帯にこのような洞窟有り
-
カイマルク地下都市
地下7階まである
入り口の上層階は家畜置き場など -
通路は狭く1人しか通れず天井も低い
腰を曲げて進まなくてはならず
どの位進んだら頭を上げて良いか判らず
下手に頭を上げると岩盤に当たる
帽子を必ず被る様指示され被っているが
3回程度頭を当てる 痛い
幸い血はでなかったが「帽子は必須」です
途中生活等をする所がありそこは背を伸ばせる -
写真左の円形の石は扉
外敵の侵入を防ぐ為の物で
ゴロンところがし右側の通路をこれで塞ぐ
その他、生活をする為の空気坑があるなど
生きる知恵が垣間見えた
そもそもこの地下都市を含めたカッパドキアに住居があるのは
キリスト教徒が迫害から逃れる為に出来たとのこと -
現在では洞窟を利用したレストランも有り
正面左がレストラン入口 -
レトラン内部は広く100名以上は一度に食事が出来そうな広さ
テーブル及び椅子は石をくりぬいた物
よって動かず
その為、食事時は奥の方へ皿を手送り -
移動中のレストランにて
チャイ(紅茶)を頂く
どのテーブルにも角砂糖が置いて有り各自適宜入れる様になっている
トルコのお菓子は非常に甘く、日本人は一口食べたら要らないと拒否する位
トルコ人は甘い物好きでチャイも砂糖を沢山入れるとのこと -
ここは絨毯工場のショールーム
蚕から糸を採り、織っている所を見学し
高級絨毯とそうでないのを足の裏で体感し
その後セールスが来て商売している写真である
セールスするのにそれまでに環境を整え(勿論飲み物も出ている)
お客がその気になる様にしているのはどこでもあることだが
ここで一番感心したのは
支払い方法だ
「日本現物着払い」でも良いとのこと
支払い契約書類の作成、現物付帯のタグへのサイン、日本支店がある
等にせよ、異国の個人取引でそこまで信用するのかと思った
そこにはトルコ政府との関係があった
日本を信用した取引が成立していたのである
この様な取引は陶器/毛皮を売っている所でも同様だった
これは冒頭に述べたエルトゥールル号の遭難事故から発展した信頼である
和歌山県串本町の人がしたトルコ人救出は大変なものであった
当時の外国人批判風評下、貧しい漁村で食べ物にも苦労している中で
飼っている鳥を殺して提供したりーーー
その後約100年経った
1985年3月 イラン・イラク戦争没発
日本政府はイラン在住日本人300人の救出を試みるが
民間機を危険地域に派遣出来ないと断念した
見殺しにするのか、大変な騒ぎ
その時トルコ政府がトルコ航空機2機を派遣し救出した
離陸直後に爆撃が開始されたとのことで間一髪で成功した事件であった
トルコ人も多数いた中、日本人を優先して救出したが
トルコ国民からの非難が無かったとのこと
そこまでトルコはやるのか!!
明治天皇からイラン脱出劇及び現在の和歌山までの一連の模様を
NHKがTVにて放映した。
そのVTRをバスの移動中に現地ガイドから見せれ
上記の事を知った
絨毯の商売が単なる信用取引でなくトルコ政府を含めた取組だと知った
日本人を大事にし観光客を誘致することを国の重要事項としていることを
さらに現地ガイドは曰く
これから行くインスタンブールでそれを実感するでしょうと
自身ありげに言ったが、本当に?
それはリップサービスでしょうと疑う私
しかし、びっくり
まさにその通りであった(2/2に記載)
トルコ人は親日かであることを知っている日本人は多いと思うが
それを体感した
インスタンブールのグランドバザール近くの路上で突然
日本のテレビ朝日の記者からインタビューを受けた
オリンピック招致でトルコと競っているが
トルコの状況を聞かれた
交通渋滞はどうですかとか
今、思うにはトルコとの競争は
相手が良くないなと思った次第です
下記ブログでもトルコとの関係が記載されています
ぜひ読んでください
http://kishida.biz/column/2005/20050122.html -
陶器工場
絵付け・轆轤を見学後販売コーナーに誘導される -
毛皮工場
モデルによるファッションショー後販売コーナーへ誘導 -
その気にさせる工夫の一つ
旅行者から4名だったか?ピックアップして
毛皮を着せモデルと共に歩かせる
熟年男性代表として私が連れ出された
出演する前に足を高く上げ腰を振って歩く様に指導される
はずかしいかぎり
これらの各店で誰が買うのか皆で牽制しあっていたが
買わないと言った人が結局買うはめに
良い物に対する欲望との戦い
やはり演出が重要なんだと再認識
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
カッパドキア(トルコ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
31