2013/03/30 - 2013/03/30
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ドクターキムルさん
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横浜市港北区綱島台にある飯田家には萱葺き屋根の長屋門と主屋がある。江戸時代を通じて旧北綱島村の名主を勤めた家で、一部に堀も残っている。
長屋門は江戸時代後期の建築年代であり、主屋は明治22年(1889年)の建築である。いずれも平屋建てである。横浜市指定有形文化財になっている。
鶴見川左岸(北側)にあるが、鶴見川右岸(南側)でも、この地に育った在の人なら飯田家は知っている。菊名で生まれ育った知人に、「屋号は?」と聞くと、「苗字がない家に屋号があるので、飯田家には屋号はない。」と言われた。
明治22年(1889年)に描かれた「大日本博覧絵」には「飯田助太夫本邸之図」(銅版画)が掲載されており、飯田家の前から伸びる旧街道の辻には古びた廃屋のようなお堂(地図には「来迎寺」とあるがそれか)脇に建てられた「天地神‥」(文久元年(1861年)銘)にも、石碑側面に大きく「發願主 飯田助太夫」と刻まれている。また、綱島市民の森には大北谷(おおきたや)神社跡があるが、この大北谷神社は慶長4年(1599年)に飯田家の祖先助太夫によって建立されたと伝わり、「助太夫」は代々の世襲名であることが分かる。また、明治中期には家屋敷をL字に土蔵が並び、他に茅葺き屋根の建物が4棟ほど見えるが現在では失われている。この種の屋敷としては長屋門と主屋というありきたりの建物しか残っておらず、かつての名主屋敷の面影を偲ぶことは難しいように思われた。
(表紙写真は飯田家長屋門)
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飯田家長屋門。
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飯田家長屋門。
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飯田家長屋門。
明治22年(1889年)4月1日、町村制施行に伴い、南綱島村および北綱島村の2村は樽村、大曽根村、太尾村、大豆戸村、菊名村、篠原村の周辺各村と合併して大綱村が成立した。したがって、武蔵国橘樹郡大綱村字北谷などとあるのは間違いであろう。 -
飯田家長屋門。
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飯田家長屋門前の木。
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「横浜市指定有形文化財(建造物)飯田家住宅」プレート。
(全文はhttp://members.jcom.home.ne.jp/nobish/setsumei/s_iida.html参照) -
飯田家長屋門右の堀。
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飯田家長屋門右の堀。
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飯田家長屋門扉。
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飯田家長屋門。
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飯田家長屋門と主屋。
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飯田家長屋門と主屋。
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飯田家主屋。窓はアルミサッシのようだ。
50代の飯田家奥さんは今は住んでいないと言っていた。隣町に住んでいるという。 -
飯田家主屋。
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飯田家主屋の茅葺き屋根。
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飯田家長屋裏の建物。
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飯田家主屋。
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