2012/06/24 - 2012/06/29
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chainetworkさん
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いよいよ『青の都』と呼ばれるサマルカンド編です!
サマルカンドはシルクロードの中心的な都市としても栄え、『東方の真珠』とも言われていました。
紀元前4世紀頃、アレクサンダー大王によって町は発展していきますが、
13世紀に入ると、モンゴル軍の攻撃によって町は破壊されてしまいます。
しかし、ウズベキスタンの英雄アミール・ティムールによって町は荘厳で
美しく甦り、600年も変わらない迫力ある町へと繁栄していきました。
2001年に世界文化遺産に登録されました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通手段
- 観光バス
-
サマルカンドへの道中、伝統的陶器で有名なギジュドゥバンという町を経由しました。
工房で陶器をこねている様子や焼き窯などを見せて頂きました。 -
このギジュドゥバンの陶器は、深い黄色や緑色のベースに模様が描かれていて、特に器の縁に付いている雫のようなものは独特のデザインなんだそうです。
-
こんな感じで、雫っぽくなっています。
-
夜、サマルカンドに到着!!
市内のレストランでディナータイムです♪ -
キュウリとトマトと玉ねぎのサラダ。
ちょっとピンボケ・・・ -
じゃがいも、にんじん、豆などを、マヨネーズっぽいもので
和えたサラダ。 -
牛肉とヌードルの入ったスープ。
ヌードルは素麺みたいに細くて、さっぱり味、にゅうめんのような感じです。 -
メインディッシュは牛肉のケバブ(串焼き)
-
翌朝から、サマルカンドの市内観光スタートです!
お天気も良く、ちょっと暑いです☀
ビビハニモスク
ティムール朝の建国者ティムールによって、他にはない
壮大なモスクを造るということで1399〜1404年にかけて
建てられ、一度に13000人もの人が礼拝する事が出来た
中央アジア最大のモスク。
しかし、モスクが完成したのはティムールの死後1年後、
残念ながら完成を見る事は出来なかったのですね・・・
地震でほとんどが崩れてしまったそうで、修復工事も
されたのですが、崩れかけているそうです。 -
中庭にある、大理石でできたコーラン置きは、願い事をしながら3回周ると、願いが叶うらしい・・・
もちろん周ってきましたよ! -
地元の学生さんにお会いしました。
漢字が書かれたTシャツを着ていてビックリ! なんと日本語を勉強しているそうです。
カタコトの日本語でお話ししてくれました♪ -
レギスタン広場
14世紀に建てられ、砂の広場という意味。
このレギスタン広場はブハラやヒヴァにもありますが、ここサマルカンドの広場が一番新しいそうです。
ティムール時代には大きな屋根のあるバザールが建てられたり、キャラバンサライ(隊商宿)が建てられたり、時代によって変貌と遂げてきました。
広場に向かって、左側にウルグベク・メドレセ、中央に
ティラカリ・メドレセ、右側にシェルドル・メドレセが
建ち並んでいます。
残念ながら、足場が・・・
ウズベキスタンの独立記念のための音楽祭が行われるという事でした。 -
ウルグベク・メドレセ
1420年に建てられた、レギスタン広場の中では一番最初に建てられた神学校です。
1階は4つの講堂とモスク、2階が55部屋もある学生寮になっており、100人以上の学生が寄宿して勉強していました。
経済、科学、天文学、建築、貿易などでサマルカンドの繁栄に貢献した、ウルグベクによって建てられ、自らも教壇に立ったそうです。 -
シェルドル・メドレセ
17年の年月をかけ、1636年に完成した神学校。
シェルはタジク語で『ライオン』という意味で、正面のアーチにライオンの絵が描かれていることから、『ライオンが描かれた』という意味のシェルドルの名前が付けられました。
本来、イスラム教では偶像礼拝を禁止しているにも関わらず、このうように動物や人が描かれているイスラム建築は珍しいのですが、支配者が自分の権力を誇示するためにあえて描いたと言われています。 -
このライオンと人の顔の装飾は、200スム紙幣にも描かれています。
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ティラカリ・メドレセ
1646〜1660年にかけて建てられた神学校。
ここには寮がなく、勉強や寄宿にはウルグベク・メドレセが使われ、ここはモスクとして使用されました。
ティラカリとは『金箔』という意味で、天井には金箔で美しく装飾されていて、修復の際には約3Kgもの金が使われたと言われています。
この装飾には、このメドレセをもう一つ建てるのと同じくらい多額の費用がかかっているそうですよ〜! -
中のミフラーブ(メッカの方向を指すアーチ状のくぼみ)
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金箔の天井!!
-
グリ・アミール廟
タジク語で、『支配者の墓』という意味。1404年に完成しました。
元々は戦死したティムールの孫のムハンマド・スルタンのために造られ、ティムール自身とその家族、教師、聖人などもここに眠っています。
ティムールは生前、生地であるシャフリサーブスへ埋葬して欲しいと自分用の墓を作りましたが、真冬の遠征途中に急死したため、雪に覆われたシャフリサーブスに埋葬することが出来ず、ここに埋葬される事になりました。 -
一度破壊されましたが、天井は金箔で修復され、壁にも金箔が施されています。
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黒い墓石がティムールのものですが、本当の墓石は地下にあって、そこにティムールやその家族が眠っています。
現在、その地下には入る事が出来ません。 -
ランチタイムです♪
トマトやキュウリのサラダに・・・ -
トマトとナスのサラダっぽいもの。
大体、サラダは2〜3種類並びます。 -
メインディッシュは、ウズベキスタンの伝統料理プロフ。
お米に、にんじんや玉ねぎなどの野菜とお肉を入れて炊いた、ウズベキスタン風炊き込みご飯みたいな感じ。
綿から取れる油がたっぷり入っているので、ちょっと油っこいけど、お味は薄味でくせがないです!
結婚式などの行事に出される事が多いそうですよ〜 -
ウズベキスタン風ナン
丸くて外は少し固め、中はふわっとしています。
特にサマルカンドのナンは、ウズベキスタンで一番美味しいと言われているそうです。
確かに、他の都市で食べたナンより美味しかった〜♪
お腹がいっぱいになったとこで、再び市内観光スタートです。
このあと、天文台跡や、シャーヒズィンダ廟、アフラシャブの丘などを巡りますが、長くなってしまったので一旦ここまで!!
続きは近日更新していきますので、楽しみにお待ち下さいね〜♪
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