1988/07/23 - 1988/09/10
44位(同エリア168件中)
おぎゃんさん
(以前アップしたフィルムのプリント写真をスキャンし直しました)
※写真が趣味でもなかったので、1ヶ所1~2枚というフィルム節約旅行。各地で知り合った人からも後日写真いただく。
ひたすら半年間アルバイトでせっせと旅費稼ぎの後、夏休み、友人と旅の終わりを香港で一緒に過ごそうと再会を約束してそれぞれの目的地に向かった。
海外旅行ではじめて飛行機で出国。
(それまでは大阪や神戸からのフェリーばかり乗っていた)
今では考えらえないが、大韓航空香港までの運賃が約12万円。
鑑真号に乗らない場合、香港でしか査証の取得ができなかったため香港を起点とする中国一周の計画を軽く立てていた。
中国は開放都市、未開放都市と分けられていて外国人旅行証がない限り原則的に開放都市のみを転々とする旅行のみ認められていた、という記憶。(旅順は長らく外国人の立ち入りはできなかった)
☆希望スケジュール☆
①香港から国境を徒歩で越え、列車に乗り継ぎ広州へ。
②広州から国内線で雲南省昆明着。うまくいけばシーサンパンナや大理へサイドトリップ。
③昆明から成昆鉄道で四川省成都へ。うまくいけば九サイ溝へサイドトリップ。
④成都から青海省西寧へ。ここで友人と落ち合う予定。
⑤西寧からゴルムド経由でチベットラサへ。
⑥ラサから国境を越えネパールカトマンズ。
⑦カトマンズから飛行機で香港へ。
⑧香港で他の友人たちと落ち合う。
とこんな感じ。結局実現できなかったことも多いけど。シーサンパンナや九サイ溝へはそれぞれ2泊のオンボロバス旅行のため時間切れ。
目標はラサ1本にする。
【結局このスケジュール】★ここ
7月23日(土)大阪<大韓航空>ソウル[ソウル泊]
7月24日(日)ソウル<大韓航空>香港[香港泊]
7月25日(月)香港=広州[広州泊]
7月26日(火)広州<中国民航>昆明[昆明泊]
7月27日(火)-7月31日(日)昆明[昆明泊※石林日帰り観光&北京留学中の先輩に偶然遭遇]
8月01日(月)昆明=[車中泊※米人女性ツーリスト強盗に会う]
8月02日(火)=成都[成都泊]
8月03日(水)-8月09日(火)成都[成都泊※ドミ同室米人が病気になる]
8月11日(木)成都=[車中泊※大雨で3日間蘭州行がストップ2回予約変更してようやく脱出]
8月12日(金)=西安[西安泊]★
8月13日(土)-8月14日(日)西安[西安泊※西寧で待ち合わせの友人とホテルのロビーで偶然遭遇]★
8月15日(月)西安=[車中泊]★
8月16日(火)=西寧[西寧泊]★
8月17日(水)西寧=青海湖[青海湖共和県泊]★
8月18日(木)青海湖=タール寺=西寧[省人民病院入院]★
8月19日(金)西寧[省人民病院入院]★
8月20日(土)西寧[西寧泊※退院&友人再会]★
8月21日(日)西寧=[車中泊]★
8月22日(月)=ゴルムド[ゴルムド泊]★
8月23日(火)ゴルムド=アムド[アムド泊]★
8月24日(水)アムド=ラサ[ラサ泊]★
8月25日(木)-8月31日(水)ラサ[ラサ泊]★
9月01日(木)ラサ=ラサゴンガ空港[空港泊]★
9月02日(金)ラサ<中国民航>成都<中国民航>広州[広州泊]★
9月03日(土)広州~[船中泊]
9月04日(日)~香港[香港泊]
9月05日(月)-9月07日(水)香港[香港泊※5日の朝マック中にその他の友人と偶然ばったり]
9月08日(木)香港~澳門~香港[香港泊]
9月09日(金)香港[香港泊]
9月10日(土)香港<大韓航空>ソウル<大韓航空>大阪
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道 タクシー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
西安では超有名店の「徳發長」を覗く。鐘楼そば。
餃子の写真はないです。
ごめんなさい。忘れてた。徳発長 地元の料理
-
いわゆる解放前からの店は、前回の中国上海でも「紅房子」(こちらはフレンチ)で体験したけど、サービスは解放後の服務員さんレベルだなぁと実感。
徳発長 地元の料理
-
こういう革命史跡も足跡。
-
周恩来首相の生誕90周年だった。
成都脱出に時間がかかってほとんど休養にあてた西安滞在のため、鐘楼には行ったものの華清池など郊外の有名どころには行かず。
(トイレがちょっと…だという話を聞いて躊躇)八路軍西安辦事処紀念館 (ハチログンセイアンベンジショキネンカン) 博物館・美術館・ギャラリー
-
で、夜行列車で西寧着。(硬座也)
この旅で何度夜行のお世話になってることか。
広州~昆明を最初2泊の夜行列車にするつもりだったけど、止めて飛行機にしておいてよかった…。とんでもなく揺れた空路だったけど。
西寧ではたぶん唯一の外国人OKの西寧賓館にはわんさと各地からのツーリストたち多数。回族度がうんと上がって、清真食堂が増えてきた。
食事のほとんどはハラルですませた。
ヒマをもてあましていた日本人たちを誘って1泊2日のバスツアーをCITS(中国国際旅行社)のカウンターに持ち込む。
公共バスではうまく回りきれないルート(日月山?青海湖南岸?タール寺周遊)をみんなで一緒に周って割り勘也。
10人ぐらいのマイクロバスチャーターでホテルにいるホテルの部屋にいた日本人中心に声かけていたら、CITSで聞きつけてきた香港人の女の子が「一緒に行っていいかな?」と。 -
日月山の峠。
日月山という山じゃなくて、チベット族が多く暮らす地域の名称。
海抜3500mは越えているので、ちょっと坂道登るとドキドキ。
9世紀に決められたという唐と吐蕃(今のチベットにあった王国)との間の国境地帯。
お隣はその香港人さん。
彼女もジャージ姿(笑)。やっぱり動きやすいし、早く乾くし、長期旅行には何かと便利だったけど、今じゃジャージってありえんよね…。日月山 山・渓谷
-
バスのお仲間たちと。
(ほとんどが学生だったけど、1人だけ中年の高校のセンセ。どうも夏の補修授業が3日後にはあるのになぜかツアーメイトになっている怪しさ)
唐蕃(唐とチベットあたりにあった吐蕃のこと)会盟碑があったとされる場所にて。
「唐蕃会盟碑」日本語Wikipediaより
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E8%95%83%E4%BC%9A%E7%9B%9F%E7%A2%91
ホンモノはラサのジョカン寺の近くにあったのか。ぜんぜん気がつかなかった。
この時、8月の真夏です。
でも寒くて寒くてたまらん状態でみんなで震える。日月山 山・渓谷
-
白いマイクロバス囲んで、みんなあっちこっちで見学。
中国語オンリーの運転手さんだけだったので、詳しい解説なし。
ネットがない時代なので、あれ何だっけ?
と、帰国してから写真見ながら文献探ししてました。
「地球の歩き方」「Survival Kit」もこのエリアはあっさり解説。日月山 山・渓谷
-
丘の上にダッシュしていった男性陣。
あとでぜーはーぜーはーしていた。(このあたりは海抜3500m越え)日月山 山・渓谷
-
タルチョ!
チベットに近づいたなぁと感慨深い。日月山 山・渓谷
-
青海湖へ。
ヤクがいっぱいいるよ。
大きくてなかなか近寄れないところ。
遠目で「でかいな?」と思う。青海湖 滝・河川・湖
-
別名ココノール。
波打ち際に来てみたら、塩の結晶で覆われている。
ここは塩湖だとか。
(あとで知ったのは世界で2番目に大きい塩湖)
後年観光に来ている人は岩塩なんぞを購入しているようだ。
あっしらのころはそういう売店すらなかった。青海湖 滝・河川・湖
-
ここいらへんも海抜3000mとか何とか。
ほとんどの荷物は西寧賓館の部屋に置きっぱなしで、防寒具はウィンドブレーカーだけというアホなことになっている。青海湖 滝・河川・湖
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湖畔のゲル(テント)訪問。
確かここは蒙古族だったかも。(記憶あやふや)青海湖 滝・河川・湖
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テントの中。
部屋の一番いい場所にある活仏たちの写真の中に、こっそりダライ・ラマ14世が隠れていた。 -
1泊2日のツアーは青海湖南岸にある招待所で1泊。
宿舎で防寒用の人民軍コートを借りる。
身の丈まるで合わないため、まるでふとん巻いた状態。
でも夜はこのコートかぶらないと睡眠できなかった。青海湖 滝・河川・湖
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宿舎のそばにあった絨毯工場で働く女の子たち。
出身民族は蒙古、漢、チベット、回族といろいろいるらしい。
彼女らのほとんどは「蔵」だった。
(子供のころから漢化しているみたいだ)
中学出てまもないようだけど、もう職人として働いている。自分よりずっと若くて1人前!
顔出ししないですがほっぺが赤くて、寒い場所に育った女の子らしい。青海湖 滝・河川・湖
-
写真:青海湖滞在から数日後の西寧からゴルムドまでの硬座チケット。
タール寺もまわるチャーターツアーにも関わらず、肝心のタール寺写真がないのは、青海湖のほとりからタール寺に到着してチケットを買った直後にどうも倒れたらしい…(と、あとで教えてもらう)。
写真と一緒に地図とタール寺のチケットがなぜか残っていたのに、寺の入り口は覚えているけど、入った記憶がないのはそういうわけだと。
気がついたら、西寧の青海省人民病院のICUのベッドの上で寝ていた図。
(ICUに入るぐらい重病だったのか?!と思ったが、外国人を入れる部屋がないからICUに入れたといわれた)
暑い夏だったし、やっぱりあっしは疲労たまっていたのだった。
省都とはいえ、首都や上海に比べると相当田舎の西寧だったけど、この病院には仙台の東北大学に留学したことのあるセンセ(外科)がぬあんといた。
最初はこのセンセの通訳があって、朦朧とした頭で中国語でコミュニケーションとる必要がなくて助かったのだ。
ほんでもって、タール寺で倒れたあっしを病院に運び込んで、西寧賓館に置きっぱなしの荷物を運んでくれたツアーメイトのみなさま、今でも感謝。ありがとうございます。
(もう誰か名前も分からんまま)
「あの時のツアーメイトは私です」
と名乗っていただければ、ほんとに会って感謝しに行きたい。 -
西寧駅前。
病院入院後、ゴルムドに向かう列車に乗る直前。
入院しなきゃならんほどの状態なのに、何でかここにたどり着いたのは、西寧で待ち合わせをしていた友人Fちゃん(西安でも会った)のおかげ。
待ち合わせの日に西寧賓館に現れない友人を探して、外国人旅行者たちやホテルに聞いて周っていたそう。
で、最近人民病院に送り込まれた旅行者の姿形が「どうも似てるぞ…」ということで、熱が下がったある日病室にFちゃん登場。
「ラサに行くぞ!」
と翌日のゴルムド行きの切符握り締めてたFちゃん。
彼女の助けでひーひー言いつつ、退院手続きとってよろよろしながらこの駅までやってきたというわけ。
しかし、入院代が1日100元(当時は1元=100円!)と、かなりぼったくられたような気はする。
(薬代ばもちろん別途) -
西寧~ゴルムド間を走る列車。
覚えあいまいながら、確か2日に1本の頻度だったはず。
ゴルムドはラサや敦煌への移動中継地になっていたので、列車の切符がとっても取り辛いと聞いていたがFちゃんが見事入手。
到着先の小さいゴルムドのゲストハウスには各国の旅行者がひしめいていた。 -
顔はお見せできないが、数日の入院で相当げっそり。入院中の食事は主に粥のみ。
病み上がりでよく硬座で寝れたもんだ…。
この時点でかなりの着たきりスズメ状態。ずっとシャワーは浴びておらず洗濯もできずで悲惨。
(病院にはパジャマとかそんな便利なグッズはなかったので、バスツアーの格好のまんま寝た。点滴などの投薬薬も、自分で院内薬局で処方箋提出して買うという大変なことをしていた) -
写真:ゴルムド~ラサ間、タングラ山の峠にて。海抜5231m。あっちの山は7000m以上かぁと話し合っていると気が遠くなった。
列車で1泊してゴルムドにたどり着いてさらにゲストハウスで1泊。
その間、ラサ行きの公共汽車(バス)に乗ろうと待機中の人々がいっぱいいるのをみかける。(ターミナルに行って運がよければ乗せてもらえる、そんな状況だった)
公共汽車でもなかなかの高額だったのと、何日もゴルムドで待ちくたびれるぐらい待機しなきゃならんというので、レストランで知り合ったアメリカ人の留学生カップルに「西寧でチャーターバスやってもらったんだけど…」と話してみた。
で、んじゃCITSに頼んでみましょ、ということで4人がかりで交渉後見事フィアットの空きバン(面包車)&ドライバー(漢族)を確保。
公共汽車の2倍ぐらい費用はかかるけど…と、ラサに行きたそうな旅行者数名もツアーメイトに引き入れて、ラサ行き片道1泊2日の道中は病み上がりの身にはありがたいものとなる。
写真のような途中写真スポットで休憩とか、トイレ休憩とか、そのへんはかなり臨機応変。ドライバーのおっちゃんは漢族だが、よく行き来しているそうだ。 -
タングラの峠でみんなわいわい走り回ったり踊ってたけど、5300mもの高地だということをうっかり忘れてた。
1泊する予定の安多(アムド)までの下り道、ほとんどのメンバーは軽い高山病で寝込む。
Fちゃんは平気な顔してた。
さすが山女…。 -
ラサ着!
前を歩くは山愛好者のFちゃん。
ほっそい外見だけど、登山で鍛えた健脚と肺機能は強靭でした。
西寧の人民病院で
「あたしが荷物持ったるからラサに行こう!」
と言ってくれなかったら、もう挫折していたかも。 -
ゴルムドからアムド経由でやってきた我らはまず、バーナークショーゲストハウス(八朗学旅社)へ。
バスで一緒だったアメリカ留学生カップルとは別れ、残り日本・オーストラリア・スイス・スウェーデン混成隊でここに泊まる。
移動疲れでまる1日眠り続けました。 -
ラサで手に入れた地図は蔵語のみ。
でもジョカン(大昭寺)、ポタラ、ノルブリンカのイラスト入りで検討つく。
ラサ滞在の1週間はほとんどジョカンエリアでだらだら。
病み上がり、ゴルムドからずっとハミ瓜だけで過ごしていたのもあって、5kgほど体重減。
みんなお腹の不調と戦ってました。
ゆるいのとか便秘組とか諸々。 -
バーナークショーを何かの理由で出て、近くのキレーホテル(吉日旅館)へ移動。
男女混成5人組で5人部屋使うのだが、みんな洗濯物が相当たまっていた。 -
ゴルムドから一緒にやってきたツアーメイトの人たちと。
(のうちの日本隊)
バーナークショー~キレーホテルとラサ出発まで一緒に過ごしていた。
みなさん、アムドから同じように軽く高山病で寝込んでいたけど、キレーホテルに移ってから本格始動! -
ジョカン(大昭寺)。
毎日この周辺をうろつく。ジョカン (大昭寺) 寺院・教会
-
ラサ滞在中、天気も空も近かった。
ジョカン (大昭寺) 寺院・教会
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ジョカン、撮影。
ジョカン (大昭寺) 寺院・教会
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写っていた。
ジョカン (大昭寺) 寺院・教会
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ポタラ宮前。この写真しか残っておらず。
標高高いあそこに登るんだな~と話しているとクラクラする。ポタラ宮 (布達拉宮) 城・宮殿
-
記憶がさだかでないけど、たしか町中心からはずれた場所にある新聞社あたりかと。
のら牛(ヤク)がちらほら。 -
青海湖に引き続き、じゅうたん工場へ。
-
働いている女性たちはほぼ蔵族。
-
パルコルをうろうろしていて、お香入れを売ってきた蔵族の女性と。
インナーは下界からのものだと思う。
あとカムあたりのヘアスタイルをしたチェンジマネーの兄さん方も撮影したかったけど…刀を脇に刺してびびった。(これがデフォルトという知識もなかった)バルコル 市場
-
外国人旅行者がたまっていたレストランにて。
一緒にラサにやってきたバスメイトたちもいてる。
だいたい基本ビール(インド製&中国製)と珈琲タイム。
ここでチョモランマベースキャンプにヒッチハイクで行って来たという猛者にも出会う。
ここでカトマンズに抜ける計画を披露してたけど、地震と大雨で道路のコンディションが悪く早く香港へ抜けたらどうかと勧められた。
(結果的にそれが正解だったのだが) -
友人Fちゃんとレストランオーナーのソナムくん。(仮名)
彼はチベット系なのだが国はネパールの人だったかも。
ちなみにここの名物はヤクバーガー。
ここでごはん食べている時、一人旅の日本人の中年女性に遭遇したが、トラック貸し切って西チベットのカイラス方面に行くという話を聞いた。Fちゃん以上にすごくパワフル。 -
旅仲間にすすめられた通り香港へ抜けて帰国することにした。
ラサ~成都~広州乗り継ぎ便をFちゃんと2日がかりで、中国民航ラサ支店にてねばり続けてゲット。
空港はラサからかなり離れたゴンガールにあるので、出発前日に空港そばの旅館に泊まるためラサを空港バスで出発。
ゴルムドからの旅仲間とはここでお別れ。
ラサを離れてまもないころ、翌年の戒厳令に先駆けること「国内問題」が発生し、国境がしばらく閉鎖してしまって出発できない人が続出したとのこと。
このままラサに滞在していたら予定通りに帰国できなかったのでは?とのちのち彼ら旅仲間の一人から便りがあった。 -
解読に苦労した中国民航発行のチケット(国内線)。
時間間違えそうになる。 -
翌日、乗継の成都にて。
着ているものが薄汚れている…。で昆明にいたころに比べてめっきりと痩せた。(出国後香港で計ったら5kg落ちてた)
手にしている筒は、南画をやってる親戚に頼まれた西安で買った画材道具の一部…。
ほんと邪魔で邪魔で仕方なかったが。
取り合えず予定通りに進まない旅だったが、入院というおまけもついた。成都双流国際空港 (CTU) 空港
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この旅行記へのコメント (6)
-
- がおちんさん 2014/03/21 11:57:16
- 貴重すぎる記録!
- おぎゃんさん
こんにちは、がおちんです。写真を追加されたのですね。もう懐かしい写真が目白押しで、熟読しました。
当時、ミレーのバックパックが流行りましたね。ウチの妻も赤いミレーでした。昆明の文化宮前の映画の看板、サニ族の土産売り(チェンマネ)、交通飯店の部屋、隣の新南門のバス駅、列車でのホーロー製のコップ等々、とても懐かしい。また80年代のチベットの風景は今では貴重な記録だと思います。フィルム時代で節約しながらの撮影なのに、おぎゃんさんはツボを押さえた写真を残していますね。
それにしても、入院で体重が8キロも減ったのにラサを目指すなんて、若さの成せる技ですね。駅で寝たり、寒かったり、標高の高いところに行ったりと、体に相当堪えたんでしょう。そのあと5キロ戻ったのが幸いです。最初はオニューだった青いスニーカーも、帰りの成都では渋い色合いに変わっていて、ハードな旅を物語っています。
無事に帰れて良かった。
がおちん
- おぎゃんさん からの返信 2014/04/03 19:30:19
- こんな旅はもうできないかな⇒ RE: 貴重すぎる記録!
- > おぎゃんさん
>
がおちんさん
亀レスです。書き込みありがとうございました。
> 当時、ミレーのバックパックが流行りましたね。ウチの妻も赤いミレーでした。
私の赤いミレーはその前の旅で同じ部屋だった女子大生のマネです。
バックパックにいろんな国のワッペン縫い付けて10年ぐらい使いました。
USAの人たちは「カナダの国旗があると何かと便利」なんて話していたのを思い出します。
>フィルム時代で節約しながらの撮影なのに、おぎゃんさんはツボを押さえた写真を残していますね。
一度中国製のフィルムを購入して映してみたんですが、それはそれはヒドイモノで(爆)
外国人が行動できる場所が限られていたので、同じホテルや同じレストラン、同じシャッターチャンス…と同じ場所をウロウロすることが多かったですね。
この当時に旅された方と共有できる思い出が多いのは本当に嬉しいです。
> 無事に帰れて良かった。
実家の両親あてに電話代わりに毎日絵ハガキを送っていたのですが、西寧に入って以来3週間(ハガキがうまく届かず)音信不通になってしまい、心配がピークになっていたとあとで聞きました。
3週間後に西寧+ラサ+香港からの絵ハガキがまとめて届いたとか(笑)
もうこんな危なっかしい旅は勇気がなくて出来ないですね。
若気の至り?の良き記憶です。
おぎゃん
-
- バルティーゴさん 2013/10/13 10:25:30
- こんにちは
- 初めまして。
今年の夏にラサへ一人旅をした者です。
おぎゃんさんの旅行記を楽しく読ませていただきました。
病み明けで西寧からラサまで!
高山病は?と心配してしまいましたが…。
お写真を見させていただく限り、今のラサとは全く雰囲気が異なりますね。
当時はゴルムドまでしか列車は通っていないし。
今のラサは、完全に中国化しています。
また訪問させていただきます。
- おぎゃんさん からの返信 2013/10/16 10:27:35
- はじめまして。
- パルティーゴさん
こんにちわ、始めまして。
メッセージありがとうございます。
> 病み明けで西寧からラサまで!
> 高山病は?と心配してしまいましたが…。
日本出発前に携帯用の酸素缶をバックパックに忍ばせてましたが、あっさり空港で没収されました(泣)。
体調がすぐれないこともあり軽い高山病になっていたようです。起きている時は水分(水+ハミ瓜)をとり続け、あとはひたすら寝てました。トイレ休憩や撮影ポイントで止まってくれなかったら耐え切れなかったかもしれません。
> 今のラサは、完全に中国化しています。
私が訪れた頃はまだチベット族の巡礼者も多かったのですが、ぼちぼちと人民解放軍が見え隠れしてました(翌年に戒厳令が発令されました)。
ネパールや近隣諸国のチベット族の人たちがお店を出してたり、カムの屈強な男性たちがチェンジマネーしてたりと、なんとなくのどかな雰囲気が残ってたのですが、残念です。
そういえばこのころはまだラサはパーミットも不要で、下界で疲れた旅行者たちのパラダイスだったみたいです(^^)
これからもよろしくお願いします。
おぎゃん
-
- 熱帯魚さん 2013/08/04 22:00:20
- 興味深いです!
- おぎゃんさん
こんばんは!
早速拝見しました ^^
昔の旅行記ですけど、見ごたえあって面白いです。
西安の餃子店とか行きましたよ、といっても数年前ですけど。
見かけがあんまりかわってなくて驚きました。
まさか西寧で倒れるとは、大変でしたね。
日月山をダッシュしてのぼったせいなのか…?
タール寺も広いですしね。
ちなみに、塩湖、私も行ったんですよ、日月山のあと。
ものすごくきれいでした。天気はぼちぼちでしたが。
飛び込みたーい!という気分にかられましたが、
飛び込んだら、お肌が痛くなりそうです。
さらにシンクロ日記みたいですけど、
来週からの夏休み、チベットに行くことにしたのです。
なんか面白い共通点?で、余計旅行記楽しめました。
ありがとうございまーす。
- おぎゃんさん からの返信 2013/08/06 17:23:33
- チベット!うらやましい〜
- 熱帯魚さん
コメントありがとうございます。
> 昔の旅行記ですけど、見ごたえあって面白いです。
そう言っていただいてうれしいです。
昔の出来事なんてクチコミサイトではなかなか役立たずですが、
今昔で見比べているのが楽しかったりします。
> 飛び込みたーい!という気分にかられましたが、
> 飛び込んだら、お肌が痛くなりそうです。
死海みたいに浮きそうで楽しそう。
全身ウェットスーツでそのうちアクティビティができるかもと
期待できますね〜〜
> 来週からの夏休み、チベットに行くことにしたのです。
> なんか面白い共通点?で、余計旅行記楽しめました。
これはまたとってもうらやましい!です。
私が訪れた翌年(1989年)からチベットはなかなか入境が
難しい場所になりました。
これ以上あれこれ書くと中国限定のファイアーウォールで引っかかりそうなので(^^;
夏休みが近づいていよいよ楽しみで仕方ないのではないでしょうか。
熱気あふれる旅行記で楽しませてください!
では。
おぎゃん
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