2012/09/08 - 2012/09/11
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2012年7月〜10月までの、3か月のヨーロッパ周遊記録(Vol.48)です。
現在、9カ国目イタリアを周遊中です。
Vol.48はローマ市内をまわったときの記録です。見どころが多いので、3日間にわたっています。タイトルのローマ人ですが、観光中に出会った地元のイタリア人です。とても暇そうだったので、土日で市内を案内してもらいました。
≪旅程≫
・9/8 (土)ヴァティカン観光後、夕方から★ローマ観光。
・9/9 (日)★ローマ観光。
・9/10(月)アッシジ観光。
・9/11(火)★ローマ観光(アッピア街道中心)。夕方ナポリへ移動。
写真はコロッセオです。
※1ユーロ=100〜104円
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩
-
◆9月8日(土)第66日目
Vol.47の続きです。
この日は1日、ヴァティカン観光で終わってしまいました。
18:00ごろ、疲れてサン・ピエトロ広場のそばの噴水で水を汲んでいたところ、ちっちゃなイタリア人男性に声をかけられました。
すぐどこかへ行くと思いきや、これがずーっとくっついてくるのです。
まだ明るいうちにできるだけローマ市内をまわろうと思っていた私は、ちょっと邪魔だなと思いましたが、彼がローマ在住の地元住人ということが判明。
見どころが多いローマは、詳しい人に教えてもらった方が早いかも・・・
だんだんそんな気がして、このあたりを案内してもらうことにしました。
写真はサンタンジェロ城です。
当初はローマの皇帝の霊廟でしたが、のちには要塞となり、法王の避難場所としても使われるようになりました。 -
ナヴォーナ広場です。
1世紀後半、ドミティアヌス帝がここに球技場をつくったのが起源とされています。
ネプチューンの噴水、4大河の噴水、ムーア人の噴水と、ローマ時代のオベリスクが建っています。 -
パンテオンに到着しました。
“パンテオン”は「すべての神々の」という意味で、すべての神々にささげられた神殿です。
紀元前27〜25年にアグリッパが創建しましたが火災で焼失し、118年にハドリアヌス帝によって再建されています。 -
日が落ちてきたので内部は暗いです。
光が入るのは、天井のクーポラの天窓だけです。
ここにはかつて、8つの小祭壇に神々が祀られていたそうですが、現在は国家的な功労者が祀られています。 -
こちらは、イタリア初代国王“V.エマヌエーレ2世”の墓です。 -
聖母子像の下にあるのはラファエッロの墓です。
その石棺にはラテン語で、“ラファエッロここに眠る・・・(略)”と書かれています。 -
パンテオン近くの“ピエトラ広場”
大理石も柱が並んでいます。
これは145年に建てられたハドリアヌス帝の神殿で、当時の神殿の左側面に相当します。
かつては税関としても使われていたそうですが、現在は証券取引所が置かれています。 -
すっかり暗くなりましたが、“トレヴィの泉”に到着です♪
すっかりライトアップされて、イメージとはちょっとかけ離れていますが・・・
お決まりですが、後ろ向きでコイン投げてきました(^o^)丿エイッ -
おなかがすきました。
ローマ人の彼が連れて行ってくれた、“カジュアルだけどおいしいお店”で夕食です。
お店の写真を撮るのを忘れてしまったので、今となってはどこなのかさっぱりわかりませんが、少し離れた観光客の全くいないところでした。
ピザとパスタをすっかりごちそうになり、宿泊先のホステルまでついて行ってくれました。
彼は、どこに何があるかは知っているものの、由来や歴史についてまではあまり知らないようでした。
よかったのか、悪かったのか??・・・わかりません。
日本語は、日本在住の外国人並みにスムーズで、日本語を話したくてたまらないのでくっついてきた、という感じでした。
話ばかりしていて、今見ると思いのほか写真が少なく、ちょっぴり寂しいような気もします。
≪出費≫
・宿代 25ユーロ -
◆9月9日(日)第67日目
9:00。宿泊先のホステルの前で、そのローマ人と待ち合わせをしていました。
私としては今日は自由に歩きたかったのですが、彼の誘いを断り切れなかったのです・・・(Noといえない日本人代表?)
時間も早すぎると相手にも迷惑かと思い、遅めに設定。
イタリア人だし、どうせ時間通りに来ないだろうなぁ。と思いつつ外に出ると、そこにローマ人がいるではありませんか!
予想外・・・やっぱり人は、枠ではくくれません。
彼と合流すると、“今日は自分の車で観光しよう”と言います。
さすがにためらいました。
車となると、やはり抵抗があります。
うーん、どうしよう・・・少し考えましたが、警戒しつつも、乗せてもらうことになりました。 -
まだ書いていませんでしたが、ローマ人は少しオネエ系です。
小さくてどことなく仕草のかわいい、おじちゃんです。
ですが、運転の荒いこと!
その理由はすぐにわかりました。
こうでないと、ローマの道路は走れないようなのです。
どの車も激しく飛ばしています。
少しでもモタモタしようものなら、ブーー!!とやられます。
・・・若干、車酔いしました(-_-)
まず最初にやってきたのは、“サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会”
ローマ時代の大浴場遺跡を活かして、ミケランジェロが設計した教会です。 -
中に入って、あぁ失敗したなと思いました。
日曜日の朝は、ミサのラッシュです。
あまり近づけないので、後ろからこっそり様子を見ていましたが、ローマ人は“大丈夫、大丈夫”と言ってずんずん前へ行ってしまいます・・・
そして観光客のように教会内を見学。
ミサ中で気は引けましたが、そーっと見学だけさせてもらいました。
こちらでは、サン・ピエトロ大聖堂から移されたいくつかの祭壇画が見どころのようです。 -
次に訪れたのは“サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂”です。
356年の夏、法王リベリウスが「今晩雪の降ったところに聖堂を建てよ」とのお告げを聞き、この地に聖堂が建てられたとの言い伝えがあります。
毎年8月5日には、この雪を再現して白い花びらが撒かれるのだとか。
早速入ろうとすると、“ちょっとそこでコーヒー飲んで行こうよ”
・・・とローマ人。
気乗りしない私をよそに、彼はのんびりコーヒーとクッキーを買い、早くも午前のティータイムに(-_-)
えーん・・・早く行こうよー・・・
一緒にまわるのを少しずつ後悔し始めた私。 -
やはりここもミサでした。
モザイクできらきらな内部。
圧巻です・・・
中央廊の大理石の柱は古代ローマの神殿から運ばれたもの。
後陣の天井のモザイク『マリアの戴冠』は13世紀のもので、色鮮やかなのが特徴です。
主祭壇の右側には、ベルニーニの墓があるとのことでしたが、近づけませんでした。 -
次に“サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂”にやってきました。
ここは長い間、カトリック教会の中心的存在だった大聖堂です。
キリスト教を公認したコンスタンティヌス帝が314年に建設し、法王に寄進したのがはじまりで、17世紀に大改築がなされています。 -
内部。 -
こちらは法王の専用祭壇。
上部の銀の箱の中に、聖遺物である聖ペテロと聖パウロの頭部が収められています。 -
そばにあった質素な建物に入りました。
ここには聖なる階段“スカラ・サンタ”がありますが、それはこのとき知りませんでした。 -
中に入って驚きました・・・
人々がかがんで膝をつき、少しずつ少しずつ、階段を上がっています。
宗教心の深さを目の当たりにしたような気がして、その光景には言葉が出ませんでした。
言い伝えでは、この階段はエルサレムのピラトの宮殿にあったもので、キリストが裁判の日に上ったことになっているようですが、実際には法王専用の礼拝堂とともに、かつてここにあった宮殿から移されたものだそうです。
私たちはこの階段を上ることはできないので、その脇にある別の階段で上がります。 -
聖なる階段の先にある、法王専用のサン・ロレンツォ礼拝堂は非公開で、入ることはできませんがちらっと覘くことはできました。
そこはとても神聖な雰囲気だったので、信者の方の邪魔をしないようさっと通り過ぎます。
この写真は、その隣にあった礼拝堂。 -
念願のコロッセオにやってきました!!
ここで一旦ローマ人とはお別れ。
家族で食事会があるからと、家に帰って行きました。
15:00にまたここで会うことになり(きっぱり断ることができない・・・)、それまで自由行動(?)となりました。
コロッセオとフェロ・ロマーノに行くつもりだったのですが、要領がよくわかっていなかった私は、ここのチケット売場の大行列に並びました。
再びの灼熱地獄です。
チケットを購入するのに45分もかかりました! -
ようやく中へ・・・ -
とても巨大な建築物です。
たくさんの人がいるのが見えるでしょうか??(米粒大かもしれませんが)
コロッセオは72年に建設がはじめられ、ティトゥス帝の時代に完成しました。
当時は5万人を収容でき、剣闘士や猛獣の殺し合いが連日繰り広げられ、ローマ市民を熱狂させました。
このような見世物を提供し、社会の問題からわざと目をそらせることは、当時の支配者にとって重要な政策の一つだったともいわれています。 -
当時の競技場の床部分はありませんが、地下構造があらわになっています。
ここには猛獣の檻や器材置場、舞台装置もありました。
観客席の大部分はその姿をとどめていませんが、当時は身分性別によって仕切られており、1列目は元老院議員用、そして身分の高い男性、平民男性、女性、奴隷の立見席・・・というふうに並んでいたようです。
今ここにいると灼熱地獄ですが、当時は屋上に日除けの天幕も張られていたとか。
イメージよりも、はるかに高度な技術が存在していたようです。 -
コロッセオの見学はさっと済ませたので、30分ほどで終わりました。
先を急ぎます。
あっという間に15:00になってしまいそうです。
フェロ・ロマーノへ行くべく、入口を探してサン・グレゴーリオ通りを南へ。
こちらはコンスタンティヌスの凱旋門です。
315年にミルヴィオ橋の戦いにおける勝利を記念して建てられたもので、ローマでは最大の凱旋門です。
装飾は、トラヤヌス、ハドリアヌス、マルクス・アウレリウスなどが建てた建造物を使用しているそうです。 -
フェロ・ロマーノの入口のつもりでやってきましたが、こちらはパラティーノの丘だったようです。
チケットはコロッセオと共通。
スムーズに入場できました。
そして気づきました。
・・・最初からこちらに並べばよかったと(@_@;)
共通券なので、長蛇のコロッセオに並ばなくともここで買えばよかったのです。
こちらの列は、コロッセオのおそらく1/3以下。
何も知らないで来ると、損することがとても多いです・・・ -
入場してすぐに遺跡が見えてきました。
でもなにかわかりません。
持っているのは歩き方ヨーロッパ版のあっさりした地図だけです。
見どころもわからずふらふら・・・。 -
スタディオ。
馬場として使われていたようです。 -
一面の花畑と遺跡。
このあたりにドムス・フラヴィアや八角形の噴水もあったようですが、知らずに見逃してしまいました。 -
“The Domus Transitoria(ドムス・トランシトリア)”と書かれた建物。
皇帝ネロの宮殿の一つだったようです。
建物の入口にはモザイクが、内部には古いフレスコ画が描かれた小部屋がありました。 -
こちらがそのフレスコ画。
ガイドブックに載っていなかったので詳しいことがよくわかりません。 -
歩いている途中で、“リヴィアの家ってどこかしら??”と尋ねられました。
当然わかるはずもありません。
聞くと、壁画がきれいなダイニングルームがあるといいます。
それを聞いて必死に探してまわりました。
・・・看板はありました。
が、本体がどれかわかりませんでした。
後から知りましたが、リディアの家は、保護のため全体が建物で覆われてしまっているそうです。
写真を見てあれだったのかとわかりましたが、そのとき建物自体は閉まっていて、自由に見学できる感じではありませんでした。
※人数が揃うとガイドさんが内部を案内してくれるようです。 -
そしてここからがフェロ・ロマーノです。
奥に見える巨大な建物は“マクセンティウスのバジリカ”
306年から建設が始まり、コンスタンティヌス帝の時代に完成した集会所です。
当時は大理石や聖堂の屋根が乗り、内部はスタッコや色大理石で装飾されていたようです。 -
“Via Sacra(聖なる道)”
宗教的な行列や凱旋の行進がこの道を通ったといわれています。
通りにはユリウスのバジリカや神殿跡があります。 -
聖なる道の終点に建つ“ティトゥスの凱旋門”
ヴェスパシアヌスとその息子ティトゥスが、70年にエルサレムで戦勝したことを記念してつられたものです。(81年建造) -
フェロ・ロマーノを遠くから眺めたところです。
神殿やバジリカの遺跡がなんとなく面影を残していて、想像力を掻き立てます。
当時はローマ市民の集会や裁判、商業活動や政治討論の場として栄華を誇っていた・・・そんな雰囲気が今でも感じられます。 -
ふとある建物を覘いたら、きれいなモザイクが残されていました。
残念ながらどこかは覚えていません。
どれが何の建物なのが、じっくり見る余裕もなく時間はすでに約束の15:00をまわっています。
ローマ人に電話をかけ、遅れることを告げ出口を探して急ぎました。
フェロ・ロマーノはとても興味深かったです。
今でもじっくり見たかったと思います・・・ -
外に出ました。
フォーリ・インペリアーリ通りは、日曜は歩行者天国になるようです。
コロッセオのきれいな写真が撮れます♪
このあたりには、フェロ・ロマーノだけでなくアウグストゥスのフェロ、カエサルのフェロ、トラヤヌスのフェロなどいくつものフェロがあります。
どれもおもしろそう!
ですが時間がありません。 -
こちらは、フォーリ・インペリアーリ通りのツーリストインフォメーションです。
大きくてわかりやすいです。
この後すぐにローマ人と合流しました。
リクエストを聞かれたので、真実の口とカラカラ浴場に行きたいと伝えると、
“じゃあその前にぜひ連れて行きたいところがある”と、彼は車を走らせます。
車はテヴェレ川を渡って、街の中心からどんどん離れていくようです。
私としては、初めてローマに来たばかりで王道コースにできるだけ行っておきたかったのですが、主導権は完全に運転手にあります・・・ -
“ここだよー”
どうやら、目的地に到着。
見晴らしのよい高台の広場です。
あとで地図で確認すると、ここはローマの街の西側、ジャニコロの丘にある“ガリヴァルディ広場”。
眺めはいいんですが、時間が気になる私。
カラカラ浴場の時間がそろそろ危ないんですけど・・・ -
再び街に戻ってきました。
こちらは“ヴィットリオ・エマヌエーレ?世記念堂”
イタリア統一の立役者、初代国王のヴィットリオ・エマヌエーレ?世の偉業を記念して1911年に完成したものです。
正面中央の騎馬像はV.エマヌエーレ?世像、その下にある『ローマの像』の下には第1次世界大戦で犠牲になった無名戦士の墓があります。 -
そしてようやく!
真実の口広場に到着しました。
『ローマの休日』の舞台にもなっている“サンタ・マリア・イン・コスメディン教会”。
もとはこのあたりに住んでいたギリシャ人のために建てられた教会なのだそうです。 -
入口には行列ができていました!
大人気の“真実の口”
この丸い石板は、古代の井戸か大下水溝クロアーカ・マクシマの蓋だったのではないかといわれています。
20分ほど並んで、ようやく順番がまわってきました!
お客さんをスムーズに流すためか、石板の前には係員がいるのですが、チップを払うと写真も撮ってくれるようです。
私はローマ人に頼んで撮ってもらったのでチップは渡していませんが、焦っていたので石板のみの写真を撮るのを忘れてしまいました。 -
あまりみな教会の中まで行かないようですが・・・
中は8世紀の創建当時のように、極力再現されています。
壁には美しいフレスコ画も描かれていました。
説教壇や燭台、聖像の描かれた壁などは12世紀の古いものだそうです。 -
教会と通りを挟んで向かいに建つ“ヴェスタの神殿”
勝利者ヘラクレスに捧げられたものといわれています。
ローマに残る大理石の神殿としては最も古く、紀元前2世紀終わりの建築物です。 -
日が傾いてきましたが、“カラカラ浴場”に間に合いました。
私はすんなりチケットを買えましたが、ローマ人はなかなか中に入ってきません。
どうしたのか尋ねると、お釣り切れで中に入れてもらえないとのこと。(札はあるのに)
係員はというと、「小銭ないならだめで当然」という毅然とした態度です。
この、客との対等な関係・・・日本じゃまずないでしょうね。
彼はバッグの奥まであさって何とか小銭を工面しましたが、お釣りがないからチケット売らないなんて、聞いたことありません! -
ともかく中へ入れました。
巨大な浴場遺跡です。
ここはカラカラ帝によって212〜217年にかけてつくられました。 -
無造作に置かれたモザイクの床。 -
こちらはわりときれいに残っています。 -
当時の予想図がありました。
メインの建物は、中央に温度の異なる3つの浴槽と大きなホールがあり、その両脇にはトレーニングのためのアスレチック施設などが、更衣室とともに左右対称に置かれていたと考えられています。
浴場の周囲には、集会のための広間や図書館、スタジアム、商店などもあったようです。
今の姿とはかけ離れていますが、当時はとても繁栄していたにちがいありません。
現在では、夏に行われる屋外オペラの会場としても使われています。 -
カラカラ浴場を閉館時間ぎりぎりに出て、ジェラートのお店に行きました。
“G.Fassi(ジョヴァンニ・ファッシ)”
ローマ人のお勧めで連れてきてもらったのですが、ガイドブックにも載っている老舗のお店でした。
店内はお客さんでいっぱい!
ジェラートの種類もとても多いので迷います! -
ヨーグルトと、バニラの2種類に決めました。
おいしいです♪
ですが、溶けるのはものすごく早いです。
ここでローマ人、日本語検定1級の問題集を取り出し、わからないところを教えてくれないか、と急に勉強のスイッチが入ってしまいました。
無理です。教えた経験もなければ教え方もわかりません。
文法的な説明はできないので、適当な例文を考えて説明はしましたが、間違っていないことを祈ります・・・(*^^*)
実はこの2日間、少しでも知らない言葉をこちらが発すると、“それ何!?”としつこく聞かれ続け、正直大変でした。
余裕があればいいんですが・・・ともあれ、充実した休日でした。
≪出費≫
・コロッセオとフェロ・ロマーノの共通チケット 12ユーロ
・カラカラ浴場チケット 6ユーロ
・水 1ユーロ
・コンタクトレンズ洗浄液 4.9ユーロ
・宿代 23ユーロ -
◆9月11日(火)第69日目
ローマ人とお別れして、10日はアッシジへ行き、今日はローマ観光最終日になりました。
8:00にチェックアウトして宿を出発。
今日はアッピア街道を訪れ、夕方ナポリへ移動します。
切符の購入とアルケオバス(アッピア街道の観光バス)について聞くため、テルミニ駅にやってきました。
まず切符売場の窓口で番号札を取っておき、その間にツーリストインフォメーションへ。
30分並んでアルケオバスについて尋ねましたが、知らないと言われました。
では路線バスは?と尋ねると、これも知らないと言われました。
なんと、“キオスクで聞いてみて”とだけです。
キオスクのおじさんはとても親切でした。
知らないなりにも解決策をいろいろ考えてくれて、長いやり取り・・・している間に切符売り場の順番がまわってきて、あと一歩のところで飛ばされてしまいました。
悔しい・・・再び番号札を取る羽目になってしまいました。 -
なんとか切符を買って外に出たところで、アルケオバスの乗り場を自力で発見しました。
チケットは、外のキオスクで買えます。
しかし10:00テルミニ駅発のバスはちょうど出てしまった後でした。
次の発車はなんと45分後!
待っていられません。
実は少し心残りだったスペイン階段とトレヴィの泉に、さっと行くことにしました。 -
スペイン階段のそばにある“Cafe Greco”
こちらもローマの休日でおなじみの名所です。 -
昼間のトレヴィの泉です。
今度はイメージ通り♪
記念写真をお願いしようとそばにいた女性に声をかけたのですが、あきらかに不信感いっぱいの目で見られ、気味悪がられました。
カメラを指さしてジェスチャーで、“押してほしい”と言ったのですが全然伝わらず、さらに後ずさりする女性。
すると旦那さんが現れ、状況を察したらしく“(危ないから)行こ。”
なんと日本語でした。
それにショックでした。
海外に不慣れな感じだったので、きっと周囲に警戒するよう散々言われ、心の余裕もなかったんだと思います。
でも、他の国の人にも同じようにするんだろうか・・・と思ったら、無性に悲しい気分でした。 -
コロッセオ近くから、アルケオバスに乗ることにしました。
ローマには何種類もの観光バスが走っています。
しかし、待っても待ってもバスは来ません。
来るのは別の赤い観光バスばかり。
案内人に聞くと、“うん、13:30まで休みだよ。”
・・・はぁ。。
パンフレットをよく見ると12:30〜13:30が休みでした。
13:45、ようやく待ちに待ったアルケオバスが到着。
ガイドブックには30分に1本とありましたが、バスの中のガイドに聞くと今日は1時間に1本ペースだそうです!
まずいなぁ、夕方の電車に間に合うかな・・・不安がよぎります。 -
サン・セバスティアーノ門をくぐって、バスはぐんぐん走っていきます。
マイル柱石も写真に収めかったのに、あっという間で無理でした(:_;)
本当は、レンタサイクルでもして走ろうかとも思いましたが、この道の細さと車の飛ばし方を考えたらちょっと怖いです。
車も少ないアッピア旧街道を、のんびり自転車で〜♪なんてイメージしていたのに、全然ちがいました。
(ずっと先まで行ったらのどかなのかもしれませんが、わかりません。) -
14:00前、サン・セバスティアーノのカタコンベに到着。 -
中はガイドツアーでまわります。
少し待って英語ツアーに参加しました。
外はうだるような暑さなのに、ひんやりした地下。
中にはたくさんの四角い穴がぽこぽこあいていました。
住居を思わせるような広い空間もあり、壁にはフレスコ画も描かれています。 -
写真がOKなのは、ツアーの最後に訪れた地上の教会だけ。
この下がカタコンベです。
ツアーはあっという間でしたが、初めてみるカタコンベは印象的でした。 -
アッピア街道の先に、チェチーリア・メテッラの墓が見えます。
時間があれば行きたかったのですが、時間が優先です。
バスがいつ来るのかわからないので、バス停で待機・・・
待つこと1時間半、ようやくバスがやってきました!
1時間おきというのも、もはや怪しいです。
すでに15:30。
電車に間に合うか・・・あやしくなってきました。
16:00すぎにテルミニ駅着。
電車の時間はまであと40分です! -
宿まで走って戻り荷物をピックアップして、駅へ急ぎました。
が、ぎりぎりで間に合いませんでした(*_*)
切符の買い直しを覚悟でインフォメーションに行くと、無料で1時間後の電車に切り替えできました。
それだけでも救いです・・・
次の目的地はナポリ。
数日前から重い気分でした。
治安の悪さで有名なナポリ・・・ローマ人でさえ、あそこは危ないと言っていましたし、ヨーロピアンたちはふつう何駅か離れたところに宿を取るとも聞いていました。
ともかく、電車は出発します。
17:39 Roma Termini→19:52 Napoli Centrale
※長くなってしまったのでナポリ編はVol.50へ続きます。
≪出費≫
・地下鉄・バス1日券 6ユーロ
・アルケオバスチケット 12ユーロ
・サン・セバスティアーノのカタコンベ 8ユーロ
・昼食 6.5ユーロ;バゲット、フレッシュジュース
・電車代 23ユーロ;ローマ→ナポリ
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