2013/02/16 - 2013/02/16
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アムールヤマネコさん
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”武蔵国分寺跡”(北方地区・僧寺)での遺跡発掘の現場見学会に行ってきました。
武蔵国(今の東京都・埼玉県・神奈川県の川崎と横浜市過半)の国分寺とその周辺を歩きます。 東西720m〜・南北550mの寺地を持つ大きな国分寺です。
全国で公園整備が進んでいる各地の国分寺ですが、武蔵国の国分寺も平成30年度までに一部の塀や鐘楼が復元される計画(資料館等は未定)です。
いよいよ目でも見えますよ〜(=^・^=)
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
都の埋蔵文化財センターによる”武蔵国分寺跡”北方地区(縄文・旧石器)の発掘成果と
市の教育委員会による”武蔵国分寺跡”廻廊内の確定
に関わる現場見学会に参加しました。
*数日前に事前見学した国分尼寺史跡公園や周辺施設等も情報掲載しました。周辺の方に親しまれる史跡公園になるといいですね by アムールヤマネコさん武蔵国分寺跡 名所・史跡
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現地の地図です。
①が東京都埋蔵文化センター
⑤が国分寺市教育委員会
による説明箇所です。
A(無料)は東山道の屋外展示、B(無料)とC(100円)は国分寺史跡関連の資料展示館です。 -
①
最初は”武蔵国分寺公園”横の都の発掘現場からでした。
10時半頃到着したんですが、とにかく寒かったですね。
作業員の立っている所がどうやら縄文時代ですな (=^・^=)
*現場は周囲(現代)より堆積土を2mくらい掘り下げています。広々芝生の市民公園です by アムールヤマネコさん都立武蔵国分寺公園 公園・植物園
-
①
少し早い目ですが、テントでの概略説明後、凍える前に早々に出発です。
*現地とは説明順序が逆になりますが、地上に近い方(深度?が)からご紹介します。 -
①
向かって左が近世・右が古代の人たちが掘った”水路跡”だそうです。
「古代の水路の方が深くて、凹角が四角くきちんと掘られているでしょう」という特徴の説明がありました。
確かに左側の近世水路は溝が浅くて底が丸いです。 -
①
遺物が発見されるとこのように”現場保存”されます。
場所だけでなく、この深さ(地層)でということが年代特定に繋がるからだそうです。
奥の白い基礎は現代の遺構です(=^・^=)。
*旧国鉄の学園施設や図書館があったようです。
(「官庁建築の基礎見本」で残すとかじゃなく、地下基礎の撤去は金がかかるので、一般的に次の上物工事までは、埋め込んじゃう事が多いです。) -
①
堆積地層によって土の色の違いがわかると思います。
*上で作業されている方(そこが地下2mです)を見ても、底までなら10m位は軽くありますよね。 -
①
上の第一ブラックバンドの横は『姶良丹沢火山灰(AT)層』と書いてあります。
鹿児島の錦江湾(桜島)爆発での火山灰だそうです。
鹿児島から関東まで飛んできたんですね。約2万6千年前?2万9千年前だそうです。
「おいおーい、それじゃもっと下はいったい何年前?」ですが、地層の変化を見ながら掘り進んでいくようです。 -
①
ここで発掘された矢じり・石斧等の縄文石器です。4から5千年前です。 -
①
以前にここで発掘された縄文土器の修復展示です。 -
①
旧石器遺物です。ここの特色としてメノウ製の石器もあります。1万2千から4万年前とか言ってました。
*ここでは「卑弥呼の話題」も最近の出来事のようです。 -
①
ナイフ形のものを作るために削られた石の破片も丁寧に集められます。
そんな昔にこんな物を造ってたんじゃ、スゴイ!というか、今もそこからあまり進歩がないというか・・・複雑です。 -
②
すぐ横にある東山道武蔵道(とうさんどうむさしみち)の保存遺構(7世紀後半)です。
幅12m(今の2車線道)の道路跡が490m確認され、300mほどが保存されています。4期に及ぶ工事跡が確認されており、表示は脇溝部分が黄色く彩色されて幅もひと目で視認できます。 -
空中写真ですが、上(北)から下(南)への黄色い線が東山道武蔵道です。
国分寺(僧寺)と国分尼寺の間を真っ直ぐ南の国府(府中市)に向けて走っています。
*正確に推定できないからとりあえず直線じゃなく、本当にこんなに真っ直ぐだったらしいですよ。 -
A
東山道武蔵道の遺構です。
さっきの所よりもう少し細かい説明があります。
古代の官道は合計で6300kmも造られたそうですね。
武蔵路は群馬県の新田(駅)から南下して武蔵国府に向かう東山道(近江〜陸奥間の内陸ルート)の支道です。 -
③
”国分寺薬師堂”です。
『金光明四天王護国之寺』の寺額は、「新井白石」とも親交が残る「高玄岱」の書だそうです。
半丈六(1.915m・古の本尊は丈六)で彫眼・漆箔の薬師如来坐像(平安末:重文)は毎年10月10日に開帳され、門前には近隣農家の方の市もでて賑わいます。本尊の薬師如来は、江戸期の開帳は33年に一回だった秘仏です by アムールヤマネコさん国分寺薬師堂 寺・神社・教会
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④
1718年に造立された仁王さまがいらっしゃる宝暦年間(1760年頃)建立の「八脚仁王門」です。
新編武蔵風土記稿に、旧薬師堂(1335建立)を縮めて仁王門にしたと記述され、杉柱には古の組み穴等が残るそうです。 -
【参考掲載:江戸名所図会(1835年頃)】
さすがに茅葺屋根は近年改められた様子(明治末図でも茅葺)ですが、灯籠や鐘撞堂の位置や石段も今と同じみたいです。
*古の国分寺に使われた古瓦は、江戸期には印や硯として重宝されたそうですね。
(原典:国立国会図書館、近代デジタルライブラリー) -
④
家康の関東入府まで戦乱続きだったこの地で、薬師様をお守りしてきた”武蔵国分寺”の姿がその山号「医王山」からも偲ばれます。
境内には前住職が丹精かけられた”万葉植物園”もあります。
http://www.musashikokubunji.jp/index.html -
④
火災にあった米津寺(東久留米)の山門(江戸期)を明治28年に購入して移築したそうです。
米津寺は旗本米津家(後に久喜藩主)の菩提寺です。 -
国分寺(僧寺)の復元模型です。
*全体を収めるために傾けて撮っていますが、手前(七重塔側)が東・奥(道は東山道)が西です。 -
武蔵は大国ですが、都から遠い辺境の田舎です。
「そこにこれだけの」と考えると素晴らしい(技術・労力)という思いと共に、民の負担は如何ばかりかとも感じます。
国家挙げての『神憑り』いや『佛ガカリ』状態だったのかもしれませんね。 -
⑤-1
僧寺講堂跡
国分寺は、1333年に鎌倉討幕軍(新田義貞)が幕府軍(北条泰家)と天下分け目の戦いを行い、義貞が一時狭山まで敗退した時に伽藍を焼失したと伝わっています。 -
⑦
戦乱で焼失しましたから、陶器や土器・銅銭まで出土はいろいろです。
そりゃ現地に当時いた方は慌てたでしょうね。
”国分寺薬師堂”の薬師如来さんも自分で走って逃げたという伝説が残るくらいです。 -
⑦
これは基壇の下などに敷かれた(重量分散)煉瓦です。
瓦で代用されることもあったようです。 -
⑦
瓦は献上瓦だそうで、焼かれた産地の名(武蔵国内)が刻まれています。 -
⑦
宇瓦(のきかわら)の文様です。
この瓦ですが、分厚いですし、今の瓦に比べて相当に重たくて固そうです。
石を持っているのと変わりませんよ。 -
⑤-1
北西角です。
内郭の塀外には、広い溝(大溝)と狭い溝(小溝)が周囲を取り囲んでいたそうです。
*理由は、残念ながら不明とのことでした。 -
⑤-1
塀は板塀と後には築地塀も作られたようです。
柱穴です。
ここでもやはり、古代の穴はきちんと四角で、近世のは効率よく丸いという説明がありました。 -
⑤-2
僧寺金堂跡
金堂とは金人(仏)堂ですから今でいう本堂です。
桁行き7間(約36メートル)×梁行き4間(約17メートル)の礎石建物です。
現在見れる木造だと「奈良の大仏殿」並の規模ですな。 -
⑤-2
金堂の基壇前面です。
「建物外壁横に敷いた雨ダレ除けの石」が後世の開墾等で集めて埋められた(捨てられた)そうです。 -
⑤-2
金堂基壇前面です。
基壇の版築(層状に突き固めた掘り込み地業)の層が「ミルフィーユみたいでしょう」って話す若い説明員の方の笑顔が印象的でした。
*後で聞いたんですが、昭和30年以来の金堂基壇のご開帳?らしいです。 -
⑤-3
南西角(2/12事前撮影)。
観覧日まで大切に保護されています。
ここには板塀だけで築地跡はないそうです。
金堂前面線との交差で20mほど先の角(住居有)を想定しています。 -
⑤-4
南東角です。
大溝跡ですね。 -
⑤-5
僧寺中心から七重塔方向。
距離が離れており、塔は華といわれた時代だけに「別寺」の可能性も残るようです。
2本目の跡もレーダーで見つかっているようですが、広すぎてという問題もあるようで・・・。 -
⑤-5
七重塔の基壇(約10m四方)です。
高さは約60メートルほどと想定されているようです。
現在は穴のある心礎(中心)を含めて礎石7個が残っています。 -
七重塔って、
「こんな感じやったんちゃうの」という1/10復元模型(資料館)です。
やはり「塔は華」ですからね。
*百聞は一見にしかずなので、「まあこんな感じ」のイメージ資料でお願いしますね。 -
⑥
”市立歴史公園 武蔵国分尼寺跡”です。
”黒鐘公園”も含めて桜時期にはとても美しいスポットです。
平成15年完成みたいですが、いわゆる「箱もの」は維持も問題ですよね。
残念ですが、ここに出したイメージ図を一部を画面修復するくらい荒れていました。
「見られていなければ、わからなければ」というのが、お寺の跡でという何とも言えない現場でした。 -
国分尼寺の3Dイメージ図です (=^・^=)
-
概説図。
古代は東山道がすぐ脇を通ります。
今はJR南武線がすぐ脇を通ります。
”伝鎌倉街道”が内郭を縦断していることで、国分寺よりも早い消失と推測されています。 -
⑥-1
「尼寺金堂」の基壇とその前の幢竿(どうかん:のぼり旗を立てる竿)です。
幢竿の柱径は25?30cmで高さは6mほどだそうです。 -
⑥-1
関係ないでしょうが、
「こちふかばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春をわするな」
と おもわず・・・の図です。(尼寺金堂の基壇脇) -
⑥-2
「尼僧院」の基壇部分も復元されています。
発掘時点で礎は石がほとんど残っていなかったので、青梅から新たに採掘して復元したそうです。 -
(イメージ)
こんな感じで礎石上に木を組んでいきます。 -
⑥-2
現地から掘り出された礎石だった石です。
大きいものは700kgもあるようですから、庭石にはちょっ大きすぎたのかな。 -
⑥-2
尼僧院横で復元された板塀の裏です。
柱径は25cmほどあります。
太い木材を四等分して削った丸太もあったようです。 -
⑥-2
尼僧院前の幢竿です。
理由は不明ですが、54度傾けて建てられたようです。 -
⑦
”お鷹の道・真姿の池湧水群”の弁天社です。
この辺り一帯にハケの水脈があります。
*飲料水は写真の弁天社鳥居の斜め前にある「真姿の池(全国名水百選)」で汲まれていますよ。地元の方にも大切にされているかわいい小道です。 by アムールヤマネコさんお鷹の道・真姿の池湧水群 名所・史跡
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C
名主だった「本多家」の長屋門(江戸期)です。
格式を表す門として許可されたそうです。
今は「武蔵国分寺跡資料館」の表門として使われています。周辺の方に親しまれる史跡公園になるといいですね by アムールヤマネコさん武蔵国分寺跡 名所・史跡
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C
鐙瓦(あぶみかわら・軒丸瓦)。
いわゆる『にしこくん』ですが、実にいろいろな文様があります。
*写真は資料館了解済 -
C
軒丸瓦と軒平瓦を併せて置くと、今の本瓦でみる波形が理解できますね。
しかしこうして重い瓦を重ねると余計に重量が嵩みます。
やはり日本家屋への理解は瓦の重量からなんでしょうね。
*写真は資料館了解済 -
⑦
”お鷹の道・真姿の池湧水群”の「お鷹の道」です。
付近は尾張徳川家の御鷹場だったそうです。
ここでは時期になるとホタルも飛ぶみたいですね。
美しい小道で、どなたが歩かれても絵になる散策道です。
どなたでもね。。。 (=^・^=)地元の方にも大切にされているかわいい小道です。 by アムールヤマネコさんお鷹の道・真姿の池湧水群 名所・史跡
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この旅行記へのコメント (2)
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- 十三の白髭さん 2013/03/06 23:34:38
- 国分寺跡、興味あり
- オリバーのすけさん
武蔵国分寺は伽藍の配置から見れば
西塔
南大門、中門、金堂、講堂、食堂
東塔
古代朝鮮の新羅系の寺院だと思います
私は寺社めぐりの時
寺院の伽藍の配置、金堂の形、祭神は誰かを見ながら
見て歩くのが好きです
訪問&投票 だんだん(島根県の方言でありがとうの意味)
今後の旅行記を楽しみにしています
十三の白髭
-
- ちびのぱぱさん 2013/02/26 23:09:17
- こんばんは
- はじめまして オリバーのすけさん
ちびのぱぱともうします。
実に興味深い旅行記、ありがとうございます。
通っていた高校が、都立国分寺でして、そのころは「国分寺」という名称に何の感慨もなく過ごしておりましたが、あらためてその歴史にふれ、感激しました。
それにしても、木造建築物というのはよく燃やされる運命にあります。
奈良の大仏殿クラスの建物が炎上するというのは、ある意味とてつもないミモノなのかも知れないと思いました。
黒澤明の映画で試みているのも、その辺なのでしょうか(影武者だったでしょうか)。
拙いわたしの旅行記もごらん頂いたようで、ありがとうございます。
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