2013/01/19 - 2013/01/19
197位(同エリア255件中)
WT信さん
3年前ここを訪れ、崖の上の老舗割烹旅館きむらやの窓から眺めた光景がある。小型の漁船が湾曲した室津の岸壁に沿って繋留され、港の岸壁と小山との間にへばり付く様に家が軒先を連ねる。
その時は時間の都合で、室津の中までは足を伸ばせずであったが、今回は予め室町散策をスケジュールに組み込んで貰っていた。
案の定、室津の街並みは昔ながらの、家々の間を縫うように、ミニバンの自動車がヤット通れる、細い曲がりくねった路地が連なる。
城の蔵を思わせるような室津小学校の前で自動車をおり、先ずは室津の西の瘤(のような・・御津からは一番右手)の頂上に建つ加茂神社に向かう。
播磨の国風土記の「この泊、風を防ぐこと室のごとし」が室津の由来といわれるように、室津の歴史は古く、加茂神社の由来も、神武天皇が東征の途上、先導役を務めた加茂建角身命に遡るという。
その後室津は源平合戦の舞台であり、江戸時代に参勤交代の港として、おおいに繁栄したらしい。
繁栄の地によくによくあったように、古い歴史を持つ遊郭があった地としても知られる。
中ほどに石の鳥居のあろ石段を上ると「平清盛参拝の社」と書かれた案内版が張られた、門(四脚門)に出る。
境内には長い回廊を左右に従えた唐門があり、奥には本殿を中心に5つ社殿が居並び、向かい合わせににも拝殿が配置されている。
このような形態の社殿は初めて見たような気がする。
石段の坂を下り、すぐ右手の道に沿って進むと法然上人縁の”淨運寺”に出る。
浄土宗の祖法然上人はこの地で遊女・友君を得度させ、飲み水に困っていた室津の人のために井戸を掘った。
”淨運寺”の門を出た見晴らしい崖の際に、遊女・友君塚が、”淨運寺”が立つ崖の麓に、”貝堀の井戸”が残る。
しかし”淨運寺”を建立したのは法然上人自身ではなく、高弟の信寂上人とのこと。
まだ見残しているところもありそうだ。
御津はきっとまた訪れることになるだろう。
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