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台湾滞在も明日で最後。<br /><br />本来の目的であるミャンマー人街を探しに<br />再び南勢角へ行った。

激安航空券で行く台湾6日間の旅(4) 2012年3月3日 再びミャンマー人街を探しに行く

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2012/02/29 - 2012/03/05

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9

ハイペリオン

ハイペリオンさん

台湾滞在も明日で最後。

本来の目的であるミャンマー人街を探しに
再び南勢角へ行った。

旅行の満足度
4.5
同行者
一人旅
交通手段
鉄道 高速・路線バス 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
利用旅行会社
JTB
  • 台北滞在も実質的にあと2日である。<br /><br />今日はまず桃園へ行って、明日のホテルを予約し<br />なければならない。<br /><br />別に明日直接行ってもいいのだが、本当に目当て<br />のホテルがそこにあるのか、少し不安なのだ。<br /><br />桃園で泊まることにしたのは、帰国便の出発時間<br />が午前8時50分と早いから。<br /><br />台北からだと1時間以上かかるし、渋滞に巻き込<br />まれるともっとかかってしまう。<br /><br />早朝は渋滞しないらしいが、やはり気になる。<br /><br />桃園には空港までの無料の送迎バスを出してくれ<br />るホテルがあるらしいから、そこに泊まるつもり<br />だ。<br /><br />まずは、旅館の隣の「台珈琲」で珈琲を一杯。<br /><br />朝食とるのがめんどうで、そのまま台鉄の新竹行<br />きに乗った。<br /><br />座席は台北駅でほとんど埋まった。<br /><br />台湾の電車に乗って気づいたのだが、ここの人も<br />ドア際に立ちたがったり、シートの一番端が空い<br />たらそこに移動したりと、日本人に似て、端っこ<br />大好き民族である。<br /><br />海外へ行っていろいろな国で電車に乗ったが、こ<br />ういう行動に出るのは、日本と台湾だけではない<br />かと思う。<br /><br />やはり島国の人間というのは、行動形態が似てく<br />るのだろうか。<br /><br />桃園へは35分くらいで着いた。

    台北滞在も実質的にあと2日である。

    今日はまず桃園へ行って、明日のホテルを予約し
    なければならない。

    別に明日直接行ってもいいのだが、本当に目当て
    のホテルがそこにあるのか、少し不安なのだ。

    桃園で泊まることにしたのは、帰国便の出発時間
    が午前8時50分と早いから。

    台北からだと1時間以上かかるし、渋滞に巻き込
    まれるともっとかかってしまう。

    早朝は渋滞しないらしいが、やはり気になる。

    桃園には空港までの無料の送迎バスを出してくれ
    るホテルがあるらしいから、そこに泊まるつもり
    だ。

    まずは、旅館の隣の「台珈琲」で珈琲を一杯。

    朝食とるのがめんどうで、そのまま台鉄の新竹行
    きに乗った。

    座席は台北駅でほとんど埋まった。

    台湾の電車に乗って気づいたのだが、ここの人も
    ドア際に立ちたがったり、シートの一番端が空い
    たらそこに移動したりと、日本人に似て、端っこ
    大好き民族である。

    海外へ行っていろいろな国で電車に乗ったが、こ
    ういう行動に出るのは、日本と台湾だけではない
    かと思う。

    やはり島国の人間というのは、行動形態が似てく
    るのだろうか。

    桃園へは35分くらいで着いた。

  • 桃園自体は狭いところにギュッと押し込められた<br />ようなゴチャゴチャした街だった。<br /><br />首都から30分だから、所沢みたいなところとい<br />えばいいだろうか。<br /><br />そういえば、心なしか街の人の服装ももうひとつ<br />品がない。<br /><br />目的のホテルは、喜星経典旅館というちょっと珍<br />しい名前のホテルだ。<br /><br />ホテルは駅の南側にあるのだが、桃園駅は北口し<br />かなく、いったん北口に出て、新竹方向にあるい<br />て、民族路の陸橋の下のトンネルをくぐって南側<br />に出なければならない。<br /><br />南側に出たら、ホテルはすぐにわかった。<br /><br />わりと小さなホテルだった。<br /><br />フロントに「有没有房間(部屋ありますか)?」<br />と尋ねたら、「日本人ですか?」と返された。<br /><br />やっぱりぼくの中国語は、外国人訛りなのだろう<br />か。<br /><br />フロントの青年は実にていねいな日本語で宿泊料<br />金や空港までの送迎について説明してくれた。<br /><br />まるで日本のそこそこ名の通ったホテルのフロン<br />トのようだった。<br /><br />彼なら日本に来てもサービス業で働けるだろう。<br /><br />ホテルは1泊1780元(週末料金)。<br /><br />空港への送迎は無料で予約制である。<br /><br />とりあえず明日の部屋を予約し、前金として<br />1000元支払った。<br /><br />日本円にして6000円以上とは、ちょいと高い<br />が、空港への車代込みということで納得した。<br /><br />桃園駅に戻り、券売機で台北行きの切符を買う。<br /><br />買い方をど忘れしてまごついていたら、浮浪者み<br />たいなおっさんが寄ってきて、行き先を押すんだ<br />よと教えてくれた。<br /><br />切符と同時にお釣りが出てきたとき、おっさんは<br />手を出して取ろうとしたのでくれてやった。<br /><br />台北方面はまだ時間があったので、駅のキオスク<br />でおにぎりを買った。<br /><br />台北でおにぎりを買ったのは初めてである。<br /><br />一口食べて「なんじゃこりゃ」であった。<br /><br />ごはんが酢めしなのである。<br /><br />台湾人は酢めしのおにぎりを食うのか? <br /><br />上り電車は、数分遅れでやってきた。<br /><br />車内は混んでして、ずっと立ちっぱなしだった。<br /><br />ドア際に立つ太った青年は、日本のオタクそっく<br />りで、ノートパソコンでずっとAKB48の動画<br />を見ていた。<br />

    桃園自体は狭いところにギュッと押し込められた
    ようなゴチャゴチャした街だった。

    首都から30分だから、所沢みたいなところとい
    えばいいだろうか。

    そういえば、心なしか街の人の服装ももうひとつ
    品がない。

    目的のホテルは、喜星経典旅館というちょっと珍
    しい名前のホテルだ。

    ホテルは駅の南側にあるのだが、桃園駅は北口し
    かなく、いったん北口に出て、新竹方向にあるい
    て、民族路の陸橋の下のトンネルをくぐって南側
    に出なければならない。

    南側に出たら、ホテルはすぐにわかった。

    わりと小さなホテルだった。

    フロントに「有没有房間(部屋ありますか)?」
    と尋ねたら、「日本人ですか?」と返された。

    やっぱりぼくの中国語は、外国人訛りなのだろう
    か。

    フロントの青年は実にていねいな日本語で宿泊料
    金や空港までの送迎について説明してくれた。

    まるで日本のそこそこ名の通ったホテルのフロン
    トのようだった。

    彼なら日本に来てもサービス業で働けるだろう。

    ホテルは1泊1780元(週末料金)。

    空港への送迎は無料で予約制である。

    とりあえず明日の部屋を予約し、前金として
    1000元支払った。

    日本円にして6000円以上とは、ちょいと高い
    が、空港への車代込みということで納得した。

    桃園駅に戻り、券売機で台北行きの切符を買う。

    買い方をど忘れしてまごついていたら、浮浪者み
    たいなおっさんが寄ってきて、行き先を押すんだ
    よと教えてくれた。

    切符と同時にお釣りが出てきたとき、おっさんは
    手を出して取ろうとしたのでくれてやった。

    台北方面はまだ時間があったので、駅のキオスク
    でおにぎりを買った。

    台北でおにぎりを買ったのは初めてである。

    一口食べて「なんじゃこりゃ」であった。

    ごはんが酢めしなのである。

    台湾人は酢めしのおにぎりを食うのか? 

    上り電車は、数分遅れでやってきた。

    車内は混んでして、ずっと立ちっぱなしだった。

    ドア際に立つ太った青年は、日本のオタクそっく
    りで、ノートパソコンでずっとAKB48の動画
    を見ていた。

  • 台北にもどり、MRTで南勢角へ再び行った。<br /><br />ミャンマー人街がどこにあるかというアテは特に<br />なかったが、もう一度探してみようと思ったのだ。<br /><br />駅を降りて、左のほうに行き、大き目の車道を歩<br />いていると、左側の路地に市場があった、その奥<br />にミャンマー語を配した雑貨屋がぽつんとあった。<br /><br />ここで聞けばわかるかもしれない。<br /><br />中年の店主らしい男性に、この付近にミャンマー<br />人街はないかと尋ねた。<br /><br />男性は「ある」と言った。<br /><br />「たくさんのミャンマー人が住んでいるんですか?」<br />「そうですね、たくさん住んでいますよ」<br />「ここからどのくらいかかりますか?」<br />「1時間くらい、いや、30分くらいかな」<br /><br />ずいぶん遠いところにあるようだが、本当にそん<br />なにかかるのだろうか。<br /><br />詳しく道順を紙に書いてもらった。<br /><br />ここまでくるのに歩いてきた大通りをそのままま<br />っすぐ、とにかくまっすぐいくと華新街という通<br />りがある。<br /><br />その通りがミャンマー人街だという。<br /><br />店主の話を聞いた限りでは、かなりたくさんのミ<br />ャンマー人のレストランや雑貨屋があるという。<br /><br />ぼくは、東京の高田馬場のように、ミャンマー人<br />の店がぽつりぽつりとあるだけだと想像していた<br />が、どうやら違うようだ。<br /><br />店主に礼を言うと、ミャンマー人らしいおだやか<br />な笑顔で見送ってくれた。<br />

    台北にもどり、MRTで南勢角へ再び行った。

    ミャンマー人街がどこにあるかというアテは特に
    なかったが、もう一度探してみようと思ったのだ。

    駅を降りて、左のほうに行き、大き目の車道を歩
    いていると、左側の路地に市場があった、その奥
    にミャンマー語を配した雑貨屋がぽつんとあった。

    ここで聞けばわかるかもしれない。

    中年の店主らしい男性に、この付近にミャンマー
    人街はないかと尋ねた。

    男性は「ある」と言った。

    「たくさんのミャンマー人が住んでいるんですか?」
    「そうですね、たくさん住んでいますよ」
    「ここからどのくらいかかりますか?」
    「1時間くらい、いや、30分くらいかな」

    ずいぶん遠いところにあるようだが、本当にそん
    なにかかるのだろうか。

    詳しく道順を紙に書いてもらった。

    ここまでくるのに歩いてきた大通りをそのままま
    っすぐ、とにかくまっすぐいくと華新街という通
    りがある。

    その通りがミャンマー人街だという。

    店主の話を聞いた限りでは、かなりたくさんのミ
    ャンマー人のレストランや雑貨屋があるという。

    ぼくは、東京の高田馬場のように、ミャンマー人
    の店がぽつりぽつりとあるだけだと想像していた
    が、どうやら違うようだ。

    店主に礼を言うと、ミャンマー人らしいおだやか
    な笑顔で見送ってくれた。

  • さっきの大通りに出て、とにかくまっすぐ歩いた。<br /><br />しかし、店主の言うような「1時間」とか「30<br />分」とかいうような長時間ではなく、十数分で華<br />新街に出た。<br /><br />そこは、道路の両側が食堂や雑貨屋で埋め尽くさ<br />れ、なかなかのにぎわいである。<br /><br />通りの入り口には「南洋観光美食街」という看板<br />があり、ミャンマー人街を観光として売ろうとし<br />ているようだ。<br /><br />通りの店の看板を見ていると、やはり丸っこいビ<br />ルマ文字が優勢で、他には当然中国語、そして<br />「泰国」の文字もちらほら。<br /><br />タイ人も住んでいるようだ。<br /><br />ちょうど、土曜日の昼ということで、通りに出さ<br />れた椅子やテーブルは人で埋まっていた。<br /><br />人々の顔つきは、一様に台湾人よりも黒く、日本<br />人のように肉付きがいい。<br /><br />聞こえてくる言葉は「ピャ」ヤ「ピョ」がやけに<br />多く混じるビルマ語だった。<br /><br />ぼくは、数年前に3度ほど訪れたミャンマーを思<br />い出し、なんともいえない懐かしさの中にからだ<br />を浸した。<br /><br />昼飯を食べていないので、一軒の食堂に入り、チ<br />ャーハンを注文した。<br /><br />ビルマ料理は、すっぱかったり、だしが全然なか<br />ったりとあんまりうまくないので、無難なところ<br />にした。<br /><br />店の小姐は、穏やかに微笑むビルマ美女とは程遠<br />く、中国大陸の田舎にいるような、がらっぱちだ<br />った。<br /><br />出てきたチャーハンはしかし、しっかりとミャン<br />マー風らしく、べっとりと油ぎっていた。<br /><br />そのあと、めんどくさそうな小姐にアイスコーヒ<br />ーをたのみ、ネスカフェで作ったようなアイスコ<br />ーヒーを飲んだ。<br /><br />全部で110元ほど。<br /><br />安いもんだ。

    さっきの大通りに出て、とにかくまっすぐ歩いた。

    しかし、店主の言うような「1時間」とか「30
    分」とかいうような長時間ではなく、十数分で華
    新街に出た。

    そこは、道路の両側が食堂や雑貨屋で埋め尽くさ
    れ、なかなかのにぎわいである。

    通りの入り口には「南洋観光美食街」という看板
    があり、ミャンマー人街を観光として売ろうとし
    ているようだ。

    通りの店の看板を見ていると、やはり丸っこいビ
    ルマ文字が優勢で、他には当然中国語、そして
    「泰国」の文字もちらほら。

    タイ人も住んでいるようだ。

    ちょうど、土曜日の昼ということで、通りに出さ
    れた椅子やテーブルは人で埋まっていた。

    人々の顔つきは、一様に台湾人よりも黒く、日本
    人のように肉付きがいい。

    聞こえてくる言葉は「ピャ」ヤ「ピョ」がやけに
    多く混じるビルマ語だった。

    ぼくは、数年前に3度ほど訪れたミャンマーを思
    い出し、なんともいえない懐かしさの中にからだ
    を浸した。

    昼飯を食べていないので、一軒の食堂に入り、チ
    ャーハンを注文した。

    ビルマ料理は、すっぱかったり、だしが全然なか
    ったりとあんまりうまくないので、無難なところ
    にした。

    店の小姐は、穏やかに微笑むビルマ美女とは程遠
    く、中国大陸の田舎にいるような、がらっぱちだ
    った。

    出てきたチャーハンはしかし、しっかりとミャン
    マー風らしく、べっとりと油ぎっていた。

    そのあと、めんどくさそうな小姐にアイスコーヒ
    ーをたのみ、ネスカフェで作ったようなアイスコ
    ーヒーを飲んだ。

    全部で110元ほど。

    安いもんだ。

  • 華新街のミャンマー人たちは、ミャンマーに住む<br />華僑が中心である。<br /><br />おそらく、ネ・ウィン時代の愚政に嫌気がさして<br />台湾へやってきたのではないかと思う。<br /><br />その後、移住した親戚を頼って現在に至るまで流<br />入が続いているようだ。<br /><br />タイ人もいるようだが、彼らは雲南地方にいて、<br />元国民党軍に属していた人たちである。<br /><br />雲南の国民党軍は、中国が共産化したあと、ビル<br />マからタイ北部にかけての山岳地帯に敗走した。<br /><br />タイ北部にはいくつか国民党残党が作った村があ<br />り、ぼくも20年前に、タイ北部のパーイという<br />村の近郊にある、ひどく貧しい国民党残党の村を<br />訪ねたことがある。<br /><br />黄金の三角地帯に定住した国民党の残党は、中国<br />の南下を恐れるタイやCIAの援助を受け、アヘ<br />ンビジネスの中で、ひとつの勢力を保ち続けた。<br /><br />黄金の三角地帯で一時期強大な勢力を誇った、シ<br />ャン州軍の頭目、クン・サーは、国民党軍の兵士<br />とシャン族の女性との間に生まれた子で、中国名<br />も持っていた。<br /><br />国民党の残党軍の将軍、段希文は、長年、タイの<br />最前線で共産化の防波堤として戦い続けた功績を<br />たたえられ、タイ政府から死後立派な墓を建造し<br />てもらっている。<br /><br />台北の外国人街は他に、MRT中和線の頂渓駅の<br />中興街に、中国山東省出自で、韓国を追われた韓<br />国華僑の街が、台北の中山北路のフィリピン人街、<br />などがある。<br /><br />林森北路には、日本人向けのバーや飲み屋がある<br />が、ここはほとんどが旅行者や駐在員向けなので、<br />日本人街とはいえないだろう。<br /><br />こうして見ると、台湾へ行く日本人は多いし、つ<br />ながりも強いが、なぜか日本人街というのはない。<br /><br />台湾に定住する日本人というのはあまりいないの<br />だろうか。<br /><br />ミャンマー人街を訪ねたことで、今回の旅の目的<br />は達することができた。<br /><br />これでなんとか台湾へ来た意義を見出せたという<br />ものだ。<br />

    華新街のミャンマー人たちは、ミャンマーに住む
    華僑が中心である。

    おそらく、ネ・ウィン時代の愚政に嫌気がさして
    台湾へやってきたのではないかと思う。

    その後、移住した親戚を頼って現在に至るまで流
    入が続いているようだ。

    タイ人もいるようだが、彼らは雲南地方にいて、
    元国民党軍に属していた人たちである。

    雲南の国民党軍は、中国が共産化したあと、ビル
    マからタイ北部にかけての山岳地帯に敗走した。

    タイ北部にはいくつか国民党残党が作った村があ
    り、ぼくも20年前に、タイ北部のパーイという
    村の近郊にある、ひどく貧しい国民党残党の村を
    訪ねたことがある。

    黄金の三角地帯に定住した国民党の残党は、中国
    の南下を恐れるタイやCIAの援助を受け、アヘ
    ンビジネスの中で、ひとつの勢力を保ち続けた。

    黄金の三角地帯で一時期強大な勢力を誇った、シ
    ャン州軍の頭目、クン・サーは、国民党軍の兵士
    とシャン族の女性との間に生まれた子で、中国名
    も持っていた。

    国民党の残党軍の将軍、段希文は、長年、タイの
    最前線で共産化の防波堤として戦い続けた功績を
    たたえられ、タイ政府から死後立派な墓を建造し
    てもらっている。

    台北の外国人街は他に、MRT中和線の頂渓駅の
    中興街に、中国山東省出自で、韓国を追われた韓
    国華僑の街が、台北の中山北路のフィリピン人街、
    などがある。

    林森北路には、日本人向けのバーや飲み屋がある
    が、ここはほとんどが旅行者や駐在員向けなので、
    日本人街とはいえないだろう。

    こうして見ると、台湾へ行く日本人は多いし、つ
    ながりも強いが、なぜか日本人街というのはない。

    台湾に定住する日本人というのはあまりいないの
    だろうか。

    ミャンマー人街を訪ねたことで、今回の旅の目的
    は達することができた。

    これでなんとか台湾へ来た意義を見出せたという
    ものだ。

  • 宿へ戻り、スポーツ新聞を見た。<br /><br />NBAのニューヨークニックスに所属する台湾系<br />アメリカ人、林書豪が一面を飾っていた。<br /><br />台湾のスポーツニュースはぼくが来てからという<br />もの、林書豪一色である。<br /><br />台湾系とはいうものの、両親がカリフォルニアへ<br />移住したあとに生まれたので、れっきとしたアメ<br />リカ人である。<br /><br />しかし、やはり台湾人としてはうれしくてしかた<br />ないのだろう。<br /><br />ちなみに中国では彼を「中国系アメリカ人」と報<br />じている。<br /><br />また、韓国では「林書豪は韓国人」などと言って<br />いる。<br /><br />なんでもかんでもウリナラに結び付けたがる幼稚<br />な韓国人のやりそうなことだ。<br />

    宿へ戻り、スポーツ新聞を見た。

    NBAのニューヨークニックスに所属する台湾系
    アメリカ人、林書豪が一面を飾っていた。

    台湾のスポーツニュースはぼくが来てからという
    もの、林書豪一色である。

    台湾系とはいうものの、両親がカリフォルニアへ
    移住したあとに生まれたので、れっきとしたアメ
    リカ人である。

    しかし、やはり台湾人としてはうれしくてしかた
    ないのだろう。

    ちなみに中国では彼を「中国系アメリカ人」と報
    じている。

    また、韓国では「林書豪は韓国人」などと言って
    いる。

    なんでもかんでもウリナラに結び付けたがる幼稚
    な韓国人のやりそうなことだ。

  • 宿のそばの食堂で夕食を食べた。<br /><br />「重慶自来の小皿料理」という看板がかかった店<br />で、メンマと豚のタンらしき小皿料理を頼んだ。<br /><br />ビールも頼んだが、「近くで買ってきて」と言わ<br />れ、言われたところに行ったものの、買い方がよ<br />くわからなかったので手ぶらで戻ってきた。<br /><br />すると女の子が「なかったの?」と聞いてくる。<br /><br />なんと説明したらいいのかわからなかったので、<br />ニヤニヤしていたら、彼女が買ってきてくれた。<br />

    宿のそばの食堂で夕食を食べた。

    「重慶自来の小皿料理」という看板がかかった店
    で、メンマと豚のタンらしき小皿料理を頼んだ。

    ビールも頼んだが、「近くで買ってきて」と言わ
    れ、言われたところに行ったものの、買い方がよ
    くわからなかったので手ぶらで戻ってきた。

    すると女の子が「なかったの?」と聞いてくる。

    なんと説明したらいいのかわからなかったので、
    ニヤニヤしていたら、彼女が買ってきてくれた。

  • 台湾はこのように、食堂や屋台にビールが置いて<br />なくて、別のところから買って来なければならな<br />い場合が多い。<br /><br />日本のような居酒屋文化というものがないのであ<br />る。<br /><br />いろいろ日本の文化を採り入れているのだから、<br />居酒屋も採り入れて欲しいものである。

    台湾はこのように、食堂や屋台にビールが置いて
    なくて、別のところから買って来なければならな
    い場合が多い。

    日本のような居酒屋文化というものがないのであ
    る。

    いろいろ日本の文化を採り入れているのだから、
    居酒屋も採り入れて欲しいものである。

  • 締めにカレーがあったので試しに食ってみたが、<br />まったくうまくなかった。<br /><br />まるで、「バーモントカレー」の甘口である。<br /><br />最近台湾でもカレー屋を多く見かけるが、みんな<br />こんな味なんだろうか。<br /><br />ちょうどドーナツ屋が閉店間際で空いていたので、<br />ドーナツを2個買った。<br /><br />これはまあうまかった。<br /><br />

    締めにカレーがあったので試しに食ってみたが、
    まったくうまくなかった。

    まるで、「バーモントカレー」の甘口である。

    最近台湾でもカレー屋を多く見かけるが、みんな
    こんな味なんだろうか。

    ちょうどドーナツ屋が閉店間際で空いていたので、
    ドーナツを2個買った。

    これはまあうまかった。

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