2012/05/09 - 2012/05/10
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frau.himmelさん
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ーヨーロッパ現代史の十字路ー
これは今回私が参考にした本のサブタイトルです。
歴史に興味のある人にとっては、ベルリンはこの上なく面白いところ。
プロイセン王国、ナチスによる支配、世界冷戦に伴う東西ドイツ分割、壁崩壊とドイツ統一などなど。
何度訪れても、これで満足と思ったことはありません。
ベルリンを去るときにはいつも何か大きな忘れ物をしたような気持ちに駆られます。そしてまた来てしまう。
歴史に翻弄された街ベルリン、変貌し続けているベルリン。
その激動に彩られた街に、今回は満を持して6泊いたしました。
旅行ガイドには載っていない場所も多数訪れました。
全くの自己満足の旅行記ですが、間違いや勘違いなどがありましたらどうかご指導くださいませ。
-
ヴィッテンベルクからベルリンに到着しました。
コインロッカーから荷物を取り出して、駅前からタクシーでホテルに向かいます。
タクシーの運転手は40代から50代前半くらいの男性。
タクシーは見覚えのあるベルリンの街並みを通って走ります。
私が懐かしい街並みを眺めていると運転手が話しかけてきました。
「ベルリンは初めて?」
「いえ、もう5回以上は訪れているかしら」
「えっ5回も、お仕事ですか?」
「仕事ではないんだけど、ベルリンが大好きなのよ。」 -
それに気を良くしたのか、
運「日本っていい国だよね。経済大国で有名だよね。」
私「でも最近は中国や韓国の方が豊かになって、日本は貧しくなったのよ。」
運「そんなことはないよ。僕はアジアの国では日本が一番好きだよ」と言ってくれました。
そして、「戦争中は、ドイツとイタリア、日本は仲間だったんだもんね」とも。
ベルリン到着早々三国同盟の話が出るとは思いませんでした。
歴史を辿る旅にはぴったりの幕開けですね。
今回もホテルはプレンツラウアーベルク地区。
旧東ベルリンの側ですが、とても雰囲気がある地区で、最近はこのあたりばかり選んでしまいます。 -
ホテルの前でタクシーは止まり、運転手は入口まで荷物を運んでくれました。
道中お話も楽しかったし、ちょっとばかりチップを弾みました(笑)。
この奥の方にホテルのレセプションはあります。 -
ホテルの部屋。
写真では狭く見えますが、入口から部屋までの空間がとてもゆったりとしています。
スーツケースなどはそちらに広げられます。
ここはドイツ鉄道(DB)のホテル検索で見つけました。 -
窓からは中庭が見えます。
その向こうは歴史的な公園に連なっているのです。 -
時間は7時過ぎていますが、まだ明るいので少し近くの散策をいたしましょう。
部屋の窓から見えた公園。
あそこに古い建物が見えますね(赤矢印)。
あの建物はベルリン最初の給水塔でしたが、外観はそのままで、現在は住宅として使われているそうです。
後日調べていて驚愕の事実が…
実は、第三帝国時代はなんと強制収容所として使われていたそうなんです。街の中心地にあることで、見せしめとしての意味合いもあったそうです。
ああー、あの時、階段があるから後回しにしよう、なんて思わなかったら…。
後悔しきりです。 -
さて、こちらが近年、トレンディスポットとして人気を集めているコルヴィッツ通り。
プラタナスの並木道の両側には、おしゃれなカフェや雑貨品店、レストラン、ギャラリーなどが並んでいます。
壁崩壊後アーティスト達も住み付き、洗練された街並みを造り上げています。 -
まだ旧東ベルリンの面影をそこはかと残しつつ、変貌しているプレンツラウアーベルク地区、コルヴィッツ広場。
この広場に私の目指すものが…。 -
コルヴィッツ広場には、この近くに住んだこともある【ケーテ・コルヴィッツ』の像があります。
彼女はドイツの彫刻家で、主に貧しい人々の生活や労働を描きました。
ナチス・ドイツ時代は、彼女の作品は「反ナチス作品」とされ、製作活動を禁じられました。 -
コルヴィッツといえば…。
ウンターデンリンデンにある、戦没者追悼施設として建てられたノイエヴァッヘ。
フリードリッヒ・シンケルの設計によるギリシャ様式の素晴らしい神殿です。(後日撮影したもの) -
この中に、ケーテ・コルヴィッツの「ピエタ(死んだ息子を抱きかかえる母親)像」が1体だけぽつんと置いてあります。
ご覧になった方も多いのでは。
自身も息子2人(たしか)を戦争で亡くした母親なのです。
とって胸に迫るものがあります。(後日撮影) -
広場では綱渡りの練習をしている人。
アチラのベンチでは、お喋りに興じている若者達。
平和ないい時代ですね。 -
先ほどのおしゃれな街並みと比べて、この辺はまだ雑然とした感じ。
新旧がまだ入れ替わっていない地域があちこちに残っています。
それらがうまく共存しているのがコルヴィッツ地区なんですって。 -
外部から入ってきたアーティスト達も多く、殺風景な空き地もこんなかわいい遊び場に変身です。
-
東ドイツ時代の荒れ果てたまま放置してある空き地もあります。
それすらプレンツラウアーベルク地区にあると、お洒落な雰囲気を醸し出しています。
私もこの両方が味わえるので、プレンツラウアーベルク地区にベルリン滞在の拠点を置くのかもしれません。 -
翌日。
アレキサンダー広場まで歩きます。
昨日は、再興が進んだおしゃれな街並と旧東ベルリン時代のまま残されている荒廃した荒地、この両方を見てきました。
ここにはもっと古い建物が残っています。
1864年建造とあります。というと普仏戦争当時のものかしら?
この付近は比較的戦禍にあわなかったようです。 -
歴史の風を感じながら、プレンツラウアーベルク通りをアレキサンダープラッツの方に向かいます。
-
またまた街のど真ん中だというのに、深い緑が広がる公園のように見える場所が見えてきました。
-
緑の森を、年期を経たレンガ造りの塀が取り囲んでいます。
落書きは相変わらずですね。
その中は…。 -
実はお墓なのですが、まるで公園のような雰囲気ですね。
のんびりと散策している人、くつろいでいる人もいます。
ベルリンの中心地に存在するお墓ですから、歴史的に名を成した知名人のお墓もあるんでしょうね。
ちょっと気になるところです。 -
マリア像
-
この付近は今やベルリンの人気スポット。
シティーツアーの観光バスも走っています。 -
テレビ塔があんなに近く見えます。
アレキサンダー広場が近づいてきました。
この広場はよく来ました、懐かしいですねー。 -
アレキサンダープラッツ。
大噴水の周りには大勢の人が集まっています。
私はこれから地下鉄に乗って絵画館へ向かいます。 -
地下鉄U2のアレキサンダープラッツ駅からポツダム広場駅まで行って、そこからバスに乗り換えます。
-
ところがモーレン・シュトラーセ駅まで来たらみんな降ろされました。
ちょうど良かった、私はこの駅は滞在中1度訪れたいと思っていました。
この駅の壁は素晴らしい重厚な赤い大理石が使われていますね。 -
壁だけではなく、柱やイスまで大理石です。
実はこの大理石は、第三帝国総統ヒトラーの部屋にあったものなんですって。
この近くにあった総統官邸の赤大理石を利用しているのだとか。
モーレンシュトラーセ駅を出て、程近い場所に、ヒトラーがエヴァ・ブラウンと自殺した防空壕もあります。 -
さて、モーレンシュトラーセ駅で降ろされた私は、ポツダマープラッツまで歩き、そこからM29のバスに乗りました。
何でもU2は工事中だったのだとか。 -
ポツダマーブリュッケ(ポツダム橋)でバスを降りて、運河沿いを歩きます。
-
ポツダム通りの方に折れて…。
前方にはポツダム広場の風景が広がっています。
ここからのソニーセンターは、本当に富士山のように見えますね。 -
美術館の前にズラーリと長蛇の列。
あそこが絵画館?えーっ日本と変わらないじゃない…。
よく見たら、ゲルハルト・リヒターというドイツで大人気の画家の絵画展を開催しているようです。 -
絵画館はこちら。
アチラと違って人影もまばらです。
ここの入口でベルリン美術館カード3日用(19ユーロ)を買いました。
3日間、ベルリンの指定された博物館・美術館が無料、あるいは割引になるというものです。 -
絵画館内部。
このあとここの作品が日本にやってきました。
私は8月に上野の西洋美術館で開催された「ベルリン展」に行ってまいりました。
作品は、旅行記でご紹介していますのでそちらをご覧ください。
http://4travel.jp/traveler/masago45/album/10706625/ -
ここでは代表的なものを2,3点だけ。
これは来日したフェルメール(1632-1675)の作品
「真珠の首飾りの少女」 -
同じくフェルメールの作品
「紳士とワインを飲む女」 -
今回の旅で大変お世話になった
ルーカス・クラーナハ・父(1472-1553)
「ヴィーナスと蜂蜜泥棒のクヴィト(キューピット)」。
実はこの付近でカメラのメモリが少なくなってきました。
予備を持ってきたつもりでカバンの中を探すけど見当たりません(泣)。
名画の前でゴソゴソやっていた私は、思いっきり不審人物として注目され、係員が周りをウロウロしています。 -
これも来日しましたね。
レンブラント派 「黄金の兜の男」1650/55頃。
結局メモリは見つからず。
仕方がないので、いらない写真を消去しながら次!っていう風に撮影しました。
残念でしたねー。目を見張る名画がたくさんあったのに。 -
ホテルに戻れば予備がありますが、時間が勿体ないのでアレキサンダープラッツの電気屋さんへ。
ドイツの電気量販店「サトゥルン」。 -
中は、日本のビックカメラやコジマデンキなんかと変わりません。
8Gのメモリが11ユーロでした。 -
メモリを買って外に出るとアレキサンダー広場ではデモをやっていました。
銀行のデモのようです。 -
私にも、ビラをくれました。
でも、今のデモは皆さんの顔にも笑顔が見られ、デモを楽しんでいるといった風情です。 -
アレキサンダー広場は、東西ドイツ分断時代は東ドイツ側でした。
当時の教員組合の拠点だった建物、今も当時と同じく「ハウス・デス・レーラース(教師の家)」という名で呼ばれています。
壁面に描かれたカラフルな壁画・プロパンガンダの絵が目立ちます。 -
さまざまな職業の人々が、生き生きと社会主義国家に暮らしている様子が描かれています。
東ドイツに明るい希望を持っていた労働者の幸せな日常…、のはずでした。 -
旧東ベルリンの象徴とも言えるテレビ塔と世界時計。
-
この広場で、1989年11月4日、民主化を求める大規模なデモが行われました。
100万人とも言える群集が埋め尽くしたアレキサンダープラッツ。
その5日後の11月9日の深夜に、30年近く東西ベルリンに立ち塞がっていたベルリンの壁が崩壊することになります。
(資料よりコピー) -
上の写真の中央に写っていた世界時計は、旧東ベルリンの象徴として今も時を刻んでいます。
(23)の数字の下には【TOKYO】の文字も見えます。
さて、では次に移動しましょう。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- 迷子さん 2013/01/13 14:33:22
- ワァ〜、ベルリン編が始まりましたね♪
- こちらで、又ベルリン豆知識を仕入れにお邪魔します〜。
どんなベルリンの横顔に出会えるか?
楽しみ、楽しみ♪
- frau.himmelさん からの返信 2013/01/13 19:50:44
- RE: ワァ〜、ベルリン編が始まりましたね♪
- 迷子さん こんばんは。
名前まちがえそう〜(笑)
> 又ベルリン豆知識を仕入れにお邪魔します〜。
私の旅行記なんて、ホントに自己満足の世界なんです。
少しでも迷子さんのお役に立てば嬉しいのですが…。
旅行計画は進んでいますかー?
なんだかアチコチと引っ張りだこでお忙しそうですね。
私も先ずは昨年の旅行記を仕上げてしまわなければ、
計画どころではありません。
また見に来てくださいね。
himmel
-
- ペコリーノさん 2013/01/11 15:20:23
- 私の知らないベルリン
- frau.himmelさん こんにちは
いよいよベルリン編が始まりましたね。
わくわくしながら見ました。私の知らないベルリンがたくさん!
本当にベルリンと言うのはいろいろな切り口があって、奥が深いです。
絵画館も日本に行ってしまって、見ていない絵がたくさんありましたし(笑)。
ベルリンに5回もそして、今年の春に6回目の訪問なんて、本当にすごいです。
himmelさんの旅行記を参考にして、私も次の訪問の時(いつになるのやら)の為に予習させていだたきま〜す。
とりあえず、「コルヴィッツ・プラッツ」の位置は地図で確認しました。
ペコリーノ
- frau.himmelさん からの返信 2013/01/13 19:37:47
- RE: 私の知らないベルリン
- ペコリーノさん こんばんは。
返事が遅くなってごめんなさい。
ベルリン編、早く仕上げてしまわなければ、なんて…。
落ち着いて次の旅行計画が立てられないのです(笑)。
そうですね、ベルリンもいろんな表情を見せてくれますね。
ペコリーノさんのベルリンと私のベルリン、
同じプレンツラウアーベルクにホテルをとって(でしたね?)、
同じようなところを歩いていても、目が違うと全然別なところのようですね。
私、ペコリーノさんのベルリンって楽しくて大好きです。
ベルリンフィル、一緒に行く友人とも相談したら、
行こういこう!となりました。
スケジュールが決まったら早速ネットで予約します。
また相談にのってくださいね。
himmel
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