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「木曽路はすべて山の中・・・」で始まる小説「夜明け前」は島崎藤村作品、そして、木曽路は島崎藤村の故郷でもある。そして、木曽路は中山道の通り道でもある。<br /> 日本橋を歩いて出発し、木曽11宿を通過したのは2011年初秋であった。素晴らしい中山道の宿場町を通り、終点京都に到着したのは2012年春でした。木曽11宿とは木曽路の北の関所を持つ贄川宿、鳥居峠を控えた奈良井宿、お六櫛で有名な藪原宿、木曽義仲の故郷である宮ノ腰宿、福島宿は関所の町、寝覚の床の奇岩は上松宿に近く、清水が湧いていた須原宿、七曲がある野尻宿、三留野宿、古い町並みを残す妻籠宿、そして最後は藤村の生家がある馬籠宿である。テクテク歩きの旅人は、この木曽路を4日掛けて通過した。<br /> そして、1年後の2012年10月、その旅人は、再び、車で訪れたのである。神奈川県から出て戻るまで1泊2日のドライブ旅行だった。再び、木曽路を観た旅人は思った「木曽路は何度来てもいいなア〜」と。<br /> <br /> 今回のドライブ旅行は「是れより南 木曽路」の石碑がある北の端から、「是れより北、木曽路」の石碑までを巡って観た、思い出深い旅行でした。

木曽路ドライブ旅行

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2012/10/04 - 2012/10/05

695位(同エリア1368件中)

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オータムリーフさん

「木曽路はすべて山の中・・・」で始まる小説「夜明け前」は島崎藤村作品、そして、木曽路は島崎藤村の故郷でもある。そして、木曽路は中山道の通り道でもある。
 日本橋を歩いて出発し、木曽11宿を通過したのは2011年初秋であった。素晴らしい中山道の宿場町を通り、終点京都に到着したのは2012年春でした。木曽11宿とは木曽路の北の関所を持つ贄川宿、鳥居峠を控えた奈良井宿、お六櫛で有名な藪原宿、木曽義仲の故郷である宮ノ腰宿、福島宿は関所の町、寝覚の床の奇岩は上松宿に近く、清水が湧いていた須原宿、七曲がある野尻宿、三留野宿、古い町並みを残す妻籠宿、そして最後は藤村の生家がある馬籠宿である。テクテク歩きの旅人は、この木曽路を4日掛けて通過した。
 そして、1年後の2012年10月、その旅人は、再び、車で訪れたのである。神奈川県から出て戻るまで1泊2日のドライブ旅行だった。再び、木曽路を観た旅人は思った「木曽路は何度来てもいいなア〜」と。
 
 今回のドライブ旅行は「是れより南 木曽路」の石碑がある北の端から、「是れより北、木曽路」の石碑までを巡って観た、思い出深い旅行でした。

同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配
  • 塩尻ICで自動車道路を降り、国道19号線を南下する。道路はは比較的、空いていて快調に走る。道はJR中央線沿いにあるが、「中山道一里塚交差点」を通過すると、その先は「洗馬宿」でバイパスになっている。中山道歩きの時に洗馬に一泊したがそれは民宿「千倉」で国道沿いにあったので、運転しながら、ちらっと見えた。懐かしい。<br /> <br /> 本山宿の先に「是れより南木曽路」なる石碑がある。ここで駐車して、歩いて観に行く。周囲は木曽の山々に囲まれている。途中の道沿いには山野草が花を咲かせていて、天気も良好、のどかな雰囲気です。<br />

    塩尻ICで自動車道路を降り、国道19号線を南下する。道路はは比較的、空いていて快調に走る。道はJR中央線沿いにあるが、「中山道一里塚交差点」を通過すると、その先は「洗馬宿」でバイパスになっている。中山道歩きの時に洗馬に一泊したがそれは民宿「千倉」で国道沿いにあったので、運転しながら、ちらっと見えた。懐かしい。
     
     本山宿の先に「是れより南木曽路」なる石碑がある。ここで駐車して、歩いて観に行く。周囲は木曽の山々に囲まれている。途中の道沿いには山野草が花を咲かせていて、天気も良好、のどかな雰囲気です。

  • 木曽11宿場の最初は「贄川宿」になり、その宿場の北の入口に贄川関所が復元されている。2011年に訪れた時は、入場料を払って、内部をくまなく観せてもらったが、今回は、駐車場もなかったので、素通りしました。写真左が国道19号線、真ん中の鉄道が中央線で、右端に写っている建物が贄川関である。

    木曽11宿場の最初は「贄川宿」になり、その宿場の北の入口に贄川関所が復元されている。2011年に訪れた時は、入場料を払って、内部をくまなく観せてもらったが、今回は、駐車場もなかったので、素通りしました。写真左が国道19号線、真ん中の鉄道が中央線で、右端に写っている建物が贄川関である。

  • 贄川から少し走ると、「道の駅・木曽ならかわ」があったので、寄ってみた。普通の道の駅の通り、その土地で採れた野菜や果物を中心に、特産物が沢山並んでいるのである。買いたかったが、未だ、先があるので諦めました。でも、全て安く売っていましたよ。

    贄川から少し走ると、「道の駅・木曽ならかわ」があったので、寄ってみた。普通の道の駅の通り、その土地で採れた野菜や果物を中心に、特産物が沢山並んでいるのである。買いたかったが、未だ、先があるので諦めました。でも、全て安く売っていましたよ。

  •  この道の駅の奥に、木曽くらしの工芸館がある。この先には木曽平沢と言う町があり、ここは漆器で有名な場所だ。その為に、この工芸館では漆器の製品が展示販売されているのである。さすが高価な工芸品である。同時に、ここにも、木曽のお土産品が沢山並んでいる。この写真は「撮影はご遠慮ください」を知らなくて撮ってしまったものです。ゴメンナサイ!

     この道の駅の奥に、木曽くらしの工芸館がある。この先には木曽平沢と言う町があり、ここは漆器で有名な場所だ。その為に、この工芸館では漆器の製品が展示販売されているのである。さすが高価な工芸品である。同時に、ここにも、木曽のお土産品が沢山並んでいる。この写真は「撮影はご遠慮ください」を知らなくて撮ってしまったものです。ゴメンナサイ!

  •  木曽平沢の町並です。真ん中の道路が中山道で、当時の道幅そのままです。この街は重要伝統的建造物群保存地区で、江戸時代以前から、木曽漆器の産地として大きく発展し現在に至っています。町は漆器工芸に関する家や店ばかりで、木曽漆器祭りが、毎年6月に行われます。普段は静かな町並みです。

     木曽平沢の町並です。真ん中の道路が中山道で、当時の道幅そのままです。この街は重要伝統的建造物群保存地区で、江戸時代以前から、木曽漆器の産地として大きく発展し現在に至っています。町は漆器工芸に関する家や店ばかりで、木曽漆器祭りが、毎年6月に行われます。普段は静かな町並みです。

  •  次は「奈良井宿」見物である。ここに来たのは、今度で3回目となる。ここはいつ来ても素晴らしい宿場である。宿場入り口脇には「木曽の大橋」なる、優雅な太鼓橋が奈良井川に架けれれています。国道19号から、この橋を渡って、奈良井宿に入ることが出来ます。

     次は「奈良井宿」見物である。ここに来たのは、今度で3回目となる。ここはいつ来ても素晴らしい宿場である。宿場入り口脇には「木曽の大橋」なる、優雅な太鼓橋が奈良井川に架けれれています。国道19号から、この橋を渡って、奈良井宿に入ることが出来ます。

  •  旧中山道の奈良井宿は鳥居峠の登り口にある奈良井川沿いに1kmにわたって町並みを形成する、日本最長の宿場である。そして、ここは重要伝統的建造物群保存地区として、街並みが当時のままの様子で保存している。新築、増改築、修繕や色彩変更は簡単に出来ず、承認制度となっているそうで、これはこれで又大変な事です。 <br /> ここを歩いていると、本当に江戸時代にタイムスリップした感じを受けて、歴史的な建造物を観て歩くのは本当に興味深い。去年、詳細に見て歩いるので、今回は表から見て回りました。

     旧中山道の奈良井宿は鳥居峠の登り口にある奈良井川沿いに1kmにわたって町並みを形成する、日本最長の宿場である。そして、ここは重要伝統的建造物群保存地区として、街並みが当時のままの様子で保存している。新築、増改築、修繕や色彩変更は簡単に出来ず、承認制度となっているそうで、これはこれで又大変な事です。 
     ここを歩いていると、本当に江戸時代にタイムスリップした感じを受けて、歴史的な建造物を観て歩くのは本当に興味深い。去年、詳細に見て歩いるので、今回は表から見て回りました。

  • 丁度、昼時なので「徳利屋」なる一見の古い店構えの郷土館茶房に入った。 この徳利屋は昭和初期まで、旅籠として使われていた建物で、現在は資料館を併設した食事処となっている。そして、市の有形文化財でもあります。<br /> この徳利屋に入ると、入口が広く、左側には座敷とテーブルがあり、ここで、食事が出来ます。五平餅と蕎麦を頼みました。スダレ越しに、中山道を往来する旅人(観光客)がみえて、中々風情があります。<br />

    丁度、昼時なので「徳利屋」なる一見の古い店構えの郷土館茶房に入った。 この徳利屋は昭和初期まで、旅籠として使われていた建物で、現在は資料館を併設した食事処となっている。そして、市の有形文化財でもあります。
     この徳利屋に入ると、入口が広く、左側には座敷とテーブルがあり、ここで、食事が出来ます。五平餅と蕎麦を頼みました。スダレ越しに、中山道を往来する旅人(観光客)がみえて、中々風情があります。

  •  この徳利屋の店の中には島崎藤村が「夜明け前」の小説を書くために資料を集めに来て、ここに泊まり、この旅籠の主人と囲炉裏を囲み、話をしている写真がありました。そして、その囲炉裏は現在も現役です。

     この徳利屋の店の中には島崎藤村が「夜明け前」の小説を書くために資料を集めに来て、ここに泊まり、この旅籠の主人と囲炉裏を囲み、話をしている写真がありました。そして、その囲炉裏は現在も現役です。

  •  藪原宿、宮ノ腰宿は国道から少し離れているせいもあり、スキップして、次は福島宿に向かいますが途中の「道の駅木曽ナラハラ」も寄りました。木曽福島に到着。山村代官屋敷に入ります。代官屋敷前に小さな広場があり、ここに車を止めて入場料300円を支払います。前回はここまで来たのですが、閉まっていたので、今回が初めての入場見物です。山村氏は戦国大名木曽氏の旧臣で関ヶ原の功績で木曽代官を命ぜられ同時に福島関所を預かりました。以来、明治維新まで木曽11宿を含む木曽一帯を治めました。

     藪原宿、宮ノ腰宿は国道から少し離れているせいもあり、スキップして、次は福島宿に向かいますが途中の「道の駅木曽ナラハラ」も寄りました。木曽福島に到着。山村代官屋敷に入ります。代官屋敷前に小さな広場があり、ここに車を止めて入場料300円を支払います。前回はここまで来たのですが、閉まっていたので、今回が初めての入場見物です。山村氏は戦国大名木曽氏の旧臣で関ヶ原の功績で木曽代官を命ぜられ同時に福島関所を預かりました。以来、明治維新まで木曽11宿を含む木曽一帯を治めました。

  •  この代官は代々続き、屋敷も広大な敷地に豪奢な造りで、庭園も素晴らしく、本当に豊かな生活を楽しんでいた気がします。説明員が居て、詳細に説明をしてくれましたが、中でも、お客をもてなした料理のレプリカが展示されていて、その食事も何と豪華なものだろうと驚きました。山の中なのに、海の幸もふんだんに使われていたのも興味深かった。 最後に、狐のミイラが祭っている神殿を観させてもらいました。話によれば、屋敷の中には木やりを歌う狐が屋敷に住んでいると言う伝説があったが、屋敷を改築した時に出てきたのがミイラになった狐だったそうで、その後、御神体として祀っているそうです。本当にミイラになっている狐でした。特別に観させて頂きました。

     この代官は代々続き、屋敷も広大な敷地に豪奢な造りで、庭園も素晴らしく、本当に豊かな生活を楽しんでいた気がします。説明員が居て、詳細に説明をしてくれましたが、中でも、お客をもてなした料理のレプリカが展示されていて、その食事も何と豪華なものだろうと驚きました。山の中なのに、海の幸もふんだんに使われていたのも興味深かった。 最後に、狐のミイラが祭っている神殿を観させてもらいました。話によれば、屋敷の中には木やりを歌う狐が屋敷に住んでいると言う伝説があったが、屋敷を改築した時に出てきたのがミイラになった狐だったそうで、その後、御神体として祀っているそうです。本当にミイラになっている狐でした。特別に観させて頂きました。

  •  木曽福島では上の段なる地域があり、ここは中山道のルートですが、この地区には昔ながらの街並みが残っています。ここは道幅も狭く、車で行くのも大変な場所ですが、強引に入り込み、無料駐車場に車を入れて見物です。この街並みは奈良井宿のような長さは無く、せいぜい100mぐらいの町並みですが、でも中々風情があってよろしい。

     木曽福島では上の段なる地域があり、ここは中山道のルートですが、この地区には昔ながらの街並みが残っています。ここは道幅も狭く、車で行くのも大変な場所ですが、強引に入り込み、無料駐車場に車を入れて見物です。この街並みは奈良井宿のような長さは無く、せいぜい100mぐらいの町並みですが、でも中々風情があってよろしい。

  •  福島宿から上松宿の途中には、木曽川が深い谷の底を流れています。木曽川の上流を覗いてみたら、ちょろちょろが、この場所では結構、水量が増えている。そして、この木曽川の場所の上流には「寝覚の床」があった。

    福島宿から上松宿の途中には、木曽川が深い谷の底を流れています。木曽川の上流を覗いてみたら、ちょろちょろが、この場所では結構、水量が増えている。そして、この木曽川の場所の上流には「寝覚の床」があった。

  •  次の目的地は上松で、ここも木曽11宿の一つである。その先に「寝覚め床」なる場所に寄ります。ちょっと道に迷いましたが、何とか到着し、ドライブインに車を止めて見物に入りました。有料入場です。<br /> 寝覚め床は大岩・奇岩が立ち並び、谷を流れる水は翠緑に見えて、素晴らしい景色である。晩年をこの地で過ごした浦島太郎に由来する、この不思議な名前。上松の里が気に入った浦島は、ここに住みつき、毎日寝覚め床で釣りを楽しんでいたそうです。<br /> 前回は、かなり上の場所から見下ろして見物したのである、今回は下まで降りてみました。寝覚め床まではいけませんでしたが、かなり迫力のある渓谷でした。<br />

     次の目的地は上松で、ここも木曽11宿の一つである。その先に「寝覚め床」なる場所に寄ります。ちょっと道に迷いましたが、何とか到着し、ドライブインに車を止めて見物に入りました。有料入場です。
     寝覚め床は大岩・奇岩が立ち並び、谷を流れる水は翠緑に見えて、素晴らしい景色である。晩年をこの地で過ごした浦島太郎に由来する、この不思議な名前。上松の里が気に入った浦島は、ここに住みつき、毎日寝覚め床で釣りを楽しんでいたそうです。
     前回は、かなり上の場所から見下ろして見物したのである、今回は下まで降りてみました。寝覚め床まではいけませんでしたが、かなり迫力のある渓谷でした。

  •  車を更に南下させて、本日の旅館があるフォレスパ木曽・あてら荘に向かいます。時間は予定通りの進み具合ですが、途中に、又、道の駅「大桑」に寄りましたが、ここではトイレ休憩と美味しいソフトと食べました。JR野尻駅を過ぎると、人工ダムに向かい車を入れます。ダムの橋を渡り、反対側の道をしばらく走ると、目的地の旅館があります。ここがあてら荘です。到着は予定よりも早く、午後5時10分頃でした。予約はしてあったので、記帳して、部屋に案内される。まずは、館内の温泉であるお風呂にはいる。快適である。この温泉お風呂は24時間開いているそうです。

     車を更に南下させて、本日の旅館があるフォレスパ木曽・あてら荘に向かいます。時間は予定通りの進み具合ですが、途中に、又、道の駅「大桑」に寄りましたが、ここではトイレ休憩と美味しいソフトと食べました。JR野尻駅を過ぎると、人工ダムに向かい車を入れます。ダムの橋を渡り、反対側の道をしばらく走ると、目的地の旅館があります。ここがあてら荘です。到着は予定よりも早く、午後5時10分頃でした。予約はしてあったので、記帳して、部屋に案内される。まずは、館内の温泉であるお風呂にはいる。快適である。この温泉お風呂は24時間開いているそうです。

  •  このホテルの前にには「恋路の湯」なるスパがあります。しかし、ここは今年の5月に閉館したそうです。お客が余り来ないそうで、採算が合わなかったのでしょうか。残念です。去年来た時は、ちゃんと営業していたのですが。このホテルと同じ大桑村の経営だそうですが、このホテルは生き残っていたのですね。

     このホテルの前にには「恋路の湯」なるスパがあります。しかし、ここは今年の5月に閉館したそうです。お客が余り来ないそうで、採算が合わなかったのでしょうか。残念です。去年来た時は、ちゃんと営業していたのですが。このホテルと同じ大桑村の経営だそうですが、このホテルは生き残っていたのですね。

  •  木曽路ドライブ旅行・2日目の午前8時頃には宿を出発しました。初めは、予定にない「阿寺渓谷」に向かいます。阿寺渓谷は、宿の近くから谷沿いの道を登ります。6kmぐらいのドライブですが、道が狭くて運転は厳しい。しかしながら、時間が早いので車は殆ど通らず、道道観光スポットが沢山あって、車を止めても、問題は無かった。<br /> 狐ケ淵、狸ケ淵や犬帰りの淵から谷を覗くと、青々とした水が見事である。<br />

     木曽路ドライブ旅行・2日目の午前8時頃には宿を出発しました。初めは、予定にない「阿寺渓谷」に向かいます。阿寺渓谷は、宿の近くから谷沿いの道を登ります。6kmぐらいのドライブですが、道が狭くて運転は厳しい。しかしながら、時間が早いので車は殆ど通らず、道道観光スポットが沢山あって、車を止めても、問題は無かった。
     狐ケ淵、狸ケ淵や犬帰りの淵から谷を覗くと、青々とした水が見事である。

  • 又、島木赤彦歌碑がある。説明に依れば、明治40年、中央線が開通する前に、北から来た島木赤彦と南から来た伊藤左千夫が安寺鉱泉で遊び、多くの歌を残しているそうだ。その側には吊り橋があって、その先は遊歩道が続いている。

    又、島木赤彦歌碑がある。説明に依れば、明治40年、中央線が開通する前に、北から来た島木赤彦と南から来た伊藤左千夫が安寺鉱泉で遊び、多くの歌を残しているそうだ。その側には吊り橋があって、その先は遊歩道が続いている。

  •  その先には阿寺渓谷キャンプ場がある。車はここまでで、渓谷の中の素晴らしいキャンプ場である。よく見るとテントがひと張りあったので、誰かがキャンプを楽しんでいるのであろうか。ここは水も豊富で、快適なキャンプ生活が満喫できるかも知れない。帰路に、ヒノキ美林を観ました。明治27年に植えられた見事な木曽の檜である。

     その先には阿寺渓谷キャンプ場がある。車はここまでで、渓谷の中の素晴らしいキャンプ場である。よく見るとテントがひと張りあったので、誰かがキャンプを楽しんでいるのであろうか。ここは水も豊富で、快適なキャンプ生活が満喫できるかも知れない。帰路に、ヒノキ美林を観ました。明治27年に植えられた見事な木曽の檜である。

  •  さて、阿寺渓谷を後にして、車は国道19号線に入る。これから、妻籠宿場を見物に行くのだ。妻籠宿の下に有料駐車場に車を入れる。500円だ。そこから少し上ると、妻籠の宿場の街並みに出る。朝が早いので、物売りの車が沢山止っていて、写真を撮ると必ず車が入り、上手い写真が撮れないのである。なんとかして欲しい。<br />

     さて、阿寺渓谷を後にして、車は国道19号線に入る。これから、妻籠宿場を見物に行くのだ。妻籠宿の下に有料駐車場に車を入れる。500円だ。そこから少し上ると、妻籠の宿場の街並みに出る。朝が早いので、物売りの車が沢山止っていて、写真を撮ると必ず車が入り、上手い写真が撮れないのである。なんとかして欲しい。

  •  この宿場の真ん中を中山道が通っている、木曽11宿の一つである。江戸時だの景観を残す宿場町は伝統的建造物保存地区に指定されて、昔の形を残す努力をやった結果の景観である。宿場街はさほど長くは無いが、木曽の山をバックにした景色は最高である。脇本陣や本陣も残しており、火災からまぬがれた結果であろうか。

     この宿場の真ん中を中山道が通っている、木曽11宿の一つである。江戸時だの景観を残す宿場町は伝統的建造物保存地区に指定されて、昔の形を残す努力をやった結果の景観である。宿場街はさほど長くは無いが、木曽の山をバックにした景色は最高である。脇本陣や本陣も残しており、火災からまぬがれた結果であろうか。

  •  妻籠宿は素晴らしい。昔のままの姿を留めているらしい。この通りを大名行列や多くの旅人が通ったと思うとゾクゾクしてきます。北の入口には、幕府の通知書が掲げられる復元された「高札場」があります。

     妻籠宿は素晴らしい。昔のままの姿を留めているらしい。この通りを大名行列や多くの旅人が通ったと思うとゾクゾクしてきます。北の入口には、幕府の通知書が掲げられる復元された「高札場」があります。

  •  次は馬籠宿に向かいます。ここに行くには県道を走り、馬籠峠を超える必要がある。 この峠で車を止めて休んでいると、妻籠宿から歩いてきたと言う中年女性が3人上ってきました。馬籠宿に行くという。妻籠と馬籠のあいだの中山道を歩いて楽しむ人が結構多いし、この間には、昔の遺構がたくさん残っていて、楽しいハイキングになります。熊ベルが必要でしょうが、多くのハイカーが歩いているので、熊も遠慮しているのかもしれません。

     次は馬籠宿に向かいます。ここに行くには県道を走り、馬籠峠を超える必要がある。 この峠で車を止めて休んでいると、妻籠宿から歩いてきたと言う中年女性が3人上ってきました。馬籠宿に行くという。妻籠と馬籠のあいだの中山道を歩いて楽しむ人が結構多いし、この間には、昔の遺構がたくさん残っていて、楽しいハイキングになります。熊ベルが必要でしょうが、多くのハイカーが歩いているので、熊も遠慮しているのかもしれません。

  • 峠の茶屋は閉まっていました。1年前に来た時は、開いていて、美味しいアイスクリームを食べた思い出があるが、今回も、ここで食べたかったが、残念である。

    峠の茶屋は閉まっていました。1年前に来た時は、開いていて、美味しいアイスクリームを食べた思い出があるが、今回も、ここで食べたかったが、残念である。

  •  馬籠宿の江戸側入口には、展望台があり ここには島崎藤村の夜明け前小説の一節が紹介された看板や、恵那山の方角牌や道祖神等があり、ここからの展望は最高である。そして恵那山がくっきりと見えて、素晴らしい景色を楽しむことが出来ます。

     馬籠宿の江戸側入口には、展望台があり ここには島崎藤村の夜明け前小説の一節が紹介された看板や、恵那山の方角牌や道祖神等があり、ここからの展望は最高である。そして恵那山がくっきりと見えて、素晴らしい景色を楽しむことが出来ます。

  • 馬籠宿は2回目であるが、何故か、何度も来ている錯覚を覚える。テレビや写真で何度も観ているせいかもしれない。ここは中山道が街を縦貫している、石畳の宿場街で、全部坂道である。そして、「木曽路はすべて山の中である」から始まる「夜明け前」の作者、島崎藤村のふるさとでもある。彼は馬籠宿の本陣・庄屋・問屋を兼ねた島崎家に生まれました。その島崎家本陣は、今は、藤村記念館として公開されている。

    馬籠宿は2回目であるが、何故か、何度も来ている錯覚を覚える。テレビや写真で何度も観ているせいかもしれない。ここは中山道が街を縦貫している、石畳の宿場街で、全部坂道である。そして、「木曽路はすべて山の中である」から始まる「夜明け前」の作者、島崎藤村のふるさとでもある。彼は馬籠宿の本陣・庄屋・問屋を兼ねた島崎家に生まれました。その島崎家本陣は、今は、藤村記念館として公開されている。

  •  馬籠宿場は何度も火災に見舞われて、奈良井宿や妻籠宿の様に、当時の建物が殆ど残っていないのである。しかしながら、多少は古い建物も残されていて宿場街だった事を物語っているのである。

     馬籠宿場は何度も火災に見舞われて、奈良井宿や妻籠宿の様に、当時の建物が殆ど残っていないのである。しかしながら、多少は古い建物も残されていて宿場街だった事を物語っているのである。

  •  藤村記念館前で記念写真を撮り、水車小屋やお土産屋をの覗きながら宿場の鍵の手まで来ると、そこからの恵那山は素晴らしいものがあるが、観光客が、そこにとどまっているので、余り良い写真は撮れなかった。

     藤村記念館前で記念写真を撮り、水車小屋やお土産屋をの覗きながら宿場の鍵の手まで来ると、そこからの恵那山は素晴らしいものがあるが、観光客が、そこにとどまっているので、余り良い写真は撮れなかった。

  •  馬籠宿が終わり、更に下るとかおこは「新茶屋」の村落である。ここから先が、江戸時代の石畳が残る街道がある。

     馬籠宿が終わり、更に下るとかおこは「新茶屋」の村落である。ここから先が、江戸時代の石畳が残る街道がある。

  • その新茶屋のところに、藤村の直筆で書かれた「是れより北木曽路」の石碑を観に行ったのだ。かなり走ったが、やっとありました。そこには、新茶の一里塚も建っていて、ここから、落合宿に向かう、当時の石畳の道が下っています。1年前に通った道です。その時は夕暮れに近く、薄暗い道を熊に怯えながら歩いた記憶があります。<br /><br />これで、「是れより南木曽路」の石碑から「是れより北木曽路」石碑の間に配置された木曽11宿を見て回った事になります。<br /><br />これで、木曽路ドライブ旅行を終わります。

    その新茶屋のところに、藤村の直筆で書かれた「是れより北木曽路」の石碑を観に行ったのだ。かなり走ったが、やっとありました。そこには、新茶の一里塚も建っていて、ここから、落合宿に向かう、当時の石畳の道が下っています。1年前に通った道です。その時は夕暮れに近く、薄暗い道を熊に怯えながら歩いた記憶があります。

    これで、「是れより南木曽路」の石碑から「是れより北木曽路」石碑の間に配置された木曽11宿を見て回った事になります。

    これで、木曽路ドライブ旅行を終わります。

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