2011/07/16 - 2011/07/16
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たびたびさん
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今回のメインは祇園祭なんですが、ついでにこれまでずっと気になっていた和歌山の古刹、根来寺、粉河寺も訪ねてみることに。たぶん、交通も不便だろうし、時間がたっぷりかかるでしょう。まあ、それだからこそこの機会に行くしかない。
和歌山は、戦国時代は地侍の力が強かった地域。堺の独立性も無関係ではありません。それを天下統一の際に、ブルドーザーのように地ならししたのが豊臣秀吉。秀吉は九州平定が有名ですが、和歌山にも同じくらいの軍勢を動員しています。このためアンチ秀吉の地となりました。
そこにちゃっかりと入り込んだのが、江戸時代の紀州徳川。関西は秀吉びいきの土地柄でも和歌山なら大丈夫というわけです。ちなみに、徳川が入る前は、浅野37万6000石。浅野は、秀吉に嫁いだねねが養女だったことが転機になった家。和歌山から広島に移って、ほっとしていたかもしれません。ということで、和歌山は関西なんですが、なんか関西の気風と違うんですよね。
それはそれとして、旅の始まりです。
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根来寺は、和歌山県岩出市にある新義真言宗総本山の寺院。新義というのは、高野山に対して新しいという意味だと思います。
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JR和歌山線の岩出駅からバスで約15分なのですが、本数は極めて限られていて。コミュニティバスを利用しました。最寄のバス停から、30分以上歩いてやっと到着です。
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ここは、戦国の末期当りの活躍が有名。根来衆とよばれる僧兵1万余の一大軍事集団を擁しました。特に、種子島から伝来したばかりの火縄銃で、僧衆による鉄砲隊が作られ、恐れられます。織田信長の石山合戦には協力しますが、秀吉と家康・織田信雄の戦いでは徳川方に通じ、後に、秀吉の攻撃でこの軍団は実質的に滅びることになります。
ちなみに、智積院も近くにあった寺。そちらは、ここを焼け出され、高野山に一時身を寄せますが、今は京都に移りました。秀吉が敵となったお寺です。 -
本堂より、先に国宝の大塔を見ることに。大塔は、敷地の一番奥です。
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イチオシ
この大塔は、この戦いで焼け残ったもの。 国宝で、高さ40メートル、幅15メートルの日本最大の多宝塔です。
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内部には12本の柱が円形に立ち、大日如来を中心とする曼荼羅の世界が再現されています。
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改めて、本堂に戻って、内部を拝観。この庭は、ソテツがりっぱですね。
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客殿の前には、小さな日本庭園です。石橋と蓮の花が見事です。
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最後に、本堂を上がると、これは、根来塗り。赤い漆塗りですが、仏具まで使われているとは思いませんでした。
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根来寺から粉河寺は、バスで。本来は、本数が少ないので、利用は難しいのですが、たまたま時間が合いました。ラッキーです。
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赤い山門に、仁王様。
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ここも、なかなか大きな寺院のようですね。
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さらに、川にかかる赤い欄干の橋を渡って進みます。
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これは、ちょっと見ない構造。少しカーブした川伝いに平坦な参道が続いて、公園の中でも歩くような独特の景色です。
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この門をくぐると、本堂です。
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ここは、西国三十三所第3番札所。
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イチオシ
国指定名勝、桃山時代の枯山水庭園も見どころ。本堂の手前斜面にある石組みで、石垣の代わりに作られたような感じです。あちこちから集められたというカラフルな石組にソテツの緑色も添えられて、華やかで豪壮な造りです。
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これは、芭蕉の句碑。芭蕉も、しっかりこの地を訪れていました。
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本堂への入り口。このアングルは、粉河寺を紹介するのによく使われます。
観音様は秘仏のようですが、その他、国宝の「紙本着色粉河寺縁起」(レプリカが本堂の中にありまして、野荒しの虎と一緒に拝観(有料エリア))しました。 -
二つ回って、普通なら、これで京都に帰るのでしょうが、まあ、和歌山まで来てるし、久しぶりに、高野山まで行ってみることにしました。祇園祭の宵山を考えると時間に余裕はあまりありません。急げ、急げ。
南海高野線で極楽橋に到着。高野山へは、そこでケーブルカーに乗り換えて、山頂の高野山駅まで上ります。 -
ちなみに、ケーブルカーは、長さが864m、高低差は329m。片道料金380円です。
なお、極楽橋の周辺は何もないので、ここはただ乗り替えだけの場所です。念のため。 -
この7月の時期でも涼しいので、周辺にはあじさいがまだ見ごろでした。
また、けっこう急なケーブルカーですし、深山の中を登る感じも悪くないのですが、なにせ、南海高野線自体が途中山の中や川沿いの崖上を縫って走るので、むしろ、その辺りの方で既に盛り上がってしまうのですが。 -
高野山駅に到着。
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高野山駅から一番近いのが、女人堂。
かつて、高野山には七つの登り口があり、高野七口(こうやななくち)と言ったそうです。明治5年に女人禁制が解かれるまでは、女性の立ち入りはできなかったので、そのために、各登り口には女性のための参籠所が設けられていました。それが女人堂です。そして、その女人堂で唯一残っているのがこれ。けっこう参拝者が多くて、線香の煙も絶えません。女人禁制は高野山の歴史。小杉姫の伝説とか、悲しい物語もあったりして、思いをはせることができる場所だからかもしれません。向かいには、大きな「お竹地蔵」もあります。 -
イチオシ
高野山の根本大塔は、真言密教の根本道場におけるシンボルとして建立されたという意味で、根本大塔と呼ばれます。本来は、講堂の東西に多宝塔を配置する計画だったので、これは東側の塔にあたるようですが、いずれにしても多宝塔様式としては日本初。
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現在の建物は昭和12年に再建された鉄筋コンクリート造。しかし、鮮やかな赤い建物の美しさは健在。宗教的な価値は変わらないでしょう。中に入ると、太い柱に支えられた巨大な空間に、これも巨大な本尊の胎蔵大日如来、周りには金剛界の四仏が取り囲みます。高野山では必見の場所の一つです。
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高野山霊宝館は、高野山に伝わる文化財を収めた博物館。所蔵は、国宝21件、重要文化財142件という充実度です。ただ、圧倒的に人気なのは、国宝「木造八大童子立像」。この八大童子は、不動明王に使える使者。不動明王より出生し、仏の智恵である四智と、金剛界大日如来の周りを取り囲む四波羅蜜菩薩の役割を司るとされています。八体あるのですが、全てを揃ってみることはなかなかできません。一度、大阪で開かれた展覧会で見たことがあるのですが、ここでは1体か2
体。この日は1体(恵喜(えき)童子)でした。なお、八大童子は鎌倉時代運慶の作。リアルな表情が魅力的です。 -
金剛峯寺は、空海が嵯峨天皇から高野山の地を賜り、この山に真言密教の道場を開いたもの。高野山真言宗の総本山です。高野山は、標高約800m。そこに100か寺以上の寺院が密集する、今でも現役の宗教都市なのですが、その中心にあって高野山全体と同じ意味も表わします。
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現在の建物は、文禄2年、豊臣秀吉が母親の菩提のため建立したもの。見所は、蟠龍庭(ばんりゅうてい)という、石庭として日本最大の石庭なのですが、拝観者が休憩できる大広間で、お茶と干菓子をいただいたり。その心使いも素晴らしいと思いました。あと、高野槙の緑の美しさもけっこう印象的です。
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松栄堂は、創業安政元年、総本山御用達の御菓子司です。ここの名物が「かるかや餅」。これには、物語がありまして。高野山で僧侶になった父を探すため、福岡県から高野山に来て僧侶になった石堂丸の話です。父は、加藤左衛門繁氏といい、平安末期の筑紫の国の領主。父の旧友の遺児、千里を引き取ったことから悲劇の始まり。愛人となった千里と妻の争う姿で、わが身の罪の深さに驚き、出家。高野山に入ります。千里の生んだ子供が石堂丸。石堂丸は父に会いたさに、母と高野山を訪れます。しかし、女人禁制で母は高野山に入れず、石堂丸も父に顔を知らないので、父からは自分は父ではないと言われ、母のもとへ返されます。しかし、母は、急病で亡くなっており、石童丸も仏門へ。父の弟子となるのですが、生涯父子の名乗りをすることはなかったのです。
さて、お餅は餡子を包んだ黄粉のおいしさがすばらしいですね。ばら売りもあるので、ちょっと試しに買ってみるのもいいでしょう。
さすがにこれくらいで、タイムオーバー。奥の院ももう一回見たかったのですがきりがないので、今回はこれで切り上げます。 -
高野山からは、難波へ直行。
南海電鉄の難波駅は、和歌山市や関西空港から来る南海本線や高野山と結んだ南海高野線の終着駅。大阪ミナミを代表するターミナル駅です。写真は改札出口の辺り。蓬莱551のぶたまん屋さんの大型店舗があって、いかにも大阪らしいですね。なお、この駅は、明治18年の開業。御堂筋に面する南海ビルは堂々たる構えが歴史を語っています。近くには、比較的最近できた「なんばパークス」に、「なんばCITY」もあって、この日も買い物や通勤客でいっぱい。御堂筋線に乗り換える通路は大混雑でした。 -
やっと、京都に到着。さすがに宵山は賑わってますね。コンチキチン、コンチキチン。
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鉾はたくさんありますが、やっぱり、花形は長刀鉾。
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イチオシ
大きさも豪華さも抜きん出ています。
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提灯のこの感じ。
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祇園祭が日本一の祭りであることを証明しています。
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ただ、見物は人波に流されて、立ち止まってゆっくり見ることはできません。
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もうこんなに流されてしまいました。
また帰るわけにもいかず、今度は違う山・鉾も見てみましょう。ちなみに、山と鉾の違いは、屋根があるかないか。あるのが鉾で、ないのが山です。 -
これは菊水鉾。
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長刀鉾を見た後だと、小さく感じますが、それはそれぞれ。
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こちらは、二階から、鉾への渡り橋が掛って、見物ができるようになってます。
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山伏山の方は、
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伝来の道具類を展示。
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イチオシ
お祭りの道具なのか、生活の道具なのか、何に使うのかは分かりませんが、美術品のような豪華さは伝わります。
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茅の輪くぐりもありまして、本当にそれぞれです。
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それにしても、京都の夏の暑さは尋常ではありません。それが、大混雑と一緒になって、もうこれくらいが限界です。
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明日に備えて、今日は退散することにしました。
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