2012/10/06 - 2012/10/06
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akkiy363672さん
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ゴールデントライアングルは、タイ、ミャンマー、ラオスの3国がメコン川で接する山岳地帯。かつては、アフガニスタン・パキスタン・イラン国境付近の黄金の三日月地帯(Golden Crescent) と並ぶ世界最大の麻薬・覚醒剤密造地帯でした。
現在では経済成長や取締強化により、タイやラオスでの生産は減少傾向にありますが、逆にミャンマーではいくつかの軍閥が麻薬生産ばかりでなく覚せい剤の製造も行ない、そしてまた合法ビジネスを行うなど二極化の傾向にあるとか…。
今日は、ガイドのタイさんに同行願い、チェンマイからこの国境地帯を訪ねました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 自転車
- 航空会社
- チャイナエアライン
- 旅行の手配内容
- その他
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-
午前7時、タイさんにホテルへ迎えにきてもらい、出発です。
この日は、朝から雨…。
でも、タイさんは「私は晴れ女ですから、雨は止むでしょう」と自信満々です。
← 雨に濡れるチェンマイの街路 -
出発後しばらく走ると、前方の空が明るくなってきました。
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15分ほど走ると、道はチェンマイ盆地から北部山岳地帯の山道へと入ります。
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1時間ほど走ったところ、警察の検問所がありました。
「国境に近いから、検問しています。特に麻薬!」とのことでしたが、徐行した程度…ノンストップで「行け」とのことでした。 -
8時20分、メーカチャン温泉に着きました。
入り口に、勢いよく湯を吹き上げる「間欠泉」があります。
タイさんの話では、「今はお湯の出が少なくなっていて、ポンプで調整しています」とのことでした。 -
小高いところに湯の出口があり、しつらえられた水路をめぐって湯が流れています。
この水路の縁に腰掛けて足湯を楽しむことができますが、今日は残念ながら雨だったので、パスです。 -
すぐ隣に、大きな仏塔がありましたが、これは建設中のスパ施設とのことです。
来年ぐらいには完成して、開業の予定だと言っていました。 -
しばらく行くと、道に泥水があふれ出しているではありませんか。
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左手を見ると、家が水に浸かってます。
昨夜、山に降った雨が流れ出して来たのだそうです。
排水整備などが進んでいないのでしょうね。この辺りでは、雨季の昨今は珍しくもない光景だそうです。 -
でも、前を行く車が徐行しながらも突っ切っていきました。
あとに続いて、僕たちの車も問題なく通過しました。 -
チェンマイを出発してから1時間40分、ちょっと町らしいところに差し掛かりました。
特筆すべきは、チェンマイ市内を抜けてからここまで約1時間走っていますが、この間、信号が1個もなかったこと。 -
パヤオ→右という標識が出ていますから、ここは主要道の分疑点ですね。
あとで地図を調べてみたら、「Mair Chedi」という町だということが分りました。
まだ、チェンライまで半分も来ていないし、国境までは3分の1ぐらいです。 -
田舎町ですが、歓送迎アーチが掲げられています。 -
これは何かというと、選挙運動中のバレードです。
この辺りは田舎なので、タクシン派が強いんだと、タイさんの解説です。 -
と…、対立候補が向こうからやってきました。
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9時50分、チェンライの郊外に着きました。
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チェンライ市街まで10kmほどのところに、白亜の寺院「ワット・ロンクン」があります。
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「ロン・クン」というのは、「濁った小川」という意味だとか。
この「お寺」の近くにある「ロン・クン村」が、この寺を建設した「チャルムチャイ コーシッピパット氏」の出身地です。 -
「チャルムチャイ コーシッピパット氏」は、仏教絵画の名の知れた芸術家。
タイの芸術家の登竜門のコンクールで最高金賞を獲得し、最近では国内はもとより、ロンドンなど世界各地のタイ寺院の壁画などを描いています。
50代にさしかかったばかり、2004年に日本の「人間国宝」に相当する、タイ国では最初の「伝統芸術保持者」の栄誉を受けられたそうです。 -
本堂の横の大きな木に赤い花が咲いていました。タイさんによると、「菩提樹」の花だという。
僕が知っている沙羅双樹は薄い白い花弁で、この花とはちょっと違うような…。
で…、調べてみたら、「タイの沙羅双樹は、タイの文化にふさわしい赤い大柄の派手な花が咲き、白い清楚なインドの沙羅双樹とは全く違った木である」とあります。
さらに、「実はこの木は、南米ギアナ原産のホウガンボクと呼ばれる木で、砲丸のような実をつける。大きくなるとハンドボールくらいの大きさにもなるという。
タイでは仏教の聖木として、カラフルな布で巻かれ、敬われている。この木がなぜタイで沙羅双樹と呼ばれるのかは分からない」と書かれていました。 -
芸術大学を卒業する頃には、すでに、国内では有名な画家になっていたチャルムチャイ・コーシッピパット氏は、コンクールで金賞を取って以来、あちこちの寺院などから、製作依頼が殺到し、以来ずっと、仏画を描き続けてきました。
10年ほど前、故郷の村の「みすぼらしい寺」(といっても、北タイの田舎では、ごく普通のお寺ですが)の再建をしよう、それが故郷への恩返しだと決意したそうです。 -
そして準備もととのった1997年(仏暦2540年)、「ワット・ロンクン」の建築が始まりました。
2年が経過した頃、本堂の完成だけでも10年はかかることが判明し、建設費用も、最低7,000万バーツ(約2億円)が、必要であることがわかりました。
タイでは寺院を新しく造ったり建て替えたりする場合は、寄進を募って建設するのが普通ですが、彼は最初から寄進は当てにせず、私財と余命のすべてをささげる覚悟で取り組んだそうです。
着工以来、現在(2012年)、15年が経過しましたが、まだ、本堂さえ完成していません。 -
本堂の横の金ぴかの建物は、何だと思いますか。
そう、トイレです。トイレは、「極楽」なんだとか。 -
掃除も行き届いていて、ホント、「極楽」です。
この寺の建設に、チャルムチャイ・コーシッピパット氏は、すでに5,000万バーツあまりの私財を投入したそうです。
現時点での予測では、完成までにさらに5,6年以上、費用の方も、今までにかけた額と同額か、それ以上が必要になるだろうとのことです。 -
工事も進み、今では遠方からの観光バスが、数十台も並ぶこともあるくらい観光客が訪れになり、数十軒の店が並ぶ、チェンライでは有数の観光地になりました。
建築資金援助の寄付も集まるようになったそうです。 -
10時30分、純白の寺をあとにして、国境の町「メーサイ」へ向かいます。
前を行くトラックの荷台には、若者3人が布団や鍋・釜と一緒に乗っています。
タイさんの話では、「タイでは、今は学校が休みですから、帰省するのか、引越しでしょうね」とのことです。 -
これは「交番」です。
左の六角形の建物に警官が3人…。真ん中の茶色の車はパトカーです。
女の子が颯爽とオートバイにまたがっていくのは、ここチェンライでも変わりません。 -
またまた、検問所。ここは国境に近いので、ちょっと検問が厳しいとのことです。
でも、章くんたちはフリーパス。 ミャンマーから入ってくる側の対向車線のほうが、チェックは厳しいらしいです。 -
幹線道路からわき道に曲がりました。
インドシナ半島の山岳地帯に住む、少数民族の村を見学に行くのです。 -
ここは「ヤオ族」の村。観光客相手に、手編み刺繍を売っています。
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「ヤオ族」の刺繍は、細かく、仕事も丁寧です。
ひとつの敷き物で、約2ヶ月ほどをかけると言っていました。 -
「ヤオ族」の人たちの民家です。
手前右下の黒い壷のような容器はゴミ箱。
週に2回集めに来てくれて、月額20バーツ支払うそうです。
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さらに車で5分ほどのところに、「アカ族」の村がありました。
この村も、住民はほとんどが老人と子どもです。 -
若者は町へ働きに出ていて、村の人々はその仕送りと政府の援助で暮らしているそうです。
ただ、タイさんが、「ヤオ族の人たちはキチンとしていますが、アカ族の人はチャランポラン。外国人がチェンライに永住してアカ族の女の人と結婚していますが、家は洋風で立派でも、家の中は散かっていますよ」と話していたのが、興味深かったです。 -
11時、国境の町メーサイに着きました。
メーサイは、タイ最北端の街です。 この町には、隣国ミャンマーとの国境を流れるサーイ川を渡る橋がかかっていますから、ミャンマーと陸路で結ばれていて、両国の人々や物資が賑やかに行き交い、活気を見せています。
パポヨーテン通りの街路には、1259年に成立、タイ北部を統治したランナー王朝の黄金の紋章が並んでいました。 -
メーサイの街中のレストランで昼食を取りました。
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昼食は、タイ料理のビュッフェです。
辛〜い!
でも、タイさんは、「普通。辛さと暑さは、タイ人は慣れています」と笑っていました。 -
昼食を終えて、ミャンマーへの出国手続きに行きます。
この通りの正面に建つ、青い建物がタイの国境管理所です。
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ミャンマーへ向かう側の車線が混んでいます。
タイ・ミャンマーを結ぶ唯一の陸路ですから、人や物資の往来はこの道に集中しています。
「ミャンマーの管理局が、時間がかかるんですよ」と、タイさんの話です。。 -
と、道路の一角に見る見るうちに人だかりができました。
交通事故です。
ミャンマー人のおじさんが乗った自転車が乗用車とぶつかったとかで、警官が駆けつけ、救急車がやって来て、おじさんを乗せて走り去りました。 -
これが、タイの出入国管理センター。この建物の向こうは、ミャンマーとの国境のサーイ川にかかる橋です。
外国人は、この建物の出国側…すなわち左側でパスポートに出国スタンプを押してもらって、橋を渡ります。 -
橋の途中から撮った、タイとミャンマーを隔てるサーイ川。
何ということもない、小さな川です。
川には地元民用の渡し舟もありますが、外国人はこれに乗って入国は出来ないらしい。 -
国境の橋…、大きな荷物を積んだリヤカーを引いていくおばさんがいました。毎日、たくさんの品物が、この橋を往来します。
橋を渡ると、ミャンマーのタチレク(ターキレック)の町ですが、外国人は正面に見える建物(ミャンマーの出入国管理所)で入国手続きをしなくてはなりません。
パスポートを預け、500バーツの入国手数料を払うと、顔写真を撮られ、その写真が貼られたエントリーパーミットを貰います。
タチレク滞在中はパスポートを預けたで、エントリーパーミットが身分証代わりです。このエントリーパーミットで、タチレク側に14日間、国境から5?以内なら自由に行動できます。 -
タチレクの町に足を踏み入れると、すぐに大きな市場に出くわしました。
たくさんの店が並び、その前の通路を肩から籠を下げた売り子が、いろいろなものを売って歩いています。
タイから、たくさんの人が買い物に訪れていました。タイの市場やバンコクやチェンマイの露店で売られている品物は、ここで買われた品物も多いとか。 -
並んでいる酒もタバコもブランド品も、品物のほとんどは偽物(笑)!
音楽CDやDVDも、海賊版が堂々と売られています。
店を並べている人の多くは中国人。 中国に近いこの山岳地帯には、大東亜戦争後の中国内戦で共産軍に敗れた国民軍兵士が多数逃げ込み、そのまま住み着いた人もたくさんいます。
さらに、出稼ぎに来た中国人も多く、中国経済圏が形成されていました。 -
カメラのバッテリーが切れたので、電気製品が並んでいるこの店で「バッテリーある?」と聞いたら、「ある、ある」と出してくれたのは乾電池(苦笑)!
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日用品、食料品など、何でも揃っています。
この果物屋のおじさん、柿をむいて、一切れ切り取って食べさせてくれました。 -
約1時間、辺りをぶらついて、午後2時過ぎ、タイ側へ戻りました。
ミャンマーの管理所でエントリーパーミットを返し、預けたパスポートを返してもらいます。
写真は、国境の橋の上から、タイのイミグレーションセンターを見たところです。
ここで、タイへの入国票を書き、入国手続きをしなければなりません。 -
2時15分、メーサイを後にして、タイ・ラオス・ミャンマーが国境を接する地点へ向かいます。
車を走らせること25分、道の左手にメコンの大河が見えてきました。 -
タイ、ミャンマー、ラオス、3国の国境が交わる、メコン川とルアック川との合流点です。
この一帯は、かつて世界最大のケシ栽培地帯として、ゴールデン・トライアングル(黄金の三角地帯)と呼ばれた地域です。
近年では川沿いを中心に隠れ家的な高級リゾートもオープンし、古都チェンセーン観光やラオスのドーンサオ島などへ遊覧するボートも出ているそうです。
手前がタイ、対岸左がミャンマー、メコン川を隔てて右岸がラオスです。
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合流点に、大きな金色の仏様が鎮座されていました。
タチレクもそうでしたが、ここゴールデントライアングルの一帯も中国人の商人がたくさんいました。
対岸のラオスの国境地帯は中国の租借地となっていて、中国資本のホテルやカジノが建てられ、空港の建設計画もあるそうです。
このままいくと、あと10年…20年…で、ラオス・カンボジア・ミャンマー・ブータン・ネパールなどの国々は、中国の経済的支配を免れないのではないかと思いました。
はるか大河の先を見つめる大仏様の目には、どんな10年後が映っているのでしょうか? -
さらに10分ほど走って、「チェンセン」の町を訪れました。
この町は8世紀の終わり頃から造られ始め、10〜12世紀にチェンセン王国の都として栄えました。14世紀に王都がチェンライに移ると衰退し始め、16〜18世紀にビルマに占領されて町は完全に破壊されました。
19世紀には中国との交易中継地として復興しました。今はメコン川を利用した貨物船による、中国、ラオス、ミャンマーとの交易が盛んになっています。
← 12世紀に造られたという「チェディ・ルアン寺院」を訪ねました。
この大仏塔は、創建当時の姿をほとんどそのまま伝えています。 -
ビルマ軍による破壊と、地震で崩れ、大伽藍であった本堂も基盤を残すばかりでした。ご本尊は、ガレキの中から掘り出されました。
今は再建された本堂に、新しい黄金仏が座ってみえます。 -
午後3時30分、チェンセンをあとにし、チェンマイへ戻ります。
帰り道も、4時間ぐらいはかかるでしょう。 -
帰り道の途中、ちょっと小洒落たカフェに寄りました。
-
アイスコーヒーとケーキを…。
味は…、ゴールデントライアングルの味というべきでしょうか(苦笑)。 -
朝に来た道をひた走り、チェンマイに帰り着いたのは午後8時でした。
今日は往復に時間がかかったので現地でゆっくりできなかったことと、メコン川の水量が多くてラオスに渡れなかったのが残念でした。
いずれまた、チェンライかチェンセンに宿を取って、ゆっくりと一帯を訪ねたいと思っています。
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