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大学時代からの友人K嬢が、ご主人の駐在に伴って春からモスクワにいるので、なかなか行く機会のないロシア旅行を決断しました。今年は2月には南米、9月はロシアと、ユニークな旅行が続きました。<br />前からロシア行きを企画しながら実現かなっていなかったM嬢と一緒の旅。モスクワに3泊、モスクワ〜サンクトペテルブルグを夜行寝台列車レッドアロー号で1泊、サンクトペテルブルグで2泊という旅程です。<br />ロシアは近いと思っていたのですが、入国が厳しい国で、観光の場合、旅行代理店による往復のフライト、現地での宿泊が確保されているバウチャーがないとビザがとれません。ということは、自力手配は不可ということ。<br />また調べるにつけ、キリル文字社会のロシアは、英語表記がほとんどなく、治安もあまりよくない、また複雑な歴史背景も知りたいとも思い、クレムリン・赤の広場の観光、セルギエフ(モスクワ郊外)の観光、サンクトペテルブルグの観光、その郊外のエカテリーナ宮殿はガイドさんをお願いすることにしました。<br />モスクワではK嬢とご主人&ご子息・お嬢さんにとーってもお世話になりました。私にとってのハイライトは、出発の日にメールで届いた「ボリショイ・バレエ ドン・キホーテとれたよ!」。前から2列目という素晴らしい席で見た本場のバレエにうっとり。この旅一番の思い出になりました。帰国したら熊川哲也のドン・キホーテ見に行くのですよね。偶然にも同じ演目になってしまった。<br />さて、まずは”玉ねぎ”ならぬ、ロシア正教の聖堂づくしのモスクワ編その1、「クレムリンと赤の広場」です。玉ねぎ嫌いのM嬢は、途中で「もう玉ねぎは食傷気味」と言っておりました(笑)

ロシア・モスクワ(1) クレムリンと赤の広場

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2012/09/16 - 2012/09/23

634位(同エリア1836件中)

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けちゃたびたび(NaokoSaimi)

けちゃたびたび(NaokoSaimi)さん

大学時代からの友人K嬢が、ご主人の駐在に伴って春からモスクワにいるので、なかなか行く機会のないロシア旅行を決断しました。今年は2月には南米、9月はロシアと、ユニークな旅行が続きました。
前からロシア行きを企画しながら実現かなっていなかったM嬢と一緒の旅。モスクワに3泊、モスクワ〜サンクトペテルブルグを夜行寝台列車レッドアロー号で1泊、サンクトペテルブルグで2泊という旅程です。
ロシアは近いと思っていたのですが、入国が厳しい国で、観光の場合、旅行代理店による往復のフライト、現地での宿泊が確保されているバウチャーがないとビザがとれません。ということは、自力手配は不可ということ。
また調べるにつけ、キリル文字社会のロシアは、英語表記がほとんどなく、治安もあまりよくない、また複雑な歴史背景も知りたいとも思い、クレムリン・赤の広場の観光、セルギエフ(モスクワ郊外)の観光、サンクトペテルブルグの観光、その郊外のエカテリーナ宮殿はガイドさんをお願いすることにしました。
モスクワではK嬢とご主人&ご子息・お嬢さんにとーってもお世話になりました。私にとってのハイライトは、出発の日にメールで届いた「ボリショイ・バレエ ドン・キホーテとれたよ!」。前から2列目という素晴らしい席で見た本場のバレエにうっとり。この旅一番の思い出になりました。帰国したら熊川哲也のドン・キホーテ見に行くのですよね。偶然にも同じ演目になってしまった。
さて、まずは”玉ねぎ”ならぬ、ロシア正教の聖堂づくしのモスクワ編その1、「クレムリンと赤の広場」です。玉ねぎ嫌いのM嬢は、途中で「もう玉ねぎは食傷気味」と言っておりました(笑)

  • 2012年9月16日、12:05成田発アエロフロート SU261便で10時間半、モスクワのシェレメチェヴォ空港に17:10到着しました。今回の旅は高校時代からの大親友M嬢と一緒です。空港にはロシア駐在のHさんご手配のドライバーさんが迎えてくれました。かなりの渋滞(そしていつも渋滞しているということが、のちのちわかりましたが)を経て、それでも1時間ちょっとで市内に到着。赤の広場に近い、メトロポール・ホテルに宿泊です。

    2012年9月16日、12:05成田発アエロフロート SU261便で10時間半、モスクワのシェレメチェヴォ空港に17:10到着しました。今回の旅は高校時代からの大親友M嬢と一緒です。空港にはロシア駐在のHさんご手配のドライバーさんが迎えてくれました。かなりの渋滞(そしていつも渋滞しているということが、のちのちわかりましたが)を経て、それでも1時間ちょっとで市内に到着。赤の広場に近い、メトロポール・ホテルに宿泊です。

  • 1903年に建てられた由緒あるホテル。

    1903年に建てられた由緒あるホテル。

  • このレトロなエレベーター!

    このレトロなエレベーター!

  • 昔の映画に出てきそうな作りです。今では外国資本の高級ホテルがロシアにも沢山できましたが、ロシア革命〜ソ連時代を知る歴史を感じるホテルです。

    昔の映画に出てきそうな作りです。今では外国資本の高級ホテルがロシアにも沢山できましたが、ロシア革命〜ソ連時代を知る歴史を感じるホテルです。

  • メインダイニング。

    メインダイニング。

  • 天井の模様が見事です。

    天井の模様が見事です。

  • 部屋はリニューアルされているのですが、少し匂いが気になったかも。でもとても快適に過ごせました。<br /><br />今夜はホテルでHさん家族と待ち合わせて、夕食に出かけました。<br /><br /><br /><br />

    部屋はリニューアルされているのですが、少し匂いが気になったかも。でもとても快適に過ごせました。

    今夜はホテルでHさん家族と待ち合わせて、夕食に出かけました。



  • Hさんは1年ちょっとロシアに駐在していますが、日本人の口に一番あって、値段もリーズナブルというロシア料理レストランに連れてきてくれました。小泉元総理も来たそうです。<br /><br />Pectopah = Restaurant キリル文字でP=R C=S H=Nです。ね、読めるでしょ。<br />店名の方は書けないキリル文字だらけですが、うーんと、キテェージェかな?<br />www.kitezh-town.ru<br />

    Hさんは1年ちょっとロシアに駐在していますが、日本人の口に一番あって、値段もリーズナブルというロシア料理レストランに連れてきてくれました。小泉元総理も来たそうです。

    Pectopah = Restaurant キリル文字でP=R C=S H=Nです。ね、読めるでしょ。
    店名の方は書けないキリル文字だらけですが、うーんと、キテェージェかな?
    www.kitezh-town.ru

  • H夫妻は大学時代のテニス同好会仲間。だんなのHさんは2年先輩で、新卒で就職した商社でも一緒。彼はその商社から今回モスクワ駐在しています。奥さんのK嬢は同期で大の仲良し。彼女はこの春から次女を連れてモスクワにやってきました。長女と長男は日本にいるのですが、その長男が夏休みでちょうどモスクワに来ていました。<br /><br />これはロケット・サラダ。ルッコラのサラダです。美味。

    H夫妻は大学時代のテニス同好会仲間。だんなのHさんは2年先輩で、新卒で就職した商社でも一緒。彼はその商社から今回モスクワ駐在しています。奥さんのK嬢は同期で大の仲良し。彼女はこの春から次女を連れてモスクワにやってきました。長女と長男は日本にいるのですが、その長男が夏休みでちょうどモスクワに来ていました。

    これはロケット・サラダ。ルッコラのサラダです。美味。

  • ボルシチ!とっても美味しかったです。<br /><br />Hさん家族は、今日はサッカー観戦。CSKAモスクワで本田もゴールを決めて2−0で勝利した楽しい試合だったそうで、Hさんはロシア人つかまえては「ホンダ、ホンダ」と叫んでましたが、今ひとつ受けてなかったような。。。

    ボルシチ!とっても美味しかったです。

    Hさん家族は、今日はサッカー観戦。CSKAモスクワで本田もゴールを決めて2−0で勝利した楽しい試合だったそうで、Hさんはロシア人つかまえては「ホンダ、ホンダ」と叫んでましたが、今ひとつ受けてなかったような。。。

  • そしてビーフ・ストロガノフ。これもとても美味しかったです。夜に弱いM嬢、すでに日本時間では深夜過ぎという時間帯で、眠そうでしたが、疲れを忘れさせる美味しさでした。

    そしてビーフ・ストロガノフ。これもとても美味しかったです。夜に弱いM嬢、すでに日本時間では深夜過ぎという時間帯で、眠そうでしたが、疲れを忘れさせる美味しさでした。

  • 9月17日(月)。9時にガイドのタチアナさんと、K嬢、彼女の大学生の息子K君とホテルロビーで待ち合わせ。赤の広場の一角を成すヴァスクレセンスキー門の横を通り過ぎる。17世紀に建てられたがスターリンにより壊され、1995年に再建されたもの。クレムリンの入口まで、ホテルから600メートルくらい。気温は15度くらいでしょうか。昼頃には20度まであがってきました。長袖に軽い上着でよい感じです。

    9月17日(月)。9時にガイドのタチアナさんと、K嬢、彼女の大学生の息子K君とホテルロビーで待ち合わせ。赤の広場の一角を成すヴァスクレセンスキー門の横を通り過ぎる。17世紀に建てられたがスターリンにより壊され、1995年に再建されたもの。クレムリンの入口まで、ホテルから600メートルくらい。気温は15度くらいでしょうか。昼頃には20度まであがってきました。長袖に軽い上着でよい感じです。

  • トロイツカヤ塔。クレムリン観光の入口です。クレムリンとは城塞という意味。レンガ色の城壁は2235メートルあり、20の塔が建っており、この塔が最も高い。1156年にユーリー・ドルゴルーキー公により木造の城塞が建築され、16世紀頃に現在の姿になった。モスクワ最大の観光名所にして、ロシアの政治、宗教、文化の中心。

    トロイツカヤ塔。クレムリン観光の入口です。クレムリンとは城塞という意味。レンガ色の城壁は2235メートルあり、20の塔が建っており、この塔が最も高い。1156年にユーリー・ドルゴルーキー公により木造の城塞が建築され、16世紀頃に現在の姿になった。モスクワ最大の観光名所にして、ロシアの政治、宗教、文化の中心。

  • 入って左手に兵器庫。なお、有名な武器庫はこれとは別で、奥の方にあります。今回は見学は断念しました。世界一大きいダイヤモンドは必見だったらしいのですが。

    入って左手に兵器庫。なお、有名な武器庫はこれとは別で、奥の方にあります。今回は見学は断念しました。世界一大きいダイヤモンドは必見だったらしいのですが。

  • 入って右手のガラスの建物はクレムリン大宮殿。ソ連時代の1961年に作られたが、他の建物とマッチせず「失敗」と言われているとか。かつてはソ連共産党大会や中央委員会総会に使われたが、現在は国際会議の会場やバレエなどの劇場として使われている。<br /><br />観光に来ている子供達。

    入って右手のガラスの建物はクレムリン大宮殿。ソ連時代の1961年に作られたが、他の建物とマッチせず「失敗」と言われているとか。かつてはソ連共産党大会や中央委員会総会に使われたが、現在は国際会議の会場やバレエなどの劇場として使われている。

    観光に来ている子供達。

  • そのまま進んで行くと、左手にかつてレーニンが居住していた元老院。現、ロシア連邦大統領府がある。18世紀の建物。その先には大統領官邸も。

    そのまま進んで行くと、左手にかつてレーニンが居住していた元老院。現、ロシア連邦大統領府がある。18世紀の建物。その先には大統領官邸も。

  • 右手にパトリアーシェ宮殿。これから、M嬢と私が「玉ねぎ」と呼ぶ、多くのロシア正教の教会にお目にかかります。<br /><br />クレムリンは政治の中心かと思いきや、ロシア正教の総本山として多くの教会が築かれていた。この宮殿は建築年は不明。17世紀に宮殿に接続する形で12使徒教会(5つの玉ねぎ部分)が築かれた。<br /><br />

    右手にパトリアーシェ宮殿。これから、M嬢と私が「玉ねぎ」と呼ぶ、多くのロシア正教の教会にお目にかかります。

    クレムリンは政治の中心かと思いきや、ロシア正教の総本山として多くの教会が築かれていた。この宮殿は建築年は不明。17世紀に宮殿に接続する形で12使徒教会(5つの玉ねぎ部分)が築かれた。

  • その向こうに1586年に鋳造された”大砲の皇帝”があります。当時は世界最大の口径だったそうですが、一度も発射されなかったとか。

    その向こうに1586年に鋳造された”大砲の皇帝”があります。当時は世界最大の口径だったそうですが、一度も発射されなかったとか。

  • イワン大帝の鐘楼。1505〜8年に建設され、1532〜43年に8角形の鐘楼が完成した。1992年の復活祭を機に教会としての機能を再開。<br /><br />というのは、ソ連時代、無宗教を良しとしていたため、ロシア正教の教会はいくつか破壊され、いくつもが教会としての活動を禁じられていたようで、「ずっと教会として活動していた」ことは、特筆すべき事柄のようなのだ。

    イワン大帝の鐘楼。1505〜8年に建設され、1532〜43年に8角形の鐘楼が完成した。1992年の復活祭を機に教会としての機能を再開。

    というのは、ソ連時代、無宗教を良しとしていたため、ロシア正教の教会はいくつか破壊され、いくつもが教会としての活動を禁じられていたようで、「ずっと教会として活動していた」ことは、特筆すべき事柄のようなのだ。

  • 記念に顔出しで!右からM嬢、ロシア駐在中のK嬢、ガイドのタチアナさん、K嬢息子のK君。<br /><br />そしてこの巨大な鐘は”鐘の皇帝”。1733〜35年に作られた高さ6メートル、重さ200トンの世界最大の鐘。鋳造中に火事がありひびがはいり一部が欠け落ちてしまったため、完成をみなかった。

    記念に顔出しで!右からM嬢、ロシア駐在中のK嬢、ガイドのタチアナさん、K嬢息子のK君。

    そしてこの巨大な鐘は”鐘の皇帝”。1733〜35年に作られた高さ6メートル、重さ200トンの世界最大の鐘。鋳造中に火事がありひびがはいり一部が欠け落ちてしまったため、完成をみなかった。

  • ロマノフ王朝の皇帝。

    ロマノフ王朝の皇帝。

  • 1600年以来長年ロシアで一番高い建物だったイワン大帝の鐘楼。

    1600年以来長年ロシアで一番高い建物だったイワン大帝の鐘楼。

  • イワン大帝の鐘楼。広場に面した正面側から。

    イワン大帝の鐘楼。広場に面した正面側から。

  • アルハンゲルスキー聖堂。ヴェネチアのアレヴィズ・ジュニアの設計で1505〜08年に建設。歴代のモスクワ公、ロシア皇帝の遺体安置所となっていて、ピョートル大帝が首都をサンクトペテルブルグに移すまでの48皇族の柩がある。

    アルハンゲルスキー聖堂。ヴェネチアのアレヴィズ・ジュニアの設計で1505〜08年に建設。歴代のモスクワ公、ロシア皇帝の遺体安置所となっていて、ピョートル大帝が首都をサンクトペテルブルグに移すまでの48皇族の柩がある。

  • ブラゴヴェシチェンスキー聖堂。ロシア正教は聖母マリアを崇拝する教会が多いそうで、クレムリンの一番大きい聖堂はウスペンスキー大聖堂、それは”聖母マリアの永眠”を祀ったもの。ブラゴヴェシンチェンスキーは”聖母マリアの受胎告知”を祀ったもの。<br /><br />この教会の中でロシア正教のイコンについて教わったのですが、撮影ができなかったので、それについては、他の教会で。

    ブラゴヴェシチェンスキー聖堂。ロシア正教は聖母マリアを崇拝する教会が多いそうで、クレムリンの一番大きい聖堂はウスペンスキー大聖堂、それは”聖母マリアの永眠”を祀ったもの。ブラゴヴェシンチェンスキーは”聖母マリアの受胎告知”を祀ったもの。

    この教会の中でロシア正教のイコンについて教わったのですが、撮影ができなかったので、それについては、他の教会で。

  • イワン大帝により1484〜89年に建てられ、他のクレムリンの教会がイタリア人のデザインなのに比べ、ロシアの名匠によりデザインされたため、ロシア色が強い。教会に入ると入口近辺は、印象的なピーコック・グリーンの壁、内部のイコンも素晴らしいものでした。

    イワン大帝により1484〜89年に建てられ、他のクレムリンの教会がイタリア人のデザインなのに比べ、ロシアの名匠によりデザインされたため、ロシア色が強い。教会に入ると入口近辺は、印象的なピーコック・グリーンの壁、内部のイコンも素晴らしいものでした。

  • ブラゴヴェシチェンスキー聖堂入口。

    ブラゴヴェシチェンスキー聖堂入口。

  • その隣にあるグラノヴィータヤ宮殿。イワン大帝の時代1491年に完成。その後イワン雷帝もピョートル大帝も宴席を設けたという。白い壁に玉ねぎの影がくっきり。

    その隣にあるグラノヴィータヤ宮殿。イワン大帝の時代1491年に完成。その後イワン雷帝もピョートル大帝も宴席を設けたという。白い壁に玉ねぎの影がくっきり。

  • クレムリンの中心、ウスペンスキー大聖堂。先に記したように”聖母マリアの永眠”を祀った教会。1479年にイタリアの名匠アリストーテリ・フィオラヴェンディのデザインで再建(1326年に築かれたものが地震で倒壊したので)。<br /><br />この内部の、壁という壁、そして柱という柱に描かれたフレスコ画に、圧倒されました。他の国の教会には見られない装飾ですが、これはこのあと訪れた沢山の玉ねぎ教会で、数多く見受けられました。

    クレムリンの中心、ウスペンスキー大聖堂。先に記したように”聖母マリアの永眠”を祀った教会。1479年にイタリアの名匠アリストーテリ・フィオラヴェンディのデザインで再建(1326年に築かれたものが地震で倒壊したので)。

    この内部の、壁という壁、そして柱という柱に描かれたフレスコ画に、圧倒されました。他の国の教会には見られない装飾ですが、これはこのあと訪れた沢山の玉ねぎ教会で、数多く見受けられました。

  • この日、朝一で来たにしても、聖堂広場はとてもすいていました。ガイドさんもK嬢も、いつもここは人でいっぱいと言っていました。

    この日、朝一で来たにしても、聖堂広場はとてもすいていました。ガイドさんもK嬢も、いつもここは人でいっぱいと言っていました。

  • 広場側の南口のフレスゴ画、17世紀に描かれたもの。<br /><br />内部には1551年に作られたイワン雷帝の玉座、ロマノフ王朝の紋章 双頭の鷲をあしらった皇后の座席もありました。

    広場側の南口のフレスゴ画、17世紀に描かれたもの。

    内部には1551年に作られたイワン雷帝の玉座、ロマノフ王朝の紋章 双頭の鷲をあしらった皇后の座席もありました。

  • 北側の扉のフレスコ画。

    北側の扉のフレスコ画。

  • リザパラジェーニャ教会。15世紀後半に皇帝の礼拝所として建てられた。後ろの小さい玉ねぎは、武器庫の一部。

    リザパラジェーニャ教会。15世紀後半に皇帝の礼拝所として建てられた。後ろの小さい玉ねぎは、武器庫の一部。

  • パトリアーシェ宮殿にある17世紀ロシアの工芸博物館を見学したあと、クレムリンを出て、赤の広場に向かいました。<br /><br />ちょうど無名兵士の墓を守っている衛兵交代の時間で、クレムリンの赤い壁に沿って、3人がカツカツと足を90度に上げながら歩いていきます。

    パトリアーシェ宮殿にある17世紀ロシアの工芸博物館を見学したあと、クレムリンを出て、赤の広場に向かいました。

    ちょうど無名兵士の墓を守っている衛兵交代の時間で、クレムリンの赤い壁に沿って、3人がカツカツと足を90度に上げながら歩いていきます。

  • かっこいいです。観光客がワーっと集まってきました。

    かっこいいです。観光客がワーっと集まってきました。

  • 顔を見合って交代します。<br /><br />モスクワでもサンクトペテルブルグでもとにかく、制服の人を沢山見ました。主に軍人、そして警察。外出時も制服着用なのかなー。

    顔を見合って交代します。

    モスクワでもサンクトペテルブルグでもとにかく、制服の人を沢山見ました。主に軍人、そして警察。外出時も制服着用なのかなー。

  • 右は赤の広場の一角を作る国立歴史博物館。この一帯はマネージ広場。左の白い建物が(古い建物をリニューアル中の)フォーシーズンホテル。来年オープンだそうです。

    右は赤の広場の一角を作る国立歴史博物館。この一帯はマネージ広場。左の白い建物が(古い建物をリニューアル中の)フォーシーズンホテル。来年オープンだそうです。

  • 赤の広場に来ました。広い〜。向こうの端に有名なお菓子の家ならぬポクロフスキー聖堂が見えます。赤の広場もいつも何かしらイベントが行われているそうですが、今日はこのようにがらんとしています。でも、どんどん柵が作られていたので、次のイベントの準備に入っていたのでしょう。

    赤の広場に来ました。広い〜。向こうの端に有名なお菓子の家ならぬポクロフスキー聖堂が見えます。赤の広場もいつも何かしらイベントが行われているそうですが、今日はこのようにがらんとしています。でも、どんどん柵が作られていたので、次のイベントの準備に入っていたのでしょう。

  • 左側はクレムリンの城塞の塔。大きな赤い建物が国立歴史博物館。1872年にアレクサンドル2世の命で設立され、1883年にアレクサンドル3世の戴冠式にあわせて完成。

    左側はクレムリンの城塞の塔。大きな赤い建物が国立歴史博物館。1872年にアレクサンドル2世の命で設立され、1883年にアレクサンドル3世の戴冠式にあわせて完成。

  • カザンの聖母聖堂。1612年に建設されたが、ソ連時代スターリンにより1936年に破壊され、1993年に再建された。

    カザンの聖母聖堂。1612年に建設されたが、ソ連時代スターリンにより1936年に破壊され、1993年に再建された。

  • 赤の広場に面し、クレムリンの反対側にある巨大なグム百貨店。

    赤の広場に面し、クレムリンの反対側にある巨大なグム百貨店。

  • ブランドショップも軒を並べています。

    ブランドショップも軒を並べています。

  • 赤の広場に面してはカフェ。モスクワ雀たちです。

    赤の広場に面してはカフェ。モスクワ雀たちです。

  • 中は吹き抜けの3階建てアーケード。こちらでトイレに行きまして・・・

    中は吹き抜けの3階建てアーケード。こちらでトイレに行きまして・・・

  • 30分くらい自由時間となりました。グム百貨店の真正面にはレーニン廟。永久保存された遺体を見ることができるそうです。翌日見に行こうかとも思ったのですが、並ぶらしいので、並んでまで死体を見なくてもいいかなということになりました。かつてはスターリンの遺体もあったらしいのですが、今では破壊王?スターリンは称えられてはいないのです。

    30分くらい自由時間となりました。グム百貨店の真正面にはレーニン廟。永久保存された遺体を見ることができるそうです。翌日見に行こうかとも思ったのですが、並ぶらしいので、並んでまで死体を見なくてもいいかなということになりました。かつてはスターリンの遺体もあったらしいのですが、今では破壊王?スターリンは称えられてはいないのです。

  • さ、お菓子の家が近づいてきました。すごい派手で可愛いです!!玉ねぎも色とりどり。美味しそうに見えます〜。

    さ、お菓子の家が近づいてきました。すごい派手で可愛いです!!玉ねぎも色とりどり。美味しそうに見えます〜。

  • 赤の広場からは思いっきり逆光だったので、シルエットにしてみました。頭上にぽっかり浮かぶ雲も何かのオブジェみたい。このあまりにユニークな建物、設計したポストニクとバルマという二人は、イワン雷帝が、建物があまりに美しいので、二度と作れないように眼をくりぬいてしまったのだそうです。酷すぎる。

    赤の広場からは思いっきり逆光だったので、シルエットにしてみました。頭上にぽっかり浮かぶ雲も何かのオブジェみたい。このあまりにユニークな建物、設計したポストニクとバルマという二人は、イワン雷帝が、建物があまりに美しいので、二度と作れないように眼をくりぬいてしまったのだそうです。酷すぎる。

  • モンゴルへの戦勝を記念してイワン雷帝が1560年に建設。イワン雷帝に影響を与えた修道士にちなみ「ワシリー寺院」と呼ばれている。聖堂の前の彫像は1612年にモスクワをポーランド軍から解放したミーニンとポジャルスキーの像。

    モンゴルへの戦勝を記念してイワン雷帝が1560年に建設。イワン雷帝に影響を与えた修道士にちなみ「ワシリー寺院」と呼ばれている。聖堂の前の彫像は1612年にモスクワをポーランド軍から解放したミーニンとポジャルスキーの像。

  • 中に入ってみました。玉ねぎ一つ一つが建物になっているので、狭くて迷路みたいです。玉ねぎドームは9つあり、もともとはもっと地味で玉ねぎドームではなかったとのこと。17世紀に今の姿になったそうです。ドームは音響がよく、コーラスの人が歌っていましたが、綺麗に響いていました。

    中に入ってみました。玉ねぎ一つ一つが建物になっているので、狭くて迷路みたいです。玉ねぎドームは9つあり、もともとはもっと地味で玉ねぎドームではなかったとのこと。17世紀に今の姿になったそうです。ドームは音響がよく、コーラスの人が歌っていましたが、綺麗に響いていました。

  • 赤の広場の方から見るとポクロフスキー聖堂の左手を通って、ランチに向かいました。

    赤の広場の方から見るとポクロフスキー聖堂の左手を通って、ランチに向かいました。

  • 裏手になります。どこから見ても色鮮やかで独特な建物。世界に類をみない教会です。

    裏手になります。どこから見ても色鮮やかで独特な建物。世界に類をみない教会です。

  • ランチはサラダ、スープ(ピクルスがはいった酸味のあるスープ)、魚料理、アップルタルト。スープはよかったのですが、魚は川魚ぽくてイマイチでした。ロシアの料理は、おおよそ、色々な種類の刻み野菜のサラダ、スープ、メイン、デザートというものでした。

    ランチはサラダ、スープ(ピクルスがはいった酸味のあるスープ)、魚料理、アップルタルト。スープはよかったのですが、魚は川魚ぽくてイマイチでした。ロシアの料理は、おおよそ、色々な種類の刻み野菜のサラダ、スープ、メイン、デザートというものでした。

  • マネージ広場から革命広場にかけて沢山のお土産屋台が出ています。工芸品、毛皮の帽子、Tシャツなどなど。値切ったところで値下げはしてくれないようです。外国人には外国人価格ということみたいです。

    マネージ広場から革命広場にかけて沢山のお土産屋台が出ています。工芸品、毛皮の帽子、Tシャツなどなど。値切ったところで値下げはしてくれないようです。外国人には外国人価格ということみたいです。

  • マトリョーシカは、昔ながらのものから、派手なデザイン、変わったデザインのものまで。屋台ものは中国製も多いらしいですが、街中の土産店のは倍くらい高かったし、デザインも似たりよったりなので、屋台で買う方が安くてよいと思いました。<br /><br />モスクワは(2)プーシキン記念美術館編 (3)ボリショイバレエとレッドアロー号編 に続きます!

    マトリョーシカは、昔ながらのものから、派手なデザイン、変わったデザインのものまで。屋台ものは中国製も多いらしいですが、街中の土産店のは倍くらい高かったし、デザインも似たりよったりなので、屋台で買う方が安くてよいと思いました。

    モスクワは(2)プーシキン記念美術館編 (3)ボリショイバレエとレッドアロー号編 に続きます!

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