2012/09/16 - 2012/09/22
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春風ねこ丸さん
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イスタンブールは2000年の歴史が地層のように積み重なった都市です。ビザンチン時代の城壁とオスマン帝国時代のモスク、共和国時代の商店が平然と隣り合い、石畳に渋滞の車が列を作っている横を新型のトラムが通り過ぎ、人々が行き交う。まるでめまいのするような光景なのだけど、それがこの街の日常なのですね。
旧市街を歩き始めてまず戸惑ったのが、地図があまり役に立たないこと。地図ではつながっていそうに見える道が実はつながってなかったり、地図上では近そうに見えるのに実は急坂があってたいへんだったり。ちょっと歩いただけで、今どこにいるのかわからなくなってしまう。まあ迷うことも旅の楽しみのひとつですが、一緒に歩いている妻がだんだん不機嫌になってくるので、そうそう迷ってもいられない。
イスタンブールに滞在したのは正味3日半。見学した順に写真を並べるとまとまりがなくなってしまうので、まずはビザンチン時代の建築をまとめて。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ボスポラス海峡クルーズに行ったあとの午後に訪れたのが、カーリエ博物館。
ちょっと行きにくい場所にあるのでタクシーを利用したんですが、ええ、ここでぼったくられましたよ。 -
気を取り直して中に入ると、これが実にすばらしい。
ビザンチン時代末期のフレスコ画やモザイクがそっくり残っていて、ここだけビザンチン時代にタイムスリップしたかのよう。
オスマン帝国時代にはこの教会はモスクに転用され、モザイク画は漆喰で塗り込められていたのだとか。 -
建物全体にわたり保存状態のいいモザイク画が残っている。しかも写真撮り放題。
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左側の卍が連なったような装飾もいい。
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内陣に残る「眠りの聖母」のモザイクイコン。ここはモスクとして使われていたためか、モザイクがあまり残っていない。
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翌日朝に訪れたのがアヤソフィア。まずはここに来なくちゃ始まらない。
8時半頃に来たのに、すでに長蛇の列。 -
アヤソフィア前庭の丸石にちょこんと座っていた猫。
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入り口の上には美しいモザイク画が残っています。
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一歩入ると、圧倒されるような空間の広さ。
建築家ミマール・スィナンは、エディルネのセリミエ・ジャーミーでアヤソフィアのドームの大きさをついに超えたと言われているけれど、広さではアヤソフィアの圧勝。
しかも建てられたのが537年。今から1500年近く前だというのだからビザンチンの建築技術のレベルの高さには絶句してしまう。 -
でも、ドームを見上げてよくみると、うーんなんだか歪んでる。
実際建築中の歪みによって、ドームは南北に2mほど長くなっているらしい。補強工事も何度も行われているので、外側からの見た目は、オスマン時代のモスクに比べるとそれほど美しくはありません。
スィナンの建設したモスクの数学的完璧さに比べると、どこか不完全な印象があります。 -
アヤソフィアの2階に上るには、まるで洞窟のような坂道をくねくねと登っていきます。階段じゃなくて坂道なのが不思議。
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二階から見下ろした光景。
スレイマニエ・ジャーミーやセリミエ・ジャーミーとかと違って、この聖堂には巨大な柱がないのですね。ドームの重さを壁で支える構造になっている。 -
2階の何カ所かでは、ビザンチン時代のモザイク画を見ることができます。
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9世紀にここを訪れたバイキングによる、ルーン文字の落書きも残されています。1200年前の落書き……。
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イチオシ
世界遺産アヤソフィアの中で気持ちよさそうに寝ていた猫。世界遺産で昼寝とはなんとぜいたくな。
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地下宮殿にも行きましたよ。これが6世紀に作られたとは。例のメドゥーサも見たけど写真は省略。
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こちらはブルーモスク横のヒッポドローム。ビザンチン時代の戦車競技場跡です。今はオベリスクとねじねじの蛇の柱(途中で折れてる)くらいしか、当時をしのぶものはありません。
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ヒッポドロームからちょっと歩いたところにある小アヤソフィア。アヤソフィアと同じく、ビザンチン時代の教会をモスクに改装した建物です。
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モスクなので中にはミフラーブとミンバルがあるんですが、もともとメッカの方向なんて考えてない教会だから、斜めに設置されています。
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ヒッポドロームに戻る途中の坂道に、野菜市場が出ていました。そんなに変わった野菜はなかったかな。
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トラムの駅から歩いて行ったヴァレンス水道橋。378年に完成したもの。今は水道橋の下を大通りが横切っています。
こうしてみてくると、ローマ帝国から受け継いだ、ビザンチン帝国の土木技術はかなり高度なものだったことがはっきりとわかります。 -
そしてこれが、ビザンチン帝国の最後を象徴する遺物。
1453年のコンスタンティノープル包囲戦のとき、ビザンチン帝国側が金角湾を封鎖するために使った巨大な鎖です。これにオスマン帝国は山越え策を敢行、こうしてコンスタンティノープルは陥落し、ビザンチン帝国は最後の時を迎えたのです。
この鎖は新市街の軍事博物館にあります。歴史好きなら見逃す手はありません。 -
軍事博物館には、コンスタンティノープル包囲戦を再現したジオラマもあります。視点はもちろんオスマン帝国側。
最近、この戦いをもっと臨場感あふれる仕掛けで再現した"Panorama 1453"という博物館もオープンしたと聞いたのですが、時間がなくて行けなかったのが残念です。
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