2009/07/29 - 2009/08/04
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みなみやまさん
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1日目 関空~ホンコン~バンコク宿泊 ママズGH
2日目 バンコク~陸路タイ出国カンボジア入国、シェムリアプ
3日目 アンコールワット・アンコールトム 宿泊クローやまとGH
4日目 プリアカン、ニャックポアン、プレ・ループ、タ・ソム、東メボン宿泊クローやまとGH
5日目 移動(バス)シェムリアップ→プノンペン プノンペンcapitol1GH
6日目 移動(バス)プノンペン→ホーチミン宿泊10ドルホーチミン、デタムストリート
バベッド・カンボジア/ボーダー →モックバイ・ベトナムボーダー
7日目 メコンデルタツアー
日本語ツアー25ドル 宿泊10ドルホーチミン、デタムストリート
- 旅行の満足度
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 タクシー バイク 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
指定されたバスには、ほとんど地元にカンボジア人がほとんどだった。
外国人は少ない。
ましてや日本人はいない。
不安もあるが、しかし、日本人がいないとなぜか落ち着くみなみやまだった。
どうしてか?
気楽だから。
干渉されることもない。
かってにできる。
大変わがままである。 -
道路沿いに前にはにはバナナが植えられ、池にはアヒルも見られる。
自給的な生活が垣間見られる。
高床の1階部分は生活スペースで、食事ができ、休息用にハンモックがつるされている。
雨が降っても大丈夫なのだ。 -
橋は、水面より高い位置にあるので街の様子がよく見えてきた。
橋を渡って、街中に入る。
そして、しばらく走ってバスターミナルに到着した。
場所は、セントラルマーケット近くだと思ったが、不明。
バイクタクシーを使う。
シェムリアップに比べ、高目と感じた。
それでも値切って、1ドルで通した。
行き先は、ゲストハウスキャピトル1。
同じ場所にキャピトルツアーがあると聞いていた。
しかし、さすがプノンペンの市内は広い。
バイクタクシーに賭けてみたわけだ。 -
キャピトルゲストハウスはセントラルマーケットの東側モニボン通りを
南に下り、西へオルセーマーケットへ向かう途中にあった。
みなみやま的には初めて経験する本格的なゲストハウスだった。
1階に食堂と旅行会社キャピトルツアーがあり、ゲストハウスの受付は狭い階段を上がった2階にの踊り場にある。
宿泊は2階と3,4階に分かれている。
宿泊料金はメニューがあって3ドル、4ドル。5ドル。
4ドルの部屋を選んだ。
建物は古いが天井が高く広い部屋が1泊400円弱で泊まれる。
やはり、歴史のあるゲストハウスは欧米人好みの部屋で清潔さと広い空間がある。
そして、値段が安い。
みなみやま好みだった。 -
そこで、明日にはベトナムへ越境をしよう。
早速、1階に下りてキャピトルツアーへ。
受付は英語オンリーだ。
何とか通じる。
ベトナムホーチミン行きが所用時間7時間で8ドル。800円弱。
朝6時半出発。
ベトナムホーチミンには翌日の午後には到着できる。
それでチケットを購入した。
「ホーチミン」はここでは「SAIGON」表記だった。SAIGONがまだ生きているのだ。
東南アジアのツアーデスクは英語が通じる。
しかし、彼らの英語もビジネス英語だ。
バスガイドが話すように流暢な英語だがフォームがあってそれを繰り返す話すパターンだ。
だから、会話のやり取りはどうもちぐはぐになる。
そこが、なんとなくわかってきた。
聞き取れなくても、ポイントを押さえられればそれでOKだ。
そう思っているみなみやまだった。 -
4ドルの部屋はこんな感じだった。
ベッドが大きく二人でも寝れる広さだ。
部屋にはテーブルと鏡があるだけでシンプルだ。 -
トイレとシャワーがついている。
ビールを飲みながら明日の予定を考えていた。
しばらくすると眠りについたのだった。
さようならプノンペン。 -
さて翌朝、6時の出発。
早めに起きてチェックアウトをする。
といっても、まだ、寝ている門番の青年を起こして鍵を渡すだけ。
まだ6時はここでは早いらしい。
欧米人のバックパッカーらの生活はスローペースなので早起きは珍しい。
下へ出るとそのまま食堂に座る。
ちらほらと客が来ている。
メニューは英語。
センミー麺はヌードルだ。
値段も割高。
しかしヌードルを注文する。
食事を終えたころ乗客が集まってくる。
乗客は、カンボジア人が多いのだ。
それ以外にマレーシア人(後で知った)やベトナム人などがほとんどで西洋人は少なかった。
日本人はみなみやまだけだ。
ゲストハウスの前がバスストップになっている。
行き先はホーチミンとSAIGONの両方の表示がある。
定刻より遅れて出発したツアーバス。
客席は結構客で埋まっている。
走り出したのは国道1号線。
シェムリアップからプノンペンまでが国道6号線。
トンレサップの南側を通るのが国道5号線だ。 -
次に目に付いたのはこれだ。
画像の左手にオートバイが荷車を引いている。
それにきれいに並んで女性たちが座っている。 -
カンボジアイミグレーションについたと思うとバスは突き当りを右に曲がる。
そのままイミグレーションに進むと思ったが、道から外れて土道を走りイミグレーションの塀の外の食堂へ到着した。
これがキャピトルツアーの中古ツアーバス。 -
そこへ、真新しい国際バスがやってきた。
ベトナムのホーチミンから来たツアーバスだ。
全員欧米人のバスだ。
声をかけてみる。
値段は少し高そうだ。
話した相手はカナダ人だといっていた。
その後、再びバスは動き出しカンボジアのイミグレーションで出国手続きをした。
さらに、今度はヴェトナムのイミグレーションだった。
初めて経験したイミグレーションと比べ入国手続きは簡単だった。 -
カンボジア側のドライブインを出てイミグレ前でバスを降りる。
その後カンボジアのイミグレで出国手続きは簡単に終わった。
再びバスに乗る。
今度は緊張のヴェトナム側のイミグレだ。
みなみやまの乗ったバスは、現地の人が多いバスだ。
イミグレでまずしばらく待たされる。
理由はわからない。
そして、窓口の列に並ぶよう指示される。
そしてみなみやまの番が来た。
パスポートに入国印が押される。
そのハンコはまた、前回と同じパスポートの後ろ側だった。
その理由はいまだにわからないが、少し変わっているヴェトナムを感じた。
再び、バスに戻るが、そのときマレーシアから来た青年が別れのあいさつに来た。
カンボジアに再入国するという。
理由はわからなかったが、このツアーバスは地元民が多いだけにわけありもあるようだ。
また、数人の乗客もバスを降りてどこか?へ消えた。
迎えの車に乗り換えたのだろう。
つまりこのバスの乗客が、すべてホーチミンへ行くのではなかったようだ。
言葉の壁があるのでその理由まで聞くことはなかったが、面白い経験をした。 -
とにかく、無事ベトナムへ入国できたのだ。
後戻りはできない。
後は、運を天に任せて旅行を続け、カンボジアを通過せずに、タイへ戻ればいいのだ。
さてそれはどんなルートになるのかはまだ決まっていなかった。
陸路が基本だが、最悪航空機でバンコクまで飛ばなくてはいけないかもしれないと覚悟はしていた。
金はないのだが。
カンボジアからヴェトナムに入って感じたのは、道路がやはりきれいだということだ。片側二車線、上下4車線の道路がホーチミンまでずっと続いていた。
ベトナム側の町は「モックバイ」だ。 -
朝6時過ぎにプノンペンを出て国境が11時半、ホーチミンには午後2時過ぎには到着した。
このツアーバスがどこへ到着するのかは不明だった。
聞いても土地勘がない。
黙って到着を待ったが、結局バックパッカーが集まるという狭いデタム通りにたどり着いたのだった。
ラッキーだった。 -
そして、何とこのデタムストリートに2泊もしてしまったのだった。
バスを降りて、うるさい客引きを掻き分けてとりあえず通りの端まで歩いてみる。
そこで予定通り、SOUTHERN HOTELの一階のTNK TRAVELへ入った。
外側の階段を上るとフーンナムホテルである。
トラベルは半地下の様相。
それでやっと話ができたのだった。
ちょっと変な日本人に見えたのだろう。
とりあえず、明日の一日メコンデルタツアーを申し込んだ。
値段も値上がりして25ドル(ただし英語ツアーは10ドルの模様)だった。 -
一部屋、エアコン付きで1泊10ドル。中国語が少し通じたのだった。
二泊を決めた。
高いか安か考えはせず即決した。
寝床は確保した。
次は、ダナンまでの鉄道キップを確保することだ。
ベトナムを北上するのである。
宿に近いフォングーラオ通りには「鉄道チケット販売代理店」があるとテツさんの旅行記で聞いていた。
国鉄の直営なので手数料もないというのだ。
とりあえず迷いながら探してみた。
普通のがらんとしたオフィスだった。
確かに、前の客と長い時間やり取りをしていて待たされた。
本当に、公務員の窓口のようでサービスは悪い。
それでも、8月2日のヴェトナム中部ダナン行きのチケットを手に入れた。
すでに、ソフトベッド、ハードベットは満席、「ソフトシートエアコン」と書かれていた。
値段は、42万2千ドン。10万ドン=700円で換算。
日本円でほぼ3000円だ。 -
出発は2日後の8月2日。19時。
ホーチミン滞在が丸二日残った計算になる。
これで次の予定が組めるのだった。
前回のベトナムではチケットが手書きだった。
それも複写式の外国人用だった。
今回はコンピューター発券である。ずいぶん進歩しているようだ。
しかし、はっきりと「外国人」とプリントされている。
さすがヴェトナムである。
再度、両替屋に走って200元=50万ドンの両替をしたみなみやまだった。
まだ旅の見通しはたったわけではない。
これからが初めての土地で移動を含め、前途多難なのだ。
しかし、ついにホーチミンまで来たのだ。
ヨクやったと自分で褒めておこう。 -
さて、ヴェトナム初日の午後早速ホーチミン市を歩くことにした。
初めての土地をガイドなしで歩くのは難しい。
「歩き方」は持参したが、とてもクリアーできなかった。
途中から雨が降り出した。
傘を持ってでなかった。
しかし、その後意外な出会いと展開があったことをお知らせしておこう。
キーワードは「日本語で話しかけられたら信用するな!!」である。
詳細はこれから報告しよう。
さて、デタム通りの位置だが、いわゆる繁華街より少し南西に位置している。
最初はその感覚がわからずずいぶん遠回りをしたのだった。 -
早速ベンタイン市場に入るとそこは完全に西洋人の観光スポット化していた。
これだけ西洋人観光客がいるとかえって安心できるのだ。
値段は高いが、ぼったくりは少ないと。
まずフードコートへ向かう。
明朗会計だ。
ベトナムフォー(麺)が3万ドンだ。 -
これが「人民委員会」だ。
すっかり雨模様となった。
その雨の中をひたすら歩く。
何で傘を持ってこなかったのかと反省した。
ホーチミンではみんな傘より簡易雨合羽に人気がある。 -
そして、何とかサイゴン大教会前の広場に到着した。
塔が二つの教会はカトリックでフランスの特徴である。
雨の中でひっそりとたたずんでいる教会だった。
右手には、サイゴン中央郵便局がある。
とりあえず、「中央郵便局」に緊急避難した。 -
2009年7月31日ヴェトナム時間午後4時45分と画像には記録されていた。
日本との時差は2時間。サマータイムはない。
もう夕方である。ホーチミン市に着いたのが正午12時過ぎだった。
すでにホーチミン市で4時間が経過していた。
雨が小降りになったので、中央郵便局を出る。 -
まだ、雨が降っているので、店先のテントの下に地元の人たちが三々五々と座って食事をしていた。
そして目に入ったのは、ビールのビンだった。
そのビールのビンに惹かれるようにテーブル席に座ったのだった。
初めても街でも、ビールならぼられることはないだろうと。
ビールはサイゴンビールだった。
ビールは注文できても、つまみまでは注文する勇気がなかった。
ところが、それを見ていた客の一人のヴェトナム人が日本語で声をかけてきた。
正直、驚いたのだった。
まず警戒するのが常道だ。 -
左側の帽子をかぶった弟。
日本に働きに行っていたという。
日本では日本人に親切にしてもらった。
ツアーガイドもしたことがある。
今は塗装の店を人を使ってやっている。
塗装の資格は日本で取ったが、自分は下手だ。
口で仕事をしている。
味の素の現地ベトナム社長と友達だ。
聞けば聞くほど怪しい。
だまされるな。と思っていたが・・・・・。
ところが、彼が言うのだった。
「日本語を話すベトナム人を信用するなと。彼も含めて(笑)。」
そのあたりから彼とはしっかり打ち解けて会話を楽しんだ。
つまみもご馳走になり、さらにお勧め料理も注文してくれた。
この鍋料理、しゃぶしゃぶのようなものだ。 -
この店を出て、しばらく歩くと大きいホテルがあり、ベンタイン市場に出た。
ないとマーケットもあったが、今日はパスする。
デタム通りには、すでにナイトバスの「OPEN TOUR」の表示があった。
これから国道一号線をハノイに向けて北上するバスたちだ。
今日はこれでお終い。
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