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                                <br />『当寺は、福寿山と号する曹洞宗の寺院で、本尊は阿弥陀如来立像です。<br />開創は詳らかではありませんが、開山は御堂阿じゃ梨と伝えられ、中興開山は月山機法です。<br />古くは、無量山福寿庵と称する浄土宗系の小庵でしたが、宝永6年(1709)に観泉寺(今川2-16-1)持となりました。(一説には享和年間1801-4ともいわれます)<br />往古、池畔に「善福寺」という寺院があったといわれています。文政9年(1826)にできた「新編武蔵風土記稿」に、「往古は善福寺・万福寺とて2ヶ寺ありしが、いつの頃か廃絶して今はその跡さえも知れず・・・此善福寺の廃せしは、千年大に自身せしとき池水溢れいで、堂宇これが為に破壊に及びしが遂に再修に及ばす、其名空くただ池の跡のみ残れりと。思うに、此時、寺をば何へか引移せしものならん」とあります。<br />この「善福寺」と当寺との直接の関係については、明らかま資料はありませんが、小庵から引きついでいる机に「文化12年・・・・無量山善福寺福寿庵」とあるところからも、「善福寺」という名が代々伝わっているものと思われます。<br />また、本尊の阿弥陀如来立像は室町時代の作といわれ、衣丈が流れるような美しい優雅な像です。<br />その他、境内には浄土系寺院時代の歴代住職の墓石や、建武元年(1334)銘板碑、享保2年(1717)銘地蔵石像などがあります。』<br />(杉並教育委員会 説明)

武蔵荻窪 善福寺散歩

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2012/03/04 - 2012/03/04

104位(同エリア171件中)

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滝山氏照

滝山氏照さん

                                
『当寺は、福寿山と号する曹洞宗の寺院で、本尊は阿弥陀如来立像です。
開創は詳らかではありませんが、開山は御堂阿じゃ梨と伝えられ、中興開山は月山機法です。
古くは、無量山福寿庵と称する浄土宗系の小庵でしたが、宝永6年(1709)に観泉寺(今川2-16-1)持となりました。(一説には享和年間1801-4ともいわれます)
往古、池畔に「善福寺」という寺院があったといわれています。文政9年(1826)にできた「新編武蔵風土記稿」に、「往古は善福寺・万福寺とて2ヶ寺ありしが、いつの頃か廃絶して今はその跡さえも知れず・・・此善福寺の廃せしは、千年大に自身せしとき池水溢れいで、堂宇これが為に破壊に及びしが遂に再修に及ばす、其名空くただ池の跡のみ残れりと。思うに、此時、寺をば何へか引移せしものならん」とあります。
この「善福寺」と当寺との直接の関係については、明らかま資料はありませんが、小庵から引きついでいる机に「文化12年・・・・無量山善福寺福寿庵」とあるところからも、「善福寺」という名が代々伝わっているものと思われます。
また、本尊の阿弥陀如来立像は室町時代の作といわれ、衣丈が流れるような美しい優雅な像です。
その他、境内には浄土系寺院時代の歴代住職の墓石や、建武元年(1334)銘板碑、享保2年(1717)銘地蔵石像などがあります。』
(杉並教育委員会 説明)

交通手段
高速・路線バス JRローカル 徒歩
  • 都立善福寺公園案内板

    都立善福寺公園案内板

  • 善福寺池展望<br /><br />善福寺池は地底や水辺から湧き出る水によりできた池です。

    善福寺池展望

    善福寺池は地底や水辺から湧き出る水によりできた池です。

  • 善福寺池展望

    善福寺池展望

  • 市杵嶋(いちきしま)神社<br /><br />江戸時代には善福寺池の弁財天と呼ばれていました。旱魃の折には区内はもとより練馬・中野の村々からも雨乞い祈願に来るほど水に霊験があると歴史的に言われています。

    市杵嶋(いちきしま)神社

    江戸時代には善福寺池の弁財天と呼ばれていました。旱魃の折には区内はもとより練馬・中野の村々からも雨乞い祈願に来るほど水に霊験があると歴史的に言われています。

  • 遅野井(おそのい)涌水の碑<br /><br />源頼朝が奥州征討のため当地に宿陣、氏神八幡に戦勝を誓願し、征討を終え<br />この地に戻った際折からの旱ばつで軍勢は乾きに苦しみます。頼朝は弁財天に祈り、自ら弓で地面を7ヶ所掘ります。軍勢は渇きの余り水が湧き出るのが遅い、遅の井と言います。<br />その時忽然として7ヶ所に水が湧きだし、軍勢は渇きを癒します。<br />後に江ノ島弁財天をこの地に勧請して善福寺弁財天を創建したと言います。<br />(遅野井の由来 説明)

    遅野井(おそのい)涌水の碑

    源頼朝が奥州征討のため当地に宿陣、氏神八幡に戦勝を誓願し、征討を終え
    この地に戻った際折からの旱ばつで軍勢は乾きに苦しみます。頼朝は弁財天に祈り、自ら弓で地面を7ヶ所掘ります。軍勢は渇きの余り水が湧き出るのが遅い、遅の井と言います。
    その時忽然として7ヶ所に水が湧きだし、軍勢は渇きを癒します。
    後に江ノ島弁財天をこの地に勧請して善福寺弁財天を創建したと言います。
    (遅野井の由来 説明)

  • 善福寺池全景

    善福寺池全景

  • 善福寺山門

    善福寺山門

  • 善福寺門標

    善福寺門標

  • 供養塔

    供養塔

  • 善福寺本堂

    善福寺本堂

  • 扁額

    扁額

  • 境内

    境内

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