2012/04/14 - 2012/04/22
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azianokazeさん
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火焔山を望むアスターナ古墳群は、およそ600の墓があると言われ、その保存状態のよい墓室、多くの出土遺物から「地下博物館」とも呼ばれています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2012年4月17日(火曜)
トルファン市街から南東約40km、高昌故城の北約2kmに位置するアスターナ古墳群。
東西約5km、南北2kmの広大なエリアに、およそ600の墓があるとされています。
高昌故城から近いことからわかるように、高昌国から唐支配の時代にかけての、この地方の貴族などの墓とされています。
入場料は20元(シーズンオフ料金で18元だったかも) -
公開されている3つの墓のひとつ、216号墓。
シーズンオフのため、広い敷地内には誰もいません。
21年前にも訪れており、地下墓があることは分かっていたからいいものの、初めてだと、人もおらず、建物もなく、荒地が広がっているだけで「???」という感じかも。
観光客はおろか、係員もいませんでしたが、私が入園したため、「面倒くさいな・・・」といった感じで、一人係員が敷地内のテント監視所にやってきました。
墓の中は撮影禁止になっていますが、そんな状態で、私がミイラの棺でも持ちださない限りはクレームもなさそうだったので、写真を撮らせていただきました。 -
アスターナ216号墓の墓室に描かれた「四聖人屏風図」。
唐代の作。
“6つに区切られた画面中央の4人は、右から「玉人」「金人」「石人」「木人」と名づけられ、それぞれが特有の人格を表している。「玉人」は清廉潔白、「金人」は言を慎む、「石人」は物に動じない、「木人」は正直な人格の象徴で、儒教の教えを絵解きしたものだという”【新シルクロードの旅(講談社)】 -
アスターナ215号墓の墓室に描かれた「花鳥屏風図」。
やはり唐代の作で、植物を背景に。鴨や雉などが描かれています。
21年前の、花札のようなイメージが記憶に残っています。 -
素人的に見て、圧巻なのは210号墓のミイラ夫婦でしょう。
210号墓の説明版 -
千数百年の眠りをカメラのフラッシュで邪魔してしまいました。
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アスターナ古墳のミイラは特別の防腐処理はされていません。
乾燥した気候、低い地下水位が作り出した自然のミイラです。
トルファン名産の干しブドウも、言ってみれば、ブドウのミイラでしょうか。 -
妻でしょうか、夫でしょうか。
アスータナの墳墓も盗掘にあっていますが、流砂で埋め戻され、それ以上墓室が荒らされるのが防がれたそうです。
そのため、比較的保存状態のよい墓室、多くの副葬品などの文物が今に残され、「地下博物館」となっています。 -
昔は、荒れ地に墓穴が点在するだけで、荷台にツアー客を乗せた軽トラックがすぐ近くまで乗り付けていました。
今は、きれいに整備され公園のようになっています。
展望台やモニュメントもあります。 -
ややお疲れモードに入っていましたが、せっかくなので展望台に上がってみました。
上から眺めた古墳群。あちこちに墓が点在しています。 -
反対側の眺め。奥に並んでいるのは現代の墓ではないでしょうか。
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火焔山を背景にブドウ畑が広がっています。
点在する小屋は、収穫したブドウを乾燥させて干しブドウする小屋です。 -
モニュメントの方は、アスターナ古墳から出土した文物にちなんだものとなっています。
写真のメイン作品ほか、十二支像(動物を擬人化したもの)も並んでいます。
メイン作品は、中国ミャオ族の洪水神話「伏羲と女媧」がモチーフとなっています。 -
アスターナ古墳から出土した作品。唐代のもの。
“伏羲と女媧の父がかつて自身が閉じ込め、自分の子供たちによって解放された雷公と戦ったが、雷公が洪水を起こして攻めたために二人を残して人類が滅亡してしまう。兄妹は雷公を助けた時に彼からもらった種を植えて、そこから生った巨大な瓢箪の中に避難して助かり、結婚して人類を伝えたとある”【ウィキペディア】ということで、中国版「アダムとイブ」といった神話です。
写真は、帰路途中に立ち寄ったウルムチ博物館に展示されているものです。なお、本物かコピー・レプリカかはわかりません。(どうせ、真贋の区別もつきませんので、どちらでも大差はありません) -
これも“伏羲と女媧”
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モニュメント化されている十二支像の原本がこちら。やはりウルムチ博物館展示品です。(彩色土俑)
なお、ウルムチ博物館では、みなおおっぴらに写真を撮っていましたので、私も撮影させていただきました。
トルファン博物館にもアスターナ古墳出土品があったと思いますが、こちらは撮影していません。 -
十二支像のもう1体。
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ついでに、ウルムチ博物館に展示されていたアスターナ古墳出土の他の作品を少し。
彩色上絵の女性土俑 唐代の作品 -
ラクダと胡人の木俑 唐代の作品
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右2体は、墓を護る「鎮墓獣」 高さは75cm 唐代の作品
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以下3枚は、博物館では見逃したもので、比較的有名なアスターナ古墳出土品です。「新シルクロードの旅(講談社)」からの転載です。
これは地主の生活を描いたもので、十六国時代の作品 -
4人の女性が餅を焼く過程を表現した泥俑
唐代のものですが、働く一般の人間を生き生きと表現しており、是非目にしたかった作品です。 -
1200年前のお菓子(小麦粉を材料にしたクッキーの類)
今でも食べられそうです。
こんなものが原型をとどめて残っているのは驚異です。
「地下博物館」の文物を取り上げているときりがありませんので、このあたりでおしまいにしましょう。 -
火焔山の中を走って、次の目的地「ベゼクリク千仏洞」へ向かいます。
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ベゼクリク千仏洞へ到着
トルファン市の北東約40kmにあって、火焔山の一画に開かれた石窟寺院です。
入場料は20元 -
ムルトゥク河の南岸の断崖に、南北1kmにわたって穿たれています。
“三層の構造を持ち、下は僧侶の部屋、次が仏窟、その上に仏塔がある。
一階の僧侶の部屋は河沿いにあり、二階の仏窟が礼拝区となっていた。平均的な石窟の広さは間口五メートル、奥行き二十メートル、高さ五メートルほど。長方形ドームが多いのは、石窟を道場にしていたためという”【新シルクロード(講談社)】
石窟は80ほどあるようですが、公開されていたのは6か所でした。 -
石窟は80ほどあるようですが、公開されていたのは6か所でした。
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内部は撮影禁止ですので、外部だけ。
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石窟内部の保存状態は、窟によって差がありますが、かなり色調が残っているものもあります。
ただ、後世のイスラム教徒の手によって、多くの仏像の顔(特に、目の部分)が破損されています。
例によって「新シルクロード(懇談社)」からの転載を少し。
第15窟 「シンハ仏と王」 -
第18窟の千体仏
公開されていたのは別の窟ですが、まあ、こんな感じの画が残されて(保存が良いところでは)います。 -
火焔山を眺めながら、トルファン市街に帰ります。
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夕方近くなり日差しも弱まったため、火焔山の迫力もいまひとつといった感です。
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トルファン大飯店に帰着。
トルファン1日目の観光終了。
少し詰め込み過ぎた感があります。明日に回せるところは明日にしたら・・・ともアブラハムに相談したのですが、彼の都合もあるようで、こういうスケジュールになりました。
明日は、交河故城とカレーズ博物館です。
(車に上着を忘れてしまいましたが、明日も同じ車ですから、問題なし・・・です。)
夜はまた屋台村(台湾の夜市のような感じ)に行きましたが、強い風が吹き出し、あちこちのテーブルから物が飛んでくるほどでした。料理にもいろんなものが吹きつけているのでしょうが、シシカバブなど、火を通すので問題なし・・・ということにします。
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