2012/05/28 - 2012/06/13
8位(同エリア158件中)
ノスタルジアさん
- ノスタルジアさんTOP
- 旅行記137冊
- クチコミ1件
- Q&A回答19件
- 182,734アクセス
- フォロワー113人
かねてから行きたかった新疆ウイグル自治区の外務省の危険情報のが2009年のウルムチ騒乱以来、レベル3(渡航自粛)からレベル1(十分注意)になったの早速訪ねる事にした。
大阪港~上海~ウルムチ~トルファン~敦煌~西安~洛陽~上海~大阪港、前回と違って余裕をのある日程を組んだが、前回よりも予想外、想定外の事が起きてしまったのである。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
平成24年6月3日(日)トルファン観光地図
一番行きたいのは火焔山 -
平成24年6月3日(日)ウルムチ 宿泊したホテル 錦江之星烏魯木斉紅旗路店のフロント
5時に目覚めて天気が気になり、ホテルの外に出たら雨、それも日本なら傘が要るような雨、いい加減な中国の事だから天気予報も外れる事を期待していたが、がっかりした。それでもトルファンまで200キロ程あるので、それだけ離れていれば天気も違うだろうと淡い期待感を持った。 -
平成24年6月3日(日)ウルムチ 宿泊したホテル 錦江之星烏魯木斉紅旗路店のレストラン
ビュッフェスタイルの朝食だったがなかなか美味しくて良かった。 -
平成24年6月3日(日)ウルムチ 宿泊したホテル 錦江之星烏魯木斉紅旗路店
1泊朝食付き270元3,510円の部屋、新しくて清潔感があってこれで3,510円は安過ぎる!今まで泊った中国のホテルで一番良いホテルだった。
いつも2泊する場合は、1泊目だけを予約しておいて、期待外れだった場合は2泊目は別のホテル、良ければ同じホテルで、今回は、このホテルで2泊即決した。 -
平成24年6月3日(日)ウルムチ 宿泊したホテル 錦江之星烏魯木斉紅旗路店
中国旅行の場合、ホテルのトイレの善し悪しは大事なテーマ、掃除も行き届いていて快適であった。他にシャワールームだけだったがそれで十分だった。 -
平成24年6月3日(日)ウルムチ
旅行社の劉敏さんの一押しのタクシー運転手、張帰 傳さん、理由は最近買ったばかりのエアコン付きのアウディ、人柄は真面目、安全運転の触れ込みだったが、すぐ時速100キロを超すので、ハラハラして道中何度も抑えるように伝えた。言葉は英単語も全く通じなかったが、劉敏さんに今日の行きたい所は火焔山で後はお任せと言っていたので特に問題は無かった。
張帰 傳さんは8時に迎え、という事だった7時半にはロビーに来ていた。 -
平成24年6月3日(日)トルファン市小草湖地区
ホテルを発ってから1時間余り無数の風力発電があるドライブインに休憩の為立ち寄った。
車から出るとどんよりとした空で小さなひょう混じりの強風が吹き荒れていた。
とにかく寒く、酷暑のトルファンのイメージは強風で吹き飛んでしまった。 -
平成24年6月3日(日)トルファン市小草湖地区 風力発電基地
2008年1月10日、新彊ウイグル自治区トルファン市の小草湖地区で建設中の風力発電基地の様子が地元メディア「新彊日報」で紹介された。数年をかけて世界最大の風力発電基地を完成させるという。現在第一期工事が終了し、昨年12月までに発電機60基が設置された。来年からはさらに60基の設置が始まるという。
中国政府は06年1月に「再生可能エネルギー法」を施行して本格的な環境対策に乗り出し、風力発電などの再生可能エネルギー源に対する開発補助金や優遇政策が打ち出された。新彊ウイグル自治区には9つの風力発電基地が建設される予定で、総設備容量は8000万キロワット時になるという。
ここトルファン市小草湖地区には今後数年をかけて、総設備容量230万キロワット時の巨大風力発電基地が建設される。昨年12月には投資額4億元(約60億円)をかけた第1期工事が終了。発電機60基が設置され、設備容量は4.95万キロワット時になる。
トルファン地区では昨年、強風のため列車転覆事故が起きている。それほど強い風が吹くことで有名だが、中でも小草湖地区は総面積1000平方キロメートル、開発可能な発電量は年間100億キロワット時にもなり、発電基地建設に最も適した土地といわれている。 -
平成24年6月3日(日)トルファン市小草湖地区 風力発電基地
プロペラが激しく回る画像を撮る為、シャッタースピードを遅くしたかったが、
余りにも強風でカメラがブレてしまい、静止画像を撮るしかなかった。 -
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ楽園 入場券40元520円
カレーズ楽園は新疆ウイグル自治区のトルファン市にあるカレーズの博物館で、乾燥地帯の地下水利施設であるカレーズをパノラマ展示で理解し、カレーズも実際に見ることができる。 -
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ楽園
カレーズ楽園はトルファン市街地から5キロメートルの亜爾郷二村にあり、交通が比較的便利な所で、トルファンの観光地になっている。このカレーズは800年前に作られた「ミイム・ハジのカレーズ」で、天山山脈から雪解け水を導く地下水路の下流部分が楽園の地下にある。 -
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ
カレーズとはペルシャ語で「地下水」を意味し、イランではカナートと呼び、天山山麓の水脈から母井戸で雪解け水を取り入れ,その後一定間隔(通常は20〜30m)で竪穴(掘削土砂揚げ・通風・補修時のアクセスとして使う)を掘り,傾斜をつけたトンネルで結びオアシスの農地や居住地まで水を引っ張ってくるシステム。
乾燥地帯のため,途中で蒸発しないように暗渠にする砂漠地帯に適した土木技術で,紀元前6世紀イランで生まれ,シルクロードを通りこの地に伝わったと考えられている。
砂漠地帯に住む人間が生み出した最高の水を得る方法で、地表水路では,水は砂に吸い取られすぐ乾燥してしまい,たとえオアシスまで流れ着いたとしても塩分が多くなって農業用水として役立たなくなってしまうのである。
カレーズは,中国三大土木工事(万里の長城と大運河)の一つとも云われ,延長は5,000km,新彊に1,100本,その90%がトルファンにある。しかし実際に使用されているのは614本だという。
アヘン戦争の英雄「林則徐」が左遷されて3年間新疆に滞在した時,このカレーズの素晴らしさに注目しその普及を奨励したことはつとに有名である。 -
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ
カレーズ博物館は,本物のカレーズの一部を観光用に整備し,説明パネルや模型を使ってカレーズの構造や造り方を展示している。
入口を入ると天山山麓の水源 に井戸を掘り,横穴掘りを繰り返して進み,傾斜を利用して暗渠から明渠・溜池(水温を温める効果あり)からオアシスへ水を導く大きなカレーズの模型がある。
その後,本物のカレーズの横穴を拡幅した観光用カレーズの中を歩く。カレーズの中は20℃位で快適で、カレーズの中で作業するとか,夜も寝るという人が多いとか。 -
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ楽園
ここも小雨模様で路面も濡れていた。 -
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ楽園
葡萄を乾燥させる一画でレンガを一つおきに市松模様に積み重ねた壁に囲まれていて風通しがよさそうで、蔓が付いたままのブドウが干してある。1ヶ月ぐらいで干し葡萄になるそうだが、シーズン前なのかよく見ると干されているのは、葡萄、蔓、葉全てプラスチック製だった。観光用のイメージとしてまあ許せるか。
園内の他の葡萄棚はまだ実がなっていなかったが本物だった。 -
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ楽園 葡萄棚
-
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ楽園 奥に見えるのが博物館
-
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ楽園 葡萄棚
-
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ楽園 葡萄棚
-
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ楽園 モニュメント
ここに湧いている水はカレーズの水ではないらしい、これもイメージか。 -
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ楽園前の通り
-
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ楽園前の通り
-
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ楽園前の通り
-
平成24年6月3日(日)トルファン カレーズ楽園前で
売っている干し葡萄が大きい、手の平に乗る程度の量を買って食べたが、これは本当に美味しかった。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 維吾集(ウィグル)古村 博物館
カレーズ楽園から来るまで10分程の所で、伝統的なウイグル族の昔の農業様式や生活様式を紹介する博物館的と今も住民が生活している村があった。
博物館の入り口から見える貧弱な展示物を見る限り、入場料35元を払う価値は無いと思って、背後にある古村に入った。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 維吾集(ウィグル)古村
階段を昇ると「The art and literary circles」の看板がかかっていた。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 維吾集(ウィグル)古村
これが「The art and literary circles」? -
平成24年6月3日(日)トルファン 維吾集(ウィグル)古村
-
平成24年6月3日(日)トルファン 維吾集(ウィグル)古村
この旅行記を書くにあたり古村といってもいつ頃の年代なのかネットで調べたが分からなかった。何しろ洗濯物が干してあって住人が生活している家もあるのである。
家の前にある農機具にしても、展示物なのか、農家の今も使っている道具なのか分からなかった。一般公開する程ではないと思った。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 維吾集(ウィグル)古村
-
平成24年6月3日(日)トルファン 維吾集(ウィグル)古村
建物は日干し煉瓦で作られている。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 維吾集(ウィグル)古村
向うに見えるのは交河故城 -
平成24年6月3日(日)トルファン 維吾集(ウィグル)古村
中に入ると住民がいて、入っていいのか?と思ったが、いいみたいだった。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 維吾集(ウィグル)古村
中国政府の少数民族に対する保護政策はここを見る限りおざなりにされていると感じた。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 入場券40元520円
維吾集(ウィグル)古村から10分弱で着いた。日曜日のせいか中国人観光客がいっぱい来ていた。
交河故城はトルファン市の西方11キロに位置する世界最大、最古級の版築で築かれた保存状態のよい都市遺跡。
中国でただ一つ残る漢代からの都市遺跡でもある。
紀元前2世紀に建設され、14世紀に戦火で焼け落ちた。交河故城は1961年3月4日、中国国務院により第一批全国重要文化保護財に指定され、2014年にはシルクロード 長安-天山回廊の交易路網の構成資産としてUNESCOの世界遺産リスト登録物件に含まれた。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 地図
遺跡は柳葉形の台地上に位置し周囲は約30メートルの断崖に囲まれ自然の要害をなしている。
遺跡の全長は約1650メートル、幅は最大で約300メートル、総面積は約38万平方メートル。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城入口の南門
紀元前2世紀以前に車師人はすでにここに居住し、紀元前108年〜450年の間、2本の河が南側で合流することからその名がついた「交河故城」は昔、西域36国の一つ、『車師前国』の都だった。
漢代には「戍巳校尉」がこの地に置かれた。450年〜640年には高昌に属し、640年〜9世紀初めには唐の交川県に属した。
西域の最高軍事機関である安西都護府が設置された(640年〜658年)。
9世紀中葉には高昌回鶻の管轄下に入り、14世紀には戦火で破却された。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 南北大道
南の城門から故城に入いると幅10メートル全長350メートルの南北大道がある。これが交河故城の幹線道である。東側には崖下へ通じる城門があり、大道の北部は最大の寺院と通じている。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 南部にある仏教寺院遺跡
交河故城から出土した文物はたくさんあり、例えば唐の時代の蓮花煉瓦、蓮花経巻がある。
最近、考古学の専門家たちは地下に建てられていた寺院と車師前国貴族の墓地を発見し、そこから仏舎利などの貴重な文物を出土した。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 南部にある仏教寺院遺跡
故城の中心には中央大道が貫き、城内を東西2つのエリアに分けていた。
東エリア中部は周囲を塀で囲まれた官府エリア、西エリアと城域北部は寺院エリアで現在でも50余の遺跡が確認できる。
その最小のものは1平方メートル、最大の寺院は南北に88メートル、幅が59メートルで面積5200平方メートルもの南北朝期の寺域が現在でも確認できる。
北部エリアには101基もの仏塔が整然と残されており、小さい方塔が25基ずつ4組を構成し、中間に大きな方塔が1基ある。
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 南部にある仏教寺院遺跡
故城の全体は減土法という昔ながらの方法で建造されている。建物は土煉瓦や版築で塀を築き、アーチ、あるいは小梁屋根を持った地下、あるいは半地下構造となっており、現地の高温な気候に対する配慮がなされている。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 南部にある仏教寺院遺跡
トルファンは気候が乾燥しているので故城の保存状態は良好。建築物は全てが天然の土を掘って作られたもので、配置が唐の都、長安に似ている。
交河故城は寺院や議会の跡地、塔群、民家など様々な建築物が集まった古代遺跡で、そのうち、寺院の敷地面積は5000平方メートルで、大仏寺の前には井戸がある。仏塔群には101基もの仏塔が整然と残っている。
2000年以上にわたる時を経て今でも高く聳え立つ交河故城は「世界で最もすばらしい廃墟」と言われている。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 南部にある仏教寺院遺跡
天気は明るい曇り空、日本で云えば花曇り、遺跡と青空の鮮やかなコントラストの写真は撮れそうにもなかった。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 南部佛寺 南部にある仏教寺院遺跡
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 南部にある仏教寺院遺跡
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 南部にある仏教寺院遺跡
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 南部にある仏教寺院遺跡中から
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 南部にある仏教寺院遺跡
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 南部にある仏教寺院遺跡
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城最大の仏塔(中央大塔)
交河故城は、中心を南北に約350mもの長さの中央大道が貫いており、その両側には高い土塀が連なり、この中央大道を軸として城内は大きく3つの区域に分かれている。
北部は100基を超える仏塔が残る寺院区、中央が周囲を塀で囲まれた官区、南部は一般住民の居住区で、この配置は唐の都長安を模していると云われている。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 仏塔(中央大塔)案内板
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺 案内板
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺主殿
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 大佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 東北佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 東北佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 塔林 案内板
この辺りまで来ると他に観光客は誰もいなく静寂そのものだった。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 塔林 金剛宝座塔
塔の周囲には小さな塔が25基で1組、全部で4組あって、中央の塔と合わせると、101の塔があるまさに塔林だった。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 塔林 金剛宝座塔
辺の長さ13.6m、高さ8.5メートルm -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 塔林 金剛宝座塔
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 塔林 金剛宝座塔
この先モニュメントも無さそうなのでそろそろ引き揚げる事にした。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城
塔林辺りから西方向に見えた遺跡、ネットで調べたが分からず仕舞い、誰かご存知の方教えてください。これなら行っておけば良かった。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 西北小佛寺
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 西北小佛寺 案内板
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 住民居住区辺り
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 住民居住区辺り
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 官署の遺跡辺り
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 官署の遺跡辺り
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 官署の遺跡辺り
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 官署の遺跡辺り
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 官署の遺跡辺り
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 嬰児の墓群
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 嬰児の墓群
すぐ近くに官庁街があったのになぜ200も超える嬰児の墓地があったのか今も不明とか。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 官署の遺跡 案内板
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 官署の遺跡
暑さをしのぐため、地下に部屋が作られている。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 官署の遺跡
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 官署の遺跡
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 南門近くで
-
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 南門近くで
版築と呼ばれる、土を突き固めて作った建築物で安価で丈夫だったが、14世紀の戦火での破壊や、長い年月で風化してしまった。 -
平成24年6月3日(日)トルファン 交河故城 出入り口の南門
南門に戻ったのは14時近くで1時間30分の見学だった。もっとゆっくりして博物館も見たかったが、まだ一番行きたい火焔山も控えていたので仕方がなかった。
それにまだ昼食も取っていなかった。 -
平成24年6月3日(日)トルファン レストラン前で
民族打楽器を演奏していたが、チップの事もあって、スルーしようとしたらタクシー運転手の張帰 傳さんと顔馴染みらしくチップは要らないと言って演奏してくれた。どうやら客寄せの為チップの他にもレストランからも収入を得てるらしい。 -
平成24年6月3日(日)トルファン レストランで
火焔山に向かう途中、遅い昼食を取る事にした。2時を過ぎたせいか店内には他に客もいなく照明も消してあって薄暗かった。メニューは張帰 傳さんにお任せしたが出て来た料理は結構美味しかった。これで50元650円、安過ぎる。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ノスタルジアさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
98