2012/02/18 - 2012/02/18
180位(同エリア287件中)
京妓さん
兵庫県内には、百人一首に詠まれている場所が沢山あります。
神戸でのお仕事ついでに、そのいくつかを巡ってきました。
光源氏のモデルと言えば源融が有名ですが、
源氏物語 「須磨の巻」 は、
もう1人のモデルである在原行平の
須磨への蟄居をもとにした話と言われています。
それからもう1つ。皆さんのご家庭にある雪平鍋は、
行平鍋とも呼ばれ、在原行平と関わりが深いんですよ。
〔第16首/中納言行平〕
立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる
まつとし聞かば 今帰り来む
- 交通手段
- タクシー JALグループ JRローカル 私鉄 徒歩
-
【須磨寺と松風村雨堂】
在原行平ゆかりの
須磨寺と松風村雨堂を訪れます。
山陽電車の 「須磨寺駅」 から、
北へ向かうと須磨寺、東へ向かうと松風村雨堂。 -
【須磨寺】
在原行平 (ありわらのゆきひら) と
在原業平 (ありわらのなりひら) は異母兄弟。
百人一首では、兄弟で並んで登場。
〔第16首/中納言行平(在原行平)〕
立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる
まつとし聞かば 今帰り来む
〔第17首/在原業平朝臣(在原業平)〕
ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川
からくれなゐに 水くくるとは
競技かるたでは、
私は「たち」より「ちは」の音の方が掴まえやすいので、
「ちはやぶる」 の方が圧倒的に取りやすいですが、
最近はマンガ 「ちはやふる」 の影響で
競技かるたを始めるティーンエイジャーが増えて、
この札を狙ってくる子供たちが多いので、
取りこぼすこともしばしば… x(@_@;)x -
【須磨寺】
行平・業平ともに、阿保親王の息子ですが、
当代きってのモテ男の業平の方が目立つ存在。
←でも実は、
この行平こそ光源氏のモデルの1人と言われる男性。
源氏物語 「須磨の巻」 は、
行平の須磨での蟄居をもとにした話と言われています。 -
【須磨寺】
弦が1本しかない、とても珍しいお琴。
「須磨琴」 と呼ばれています。
←日本に現存する最古の須磨琴。 -
【須磨寺】
弦が1本しかない一弦琴は、
須磨に左遷された行平が、
須磨の浜に流れてきた板片と、
自分の冠の紐で作ったと言われています。 -
【須磨寺】
須磨琴を演奏する女性の絵。
(※事前に予約すれば、演奏が聞けるそうですよ) -
【須磨寺木島小石人形舎】
須磨に飛ばされてしまった在原行平は、
汐汲みをする海女の姉妹
「松風」 と 「村雨」 に出会って恋します。
ですが、のちに行平は
お赦しが出て、都に戻ってしまいます。
謡曲、歌舞伎、映画などでも扱われている悲恋話。
須磨寺の 「木島小石人形舎」 にも、
その様子を現した人形が飾られていました。
←行平が愛した松風と村雨。
そして、須磨琴。 -
【須磨寺木島小石人形舎】
須磨琴を奏でる在原行平。
後ろには須磨の松。 -
【須磨寺木島小石人形舎】
←汐汲みをする松風と村雨。
肖像画や人形で具体的なイメージがわいたので、
次は、彼女たちが庵を結んだ
「松風村雨堂」 へ行ってみます。 -
【松風村雨堂】
海女の本当の名前は、
「もしほ」 ちゃん、
「こふじ」 ちゃん。
行平は 「松風」 と 「村雨」 と名付けて、
この姉妹を愛したそうです。 -
【松風村雨堂】
「もしほ」 は、藻塩からの名付けでしょうか。
雪平鍋(行平鍋)の由来は、
行平が海女に汐汲みをさせて、
塩を焼いた故事にちなむと言われています。 -
【松風村雨堂】
松風村雨堂の石標の横に、
百人一首に収められた行平の歌が刻まれています。
〔第16首/中納言行平〕
立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる
まつとし聞かば 今帰り来む
ただねぇ… -
【松風村雨堂】
堂内の解説では、「立ち別れ〜」 は、
須磨から都へ戻る際に詠んだ歌とされていますが、
本当は、都から因幡へ赴任する時に詠んだ歌。
これだけ須磨に縁の深い人なのだから、
百人一首もコレ↓にすれば良かったのに。
「わくらばに 問ふ人あらば 須磨の浦に
藻塩たれつつ 侘ぶとこたへよ」 -
【松風村雨堂】
小さなお堂。
都へ帰ってしまった行平の住まいの跡に、
松風と村雨が庵を結んだのがココ。 -
【松風村雨堂】
行平は、松風と村雨のために、
烏帽子と狩衣を形見に残しました。
←その狩衣を掛けた 「衣掛けの松」 です。
…って、いかにも最近植えたような細さ!
まぁ、1100年以上も前の松が残っているワケないか。
この右横には、 -
【松風村雨堂】
「三代目 衣掛の松」 という、
太い松の木の根が保存されています。
本物(初代)と二代は、
さすがに残っていないのかな。
その他に、 -
【松風村雨堂】
堂内の解説によると、
行平が別れに臨んで自ら植えた
「磯馴松」 の古株があるはずですが…
今回は見つけられませんでした、残念! -
【松風村雨堂】
松風村雨堂の石標。
石標右下の不自然な削られ方…、
何があったか大体想像はつきますが、
できればブラタモリで調べて欲しい♪ -
【須磨の松】
行平の歌は、
「まつ (松と待つの掛言葉) とし聞かば」
行平が愛した女性は、「松風」
←こんな感じで須磨の道路は、「松の並木」
ずいぶん松づくしだと思ったら、
松は 「須磨区の木」 なのだそうです。 -
【菅公手植の松】
松風村雨堂の近くには、「菅公手植の松」 も!
菅公とは、学問の神様・菅原道真のこと。
彼も百人一首の歌人です。
京の都から九州太宰府へ左遷になった時に、
須磨に立ち寄って植えたと言われる、松の古株。
こちら↓は松でなく、梅がメインですが、
詳しくは旅行記「梅の季節じゃなくても梅づくし」 でどうぞ。
http://4travel.jp/traveler/korinori/album/10599551/ -
【菅公手植の松】
そのほかに、須磨区には、
松風町、村雨町、行平町、衣掛町など、
行平にちなんだ町名が多く見られます。
歴史や伝承を大切に残している、素敵な町ですね。 -
【たちわかれ vs たれをかも】
これだけ行平や須磨を語ってきて、今さらですが…
競技では、「たちわかれ」 は苦手です x(@_@;)x
タで始まる6首の中にある、コレ↓とカブるんです。
〔第34首/藤原興風〕
誰をかも 知る人にせむ 高砂の
松も昔の 友ならなくに
どちらも兵庫県ゆかりの歌で、しかも、
上の句が 「た (たち/たれ)」 で始まって、
下の句が 「松 (松と/松も)」 で始まる。
音の聞き分けより、イメージのダブリでよく失敗します。
瞬間的に混乱を起こさないように
ずっと並べて配置していたのですが、
最近、 「たちわかれ」 を 「ちはやぶる」 の隣へ移動。
行平と業平を並べても、別に競技でトクすることは
ないのですが、私の自陣配置はもともと
「ちはやぶる」 の隣が 「たきのおとは」。
「たち TA-CHI 」 と 「たき TA-KI 」 の
聞き分けに集中した方がずっとラクだし、
ついでに、行平と業平が並んでいると収まりが良いので、
最近はこの配置で定着しています。
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