2011/12/18 - 2011/12/18
526位(同エリア1010件中)
滝山氏照さん
JR宇都宮線(東北線)宇都宮駅西口「きぶな循環バス」にて市役所前下車、徳川将軍が日光東照宮参詣には必ず宿泊する格式高い宇都宮城(うつのみやじょう、栃木県宇都宮市本丸町)を訪問しました。
現地で入手したパンフレットには次の通り紹介されています。
『宇都宮城の基を築いたのは、藤原秀郷(ふじわらの・ひでさと)とも藤原宗円(ふじわらの・そうえん)とも言われておりますが、概ね平安時代に築かれたものと考えられています。
中世時代の城主は宇都宮氏です。鎌倉幕府の有力な御家人として活躍した歴代城主の中には、小倉百人一首の成立に関わった頼綱(よりつな)(蓮生・れんしゅう)、元寇に出陣した貞綱(さだつな)等がいます。
然しながら500年に亘り城主であった宇都宮氏は小田原北条氏滅亡後に豊臣秀吉によって改易処分とされ同氏は滅亡、江戸時代に入ると譜代大名の居城となります。
なかでも、徳川家康の側近であった本多正純(ほんだ・まさずみ)は、城と城下町の大改造を行い、現在の宇都宮の街並みの原型を造ります。近世における最大の特徴は「将軍の日光社参(にっこうしゃさん)における宿城」となったことです。
「日光社参」とは将軍による日光参詣のことですが、将軍と幕府の権威を全国に知らしめる重要な公式行事です。
その後宇都宮城は、戊辰戦争の際に土方歳三らが率いる旧幕府軍に攻められ、建物の大半が焼失してしまいますが、平成19年3月に、櫓などを復元し公園としてよみがえります。』
まさに江戸時代の宇都宮城が現在に甦った感があり、多少なりとも興奮してしまいました。
自分は10年ほど前に、家族と日光東照宮を訪れ、帰路に宇都宮駅で名物の餃子を食べた後お城見学で訪れました。
市役所前で下車してあたりを見回しますが城跡らしきものが全く見当たりません。地元の方に伺うと指差された方向には工事現場らしく高い壁に覆われていまして復元工事中とのことでした。
今般訪問の復元された宇都宮城は全く見事です。とりわけ高い土塁(土手)が素晴らしく自分はとても気に入っています。確かに当時の城郭の西半分しか復元されておりませんし、また本丸の将軍宿所である御成御殿(おなりごてん)も未復元で今後に期待するところですがそれにしても自分が今までに訪問した城跡の中で最も印象深いお城を見ることで心が軽やかになります。
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル
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宇都宮城址公園地図
歴史資料や発掘調査に基づいて江戸時代中期の本丸一部を復元しています。 -
城跡全景
天守閣のない平城で石垣ではなく、10mの高さを誇る土塁(土手)が大きな特徴です。関東でしか見ることのない土塁(土手)が誠に見事です。 -
清明台(せいめいだい)
城跡の北西隅に建つ櫓(やぐら・清明台)が素晴らしいです。 -
城跡入場門
市役所から大通りを越えて「おほり橋」を渡り、城跡入口に臨みます。左右に長くて高い土塁が大きく迫ってきます。 -
富士見櫓(ふじみやぐら)
城跡の南西隅に建つ富士見櫓も見事ですネ。 -
城郭と水堀
おほり橋から臨む城郭と水堀のコントラストが実にいいですね! -
「江戸時代宇都宮城下復元図」
江戸時代の宇都宮城は東西・南北とも1Kmに近い大きな城でありまして、天守閣はなく石垣も一部あるだけでした。城主の居館をはじめ、いろいろな施設が立ち並び、二階建ての櫓もありました。(1階展示室) -
櫓の骨組み
清明台及び富士見櫓の骨組みが展示されています。(1階展示室) -
本丸跡から清明台を望みます。
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本丸跡から富士見櫓を望みます。
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「宇都宮御城内外絵図」(1階展示室)
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「宇都宮城本丸将軍家御泊城ノ節建物ノ図」(1階展示室)
宇都宮城の最大の特徴は、将軍が日光参詣(さんけい)に行く時宿泊したということです。当然ながら将軍には近習を始めとする城内お付たちの人数が多かったため、お城も城下町も大変な賑わいでありました。
今も残る絵図面の中には、本丸に大きな建物が描かれていますが、これは将軍の宿泊する御殿であったといわれています。
将軍のい日光参詣(「日光社参」)は全部で19回あったそうです。
(宇都宮城パンフレット) -
江戸時代の宇都宮城模型
南から本丸・二の丸を望む模型です。(1階展示室) -
富士見台櫓
武者走りから富士見台櫓を望みます。 -
本丸跡
武者走りから本丸跡を望みます。 -
清明台
武者走りから清明台を望みます。 -
富士見櫓
本丸土塁の南西部にある櫓です。 -
富士見櫓内部
この日は入口から先は入れませんでした。 -
富士見櫓説明
本丸土塁の南西部にあった櫓です。周りに何もなかった江戸時代には遠く富士山が望めたと考えられます。(現場説明文) -
本丸跡
南の武者走りから本丸跡を望みます。 -
狭間(はざま)
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清明台
本丸土塁の北西部にある櫓です。 -
清明台内部
この日は入口から先は入れませんでした。 -
清明台説明
清明台のあった土塁は他の櫓よりも高く、天守閣の役割を果たしていたのではないかといわれています。(現場説明文) -
清水門
宇都宮城本丸正面の出入口が清水門です。日光社参の時は、将軍はこの門を通って本丸の御成御殿へ向かいました。(現場説明文) -
堀
復元された宇都宮城本丸の堀は、17世紀前半に掘られたと考えれます。発掘調査では最大で幅27m、深さは最大で7mあった事が確認されています。(現場説明文) -
土塁
道路(東側)から本丸跡を望みます。 -
宇都宮城跡石碑
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贈従三位戸田忠恕(とだただゆき)公
宇都宮藩6代藩主で尊王の志篤く、水戸天狗党も乱が起きたとき、自藩にも
天狗党と志を同じくする勢力を抱えた事により、宇都宮藩は幕府の嫌疑を受ける事となります。その結果2万7千石減の5万石となり忠恕は隠居謹慎、更に養嗣子の戸田忠友は棚倉藩移封の措置を受ける事となります。 -
戸田忠恕公記念碑
戊辰戦争では新政府軍に与し事により幕府軍の攻撃を受け落城しますが、宇都宮藩は宇都宮城を回復します。忠恕は功あったとして朝廷より召出しを受けますが病により22歳の若さで死去、没後従三位を贈されます。 -
土塁の内側
1階展示室から武者走りへはエレ−べ−タ−を利用します。 -
水堀
おほり橋から清明台方面の水堀を望みます。 -
水堀
おほり橋から富士見櫓方面の水堀を望みます。 -
きぶな循環バス
帰路も宇都宮駅まで「きぶな循環バス」に乗ります。
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