2012/02/06 - 2012/02/06
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mas98765さん
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ヴェネツィア観光の旅行記を3回に分けて書いています。2回目は、サンマルコ寺院を再度眺め、ドゥカーレ宮殿に入った後、リアルト橋の辺りまで行く話です。
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前の旅行記から続きます。
自由時間になりました。昼ごはんに困る人は添乗員さんと一緒に出かけることもできます。昼ごはんに時間をかけたくないわたしは1人で散策に出かけます。再びサンマルコ広場にやってきました。 -
広場の後ろの方にはステージが用意されています。数日後には、世界3大カーニバルの1つとも言われているヴェネツィアカーニバルが開催されましたので、その準備をしていたのかもしれません。町中が仮面舞踏会のようになるそうです。見てみたかった気もしますが、休みの日程が合いませんでした。
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ハトにエサをあげて写真を撮っていました。ミラノのドゥオーモ前では悪名高いハトおじさんが声をかけてきましたが、ここでは声をかけられませんでした。調べてみると、サンマルコ広場ではハトへのエサやりが禁止になっているようです。増えたハトの糞によって建物にダメージが生じ、修復費用がかさむというのが理由のようです。でも、それを知らない観光客がエサをあげてしまうようです。
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サンマルコ寺院に戻ってきました。この寺院については前の旅行記で簡単な説明をしました。ファサードについても主なところは先ほどの自由時間で写真を撮り、前の旅行記にのせたのですが、入口のところの写真をまだ撮っていませんでした。ファサード正面の下側にはアーチ状の5つの入口があって、
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このように、アーチの部分にはガラスで精巧につくられたモザイクがあります。これを左の入口から順に見ていきます。
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一番左側の入口はこのようなモザイクです。これは、サンマルコ寺院に聖マルコの棺が運ばれる様子を表しています。
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棺で運ばれている聖マルコはここにいます。一番左側のこのモザイクだけが13世紀に描かれたオリジナルのデザインだそうです。
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左から2つ目は、ヴェネツィア総督と市民による聖マルコの遺体歓迎の場面です。これと一番右側の2つは17世紀頃に描かれたデザインだそうです。
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中央の大きなアーチは、栄光のキリストと最後の審判の場面です。これは19世紀に描かれたデザインだそうです。
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右から2番目は、聖マルコの遺体がヴェネツィアに到着した場面です。
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一番右側はアレクサンドリアから聖マルコの遺体を運び出す場面です。聖マルコの遺体をイスラム教徒が嫌う豚肉の塩漬けの中に隠して運び出したという話を描いているようです。
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頭に布を巻いたイスラム教徒と思われる人たちは税関のようなところの人でしょうか。臭そうにしていたり避けたりしています。左側でずるがしこそうに笑っているのがヴェネツィア商人でしょうか。
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ファサードの上側にもアーチが並んでいます。左側の部分は改修工事か何かで覆われていました。
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右から2番目と
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一番右側にはこのようなモザイクが描かれています。
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サンマルコ寺院の前から南側を眺めてみると、2つの柱が並んでいます。
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少し近寄ってみるとこんな感じで、
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左側には有翼のライオンの像があります。これは聖マルコのシンボルであり、ヴェネツィアのシンボルです。
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右側は聖テオドロスの像です。ヴェネツィアはもともと聖テオドロスを守護聖人としていましたが、もっとハクをつけようと考えて、聖マルコの遺体を盗んできたのです。この後、ドゥカーレ宮殿に行ってから、もう一度詳しく見ます。
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次はドゥカーレ宮殿に入ります。ドゥカーレ宮殿は、ヴェネツィア共和国の総督邸兼政庁だった建物です。ヴェネツィア国際映画祭の受賞式もここで行われるようです。この映画祭の最高賞を金獅子賞といいますが、これも聖マルコおよびヴェネツィアのシンボルが有翼の獅子だからですね。入口は、海に面した向こう側にあります。
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海に面したこちらの回廊を歩いていき、
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この案内に従って左の入口を入り、チケットを買います。
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チケットの表はこんな感じで
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裏はこんな感じです。16ユーロでした。
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入ったところはドゥカーレ宮殿の中庭です。正面に建物が見えていて、最初あれが宮殿かと思っていましたが、考えてみるとお隣のサンマルコ寺院でした。
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中庭には2つ、黒いものがありますが、
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これは、ブロンズ製の井戸です。
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中庭の奥の右端にこのような場所があって、
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表に回ってみると、このような階段があります。これを巨人の階段といいます。以前はここが宮殿への入口だったようですが、今は柵がしてあって進めません。
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階段の上に2体の巨人像があります。上には有翼の獅子がいます。
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左側のこちらは海の神ネプチューンで、
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右側のこちらは戦いの神マルスです。海と陸との両方で、ヴェネツィアの力を示しているのです。かつてはこの階段で、新しい総督の即位式が行われていました。
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マルスにやられているこの人は誰なのか、ちょっと調べたところでは分かりませんでした。
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現在の宮殿への入口は、中庭に入ってすぐ右に進んだところです。この位置の左の方にトイレがあります。
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入口の階段を上って、中庭を左に見渡しながら進んでいくと、
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右手にこのような階段があります。黄金の階段といいます。
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豪華に飾られています。常に誰かが記念撮影していて、遠慮していたらあまりいい写真が撮れませんでした。階段は向こうの方で折り返して、反対側にも延びています。そしてそこを上がっていくと、
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このような部屋の入口にたどり着きます。
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でも「Per favore」と書かれていて、カメラの絵に斜線が入っています。ここからは撮影禁止です。自分で写真を撮って回るだけが楽しみのわたしのような人間にはとても残念です。でも、どの部屋も素晴らしい巨大な絵で埋め尽くされていました。Wikipediaにのっている案内図でいくと右の細長い「Secondo Piano(実際には4階)」の真ん中あたりにある「Scala d'Oro(黄金の階段)」を今左向きに上がってきてすぐ右を向いたわけで「Quattro Porte(4つの扉)」の方に進んで時計回りに一周した後、階段で3階(この案内図ではPrimo Piano)に下ります。3階では「Sala del Maggior Consiglio(大評議会の間)」くらいしか見れなかったように思います。この部屋の「天国」という絵が有名です。
※Wikipediaの案内図はこちら
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/5c/PiantaPalazzoDucaleVenezia.JPG -
宮殿の最後の部屋を出てしばらく進むと、牢獄への入口がありました。ここからはきっと写真を撮っていいのだと判断して撮影しました。階段をどんどん下に下りていくと、
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あちこちに牢獄がありました。
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こんな感じです。中に入って撮った写真もありましたが、慌てて撮ったためかピンボケになっていました。あれ、溜息橋はどこかな。そういえば溜息橋は牢獄より手前にあるはずです。また引き返して階段を一生懸命上ると、先ほどの牢獄の案内より手前でただの通路だと思って通った場所が溜息橋でした。
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溜息橋の通路には細かい模様の入った小さな窓がありました。外を眺めるとこんな感じです。橋のところの通路の中心には仕切りがありますが、
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回り込んで海側の窓を眺めるとこんな感じです。
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外に出ました。屋台があって、
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お面を売っています。数日後はヴェネツィアのカーニバルで、このようなお面をかぶった人だらけになります。
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有翼の獅子をもう一度下から眺めておきます。この角度からだと、何となくかわいいです。それから、
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もともとのヴェネツィアの守護聖人テオドロスです。知識がないのでよく分かりませんが、爆弾のようなものからのびた線がつながった盾で
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サメのようなものを突き刺しています。調べてみると聖テオドロスは、現在のトルコ北東部の人で、キリスト教を信仰していたためにローマ軍への入隊を拒み、殉教したようです。しばしば龍を退治する姿で描かれます。これが龍かどうかは分かりません。テオドロスはもともとギリシャ語の人名で、英語ではセオドアです。セオドアという名前の人は結構いて、例えばセオドア・ルーズベルトがそうですね。
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時計台の下にやってきました。この辺りは地元の人たちの待ち合わせの場所としてよく使われるそうです。この下のアーチをくぐると向こう側に行け、
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「PER RIALTO」のサインに従って歩いていくとリアルト橋まで行くことができます。基本的に方向音痴のわたしは、このようなサインを見て、かつGoogle Mapで現在地を確認していても、時々変な方向に行ってしまいます。
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途中、このような教会がありました。リアルト橋の方向に歩いていくと振り返るような形だったかと思います。あいにくこれ1枚しか写真がないのですが、これはサンサルヴァドール教会(Chiesa di San Salvadore)です。ローマ教皇アレクサンデル3世が神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世とサンマルコの近くで和解した後1177年に献堂されたという歴史があります。今の建物は1508年に建設が始まり、今見えているファサードは1663年に付け加えら得たもののようです。正面から見るとあまり大きくなさそうですが、十字架を3つ並べた細長い形をしています。
※公式サイトもあります。
http://www.chiesasansalvador.it/eng/presentazione.php -
サンサルヴァドール教会から少し歩くと、大運河(Canal Grande)につきあたります。ここで右折して運河沿いに歩くと
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リアルト橋にたどり着きます。リアルト橋については前の旅行記で簡単に説明しました。
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リアルト橋を渡ります。後で気づいたのですが、階段の右手に建物がつづいています。このような部分があることこそがこの橋の特徴だったのでしょうが、景色に気をとられていて見落としてしまいました。
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その景色ですが、とても綺麗です。大運河がこのように見渡せます。
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こんな感じや
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こんな感じのゴンドラも真上から観察できます。
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鳥も飛んでいます。ヴェネツィアにはカモメがたくさん飛んでいましたが、飛ぶのが速いのとカメラをじっくり構えている時間的余裕がないのとで、結局いい写真は撮れませんでした。
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リアルト橋を渡ってから少し歩くと、このような広場がありました。
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このような噴水もあって、
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リアルト橋方面を振り返ると、このような教会が立っています。これは、サンジャコモ・リアルト教会(San Giacomo di Rialto)です(プレートの表記はChiesa di San Giacomo Apostoloとなっていました)。421年頃献堂されたもので、ヴェネツィアで一番古い教会と言われています。16世紀初めにこの辺りで発生した火事でも焼け残ったそうです。
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この教会の特徴は、この大きな15世紀の時計です。サンマルコの時計台と同様、24時間制です。
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まだ先に少し歩いて右手に行き、大運河に出てみました。
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向こうにこのような建物が見えます。正式にはパラッツォ・サンタ・ソフィア(Palazzo Santa Sofia)という名前ですが、かつて外壁が金箔や装飾で飾られていたためカ・ドーロ(黄金の館 Ca'd'Oro)と呼ばれています。ヴェネツィアで最古の建物の1つで15世紀初めにコンタリーニ家のために建てられました。コンタリーニ家からは多数のヴェネツィア総督が誕生し、選ばれた後はドゥカーレ宮殿に移り住みました。
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魚市場と思われる、屋根付の広い場所がありましたが、人影がありませんでした。
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戻ります。先ほどのサンジャコモ・リアルト教会の辺りからリアルト橋方面を眺めたものです。手前の斜めになっている部分がリアルト橋だと思います。その先に塔が見えますが、これはサンバルトロメオ教会(San Bartolomeo)の塔です。この教会はもともと聖デメトリウス(Saint Demetrius of Thessaloniki)のために830年に建てられましたが、後に改築されてヴェネツィアのドイツ人社会の教会となりました。
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リアルト橋を再びサンマルコ側に渡ると、そこにセルフサービスレストランがありました。わたしは食事に時間をかけたくないので、大抵ファーストフードになってしまいますが、イタリアにはそれよりも美味しいセルフサービスレストランが結構あってうれしいですね。セルフサービスは初めてではないのですが、状況判断力に乏しいわたしはフォークがどこか分からずDov'e la forchetta?(アクセント記号は省略)と尋ねました。寒さのためか、口がうまく動きません。すると、気さくでsimpaticaなおばさんが、トレイから始めて手取り足取り教えてくださいました。Pasta pomodoro(だったかな)というのがきっとスパゲティミートソースなのだと見て分かったのでそれにしました。Formaggio?ときかれたのでSi, per favoreと言ってたくさんかけていただきました。表示されるので必要ないのですがQuanto costa?と尋ねて料金を払いました。
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これが本日の昼食、9.50ユーロでした。食事の後はサンマルコ広場に戻って鐘楼に上ります。
次の旅行記に続きます。旅行記の索引はこちら。
http://mas98765.yokinihakarae.com/index.html
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