2003/02/21 - 2003/02/23
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ドクターキムルさん
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斐川町神庭(かんば)西谷にある荒神谷遺跡は出雲神話が現実見を帯びることを誰もに知らしめた弥生時代の遺跡である。全国の銅剣出土総数は300本余りであったが、荒神谷では4列に並んだ同じ形の銅剣358本が一度に出土した。さらに、すぐ近くから銅鐸6個と銅矛16本が発掘された。神庭荒神谷と呼ばれていたが、小字の西谷は斎谷のことであろう。祭祀が行われていた場所を示していよう。
荒神谷遺跡は昭和58年(1983年)に行われた広域農道(出雲ロマン街道)建設にともなう遺跡分布調査で、調査員が田圃の畦道で一片の須恵器を拾った事がきっかけとなり発見された。遺跡の南側に「三宝荒神」が祭られている事から荒神谷遺跡と命名され、翌昭和59年(1984年)谷あいの斜面を発掘調査したところ358本の銅剣が出土した。
昭和60年には、その時点からわずか7m離れて銅鐸と銅矛が出土した。このことにより、教科書に載っていた「銅鐸文化圏」、「銅矛文化圏」が見当違いであることが明らかになった。
銅剣は昭和60年(1985年)、銅鐸・銅矛は昭和62年(1987年)に国の重要文化財に指定されていたが、昭和63年(1998年)に一括して「島根県荒神谷遺跡出土品」として国宝に指定されている。出土品は現在、文化庁が所蔵し、島根県立古代出雲歴史博物館などに保管・展示されている。
「古代ハス」の池の傍に荒神谷博物館を建設中であったが、平成17年(2005年)に完成し、一帯が荒神谷史跡公園になっている。
多くの銅剣の束には「×」印が刻まれており、島根県立古代出雲歴史博物館を見学中の小学生高学年の女の子が母親に連れられてつまらなそうに銅剣の前に佇んでいたので、「銅剣には×が付けられているよ。何本あるかな?」と声を掛けると、「ここにも。ここにも。」と楽しそうに数え始めた。母親の興味は娘には伝わらないもののようだ。
(表紙写真は荒神谷遺跡の銅剣のレプリカ)
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