2011/12/27 - 2011/12/27
2548位(同エリア6434件中)
うっちーさん
ベルヴェデーレ宮殿でクリムトやエゴン・シーレの絵を堪能したあと、自由時間にツアーの皆さん数名とともにウィーン美術史美術館へ向かいました。そこで目の当たりにした至宝の数々、ハプスブルク家の歴史にほんの少し近づいた気がしました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- 大韓航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
ウィーン自然史博物館
-
マリア・テレジエン・プラッツ
-
-
ウィーン美術史美術館(本館)
-
-
-
リングシュトラーゼから王宮(ホーフブルク)への入口 ブルク門
-
ガイドさんが、この門に書いてある文字について、何か解説していたような??
-
ブルク門をくぐると、ヘルデン(英雄)広場
右手に見えるのは新王宮 -
ちょっとズームで寄ってみる。
-
オイゲン公騎馬像 作者不明 と記述されたサイトもあれば、カール大公騎馬像とともにフェルンコルンが作ったと記述されたサイトもある。
オイゲン公
ウィキペディアによると、かなり活躍した人らしい。これではおおざっぱすぎる!!
この騎馬像は、向かい合うカール大公騎馬像ができた後に作られた。いろいろな出来事があって…。これもおおざっぱ。
とても興味深いネットの記事があった。
http://members.aon.at/hwien/meisho/hof/hp.html
http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/51683847.html -
ノイエ・ブルク さらに寄ってみる
-
ノイエ・ブルク 下へ
-
右へ
-
-
一度乗ってみたいな。
-
こちらがカール大公騎馬像 フェルンコルン作
-
角度を変えて見ると
-
-
近くには市庁舎もある。
-
-
-
レオポルト翼の建物を通り抜ける途中にお店がいくつかあった。
-
これも
-
-
旧王宮の中庭?
-
-
-
フランツ一世像
-
ズームしてみる
-
その下にいるこの人たちは知りません。
-
この人も
-
ミヒャエル広場へ抜ける門?
-
スイス宮入口となるルネッサンス様式のスイス門。1552年完成
(「るるぶウィーン プラハ ブダペスト 極上の交響曲」より) -
上の方をズーム
-
これは何の写真だったっけ??
-
これも
-
これも
-
-
-
-
その門を馬車で通り抜ける人たち
-
-
-
これは皇帝??
-
門を通り抜けてミヒャエル広場から振り返ったところ
-
-
-
読めません
-
-
-
-
-
-
-
-
これは遺跡?
-
-
-
-
-
-
ウィーンのカフェでひと休み
ケーキに付いてきたホイップクリームをコーヒーに入れると… -
おいしくなる???
-
これから、ツアーの数名の方とご一緒に王宮の宝物館へ向かいました。
-
-
宝物館に到着。
『中世から代々受け継がれたハプスブルク家のコレクションは、さまざまな場所に散らばって保管されていた。19世紀中頃、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世は、それらをまとめて展示するための専用美術館の建設を決定。20年の歳月をかけ、1891年、ウィーン美術史美術館本館が誕生した。しかしなおコレクションは膨大で多岐にわたるため、本館だけには収まらず、現在もいくつかの建物に分かれて展示されている(ウィーン美術史美術館は分散する複数の博物館の総称でもあり、その中心をなすのが本館である)。』(朝日新聞出版の週刊世界の博物館23「ウィーン美術史美術館」より)
今回訪れた皇室・教会コレクションは、王宮内の宝物館にありました。 -
ここは同じツアーの方々4名とともに回りました。一人が日本語イヤフォンガイドを借りて、それぞれの展示物の前で、ガイドの内容をみんなに紹介するという作戦…。とてもいいアイデアだったけど、操作の方法やどの場面でどう使うかが分かりづらく、前半は、四苦八苦していましたが、みんなで探検している感じがとても楽しく、みなさんと仲良くなれました。嬉しかったです。
-
中央の冠は、オーストリア大公の宝冠で、1764年にヨーゼフ?世がフランクフルトで国王として戴冠したときに製作された。
左にある紐のついたものが、犬の首輪、右手奥にあるのが鷹匠の袋、右端が鷹の囮、二つ並んでいるのが鷹の目隠し
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
皇帝ルドルフ2世(1552〜1612)の胸像
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
-
『ロンバルディア・ヴェネツィア王国の戴冠式正装
この衣装は、フェルディナント?世が1838年9月6日にミラノで国王として即位したときのもの。』
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
オーストリア鉄冠騎士団の正装
ナポレオンが1805年に鉄冠騎士団を創設したが、ロンバルディア・ヴェネツィアの領土がオーストリア所領となった1816年1月1日に皇帝フランツ?世がオーストリア版の同名の騎士団を設立した。
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
『ローマ王のゆりかごの玉座
ハプスブルク家王女マリー・ルイーズがフランス皇帝ナポレオンと結婚。長男ナポレオン2世誕生の際にパリ市が贈呈した。』(朝日新聞出版の週刊世界の博物館23「ウィーン美術史美術館」より) -
ということは、この人はナポレオン? それっぽい。
-
ハプスブルク一族の棺の鍵を保管した戸棚
ガイドブックには、この戸棚が開いて中が見える状態で写真が載っていた。
「ウィーン、セッカウ、ボーゼン、グミュント、リンツ、ノイベルク、マントヴァのカプチン教会の墓所にある139の棺の鍵がこの戸棚に収められている。中央部には皇帝とその親族の棺の鍵があり、オーストリア皇室のその他の人々の棺の鍵は脇の引き出し内にある。最古の鍵は17世紀のものである。」
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
「洗礼式の水差しと水盤
スペインの工芸家の作、1571年
10.5kgの黄金を用いたこのセットは、1571年に内オーストリアのカール大公がバイエルン出身のマリアと結婚したときに、ケルンテン領から贈られた。元来は宗教的な意味合いはなかった水差しだが、17世紀以降、洗礼に使われるようになった。」
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
「ダイヤモンド・サーベル
トルコ製、17世紀後半
曲がり部分下のメダリオンには「慈悲に満ちた神の名において」、背面には「信ずる者への神の助け、素早い勝利、良き形勢」という銘が刻まれている。金張り銀の装飾はトルコ製。サーベルは1712年のカール6世のハンガリー王位即位のために、部分的に非常に古いダイヤモンドを使って装飾された。マリア・テレジアもハンガリーでの即位にこれを身につけた。」
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
「シュテファン・ボクスカイの宝冠
がルヴァン派の貴族シュテファン・ボクスカイ(1557〜1606年)は、宗教上の対立からルドルフ2世に反旗を翻し、軍事上の大勝利を収めた後、ジーベンビュルゲンおよびハンガリー公に選ばれた。トルコのスルタン・アハメドがその功績を認め、1605年に大高官ラーラ・メハムド・パシャから宝冠が与えられた。宝冠はハンガリー議会の決定で1610年に宮中伯ゲオルグ・トゥルルォの手でウィーンに移され、それ以後はウィーンの宝物館でこの歴史的なエピソードの記念物となっている。」
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
「黄金のバラ
ジュゼッペ・スパーニャ(1765〜1839)およびピエトロ・パオロ・スパーニャ(1793〜1861)作
ローマ教皇は、四旬節の第4日曜日(歓喜の主日)に黄金のバラを祝福し、相応しい団体や個人に贈るのが慣わしだった。1819年に教皇ピウス7世がこのバラをフランツ1世の4番目の皇后カロリーナ・アウグスタに贈った。12のバラの花は12使徒を表し、キリストを表す頂点の13番目の花には麝香と香膏が入れられている。」
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
「エメラルドの器
ディオニシオ・ミセローニ作 プラハ、1641年
2,680カラットのエメラルド
ルドルフ2世がコロンビアのムーゾ鉱山産のこの巨大なエメラルドを入手した。あまり無駄を出さないように、一緒に生成した二つの結晶から成る原石の形を生かして製作されたため、完成した器も不定形になっている。蓋は器をくりぬいた内側からカットされた。」
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
「アクアマリン
492カラットのロシア産(?)
単独で展示されている透明な宝石。繊細な蛇脚のスタンド上で揺れ動く。」
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
「梨型のオパール」
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
中央は
「ハプスブルク朝の王と皇帝の家系樹
菱形になった枝部分にはルドルフ1世からカール6世までの肖像がある。」
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
「美しいヒヤシンス
台座:ウィーン、1687年
416カラットのガーネットまたはアルマンディン、金、金張りの銀、七宝
白い枝のある内部の台座は、おそらく15世紀初期のフランスのものであるが、石自体については1619年の目録までは記録がない。その最初の記録でも、ヒヤシンス石でないにも関わらず、「美しいヒヤシンス」と呼ばれていた。いったん皇室の宝物館から姿を消すが、1687年にレオポルト1世が買い戻した。新しい台座は、石の高い価値を示すに相応しいもので、皇室を象徴する双頭の鷲が剣と王笏とともに、ハンガリーとボヘミヤの紋章を爪で掴んでいる。」
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
「帝冠
西ドイツまたはミラノ、10世紀後半、額部分十字架は11世紀初期、頂部アーチはコンラート2世時代、赤いベルベットのキャップは18世紀
基部は八角形で、皇帝を表す数字8を含んでいる。…。4枚の主要プレートにはびっしりと貴石が嵌めこまれている。額部分には、12使徒(新契約)を象徴する12の石が嵌め込まれている。後頭部プレートの12の石はイスラエルの12の部族(旧契約)を示す。オットー時代の諸王は、自分たちが使徒や大祭司を継ぐ者だと考えていた。4枚の七宝プレートにはそれぞれ、2人のセラピムを従えたキリスト、ダビデ王、ソロモン王、ヒゼキヤ王と預言者イザヤが描かれ、神の慈悲、正義、知恵、長寿といった王との関連が文字で記されている。額部から後頭部へのアーチには、真珠を組み合わせたコンラート2世の名が読める。この帝冠は、962年、オットー大帝の戴冠式の際、または967年に息子のオットー2世が共同統治の皇帝として即位した際に製作されたといわれている。」
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
-
-
-
「マリア・テレジア軍事騎士団の大十字章と十字章、ハンガリー聖シュテファン騎士団の星章と十字章
両騎士団ともマリア・テレジアの創設によるもの。女帝の名を冠した軍事騎士団は1757年6月18日、コリンでプロシア軍に勝利を収めたのを記念して発足した。…」
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
「瑠璃大鉢」
コンスタンチノープル(?)、4世紀
取っ手部分を含めて幅76cm
おそらくはコンスタンティヌス帝の宮廷で単一の原石から切り出され、何世紀にもわたって宝物の中でも最大の傑作と見なされてきた。1564年の勅書により、マクシミリアン2世とその兄弟が「オーストリア皇室の譲渡不能な宝」と宣言したが、これは古代から伝わる貴石彫刻作品の傑作であるからというよりは、自然の奇跡によって神秘的な銘が刻まれているというのがその理由であった。光線の加減によって、キリストの名(XRISTO)の文字が鉢底の石目に現れる。おそらくこのために、この鉢が聖杯だといわれるようになった。
(売店で買ったガイドブック「ウィーン美術史美術館 皇室とキリスト教会の財宝」より) -
皇帝の宝珠
-
皇帝の十字架
-
皇帝の福音書
-
カール大帝のサーベル
-
ルドルフ2世の帝冠
1804年以降オーストリア帝国帝冠 -
キリストのまぐさ桶の木片を収めた聖宝容器
-
黄金の羊毛騎士団の首飾り章
-
黄金の羊毛騎士団伝令の紋章鎖
-
黄金の羊毛騎士団の近いの十字架
まだまだここに載せきれないほどの宝物があり、たくさん写真を撮りました。みなさんもぜひガイドブックを買った方がいいですよ。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
うっちーさんの関連旅行記
ウィーン(オーストリア) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
ウィーン(オーストリア) の人気ホテル
オーストリアで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
オーストリア最安
478円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
0
100